映画『KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV』(2016)や『シン・ゴジラ』(2016)にモデラーとして参加し、「Autodesk Maya パーフェクトモデリング ウェビナー」『CGWORLD vol.203』特集1「メカCG究極テクニック」などで腕前を披露してきたフリーランス モデラーの今泉隼介氏。2015年からは東京デザイナー学院映像デザイン科の非常勤講師も務めており、1年生と2年生を対象にモデリングを教えている。本記事では、今年で3年目となる同氏の講義内容や学生のポートフォリオを通して、新卒モデラーに求められる力と、そのトレーニング方法をお伝えする。

記事の目次

    今泉隼介氏

    フリーランス モデラー&東京デザイナー学院 講師
    日本の高校を卒業後に渡米。カリフォルニア州立大学 ノースリッジ校を卒業後、ロサンゼルスのSight Effects Inc. とZOIC Studiosに勤務。2012年に帰国。国内でフリーランス モデラーとして、映画、コマーシャルなどの制作に携わる。得意分野は乗り物や背景などのハードサーフェイスのモデリングと、テクスチャリング。2015年からは、東京デザイナー学院 映像デザイン科の非常勤講師も務めている。 
    twitter.com/shunimaizumi

    多くの場合、モデラーの仕事にはテクスチャリングやシェーダ設定まで含まれる

    CGWORLD(以降、CGW):早速ですが、東京デザイナー学院で今泉さんが実施している講義の内容を教えていただけますか。

    今泉隼介氏(以降、今泉):Mayaを使ったモデリングの講義を2つ受け持っています。1つは1年生の後期に、モデリングとテクスチャリングの基礎を教える講義です。もう1つは、2年生の前期に、1年生で学んだことの応用を教える講義です。どちらも、期間は3ヶ月、週1回1コマ(180分/1コマ)、全12回、1クラスあたり25人という構成です。今年で3年目で、細部は少しずつ変更してきました。特に2年生向けの講義の内容は、学生には申し訳ないのですが、自分自身がまだまだ納得しておらず、手を変え品を変え、探りながらやっている状態です。

    CGW:今後も進化させたいという意欲をお持ちなわけですね。それぞれの講義内容を、さらに具体的に教えていただけますか。

    ▲本記事の取材は、2年生向け講義の終了後、東京デザイナー学院の教室にて行われた

    今泉:1年生向けの講義では、僕が制作したDumpster(ごみ収集コンテナ)をお手本に、同じものを制作しています。僕なら2日もあれば完成するモデルですが、学生の多くはMayaを触り始めて半年程度なので、全12回の講義を使い、ギリギリ終わるかどうかというスピードです。

    ▲今泉氏が制作した、Dumpster(ごみ収集コンテナ)の3DCGモデル。1年生向け講義では、このモデルの再現を通して、ポリゴンモデリング、テクスチャペイント、シェーダの設定、ルックデベロップメント(※1)からなる、基本的なモデリング工程を学ぶ。このモデルのレンダリングでは、フォトリアルなルックにするため、IBL(※2)が適用されている

    ※1 3DCGモデルにテクスチャやシェーダをアサインし、目的にかなうルック(見た目)になるよう調整する作業のこと。

    ※2 Image Based Lightingの略。実在する風景の写真や高精細な画像をライティングの色情報に使用して、シーンをレンダリングする方法。

    CGW:学生が手こずる作業に、何らかの傾向はありますか?

    今泉:Mayaの基本操作は1年生の前期に別の講義で学んでいますし、Dumpsterをモデリングする手順は細かく教えるので、ほぼ全員がついてこられます。一方で、UVの展開やテクスチャペイントは、殆どの学生が初体験ということもあり、手こずるケースが多いですね。とはいえ、多くの場合、実際のモデラーの仕事にはテクスチャリングやシェーダ設定まで含まるので、一連の工程を教えるようにしています。

    CGW:今泉さんが体得してきた実践的な手法を、ワークフローに沿って体験できるのは素晴らしいですね。ただ、モデリングではなく、テクスチャペイントのような2D作業で手こずる学生が多いというのは意外です。

    今泉:Dumpsterのテクスチャの場合、写真をベースに使っていますが、サビの部分は手でペイントしています。Photoshopを使い、テクスチャデータのマスクにペイントすることで、サビの表示領域を調節しているのです。似たような形のモデルであっても、適切なサビや汚れの表現は、置かれている状況、コンテンツの内容などによって変わります。臨機応変に必要とされるテクスチャをペイントできる応用力を身に付けてほしいのですが、手でペイントする作業は難しいらしく、時間がかかる傾向にありますね。

    リファレンスの入手が困難なモチーフほど、勉強できることが減る

    CGW:Dumpsterの制作を通して、1年生の後期にモデリングとテクスチャリングの基礎を学んだ学生が、2年生向けの講義を受けるのでしょうか。

    今泉:そうです。2年生の前期では、自分でモチーフを決め、リファレンス(参考資料)の収集から完成までの全工程を実践してもらいます。1年生のときのDumpsterとはちがい、お手本はなく、一連の手順を自分で考えなくてはいけないので、一気にペースダウンしてしまう学生もいて、それが目下の悩みです。もっと適切な内容の講義はないか、今現在も考え続けています。

    CGW:モチーフは、メカのようなハードサーフェイスでも、人間や動物のようなオーガニックなモデルでも、学生が好きに選んでいいのでしょうか?

    今泉:何でもいいですが、私の影響からかハードサーフェイスを選ぶ学生が多いです。ただし、「世の中に存在するものに限る」という縛りを設けています。

    CGW:実在しないロボットやドラゴンはNGというわけですね。

    今泉:これは私の経験に根ざした考えですが、新卒モデラーの作品では、再現力の高さが重視されます。世の中に存在するモチーフであれば再現力を評価しやすいですが、オリジナルのモチーフの場合は判断が難しいのです。「つくり込みが甘いのでは?」という指摘があったとしても、「こういうデザインなんです」という反論が可能です。もちろん実際の仕事では、実在しないモチーフやデフォルメされたモチーフを制作する場合も多々ありますが、まずは実在するモチーフの再現力を培うことが先決です。それができなければ、どんなモチーフであれ、説得力のあるモデルにはなりません。

    CGW:オリジナリティで勝負する前に、実在するモチーフを3DCGでしっかり再現できる力を修得してほしいとお考えなのですね。

    今泉:再現力を培うためには、モチーフをよく観察することが大切です。その点では、デッサンに似ていると思います。モチーフを観察し、モデリングをして、モチーフとモデルを比較する。またモチーフを観察し、モデリングをして、比較する......。このサイクルを繰り返すことで、観察力も再現力も上がっていきます。だから、自分の手に取って、様々な角度から観察できるモチーフが一番つくりやすいと学生には伝えています。手に取れないモチーフであっても、いつでもリファレンスの写真を撮ったり、観察できるものであれば、比較的つくりやすいです。リファレンスの入手が困難なモチーフほど、勉強できることが減りますし、再現が難しくなります。

    リファレンスを見ることなく、おぼろげな記憶でつくってしまうと、「完成」の判断を見誤るのです。未完成のモデルなのに、「完成した」と勘違いしたり、どうすれば完成するのか、わからなくなったりします。そういう学生には「リファレンスを見直そう」と繰り返し伝えます。具体的に「ここが観察できていない」と指摘する場合もあります。何度もリファレンスを観察していると、自ずと「ここがおかしい」「ここが足りない」といったことに自分で気付けるようになり、作品のクオリティも上がっていきます。

    CGW:モチーフの内容、リファレンスの量や質によって、得られる学びが変わってくるとなると、最初の判断が重要ですね。

    今泉:2年生向け講義の第1回では、学生全員と面談して、何をつくるのか話し合います。事前に「自分がつくれると思っている半分の量をもってきてください。12回でつくれると思うものは、実際には24回かかります」と伝えていますが、学生たちは制作経験が少ないので、見積もりの甘い人が多いですね。作品を見れば、その人のスキルはわかるので、個々人のスキルに応じて分量を調整しています。

    Portfolio01:荷田健二氏(2017年4月、ModelingCafe入社)

    以降で紹介するのは、今泉氏の講義を受けた後、2017年4月にModelingCafeへ入社した荷田健二氏のポートフォリオだ。荷田氏のポートフォリオは「廃虚と化した都市」「電気メーター」「パイロットスーツ」「イグアナ」など、6種類のモデリング作品で構成されている。本記事では、その中の2つを掲載する。

    ▲「廃虚と化した都市」のページ。完成画像、リファレンス、モデルのワイヤーフレーム、テクスチャを紹介している。完成画像とリファレンスを比較すれば、荷田氏の再現力が把握できる構成になっている。1年生向け講義で制作したDumpsterも、「廃虚と化した都市」を構成するアセットの1つとして掲載されている
    ▲「電気メーター」のページ。前述の作品同様、完成画像、モデルのワイヤーフレーム、リファレンス、テクスチャを紹介している

    細部までとことん突き詰めた学生は、ちゃんと就職していく

    CGW:スキルの高い人に共通する傾向はありますか?

    今泉:かけた時間の分だけスキルは上がるので、講義以外の時間も黙々と制作する人は、僕がいなくても成長していきます。そういう人には、作品がさらに良くなるテクニック、制作スピードがさらに速くなるテクニックを教えるようにしています。一方で、手が止まっている人には、先に進むための実践的な解決策をバンバン提案します。1つの問題に対して、3種類くらいの解決策を提示して、その中から選んでもらうこともあります。自分で考えることも大切ですが、僕が手伝える時間は限られているので、講義中は知識や技術をたっぷり吸収し、先々で使えるようになってほしいと思うのです。

    CGW:1人1人の机を回り、声をかけていくのでしょうか?

    今泉:そうです。声をかければ、何らかの質問が返ってきます。中には、講義以外の時間につくった自主制作に対して意見を求めてくる人もいます。僕の講義の目標は「講義を通して、なるべく高いクオリティの作品をつくり、ポートフォリオやデモリールを充実させること」だと考えているので、そのための手伝いは何でもしようと思っています。「講義中は、僕の知識を100%使ってほしい。同じことを何回聞かれても答えるし、どんな質問にも答える。『右クリックってどうやるんですか?』という質問であったとしても、隣に座って教える」と学生には伝えています。

    CGW:今泉さんにそこまで言ってもらえるのは心強いですね。プロのモデラーとして新卒のポートフォリオやデモリールをご覧になる場合、どういう点に注目しますか?

    今泉:細かいことを言い出すときりがないですが、大まかに言うと、実在するモチーフを再現できているか、形がきちんと取れているか、ポリゴンを綺麗に分割できているか、テクスチャが綺麗に貼られているか、UV展開ができているか、といった点を見ますね。作品の数よりも、クオリティにこだわってほしいと思います。プロであっても、1分間のデモリールで見せられる作品の数は5個前後です。それらのモデリング、UV、テクスチャ、シェーダ、レンダリングの全てに対して、細部までとことん突き詰めるのは容易ではありません。それを成し得た学生は、ちゃんと就職していきます。

    CGW:最後に、講義をする中で、今泉さんが一番やりがいを感じていることを教えていただけますか?

    今泉:僕の講義を受けた結果、学生の作品のクオリティが上がってくれたときには、すごく嬉しいですね。「仕事したなー!!」と感じます(笑)。

    CGW:それが先生としての今泉さんのプロフェッショナリズムなのですね。お話いただき、有難うございました。

    Portfolio02:浅野康一氏(2017年4月、フォトン・アーツ入社)

    2017年4月にフォトン・アーツへ入社した浅野康一氏のポートフォリオも紹介しよう。浅野氏のポートフォリオは「空き部屋」「国宝 松本城」「フォルクスワーゲン」など、5種類のモデリング作品で構成されており、全て実在するモチーフを再現している。本記事では、その中の2つを掲載する。

    ▲「空き部屋」のページ。完成画像、モデルのワイヤーフレーム、リファレンス、テクスチャを紹介しており、浅野氏のポートフォリオと同様、モチーフの再現力が把握できる構成になっている

    ▲「フォルクスワーゲン」のページ。リニアワークフロー(※3)を実践し、PBR(※4)用のテクスチャとシェーダを制作したことも紹介している


    ※3 カラーマネジメントのための方法の1つ。ガンマ値を表すグラフを直線(リニア)に統一することで、作業中の全ての映像素材が現実世界と同じ見え方になるよう管理すること。


    ※4 Physically-Based Renderingの略。現実世界を模倣した、光学的に正確なレンダリングのこと。現実に準拠したカメラ、光源、マテリアルなどの設定が必要となる。

    TEXT_尾形美幸(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充