世界中に多くのファンを持つ名作コミック『トライガン』を令和の時代に再構築し、新旧のファンを魅了した3DCGアニメーション作品『TRIGUN STAMPEDE』。そのオープニング映像は作品の舞台や世界の有り様をコンセプチュアルに見せていく、独特の美学に基づいたオリジナリティあふれる仕上がりだ。
制作を担当したのは気鋭のCGスタジオSIGNIF。映像コンセプトの立て方から、背景CGとセル調のキャラを馴染ませるマジック、Houdiniを使った細部への新たな技術的アプローチまで、クリエイターのこだわりをオープニングディレクターの荒牧康治氏とVFXアーティストの近藤日明氏にたっぷりとうかがった。
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少数精鋭でつくられた、クオリティの高いオープニング映像
CGWORLD(以下、CGW):まずは『TRIGUN STAMPEDE』オープニング(以下、OP)映像を、SIGNIFさんで担当されることになったきっかけを教えていただけますか?
荒牧康治氏(以下、荒牧):TOHO animationの武井克弘プロデューサーからお話をいただきました。2021年にSIGNIFのリールをtwitter上で公開していたのですが、それをご覧になったことがきっかけでお声がけをいただきました。その時点では本作のお話は出なかったのですが、数ヶ月後にOP映像制作のご依頼がありました。
CGW:OP映像についてはどんなご要望がありましたか?
荒牧:プロジェクトを始めるタイミングで、武藤健司監督や和氣澄賢プロデューサー、オレンジの方々とお話する機会がありました。そのときに「(主人公の)ヴァッシュさえ登場すれば他は自由に考えてもらって大丈夫です。一般的なアニメOPの構成に縛られないものを」とのことでした。
最初にオープニングの方向性として挙げられたのが、HBO制作のドラマシリーズ『ウエストワールド』(2016~)のOPシーケンス。武藤監督は、以前弊社で制作をした『龍の歯医者』(スタジオカラー制作:2017)のOPをご覧になっていて、そのときのようなグラフィカルな表現も取り入れたいとお話をいただきました。
そこで、海外のOPシーケンスのようなコンセプトを重視した表現と日本のアニメ文化を融合させて、ヴァッシュの心情に寄り添った映像づくりをしていこうと考えていきました。
CGW:制作体制について教えて下さい。
荒牧:僕がディレクターで、近藤日明くんが主にVFXの担当で、メインはこの2人です。一部のマテリアルやモデルの調整、近藤くんのサポートを弊社のデザイナーが担当しています。キャラクターや銃、建物といった3Dモデルはオレンジさんが本編で制作したものをご提供いただいています。また、クレジットデザインはグラフィックデザイナーの草野 剛さんにお願いしています。
CGW:OP映像とはいえ、非常に少人数で制作されたんですね。
荒牧:そうですね。最近、劇場作品のような大人数が関わるプロジェクトに携わることが多く、今回は潤沢な制作期間をいただけたので、せっかくならミニマムな人数で熱意を共有し、それぞれの尖った部分が存分に発揮できる体制で臨みたいと思い、少人数で当たらせていただきました。
CGW:開発期間はどのくらいありましたか?
荒牧:この仕事にかかりきりだったわけではありませんが、半年ほどの期間はいただけました。最初にイメージボードを出したのが2022年5〜6月の頃でした。そこから、R&Dをしつつ、オレンジさんからOPで使うシーンやモデルデータをご準備していただいて本格的な作業を進めていく形でした。
メインモチーフ「砂時計」を、セル調の表現とCGを融合させ表現
CGW:OP映像のコンセプトについてはどのように考えられましたか?
荒牧:内藤(泰弘)先生の原作と、アニメの絵コンテ、その時点でできあがっている本編のプリビズを拝見し、案を練っていきました。そこで今回の『TRIGUN STAMPEDE』に通底するテーマとしては「表と裏の構造」、そして「時間」があると考えました。
今回のOPでは、キャラ紹介パートがあって、アクションパートが続くというような王道の流れでなく、映像の展開を含めた全体を通して一貫したコンセプトを持った映像表現を目指しています。それを象徴するメインモチーフが「砂時計」です。
今作では、ヴァッシュの時間軸と他のキャラクターの時間軸が違っていたり、世界自体もロストテクノロジーに支えられつつも不可逆的に崩壊に向かっていくという、 「時間の流れ」がテーマの一つになっていたので、それを映像上でも表現したいと考えました。
CGW:映像制作を始める時点でOP楽曲は決まっていましたか?
荒牧:はい。僕はもともとモーショングラフィックスを制作していたので、音と映像が同期するときの気持ちよさを重視しています。この作品でも曲のイメージを映像でより補強し拡張させるような演出をしていくことを意識し、曲を聴きながら展開を考えていきました。
映像は大まかに3つの階層に分かれています。イントロ+Aメロで人々が生きる砂の惑星を、Bメロで砂の惑星を下支えしているプラント(生態動力炉)やロストテクノロジーを、そしてサビではヴァッシュの心象風景を見せることで、トライガンの世界観とヴァッシュが表に見せる顔と、その裏にある苦悩を表現しています。
そして、最後のアウトロでは砂時計が反転するかのように、再び砂の惑星の世界に戻っていくことで、苦難の中でも再び歩き出すヴァッシュを想像できるような構成にしています。
荒牧:コンセプトを決めた段階で、砂の表現が映像の肝になるという確信がありました。そのため普段は時間的な成約もあり、カットごとの表現手法を決めきらずに作業に入ることが多いのですが、今回は近藤くんがR&Dする時間を確保するため、表現手法も早い段階で固める必要がありました。
そこで詳細なビデオコンテを初期の段階で制作していきました。これを元にそれぞれのカットで行いたい表現と全体を通した印象を共有することでお互いが迷わず制作を進められたかなと思います。
CGW:全体的なルックの方向性をどのように考え、コンセプトに落とし込んでいきましたか?
荒牧:アニメのOPにおいて特徴的なルックを作る理由の一つに、CGとアニメキャラクターが同居することの違和感をなくすことが挙げられます。
今回は緻密な砂の表現とセル調のアニメをブリッジできるようなルックを作るためにフォトバッシュを用いたコンセプトアートを参考にしました。そこでは、写真素材のディテールを残したまま一部を書き加え、色味などを揃えていくことでディテール感と絵画的な印象を両立しています。
同様の効果を出すために、特定の部位や色にのみ作用するブラー処理によってディテールの緩急を作り、画面上のそれぞれの要素が持つ色合いとは別にルミナンスに応じて画面全体に統一した色を後から加えるといった処理を行っています。
荒牧:上の画像は調整をかけていない、コンポジットしただけの状態の画像です。ここからエッジの立ち方や色の馴染ませを行なうことで、コンセプトアート的な境界の入り混じった感じを出していきました。これによりセル調とCGの融合を図っています。
荒牧:ここでは絵画的表現に落とし込むことを目指しました。Sapphireのプラグイン、「distort blur」を使用して、ブラーをかけつつ画像自体に歪みを加えています。パラメーターを調節することで、絵の立ちすぎている部分を馴染ませています。ブラーをどの程度強くかけるかは、近藤くんのカットを含め全体を通して見てから、改めて調整を加えています。
荒牧:これはSapphireのプラグイン「s_warpchroma」を使用したカットです。ヴァッシュ自身の葛藤や溜まっている暗い感情を表現しています。横に伸びて吸い込まれるようなエフェクトをかけた上で、色彩を調整しています。
砂の波形は「World creator」を用いて作成
荒牧:これは今回初めて使った「World creator」というアプリケーションです。Cinema 4Dでは作りづらかった砂の地形を、このソフトを使うことで綺麗に出すことができました。
これはスタンドアロンで動くので非常に動作が軽いのが特徴です。僕は普段から試行錯誤を繰り返しながら作り上げていくスタイルなので、GPUでプレビューしながらリアルタイムで動かしていける仕様は、非常に使い勝手が良かったです。
砂丘の高さや砂紋など、フィルターをかけるような調子で形状にエフェクトをかけることができます。これでベースの形状を作り、hightマップを出してCinema 4Dに持っていきました。この他にも近藤くんの担当部分では砂漠をHoudiniで制作しています。
複数の手法を用いたことにより、グラフィカルな映像制作を実現した
CGW:荒牧さんのお仕事を振り返って、特に大変だったところはどんな部分でしょうか?
荒牧:グラフィカルにしてほしいというオーダーが一番難しかったと思います。今回のコンセプトアートのようなルックでまとめるという手法は、そうしたオーダーに対する解決作として試みました。すべての要素を橋渡しするための撮影処理にはどんな方法があるかを考えながら、先に挙げた手法をひとつひとつ考えていきました。
CGW:グラフィカルにしてほしいというオーダーと、砂漠という舞台に相性の良さがありそうですが、実作業をされた方からご覧になっていかがでしょうか?
荒牧:それはあると思います。僕自身、以前TVアニメ『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』の第2クールOPで(共同)演出を務めたときに砂の表現を用いたグラフィカルな表現を試みたことがあって。
今回はそれとは別にリアルな砂の表現をグラフィカルに落とし込む方法を編み出すというのを個人的な課題として持っていました。
CGW:『FGO』のタイトルが挙がりましたが、SIGNIFさんのお仕事履歴を拝見すると、Adoの『夜のピエロ』MVや、コミックス『僕のヒーローアカデミア』、劇場アニメ『プロメア』、キャナルアクアパノラマ『エヴァンゲリオン 使徒、博多襲来』、劇場アニメ『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』、Perfume、BABYMETALなど、著名な作品やアーティストがいくつも並んでいます。どんなきっかけでこれらのタイトルを手がけられるようになったのでしょうか?
荒牧:もともとは学生時代に映像系のサークルでショートフィルムを作っていたんです。ただ、学生レベルで撮れる映像に限界を感じて、モーショングラフィックスを始めました。
大学では周りにモーショングラフィックスを作っている人はあまりおらず、そうした作り手の集まる研究会に顔を出していたところ、後にスタジオカラーに勤める釣井省吾さん(代表作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』CGIリードアニメーター)と仲良くなり、そこからアニメーションに関わる仕事をいただけるようになりました。
先の『龍の歯医者』もそれにあたります。そこからカラーの小林(浩康、取締役デジタル部長)さんのご紹介で、アニメ業界の様々な方に繋いでいただいて、制作作品をご覧になってもらい、アニメの仕事が増えていきました。
CGW:携わっているタイトルも、どこか尖っていたりクールな作風と言った傾向があるように思えます。
荒牧:そうですね。従来のアニメの前提や常識に囚われないものを作りたいと思っている方が、外部の思考や表現を採り入れたいと考え、弊社にお声がけをしてくださるのではないかと、お話を聞いていて感じます。僕自身もすでに正解があるようなことに取り組むより、新しいことに挑戦して行きたいと思っています。
まだまだアニメにモーショングラフィックス的な手法や考え方を持ち込むことで発展させられる部分は多くあるはずなので、今後も様々な形でアニメとモーショングラフィックスを融合した表現を追求していきたいです。
Houdiniを活用した多彩な崩壊表現にフォーカスした後編記事はこちら!
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TEXT_日詰明嘉/Akiyoshi Hizume
PHOTO_竹下朋宏/Tomohiro Takeshita