デジタル声優アイドルグループの22/7が、2023年12月23日(土)に「22/7 Character’s Theater 2023」を開催した。ライブ制作を担当したのは、バルス。2022年にもバルス制作の元、音楽ライブを開催した彼女たちだが、今回のステージは「舞台劇」。加えて、本公演は、ライブビューイング(東京、大阪の2箇所)と配信の2つの方法で公開されたため、バーチャルキャラクターライブ制作の実績豊富なバルスにとっても挑戦的な作品となった。

今回は、制作を担当したバルスのメンバーに本公演の制作の裏側を取材。バーチャルキャラクターによる「舞台劇」ならではの演出方法や、それを実現する技術などについて伺った。

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    バルスの制作陣。(左)からUnityエンジニア溝口 健氏、テクニカルディレクター江口真彦氏、総合演出・ディレクター堤 駿介氏、CGデザイナー迎 崇久氏

    「22/7が演じる姿を見たい」に応えたバーチャルキャラクター舞台劇

    CGWORLD(以下、CGW):最初に、皆さんが今回のお仕事でどのような役回りを担当されたのか、教えていただけますか?

    総合演出・ディレクター堤 駿介氏(以下、堤):本イベントの総合演出を務めました。今回は舞台の演出家さんにも入っていただきましたが、その方のご意見を踏まえてのさまざまな調整を行なったり、CGの最終ルックの決定をしたりと、演出面の総合的な責任者を務めました。

    テクニカルディレクター江口真彦氏(以下、江口):本公演では配信のほか、スクリーンサイズの異なる2ヶ所の劇場でライブビューイング形式で上映されており、画面としてそれらをどのように落とし込むのかをエンジニアと相談してシステム設計をする仕事を担当しました。

    CGデザイナー迎 崇久氏(以下、迎):ステージやキャラクターといった3Dモデルの用意とセットアップ、ステージアニメーションの作成を担当しました。

    Unityエンジニア溝口 健氏(以下、溝口):アニメーションや演出をUnity上で動かす仕組みを作る部分を担当しました。

    CGW:ありがとうございます。それではまず、今回の舞台劇「22/7 Character’s Theater 2023」のコンセプトについて教えてください。

    :22/7のキャラクターたちをより知ってもらうことをコンセプトにしています。現在の22/7のメンバーたちは、生身やCGでの音楽ライブを展開してきたのですが、「彼女たちがアニメシリーズのキャラクターを演じている姿を見たい」というファンの声がとても多かったんです。その声に応じるため、アプリゲーム『22/7 音楽の時間』などを担当されたライターの方に入っていただき、それぞれのキャラクターたちらしい言動を忠実に捉えた脚本を書いていただきました。




    公演は昼夜2部構成で、第1部は22/7を比較的新しく知ってくださった方に向けて、彼女たちのことをより知ってもらえるようなお話の内容です。第2部はこれまでのファンの方に向けた作りになっていて、キャラクターの個性を生かしてコメディチックに表現しています。

    実際、舞台挨拶でメンバーも「公演を通じて、よりキャラクターに向き合うことができ、自分のなかにキャラクターを落とし込むことができました」と語っていらっしゃいました。

    CGW:制作期間はどのくらいでしたか?

    :最初の話し合いが8月頭の頃で、そこから企画・脚本を固めてエンジニアが動き出すまでに約1ヶ月。その間にキャラクターの仕込みを行いました。ステージ制作は9月下旬から急ピッチで進めていきました。11月頃からレッスンやリハーサルが始まり、収録はパートごとに日にちを分けて行い、上映・配信は12月23日に行われました。

    CGW:2022年の音楽ライブと今回の「舞台劇」の制作ではどんな点で違いがありましたか?

    江口:歌のライブと違い、「舞台劇」には場面転換があります。そのため、公園や楽屋など、シチュエーションの異なる4箇所の背景を作る必要がありました。

    :他にも従来の音楽ライブにはなかったような、楽屋のお菓子などの小道具も作成しています。また衣装も3種類用意していますので、前回の音楽ライブと比較すると制作コストは3~4倍といったところでしょうか。



    :あとは、東京(池袋HUMAXシネマズ)と大阪(なんばパークスシネマ)の映画館でライブビューイング形式で上映されたことですね。

    ライブビューイング会場の様子

    ライブビューイングは既存の舞台中継と同様に、定点カメラで舞台の全景を映すものです。一方で配信では、カメラスイッチングを使うことで、キャラクターの表情やストーリー上で重要なシーンをアップに映すことができます。というわけで、そもそも映像の構成が異なります。さらに、東京と大阪の会場でもスクリーンサイズが違うので、映像の素材はそれぞれ用意しました。

    江口:スクリーンサイズは異なっても、キャラクターたちが目の前で舞台上にいるように感じられるようにサイズ感を揃えたかったので、その調整にはかなり時間をかけました。

    :映像については配信開始のギリギリまでチェックしていました。この公演に対する僕の思いを受け取っていただければ嬉しいです(笑)。

    リアルにこだわったCG舞台劇で大切にした演出手法

    CGW:リアルでのステージを経験されているメンバーの皆さんに対し、今回バーチャルキャラクターで「舞台劇」を演じる上で、バーチャルならではの何かこうしたほうがいいよといった指示をされたことはありましたか?

    :アプローチとしては、その逆でしたね。バーチャルだからこその制限が非常に大きかったんです。

    まず表情が伝わりづらいです。普通の舞台での、ちょっとした仕草や立ち居振る舞いから伝わってくるものが、バーチャルキャラクターの場合はとても伝わりづらいです。基本的にオーバーリアクションじゃないとお客様に伝わらないから、小さな動きの表現に対して、より大きなリアクションを取る必要があります。そういったところはリアルに近づけるためには必要なアクセントだったと思います。



    あとは、舞台装置もCGなのですが、パースがかかっていないと奥行きが表現しづらかったり、階段の登り降りができなかったりと、制約がかなりありました。今回の公演においてはファンタジーがテーマで、CGならではの演出を採り入れているのですが、それ以外のセット転換は、リアルでも再現できる形にしています。これは昨年のライブでもそうでしたが、22/7の方々はバーチャルであるからこそ、リアルな芝居にこだわっているんですよ。

    CGW:リアルな芝居というのは?

    :例えばポケットから物を取り出す動作があったとします。そのとき、CGですからポケットに手を突っ込むことはできません。だからといって、急に物が表示されてしまったら、リアルではありませんよね。

    そこで、あらかじめオブジェクトとして物を持たせておいて、手を後ろに回したときに非表示から表示に変えるという演出にしています。これが配信だけだったら、別のカットを映している時に裏でこの動作させておくことができますが、今回は全景で映しているので、画面の端の方でもそれが見えてしまいます。そのために一つの動作をさせる上でも気が抜けません。僕が全景を見続けて確認しつつ、別のディレクターが指示を出すという段取りをしていました。

    CGW:そうした画面づくりはリハーサルの時点である程度は予見されていたのでしょうか?

    :もちろん予見はしていました。脚本、あるいはリハーサルの時点で頭の中にあって、現場で「こういうことができる/できない」はあらかじめ伝えていました。

    CGW:配信のカメラスイッチングも事前にある程度は想定されていたんですか?

    :重要なシーンに関しては準備していましたが、それ以外に関してはリハーサルの時点で決めました。当日も演技をやってみてアドリブで変わることがほとんどでした。ただ、キメのところは変わらないので、事前にカメラマンさんと、「こういうカメラ割りでいきたい」と打ち合わせをして、後は現場で調整しました。

    スイッチングがあるとカット尺が変わるので、演出のテンポも作れるのですが、ライブビューイングの方は全景を定点で見せているため、そうした演出が叶いません。画面が変わらないと観客に飽きられてしまうおそれがあります。アニメーションとBGMと背景と小道具のセクションに特に頑張ってもらったおかげで、全体として飽きさせない画面を作ることができたのではないかと思います。

    CGW:実際のスクリーンサイズはどのくらいでしたか?

    江口:東京(池袋HUMAXシネマズ)が縦5.2m×横12.2m、大阪(なんばパークスシネマ)が縦6.9m×横12.26mです。大阪の方が元々のスクリーンサイズが大きかったのですが、出ハケの位置を揃えるために横幅をほぼ同じにすることにしました。そのため、東京ではシネマスコープサイズでスクリーンをフルに使い、大阪では16:9サイズで投影を行っています。



    :実は、この画面の下にあるディスコライトがポイントで、場面が変わっても、歌のパートでも常に出続けています。これは観客に向けて「リアルな舞台と同じで、同じ場所から同じステージを見続けているんですよ」というサインなんです。いわば、バーチャルキャラクターの実存感を示すアイコンでもありました。終演後にXで感想を拾ってみたところ、現地のお客様は定点で全景が見えてることへの満足度が本当に高かったので、我々の意図がきちんと伝わっていた実感がありましたね。

    CGW:アドリブに対応して表情操作をすることは難しかったですか?

    :こちらから指示を出すこともありますが、最終的には以心伝心で意思疎通できるかどうかですね。そこはリアルの舞台劇と重なるところだと思います。

    溝口:フェイシャルアニメーション側もアドリブに対応しつつやっていたと思います。自分は小道具の表示・非表示も担当していたのですが、セリフを意識した上で判断していました。

    CGW:ちなみに表情パターンはいくつぐらいですか?

    :一律で6パターンにしていました。

    :ゲームのコントローラーを使って、ボタンが12個あるので、それを左右に分けて1人あたり2キャラクターを担当していた形ですね。

    :操作においては全体の話の流れを理解しておく必要があったので、メンバー全員が脚本を読み込んでいました。例えば演者であるメンバーの方が、セリフを誤ったときにはキャラクターの表情の方でフォローする必要がありますから、そのときキャラクターの性格や、物語の文脈を理解していないと最適な対応ができません。そこはチーム一丸となってできたんじゃないかなと思います。

    前回の音楽ライブからの変化とCG舞台劇の可能性


    CGW:前回のライブから約1年が経過しましたが、今回のCG舞台劇で新たな技術として導入したことがあれば教えてください。

    江口:変わった部分は多々ありますが、1年かけて細々としたバージョンアップが多いですね。レンダリングパイプラインは前回ですとビルトインだったのですが、今回はURP(Universal Render Pipeline)になっています。VTuberさんをはじめ、バーチャル制作に関わる多くのクリエイター、企業がUnityのビルトインから別のレンダリングパイプラインに移行している傾向があります。レンダリングパイプラインという全体の生産性に関わる部分から、きちんと改善していかないと、相対的に高いクオリティのルック制作はできなくなっていくだろうという話はかねてより出ていました。

    CGW:具体的にルックはどのように変化するのでしょうか?

    溝口:Shaderに手を入れやすくなり、行いたい表現に近づけやすいです。光の当たり方など見せたいルックに調整しやすくなるのでやりたい表現に持っていきやすいです。



    :URPを使ったバーチャルライブの知見は以前から得ていたので、この公演で始めた!というよりも、溜めてきたものをここで使って臨んだという形ですね。

    :前述しましたが、今回は全景を定点で見せる演出をすることになったため、画が退屈にならないようにステージ上の小道具や、舞台にかなり動きをつけました。アニメーションの制作量は大きく変化した点ですね。新技術ではないですが、「CG舞台劇」という新たなフォーマットでの制作自体新たな試みだったので、この経験から独自の知見を得られたのではないかなと考えています。

    :具体的に言えば、ライブステージからお芝居のシーンに転換するときに舞台セット転換をするアニメーションがあります。上から楽屋が降ってきたり、階段やステージ周り全部掃けさせたり。逆にお芝居から歌に変わる時も同様です。

    :アニメーション自体はUnityの機能で普通にできることですが、量をものすごく投入した感じですね。

    溝口:他には定点のカメラに少しだけパースをかけています。従来は完全に並行投影でしたので、ペタッとした平面的な感じでしたが、今回はパースをかけて奥行きを感じられるようにしています。

    :あとはモーション周りですね。Motion builderのフレームレートが揺れもの周りのネックになっていたことがわかったので、そこも今回改善しました。照明も、従来ですとディレクションライトだけで表現することが多かったのですが、今回は「舞台劇」らしくポイントライトを多用しています。

    CGW:2022年の音楽ライブの時点では、演者さんが動いてからバーチャルキャラクターのモーションに反映されるまで0.8秒の遅延があり、カメラスイッチングに苦労されたというお話がありましたが、今回の収録でそれは改善されましたか?

    :あまり感じなかったので、ほとんど起きなかったと思います。

    江口:通常時で0.25秒程度なのですが、シーンによって若干違うくらい。メンバーの人数が違うことも大きい要因ですが、各所のPCスペックがアップしたことなど複数の要因が考えられます。大きく設備投資をしたということはなく、少しずつ改善していました。これもまだ過渡期ですね。

    CGW:今回の舞台制作の経験を踏まえ、今後どんなものを制作したいと考えていますか?

    :まずは今回の舞台制作を振り返ると、お客様がそこに没入しているように感じられることを重視しました。そのためのCGのルックづくりや照明の調整を含め、ライブビューイング(定点映像)で実在感を感じられるような演出になっています。今後も「実在感」をテーマにした制作があるので、今回の経験を生かして制作にあたることができると感じています。

    そしてここ1年余り、AR技術を絡めた演出を使ったライブがとても増えてきています。バルスとしてはまだ経験がないので、そうした制作に携わり、そこでも知見を得て実績として作っていければと思っています。

    江口:今回の舞台は2公演でしたが、もっと長い継続公演に携わってみたいと感じています。今回1部と2部でストーリーが変わりましたが、もう少し長いスパンで少しずつ内容が変わって進行していくなど、バーチャルだからこそできる面白い舞台の可能性もあると思います。今回の経験を元に、クオリティにこだわった舞台と音楽が交わるコンテンツを提案できればと思っています。

    TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
    EDIT_山下一貴 / Itsuki Yamashita(CGWORLD)、中川裕介/ Yusuke Nakagawa(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota