アニメ『絆のアリル』はキズナアイに憧れる少女・ミラクが、バーチャルアーティストを養成するADENアカデミーで仲間たちと切磋琢磨しながら成長していく物語だ。
キズナアイといえばバーチャルYouTuber(以下、VTuber)のパイオニア。現実世界では昨年2月のラストライブ以降、無期限スリープに入っているが、本作では久々にわれわれの前に姿を見せてくれた。今回は作中のMVを担当したAstroBros.に取材をすることができたので、その制作の裏側を紹介したい。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 299(2023年7月号)からの転載となります。
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バーチャルアーティストたちの豪華なライブに注目!
本作は2DアニメーションのドラマパートをWIT STUDIOとSIGNAL.MDが制作している一方で、ミラクたちによる配信パートは、現実に即してUnityで制作したシーンを使用。制作したアセットは、「Alleles Project」としてXRライブやYouTube配信などがアニメに先行して展開されている。
セカンドシーズン、2023年10月放送予定
ファーストシーズン、再放送決定! テレビ東京にて7月4日(火)より、毎週火曜日深夜2時35~
アニメーション制作:WIT STUDIO ×シグナル・エムディ
kizunanoallele.com
また、ハイクオリティなプリレンダー映像によって彼女たちをアーティスティックに魅せる「High MV」と呼ばれるMVパートも本作の特徴のひとつ。おしゃべりで親しみやすさを感じさせる配信パートが日常なら、High MVは非日常。異なるCG描写を二段構えで見せることで、キャラクターの魅力を多角的に演出している。
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アセットスーパーバイザー(AstroBros.)/アートディレクター、CGスーパーバイザー(Activ8)・小森俊輔氏
このHigh MVの制作を担当したのはAstroBros.。映画『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』(2014)やTVアニメ『Show By Rock‼』(2015)ほか、多数のアニメ作品に参加してきたCG監督・佐々木 涼氏が率いるCGプロダクションだ。
High MVの制作で大事にしたのは「従来のアニメの延長線上にはない作品を目指す」というビジョン。キズナアイのプロデュースを行なっていたActiv8にアートディレクターとして籍を置き、同時にAstroBros.でアセットスーパーバイザーとしても本作に関わる小森俊輔氏が掲げたもので、佐々木氏はこれに共感を示し、従来のキズナアイ像は残しつつも突き詰めた映像をつくり上げた。
<1>VTuberファンも納得のフルコマ&ハイグレードな3DCG
アニメで3DCGを使用する際は、コマ抜きや極端なデフォルメが施されることが多い。逆に言えばそうしないと、いわゆる「CGくさい」動きだと非難される傾向がある。もともと縦横無尽に手で動きを付ける作画アニメと物理シミュレーションがベースとなる3DCGは相性が良くないとされることも多い。しかしそのやり方は、せっかくの3DCGの長所を潰してしまうことになるのも事実だ。「もっと3DCGのもち味を活かした活躍の場はないか」と考えていた小森氏が出会ったのが本作の企画である。
VTuberコンテンツはアニメルックだがリアルタイムレンダリングによりフルコマで動く、どちらかと言えばフルCGの文脈に近いもの。視聴者もそれに慣れ親しんでいるため、ファンの意向に沿いつつ、より高みを目指した映像をつくるチャンスだ。小森氏と同じ問題意識と、この目標をクリアできる技術力を併せもつAstroBros.が手を組み、バイタリティ豊かに本企画にチャレンジした。
その結果、グレードアップしたキズナアイのルック、Houdiniによる豊かなエフェクト、自由なカメラワークなど、3DCGの特徴を活かした見ごたえのあるMVに仕上がった。
3DCGの表現力を活かしたキズナアイのMV
本作のコンセプト画像とHigh MVの一例。
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さらにAstroBros.らしいチャレンジである光の表現にも注目だ。特に逆光が当たったときにシルエットが綺麗に見えるように工夫したという。「シェーダとコンポの両方で光源の影響を受けるようなつくりにしてあります。これまで行われてきたキズナアイのライブのルックも意識し、セルアニメ調ではありつつも色情報が多い画にしています」(小森氏)
<2>プロジェクトの多角展開に有利なモデルとセットアップの共通化
「Alleles Project」では、XRライブとTVアニメの制作が同時進行していたため、モデリング作業はデザイン画を起点として、それぞれVTuberモデルとハイモデルを起こしていく段取りとなった。一般的に、ひとつのIPから複数のプロジェクトが展開している場合、VTuberのモデルはリファレンス程度に留め、ハイモデルなどは制作会社がイチから構築することが多い。しかし本プロジェクトは各社のつながりが密で、全体の展開を見越した効率的な制作手法を採用できた。
また今回、Activ8はVTuber文化の特徴でもあるコラボレーションに対応できるよう、モデルの汎用フォーマットを策定した。仕様上に独自規格が多いとXRライブやその他の展開の妨げになるためで、各VTuberモデルのフェイシャルパターンを拡張して差分を設けるといったことは極力避けたという。
ミラクのモデルも、汎用フォーマットの基準に沿ってマスターモデルを完成させ、そこからブラッシュアップを行なってActiv8 / Kizuna AI Inc.らしい画づくりを行い、High MV用モデルを仕上げた。
主人公ミラクのコンサート用モデル
ミラクのモデルはまずActiv8が私服バージョンを制作し、次にAstroBros.が左記のコンサート用衣装のハイモデルを制作。VTuberモデルとHigh MV用モデルでは、サブディビジョンレベルがちがうだけでなく、影をテクスチャに描き込むかどうかのちがいもある。
そこで、テクスチャはメンテナンス性を高めるためにSubstance 3D Painterで一括管理。影を含む複数チャンネルをまとめる機能を活用して、ここから直接書き出したものだけを使うフローに一本化した。
「ミラクはキズナアイに憧れていて、困難に遭いつつもがんばっていく元気な子。ただ、人間関係でネガティブな部分も抱えています。そうした彼女のパーソナリティの両面が衣装にも表れるように、ヒラヒラやハネ感を意識して、森倉 円さん(キズナアイのキャラクター原案)にデザインしていただきました」(小森氏)。
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全モデルのベースとなったキズナアイのハイモデル
本作のモデリングは、制作フローを検証するという意味合いもあって、まずキズナアイのVTuberモデル制作からスタートした。小森氏が新規制作したモデルはAstroBros.が仕様をチェック。その後、再び小森氏が左記のハイモデルを制作している。
ハイモデルは演出やシェーダの方向性検証のため、CG監督の佐々木氏とルックデヴ開発の山科雄毅氏とすり合わせながら調整。モデルの階層構造やポリゴンの割り方といった仕様も、このキズナアイのモデルで検証した。
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「PathTLive」メンバー、クオンのモデル
ミラクたちが立ち上げたユニット「PathTLive」のメンバーのひとり、クオンのモデル。他人より目立つビジュアルをしていることから、外見で判断されることを快く思っていない人物だ。消極的な性格のため、なかなかバーチャルアーティストとしての一歩を踏み出せずにいるというキャラクター。
「クオンは長いストレートヘアが特徴で、パーソナリティを表す重要な要素です。造形としては非常に複雑ですが、担当モデラーの方が、とても綺麗にまとめてくれました」(小森氏)。
セットアップには自社ツールを活用
VTuberモデルとハイモデルは担当社が異なるが、それぞれセットアップには自社ツールを活用している。
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リグのベンド機能で女性らしさを表現
本作のモデルは、リグ自体に各部スケールやベンド機能などを備えており、特にベンドの活用で女性的な手足を表現している。
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ブレンドシェイプによるフェイシャル
PathTLiveメンバーのノエル。エリート家系で育ち、完璧な自分を求める一方で、他人をつい手助けしてしまうという面倒見の良さを併せもつキャラクター。フェイシャルのブレンドシェイプはシンプルで必要十分なものになっている。
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フェイシャルターゲットの共通化
今回、VTuberモデルとハイモデルのどちらにも使えるフェイシャルターゲットを洗い出し、VTuberモデルのターゲットを刷新するというながれで制作が進められた。
VTuberとハイモデルではサブディビジョン処理のためトポロジーが異なるが、先述したaiToolsのフェイシャル作成補助機能(トポロジーを修正したものを既存のターゲットに合わせる機能)を活用して、VTuberからハイモデルへ変換している。
また、口パクはアニメのような3パターンの開き方ではなく、リップシンクに対応できるパターンが用意された。
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<3>キズナアイ『Linx』MVで描き出す圧倒的な世界観とキャラクター
本作におけるキズナアイは多くのアーティストたちが憧れる大スター。そこで、キズナアイが歌う『Linx』のHigh MVは、「宇宙創造」をコンセプトに、ビッグバンから次々に新たな宇宙が創造されるという内容になった。佐々木氏によるこのコンセプトは、本作での楽曲表現手段として、ライブではなくMVというスタイルを選択したからこそ実現できたもの。「スケール感の制限を外し、キャラクターの個性をより強く表現するためMVというかたちを選択しました」(佐々木氏)。
各種High MVはダンサーのパフォーマンスをモーションキャプチャしているが、アドリブもあったという。「MVによっては、アクターチームで用意したダンスとは別に、現場でドラマに合った芝居をつくることもありましたね」と佐々木氏。キャプチャ後はプリビズ、レイアウトと進んで各所のチェックを経てから、アニメーション作業に移る。
なお、MVのフェイシャルアニメーションは、リアルな感情を表情に込めるため、実写のリファレンス動画を見ながらアニメーターが手付けしている。その結果として、非常に感情豊かで繊細なMVに仕上がっている。
CG監督がひとりでレイアウトまで仕上げるAstroBros.スタイル
佐々木氏はひとりでプリビズからレイアウトまでを仕上げ、この時点で尺をFIXさせている。このようにCG監督がひとりでここまで仕上げるのがAstroBros.流。各所チェックの後、チームでのアニメーション作業とレンダリング、コンポジットを経て完成となる。
なお、コンポジットの段階で、モーションブラーをかけるかどうか、かけるとCGっぽくなりすぎるのではという懸念を話し合った。その過程で、VTuberコンテンツが30、または60fpsの環境で見られており、後者が増えてきていることから、かけないと逆にコマ落ちして見えるという話になり、最終的にかけることに決めたという。「それも含めて3DCGの原点に戻るような試みでした」と小森氏は語る。
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実写リファレンスを活用した手付けのフェイシャル
「僕はいたずらにテイクを増やすことを良しとはしません。そのため、どうしてもやってほしいことがある場合は、実写でリファレンスを撮って伝えます」と語る佐々木氏。
上図、「つまらない~♪」の歌詞に当てる複雑なニュアンスを帯びたこの表情を伝えるアップのカットもそのひとつである。佐々木氏は、モーションキャプチャの収録に加えて、さらに知人の女性アーティストに楽曲を歌ってもらい、「ちょっと伏せ目にして……」とキズナアイの感情を説明して、歌っている最中の抑揚や表情芝居を撮影。
その映像をリファレンスとしてアニメーターに渡し、手付けで表情をつくってもらったという。「フェイシャルキャプチャをするよりも、人の手で可愛さを表現できるかどうかが重要だと思います」(佐々木氏) 。
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実写やVFXワークフローに近いAOVs
レンダリングではレンダーパス約20点のうち、トゥーン表示に関わるものは3点程度で、残りはリアル系のシェーディング・ライティングの構成用のAOVである。各素材は全てリアルタイムHDRで、ラッシュチェック後のグレーディングでも色が壊れないのが特徴。「色管理はACESなので、色と輝度を保持したまま、最終的にグレーディングでトーンを揃えられます」とCGスーパーバイザー兼コンポジットスーパーバイザーの米田貴充氏。
佐々木氏は演出について、「音楽モノなので波形に合わせて動いたら面白いと思い、例えるならラスベガスの噴水ショーのような、光と音が連動する演出を考えました。ぜひ実際のMVを見てほしいです」と語る。
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宇宙創造をイメージした『Linx』MVのコンセプト
佐々木氏はMV制作時には必ず最初にコンセプトアートをつくる。本作では「宇宙創造」をテーマに据え、スケール感にこだわった。ここでひとつ、種明かしのような話がある。
実は『Linx』MVの制作はキズナアイのラストライブ以前から進んでいた。そして当時このコンセプトを見た小森氏は、自身がアートディレクターを務めた「Kizuna AI The Last Live“ hello, world 2022”」において、後半のイメージを宇宙にすることで、後にこのMVへと繋がるという伏線を敷いていたのだ。
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CGWORLD 2023年7月号 vol.299
特集:『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2023年6月9日
価格:1,540 円(税込)
TEXT_日詰明嘉
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada