アニメーション作家、ひらのりょうが手がけたNHKみんなのうた「にゃんこの哲学」のアニメーション作品が話題となっている。楽曲「にゃんこの哲学」は上田ケンジと小泉今日子による音楽ユニット「黒猫同盟」がNHKみんなのうたに初めて書き下ろした作品だ。

このアニメーションは、楽曲のトロピカルな雰囲気や懐かしいメロディ、小泉今日子の優しい歌声と、ひらの氏のポップで脱力感あふれる手描きアニメーションが見事に調和している。2分22秒のワンカットで、子供部屋を舞台に、男の子とそこで暮らす猫の関係性が丁寧に描かれている。

驚くべきことに、ひらの氏はBlenderとProcreateを用いて、たった一人でこの作品を作り上げた。特にBlenderの習得にはわずか10週間しかかからなかった。今回、ひらの氏へのインタビューの機会を得たので、「にゃんこの哲学」のコンセプトや、Blenderをどのように習得し、活用したのかを紹介していこう。

記事の目次
    ▲ NHKみんなのうた「にゃんこの哲学」 アニメーションビデオ

    ひらのりょう

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    ワンカットの映像は、観る人がその世界に入り込みやすくなる

    CGW:NHKみんなのうた「にゃんこの哲学」の映像制作をするうえで、まずはどういったことを狙ったのか教えていただけますか?

    ひらの:まずは黒猫同盟さんのうたを聴いた最初の印象を大事にしようと考えました。スチールギターが入ったトロピカルな雰囲気とどこか懐かしいメロディ、そして小泉今日子さんの「にゃんこにゃんこにゃんこ〜」のやさしい歌声。
    上田ケンジさんが書いた歌詞では、猫と過ごしたことのある人なら誰もがわかるような、にゃんこあるあるや、猫がもつ優しさ、奥深さが ”猫”と”僕”の関係性のなかで歌われます。
    さらに、”三半規管”や”空中立位反射”といった難しいワードが入っているのも特徴的で、猫の癒しや可愛さの側面だけではなくアクチュアルな動物としての部分も表現されているのかなと感じました。

    ひらの:私自身、小学校に上がる前から現在に至るまで猫と一緒に過ごしてきたので、歌の情景がすぐに思い浮かびました。猫は、私たちを癒してくれる可愛い存在である一方、理解できない部分も多く、命ある動物として一緒に過ごすには可愛さだけでは済まないこともあります。

    「にゃんこの哲学」は、猫と人間の酸いも甘いもすべてを含んだ関係性への賛歌だと解釈し、自分が猫と過ごしてきた実感をできるだけ素直に描くことにしました。

    CGW:ひらのさんの実体験がベースにあるわけですね。

    ひらの:舞台設定を自分が子供の頃の部屋にして、楽曲から受けた最初のイメージとすり合わせていきました。懐かしい空気感を出すために、自分の幼少期より少し前の時代の子供部屋を参考にしたり、観葉植物をたくさん配置してトロピカルな雰囲気を演出したりなどです。

    CGW:「にゃんこの哲学」は2分22秒という長さです。演出面ではほかにもかなり工夫を凝らされたのでは?

    ひらの:そうですね。いろいろな場面に移動はせず、一つのシチュエーション(部屋)で完結させるのが効果的だと考えました。最終的には、子供の部屋を舞台に2分22秒ノーカットで黒猫と男の子が動き続けるというアイデアに落ち着きました。ワンカットの映像は、観る人がその世界に入り込みやすくなり、猫と過ごしてきた実感を素直に描くのに最適な方法だと考えました。

    CGW:ずっと同じ部屋の絵ばかりでは単調になってしまうのではないかという不安はありませんでしたか?

    ひらの:それを回避するために、朝→昼→夕方→夢の世界という時間軸の変化を取り入れました。歌詞では「僕」の視点から猫との関係性が歌われていますので、映像ではカメラを猫の視線の高さにおいて、猫側の視点から「僕」との関係性を描こうとしました。

    これにより、「にゃんこ」と「僕」の環世界が補完し合って合体するような映像作品を目指しました。

    黒猫同盟の楽曲は各種配信サービスやyoutubeでもジャケットはひらの氏が制作
    https://jvcmusic.lnk.to/nyankonotetsugaku

    アニメーション制作のために、10週間でblenderを習得

    CGW:NHKみんなのうた「にゃんこの哲学」アニメーション制作では背景制作にBlenderを使用されたとのことで、使用経緯やどういったメリットがあったかお伺いできますか?

    ひらの:学生時代にマックス・フライシャーの『ステレオプティカル撮影法』に感動し、2Dアニメーションと立体感のある背景の組み合わせに魅了されました。ステレオオプティカルは、1936年に特許取得された2Dのキャラクターの前後にミニチュアの背景を配置して撮影する手法です。実際に模型をつかって背景を撮影するのはとても大変なもで。

    CGW:フライシャースタジオはこの手法のおかげで傾きかけたなんて話があります。

    ひらの:なので、CGで代替できないかと考えていました。

    Max Fleischer's STEREOPTCIAL PROCESS

    ひらの:これまでは2Dアニメーションをベースにしていて、立体的な表現はAfter Effectsの3Dレイヤー機能に頼っていましたので、Blenderをしっかり学びたいという気持ちはずっと持っていました。

    独学ではなかなか身に付かなかったので、2024年初めにAzusa Tojo先生の10週間のBlenderクラス「Blender Class for 2D Artists」を受講しました。

    CGW:あっそうだったんですね。

    ひらの:Blenderの基本から始まり、毎週課題を提出して学びました。

    CGW:とにかくBlender筋をつける!!というハードなクラスだとか?

    ひらの:そのおかげもあって、クラスの終了後にはBlenderをだいぶ扱えるようになりました。Blenderを学んだことで、やりたくても技術的に二の足を踏んでいた表現やアイデアの幅がグッと広がりました。特に、ワンカットのアニメーションはいつか挑戦したいと思っていたので、「にゃんこの哲学」で実現できたことが非常に嬉しいです。

    CGW:Azusa先生、それを聞いたらきっと喜びますよ。

    ひらの:Azusa先生はもちろん、同じタイミングで受講した方々や先輩たちが素晴らしいアーティストばかりでBlenderの使い方だけでなく構図の作り方やコントラストの重要性など、学びと出会いがたくさんあったので、みんなにおすすめしたい講座です。

    Azusa Tojo先生のBlender講座でつくった課題(©︎2024 Ryo Hirano)

    水彩風に描かれた猫と手作り風の世界はどのように作られたか?

    CGW:メインキャラクターである猫のデザインや、背景のデザインについて教えて頂けますか?

    ひらの:初期段階でメインキャラクターである猫のデモをいくつか作り、水彩調で描かれた猫のキャラクターを採用しました。猫のデザインは無表情で少し不気味だったり、体の伸び縮みを誇張したりと、可愛さをベースにちょっとだけ異様さも含ませました。

    ひらの:背景のデザインにおいては、この水彩で描かれた猫が背景と馴染むように調整しました。部屋の机や本、おもちゃ、観葉植物などの小道具をローポリでモデリングし、全体的に手作りのような雰囲気を出し、シンプルな造形の猫が馴染むようなリアリティのラインに調整しました。

    ひらの:テクスチャとして水彩の素材をほぼすべてのモデルにうっすらと適用し、背景の一部にグリースペンシルを使用し手描き感を補強します。

    ひらの:さらに、猫のアクションにあわせて小道具が動くようアニメーションをつけることで、3Dの背景の世界に素材の違う2Dのキャラクターを配置しても、ちゃんとその世界にいるんだなと思えるように工夫しました。

    「猫」と「僕」のアニメーションは一枚一枚、2Dで描いています

    ひらの:3D空間でカメラを過剰に動かしてしまうとCG感が強くなり過ぎて「猫と過ごしてきた実感をできるだけ素直に描く」という目的から離れていってしまうため、カメラの動きはなるべくシンプルにほぼ回転だけにします。

    猫のアニメーションは楽曲の歌詞に合わせてつけたため、楽曲と猫のアクションと背景がマッチする位置を調整するために、綿密なビデオコンテを作成しました。

    CGW:「猫」と「僕」のアニメーションはどのように制作しているんですか?

    ひらの:メインキャラクターである「猫」と「僕」のアニメーションは一枚一枚、2Dで描いています。使用したソフトは、2023年11月にリリースされたばかりのiPad専用アニメーションアプリ「Procreate Dreams」です。まずこのアプリの操作に慣れるまでかなり苦労しました。シンプルに作画するには、とても使い勝手がよくどこでも作業できるので最高でした。

    制作プロセスとしては、Blenderで書き出した動画データをiPadに読み込み、ビデオコンテを参考にしながらキャラクター動きを付けていきます。3D背景の動画の上に、ひたすら2Dアニメーションを描いていくというシンプルな方法です。

    猫の位置は背景の畳の目を参考にしながら、人力でトラッキングし、カメラの動きや位置に対して不自然にならないよう慎重に進めました。

    初めて行ったプロセスだったため、何度もリテイクを重ねました。ワンカットの映像ということで、アニメーションの作画に切れ目があまりなく、先の長い作画工程に何度か心が折れそうになりました。

    CGW:それでも一人で作りきられたんですね。

    ひらの:もともと私が小泉今日子さんのファンだったので、今回のお話をいただいたときは天にものぼるような気分だったのですが、製作中はこの映像をどう思ってもらえるかというのを考えるたびに勝手にプレッシャーに感じてしまって、自分を追い込んでしまってました。

    先日ラジオで「にゃんこの哲学」の話をされていたときに”ひらのりょう”の名前を出してくださって、本当に感無量というか、こういうことが人生であるんだなと感慨もひとしおです。

    ▲ NHKみんなのうた「にゃんこの哲学」メイキング

    CGW:活動においてCGをどのように活用していきたいですか?

    ひらの:今回使用した手法は、前述した通りフライシャーが1930年代に開発したものですし、いろんな作家さんがすでにやっているので決して目新しいものではありません。ですが、個人作家としてひとりで全部の過程をこなせたのが経験として大きかったと思っています。

    これからも実験を重ね、自分のスタイルに合わせてCGをうまく取り入れていきたいと考えています。特にBlenderのGrease Pencil機能に注目しており、使いこなしているアーティストの動画を見ながら日々研究しています。

    CGW:制作に取り入れてみたいソフトがあれば教えて頂きたいです。

    ひらの:最近気になっているソフトは、アイルランドのアニメーションスタジオ、カートゥーン・サルーンが活用している「Moho」です。2Dのリグアニメーション制作ソフトで、一枚一枚描いたような手描き感のある線を再現できる点にとても魅力を感じています。

    CGW:最後に、ご自身の活動として今後手掛けていきたいことをお伺いできますでしょうか?

    ひらの:個人の作品作りにも力を入れていきたいと考えています。Blenderを学んだことでできることの幅が広がったので、短編アニメーション作品を少しずつ作り上げていく予定です。またAzusa先生の講座で学んだBlenderを2Dのイメージに応用するテクニックは、漫画やイラストにも大いに活用したいと考えています。

    話は変わりますが、昨年から冬の間だけ近所の編み物教室に通ったんですよ。編み物はCGのモデリングと脳の使い方が少し似ていて、いままでデジタルでしかできてなかったことがフィジカルで出力できる感覚にハマっています。考え過ぎたときに思考をリセットするのにも役立ち、CGと編み物のおかげで苦手意識をもっていた立体感覚を培えました。せっかく覚えたので、編み物作品も作っていこうと考えています。

    CGW:ありがとうございました。NHKみんなのうた「にゃんこの哲学」公式サイトから1分くらい視聴可能ですが、フルバージョンはぜひ放送でご確認ください!
     

    TEXT_ひらのりょう
    EDIT_池田大樹(CGWORLD)