CGWORLD vol.333(2026年5月号)の連載「アニメCGの現場」で、3DCGのメイキングを紹介したTVアニメ『透明男と人間女~そのうち夫婦になるふたり』のオープニングムービー(以下、OP)。本稿では、同OPの演出にまで話題を広げ、監督の瀬田光穂氏、アニメーションプロデューサーの石井菜々子氏、演出・絵コンテ・アニメーション制作協力・制作進行の竹内雅人氏、2D・3DCGディレクターの高原さと氏に話を聞いた。
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Information
原作:岩飛猫「透明男と人間女~そのうち夫婦になるふたり~」(双葉社「webアクション」連載)/監督・シリーズ構成:瀬田光穂/アニメーション制作:Project No.9
tomeiotoko-ningenonna.com
©岩飛猫/双葉社・「透明男と人間女」製作委員会
「何でもない普通の日々」をどう映像にするか
――まずはOP制作にあたっての、コンセプトを教えてください。
瀬田光穂/監督
TVアニメ『透明男と人間女~そのうち夫婦になるふたり』監督。シリーズ構成と脚本を全話担当し、絵コンテは1話、2話、4話から8話まで手がけている。その他の監督作品は『女子高生と魔法のノート』(2022)など(フリーランス)
瀬田光穂氏(以下、瀬田):まず第一に、阿部真央さんのOP楽曲を活かす映像にしたいと考えました。楽曲を阿部さんへ発注する際に、作品で伝えたい内容やOPで表現したい意図をお伝えしました。その結果、見事に内容が反映され、作品性がよく表れた楽曲に仕上げていただきました。ですので、まずはこの楽曲を活かす方向で映像も進めよう、と。
――阿部さんへは、作品の内容をどのように伝えたのですか?
瀬田:阿部さんから作品について、「ひと言で表すとどんな話ですか」と聞かれ、私は「みんな普通で全然すごくない、当たり前にある日常が尊い」と答えました。この作品には選ばれし血筋などといった、世界の命運を背負うキャラクターは1人もいません。「晩御飯を何にするか」など、一般市民の生活に根ざした日常アニメで、「誰かからどう見えるか」といった評価を気にしない作品にしたい。原作者の方からもそのような意図を伺っていました。
阿部さんがその「すごくない」を反映した音楽を仕上げてくださったので、映像でも「日常の尊さ」を表現したい、と竹内(雅人)さんにお話させていただきました。OP制作の際は「水彩画のような優しい感じが良い」と話しましたが、3DCGの使用など、具体的な絵づくりに関しては、ほとんど発注していません。
竹内雅人/演出・絵コンテ・アニメーション制作協力・制作進行
OPでは演出、絵コンテ、アニメーション制作協力、制作進行と幅広く手がけ、スタッフのアサイン協力なども担当している。また、OPのほかに、3話の絵コンテと演出、アニメーション制作協力、制作進行、7話アクションパートの絵コンテと演出、11話の制作管理も担当(フリーランス/スタジオアウトリガー所属)
竹内雅人氏(以下、竹内):前回、Project No.9さんからTVアニメ『お嬢と番犬くん』(2023)のエンディングを任された経緯があり、本作のOPでもスタッフィング、アテンド、制作スケジュール、予算配分といったプロデュース面も含めて担当させていただきました。
映像的なトピックとしては、セルアニメでは難しい三次元的な空間表現に挑戦しています。街の全景へとグーッとカメラが引いていくカットや、主役の2人が散歩するサビのシーンでは、背景のBook引きでなく3DCGで奥行きを出すなど、高原(さと)さんとマンツーマンで制作を進めていきました。高原さんとの作業はとても楽しく、勉強になりました。
3DCGで生まれる「存在感」と空間演出
――3D的な空間表現を採用した理由は、どういったものですか?
竹内:キャラクターが「存在する」感じを強めるためです。平面(2D)上で空間を表現するアニメーションの良さを活かしながら、さらに、キャラクターの存在感を打ち出すために、空間的な演出にこだわりました。
――石井さんにとって、OPでのこだわりはどのような点でしたか?
石井菜々子/アニメーションプロデューサー
アニメーションプロデューサー兼制作進行。アニメーションプロデューサーとしてのアサインは、本作が初めて(Project No.9)
石井菜々子氏(以下、石井):OPは基本的に監督や竹内さんにお任せしていますが、冒頭のタイトルが出るカットだけは、曲の出だしに合わせて「タイトルの文字の出方にもリズムをつけてほしい」と要望しました。
――OPの演出面や作画でのこだわり、見どころを紹介してください。
竹内:演出面で監督から依頼があったのは、OPなのでキャラクターのひとりひとりにフォーカスしてほしいということでした。スマホでの視聴を考えてアップのカットを多用し、小さい画面でもキャラクターの魅力が伝わるように工夫しています。
また、情景や引きの見せ場は3Dでの空間演出を心がけ、簡単なカットでも3Dカメラワークで立体的に見せました。キャラクターの手元・足元などのお芝居ではコマ数を変え、より繊細でリアルなお芝居が自然に見えるように演出しています。
高原さと/2D・3DCGディレクター
OP制作では3DCGまわりを全面的に担当。Grease Pencilを活用した背景制作、3Dガイド作成、プリビズ作成、歩きのモーション作成のほか、3Dレイアウトや仕上げデータの修正作業などを通して携わっている。なお、OPだけでなく、本編の3Dガイド・プリビズ制作も担当(ルナデジ)
高原さと氏(以下、高原):冒頭のカットは作画枚数が多くて大変そうでしたね。
竹内:確かに、透乃眼探偵事務所の中にいる主役の2人(透乃眼あきらと夜香しずか)からカメラが引いて、最後にフレームアウトしていく冒頭は、止め画でも表現できるのですが、アニメーターのJENNIFER SHIさんが原画枚数をたくさんいれた丁寧な芝居づくりに尽力してくださったおかげで、より生き生きとした映像に仕上がりました。カメラが引くとキャラクターのパース感が変わるよう作画してもらい、空間におけるキャラクターの存在感を表現しています。
高原:透乃眼と夜香が2人で歩く、楽曲のサビ部分もギリギリまで制作してましたよね。
竹内:はい。アニメーターのFUXUAN DENさんが2人の脚の動きはリピートですが、上半身はシチュエーションごとに異なる素晴らしいお芝居をつけてくださっています。それに伴い素材枚数も多く構造もかなり複雑で動画、仕上げ、撮影工程でスタッフの皆様にはご苦労をおかけしました。
背景が早く動きすぎると足元が浮くので、足元を隠したりと細かな工夫を重ねています。派手なアクションより、地味なお芝居のほうがごまかしが効かず、難しい表現です。
瀬田:演出の見所として挙げたいのは、後半になるほど「永遠」を感じる構成です。序盤は事務所での生活、自転車通勤、挨拶などの日常が続き、その後、14秒間の長回しでは本編には出てこない花畑などの中を2人が歩いていきます。この2人がいずれ夫婦になるという物語なので、出会いから夫婦になり末永く暮らす、という、彼らの長い人生を見守るような演出にしています。
高原:アニメでは、長回しのカットが本当に難しいです。短く切ってつなげる構成だと日常芝居の難易度は下がるんですが、10秒以上の長回しとなると劇場アニメレベルの難易度です。
――アニメーションプロデューサーとしての見どころは?
石井:全て国内でギリギリまで粘って制作してもらった点です。今のアニメ業界では海外に作画を発注することも多いですが、本作では全て国内で作業してもらっています。日常芝居で細かいお芝居を妥協せずにやる、というオーダーのもと、スタッフがギリギリまで時間をかけてつくった点も魅力だと思います。
大胆なカメラワークで物語を伝える
――冒頭のカットでは、カメラが事務所の中から窓を通り抜け、街を映しだす映像が印象的ですね。
竹内:まさにそこは注目してほしいところで、最初に「このカメラワークを実現できないか」と高原さんに相談したカットでもあります。普通、窓を突き抜けることはできませんが、作品には透明人間が登場するので、カメラも「通り抜ける」といったトンチ的な映像表現を実現したかったんです。
高原:透乃眼と夜香のいる探偵事務所の扉にはめ込まれたガラスには、事務所の名前が書かれています。その文字の間をカメラが抜けているように見せるため、後から文字を表示させる、というアニメーションをテスト的に作成し、それが採用されました。
竹内:高原さんがプリビズを操作しながらテストアニメーションを見せてくれたときには、現場がどよめきました。3DCGはその場でチェックでき、ほぼゴールに近い映像を見られるのがメリットですね。サビの透乃眼と夜香が散歩するシーンも絵コンテの前にプリビズを見せてもらうことで、アニメーターに意図を伝えやすかったです。
――絵コンテより前にプリビズがあったことが、重要だったのですね。
竹内:サビの散歩シーンでも、プリビズのおかげで「お芝居がないとつまらない」、「間延びする」といった点に、事前に気づくことができました。
Grease Pencilを使った絵画的な絵づくり
――Grease Pencilによる絵づくりを採用した意図はどのような理由なのでしょうか。
竹内:OPのルックの話をしていたときに、SNSでバズっていた3D技術の紹介を見て、「これをアニメでやれたら面白いルックになる」と提案しました。参考にした映像は柔らかく、平面すぎないのに絵の良さがありました。本作のOP映像では途中からシネマスコープになります。これは主人公の夜香が思い描く未来・夢を表現するためにフレームサイズを変えたのですが、そこでGrease Pencilを使うことで、現実とは別の空間を演出できたと思います。
――監督もGrease Pencilに関心があったとのことですが。
瀬田:映像をつくる際には3Dと2Dの良さ、不自由さを常に考えていて、それぞれを融合させた新しい表現を目指しています。日頃からXなどで世界中のクリエイターの試作を参考にしていて、特に3DCGの世界ではGrease Pencilを使用するGAKUさんを長い間、追っています。Grease Pencilは2Dのアナログ的な質感、自由なシルエット、不完全さを担保しながら、空間表現の弱点を補うという点で注目していました。
――透乃眼と夜香の散歩シーンでは、3DCGのガイドで作画キャラクターと3DCGの背景を合わせたとのことですが、速度のマッチングが難しそうです。どのように調整しているのですか。
竹内:作画のキャラクターと3DCGの背景を合わせて撮影すると、足が滑って見える現象がよく起きたので、高原さんが何度も調整してくれました。背景とセルのAfter Effectsを使った合成まで、高原さんにやっていただきました。
高原:目の見えない夜香の歩き方については、盲学校を取材させていただいた資料にまとめていましたよね。
瀬田:はい。目が不自由な方がどのような日常生活を送っているのか、横浜市立盲特別支援学校に取材協力していただきました。
本編でも活かされた3DCG表現
――本編でも3DCGが活用されているとお伺いしましたが、どのようなところで利用されているのでしょうか。
石井:3Dレイアウト(以下、3DLO)として3DCGを活用しています。探偵事務所や主人公の部屋など、室内は基本3DLOを基に作画しています。3DLOは2社ほどにお願いして作成してもらっています。
最初、パースのある背景の中での歩き作画があまり上手くいかなかったので、高原さんに3Dガイドを作成してもらい、クオリティを上げていきました。このように作画が崩れやすいところに3Dガイドを使用することで、一定水準を保つことができました。
竹内:獣人キャラクターは実在しないため作画が難しいので、3DCGで首から上のバストアップモデルをつくってもらいました。回転できる3Dモデルを作画の参考として使用することができ、とても助かりました。
瀬田:本作の魅力は、登場人物の属性が、透明人間・目の見えない女性・獣人・中年男性など、バラエティに富んでいる点にもあります。そのためキャラクターの描き分けがとても難しい。
アニメーターは自分の興味のある部分に意識が集中しがちで、可愛い女の子が得意でもおじさんは苦手、男性が得意でも女性は苦手など、作画クオリティにバラつきが出ることがあります。そこで一定のクオリティを保つため、3Dによるガイドを用意して作画の指針としました。例えば獣人の口の構造、マズル(動物の目の先から口先までの突き出た部分)、前髪のかかり方までガイドで示すことで、誰でも一定のクオリティで作画することができるようにしています。
高原:3DLOではBlenderを監督自身が触って調整していましたよね。
瀬田:はい。「このアングルがほしい」というのを口頭や文章だけでなく、具体的な3DCGで指示を出してリテイクを減らすよう努めました。Blenderでモデルがあるならカメラを置いて撮り、その画面をコンテに貼り付けるということを1話から行なっています。3DCGを活用したからこそ、具体的な指示で意思疎通がしやすくなりましたね。
人の力でつくるアニメーション
――最後に、本作に携わった感想をお願いします。
石井:初めてアニメーションプロデューサーにアサインされた作品です。スケジュール調整には苦労しましたが、派手な作品ではない分、クオリティの向上に力を入れました。様々な方に助けられてつくられた作品だと思っています。
竹内:様々な挑戦をさせていただいた作品でした。個人的に大きかったのは第3話で多分アニメの歴史でも前例がない、「個人作家が制作グロスでTVアニメの1話数をつくったこと」です。まず信頼して制作費を預けてくださったProject No.9さんや、期間中も制作のサポートをしてくださった石井さん、クリエイティブを信じて任せてくださった瀬田監督、なにより3話のためにご助力してくださったスタッフの皆さんに感謝しております。
「できるかわからないけど、やれると思うんでやらせてください」と今までの作品も乗り越えてきました。未熟なので日々成長ではありますが、これからもその瞬間の最高のパフォーマンスを見てもらえると嬉しいです。
高原:皆さんの力が結集してすごい作品になっています。視聴者の方はもちろんですが、大きなトラブルなく最後まで完成させたスタッフにも感謝を伝えたいです。
瀬田:作品が始まる前は、目の見えない夜香の日常演技を描くことに、身構えてしまっていました。しかし、実際に盲学校を取材し、学生の皆さんと触れ合ううちに、そこにいる方々が「目が見えない」ということを忘れてしまう、といった経験をしたんです。取材する前までは、目の見えない方には不自由で特殊な動作があるのでは、と、私のもっていた先入観を恥ずかしく思いました。
原作サイドからも「感動ポルノにしたくない」という話があり、あえて障害描写を強調していません。視覚障害者の方々は多彩で仕草も様々です。「こうだ」と決まった動きがあるわけではありません。ですから、作品では取材時の体験に基づき、普通の生活者として夜香を描いています。
この作品はTVシリーズ初監督作品でした。至らない点もあったと思いますが、皆さんにやりたいことを叶えていただき感謝しています。完成までに、人の力が大きく働いた作品で、メンバーに恵まれた作品でもありました。疲れたときに、ほっこりと、肩の力を抜いて何度でも観ていただけたらと思います。
――ありがとうございました。
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)/ Hirokazu Okawara
PHOTO_蟹 由香/ Yuka Kani
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada