2023年5月に創業したHoudiniをメインツールとした、クリエイティブブティック「inbetweenインビットウィーン」。国内有名プロダクションや海外で経験を積んだ第一線のクリエイターたちが集い、エッジの効いたクリエイティブ制作で、広告映像からトータルデザインまで幅広くカバーする。海外も視野に入れ、精力的に活動するチームの主要メンバーに話を聞いた。

記事の目次

    日本発、Houdiniを用いたユニークな表現とトータルデザインを武器にしたブティックスタジオが誕生

    CGWORLD編集部(以下、CGW):本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介をお願いします。

    星 竜太氏(以下、星):星です。SIGNIF荒牧康治と共に立ち上げて経営に関わりつつクリエイティブをやってます。前職ではsevenshuffles(セブンシャッフルズ)に所属していました。

    ▲ inbetweenプロデューサー/SIGNIF COO・星 竜太氏

    柳生大志氏(以下、柳生):inbetween代表の柳生です。キャリアとしては新卒でjittoに入社して5年ほどデザイナーをやってから、ロンドンに行きました。そこで4年ほど、デザイナーとして、様々なクリエイティブブティックの案件を手がけていました。コロナ禍でロンドンがロックダウンするというタイミングで日本に戻って、今は福岡を拠点にしています。

    ▲ inbetween 代表、アートディレクター・柳生大志氏
    www.taishiyagyu.me

    高岸  寛氏(以下、高岸):高岸です。前々職はLUDENS(※現:TREE Digital Studio LUDENS事業部)に在籍していましたが、そこから、より映像をツールとして空間などにインストールするような仕事をしたいなと思ってWOWに入社し、ディレクターなども経験して、今年からinbetweenに加わりました。

    inbetween COO、ディレクター・高岸 寛氏
    takagishi.myportfolio.com/projects

    近藤日明氏(以下、近藤):近藤です。新卒でsevenshufflesに就職して、そこで星と知り合い、3年ほど勤めました。そのあと、星がSIGNIFをはじめるぐらいのタイミングで僕もフリーランスになって、去年の5月、inbetweenの起ち上げに加わりました。

    ▲ inbetween CTO、テクニカルディレクター・近藤日明氏

    高いコミュニケーションの密度を実現し、 欧州スタジオを凌駕する、映像品質を目指す

    CGW:早速ですが、inbetween起ち上げの経緯を教えてください。

    柳生:僕はもともと、jitto在籍時から高岸と仲が良くて、よくふたりで飲みに行ってたんです。お互いやりたいことの方向性も似ていたので、「将来は自分たちでスタジオやりたいね」なんて話もしてました。

    高岸:それで、4年ほど前に「よし今からやるぞ!」って誘われたんですけど、諸々タイミングが合わず……(笑)。

    柳生:「おいおい!」と(笑)。それで、そういう話をしてるタイミングで、星さんから「柳生さん、一緒に会社つくりませんか?」って、相談されたんですよ。
     
    CGW:タイミングが重なったんですね。星さんは柳生さんと高岸さんの間で起きてたことは知っていたんですか?
     
    :いえ、当時は高岸とは直接の面識がなかったのですが、WOW時代からかっこいい仕事しているなと思ってました。僕はいろいろなクリエイターと仕事をするポジションなので、以前から近藤と柳生も力量がずば抜けていると思っていたんです。Houdiniの使いこなしはもちろんですが、画づくりもエフェクトも含めたクリエイティブができるので、チームにしたら面白いと考えていたんです。
     
    柳生:星さんはプロデューサー的な視点で見てくれていたことがわかって、僕はもう二つ返事で「ぜひやりましょう!」と答えました。
     
    CGW:皆さん、それまでも第一線で活躍されてたわけですが、どうして新しいスタジオをつくろうと考えたのでしょうか?
     
    柳生:ロンドンでの経験が大きいですね。日本の広告制作では、ヨーロッパのスタジオがつくった映像をリファレンスとして広告をつくるケースも多いと思うのですが、元の映像作品よりも、少ない期間と少ない予算で、同じクオリティのものを同じテイストでつくるということにモヤモヤしてたんです。僕はデザインやアイデアから考えることが好きなので、CGアーティストが主軸となって展開するクライアントワークが日本でもできないかと思っていたんです。高岸ともよくそういう話をしていて。なら、まずはヨーロッパに行ってみようと思ったんです。それで、実際行ってみて、「やっぱり日本のスタジオでもできるな」と感じたんですよね。
     
    CGW:具体的にどのようなことが“できる”と感じたのでしょうか?

    柳生:日本とヨーロッパでアーティストの技術的なレベルに大きな開きはないと感じています。大きなちがいはコミュニケーション密度の濃さだと実感しています。僕がヨーロッパでいた環境ではコミュニケーションの蓄積をとても大事にしていました。そのあたりをきちんとチームで習慣づけられれば日本でもチームとして戦っていける、と思いました。

    CGW:なるほど。それはとても重要なポイントですね。日欧のワークフローは具体的にどのようなちがいがあるのでしょうか?
     
    柳生:向こうでは「Daily」と呼ばれているミーティングがあって、アーティストが提出した毎日の進捗やテストに対して、ディレクターを中心にチームでフィードバックをするのが通例です。日本だとDailyに相当するミーティングは週1回とか。2週間に1回というところもあるかな。
     
    CGW:頻度が全然ちがいますね。
     
    柳生:そうです。Dailyなら方向性のズレを最小限に留めて軌道修正しながら進められます。でも、日本で2週間に1回のミーティングで「こうじゃないよね」と言われたら、それまでの2週間が無駄になってしまいますよね。このちがいを埋めるには、新しいスタジオでワークフローをイチから創る必要があるなと思ったんです。

    クリエイティブの背景、プロセスも大事にしたい。 ブランディングから相談できるパートナーを目指す

    CGW:納得しました。それでは次に「inbetween」という社名の由来について教えていただけますか?

    柳生:「inbetween」というのは一連のながれの中の中間地点、進化の過程といった意味合いですが、映像においても、最終成果物の見た目が格好良いのは当たり前として、そこに至るプロセスやバックグラウンドを大切にしたいという想いがあり、社名にしました。今、AIがこれだけ進化してきている中で、コンセプトやコンテキスト、「どうやって、どういうながれでそれをつくったのか」みたいな、AIがまだ対応していないところを大切にしたいという気持ちが込められています。

    CGW:コンテキストを大切にするチーム、ということですね。現在はどういった案件を手がけているのでしょうか?

    :比率として多いのは、コマーシャル映像やアーティストのプロモーション映像ですね。

    高岸:もうひとつの軸として、ブランドのトータルデザインにも力を入れています表層的なデザインを創り出すのではなく、根幹的な部分に寄り添って、クライアントと共に創りあげ、空間演出やパッケージデザインなど、映像の枠に捉われない提案をしています。

    柳生:現在はエレコムさんでプロダクトのグラフィックの提案、アートディレクションをさせていただいているほか、福岡の醸造所LIBROM(リブロム)さんではブランディングからお手伝いさせてもらっています。

    ▲ 株式会社LIBROM
    librom.jp

    2021年にオープンしたクラフトサケ醸造所「LIBROM Craft Sake Brewery」のブランディング、アートディレクション全般を担当。ブランドロゴのデザイン、プロダクトのボトルの選定やラベルデザイン、パッケージデザイン、販促用グラフィックデザイン、グッズデザイン、SNS向け動画のクリエイティブの制作運用など。なお、LIBROMでは現在クラウドファンディング実施中

    CGW:国内と海外の案件の比率はどのくらいですか?

    柳生:今はざっくりと国内が7〜8割、海外が2〜3割といったところですね。

    高岸:将来的には国内と海外で半々ぐらいにしたいね、と話しています。

    ▲ 柳生氏の制作事例 Beats By Dre『The Beauty of Sound』
    柳生氏による、海外アーティストとのコラボレーション事例。CGデザイナーはポルトガル、オーストラリア、ニューヨーク、そして日本(柳生氏)の4名のグローバルチームで、柳生氏は卵のデザインやラストカットのCG制作を担当した

    メインツールはHoudiniが“しっくりくる”

    CGW:inbetweenのメインツールはHoudiniということですが、そのあたりのお話を伺わせてください。

    柳生:現時点でしっくりきていて、最適解だと思うから、でしょうか。

    近藤:Houdiniはとにかくなんでもできてしまいますからね。制作ツールをあれこれと切り替えずに納品までいけます。他のアーティストがつくったファイルもいじりやすくて、データを共有しながらの仕事もしやすいので、チーム内でワークフローを統一するうえではHoudiniがいちばんしっくりくるかなと。

    柳生:あとは、チェックバックの内容によっては最初のグリッドまで戻っても問題ないところも、すごく助かってます。ノードベースなのでどこまでモデリングを進めたとしても戻りやすいんですよね。

    CGW:inbetweenは全員がHoudiniユーザーなのですか?

    柳生:ここにいる4人はそうです。もうひとり、グラフィックデザイン畑出身でCG未経験だったデザイナーにも、いきなりHoudiniを覚えてもらっています。

    ▲ 高岸氏の制作事例 『STATUE EXPERIMENT』
    高岸氏がHoudiniを触りはじめた頃のパーソナルワーク。「ヌメッとした質感で、何かにおいがしそうな空気感のある映像表現がしたいと思ってつくったものです。当時、柳生くんに『こういうシミュレーションどうやってやればいいの?』と教えてもらいながら遊んでました」と高岸氏。なお、高岸氏のポートフォリオサイトには、WOW在籍時のワークを含め、多数の制作事例が紹介されている
    takagishi.myportfolio.com/statue-experiment
    ▲ 近藤氏の制作事例 アニメ『TRIGUN STAMPEDE』オープニング映像
    CGWORLD.jpでもメイキングを紹介したアニメ『TRIGUN STAMPEDE』OP。近藤氏はシミュレーションベースの砂や煙の表現を担当した
    ▲ 近藤氏の制作事例 millenium parade『Secret Ceremony』
    動画内、1分前後から登場する「データモッシュ」表現。Houdiniの特性を活かして、実写やCGなど多様な種類のデータを混ぜ込んだユニークなルックである。「実写素材をカメラマップにしたものをHoudiniでレンダリングして、それをさらにカメラマップにして点群にして、最後にフィードバックでいっぱい後ろに並べて……。データをごちゃ混ぜにしています」(近藤氏)
    ▲ 近藤氏の制作事例 『Particle Poetry – The Lighthouse of Digital Art | Berlin』
    オーディオビジュアルユニットの「FLIGHT GRAF(フライトグラフ)」と共同制作し、ドイツで展示中のインスタレーション作品。近藤氏はシミュレーションデザインとモーショングラフィックスを担当した。「プロジェクションマッピングの“見え感”を検証するしくみをHoudiniの中につくって、シミュレーションして見た目のチェックをしました。そういったものも割と簡単につくれてしまうのがHoudiniの懐の深さですね」(近藤氏)

    Inbetweenが目指すもの。 ブランディングを通じて国内企業の海外進出もサポートしたい

    CGW:先ほど、ゆくゆくは海外と国内の比率を半々にしたいというお話がありましたが、海外に目を向ける理由を教えてください。

    柳生:ねらいはシンプルで、広いマーケットでたくさんの人に見てもらえる仕事をしたいということですね。そのときに武器になるのは、僕らが日本で生まれ育ったからこそもっているエレメントかなと思っています。

    CGW:エレメントと言うと、日本人の文化的背景、でしょうか?

    柳生:そうですね。“手癖”というか何というか。僕はこれまで、様々な国の人たちと働いてみて、やっぱりそのクリエイターの生まれ育った環境、文化が、“手癖”みたいになって色や形、つくるもののエレメントに現れてくるように思うんですね。例えば日本には漫画やアニメ、2.5Dから(日本ならではの)YouTube表現まで、独特なカルチャーに根ざした表現がたくさんありますよね。僕らがつくるものはそこではないですが、僕ららしい“手癖”が必ずあると思っていて、それをinbetweenのチームでR&Dしながらブラッシュアップして、海外での強みにしていきたいんです。

    近藤:僕らだけでなく、海外に打って出ようとしている日本のベンチャーも増えてますよね。先ほどもお話した福岡の醸造所のLIBROMさんもそのひとつですが、inbetweenはそうした企業のブランディングのお手伝いもしていて、コンテンツだけに留まらない海外との繋がりをつくっています。

    柳生:LIBROMさんは今年からイタリアにも酒蔵をつくって、イタリアでも日本酒を造ってるんです。

    CGW:今後の展開も楽しみですね。海外進出に限らず、これからやっていきたいことはありますか?

    柳生:これは(チームに)反対されるかもしれないんですけど(笑)、自社ブランドをつくりたいなと思っていて。それはIPなのかプロダクトなのか、なんなのかはわかりませんが、僕らがもってるリソースを使った、僕らだけの作品を将来、創りたいなと思っています。

    高岸:僕はもともと幼少期から、ピアノをやっていたこともあって、デバイスを使って人の感情を揺さぶるということに興味があるんです。それで、これは社内で少し話をしているんですが、アナログなアートと3DCGを融合した展示をやってみるとか、オリジナルワークに近い活動もやっていけたらと考えています。

    :コンテンツやしくみだけだとやはり消費されてしまうので、体験とか消費されないものに寄り添わないといけないなと思っています。それがマネタイズできるようになるのがベストかなと。まあ、僕らは“質”で海外まで殴りに行きたいと思ってます(笑)。

    CGW:力強いですね(笑)。ありがとうございました。

    ▲ 右より、CTO&テクニカルディレクター・近藤日明氏、プロデューサー・星 竜太氏、CEO&アートデイレクター・柳生大志氏、COO&ディレクター・高岸 寛氏、デザイナー・宮脇胡桃氏、プロジェクトマネージャー・舩本真理菜氏(以上、inbetween

    取材はSIGNIFのオフィス(東京都品川区)で行われたが、ふだん柳生氏は福岡、近藤氏は名古屋、星氏と高岸氏はSIGNIFオフィス内で、それぞれリモートで業務にあたっている。チェック用のファイル共有にはDropboxを、コミュニケーションやチェックバックにはSlackを使用。週3日は常時接続のハドルミーティング(Slackのワークスペース内で行える音声通話)で雑談などもしているという

    TEXT__kagaya(ハリんち
    INTERVIEW_池田大樹/Ikeda Hiroki(CGWORLD)
    EDIT_海老原朱里/Ebihara Akari(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充/Hirota Mitsuru