昨今、静岡市ではクリエイティブ企業の誘致が積極的に行われており、ゲーム開発やアニメ制作に関連する企業が集積しつつある。そんな静岡において、地域内での連携強化を狙う動きが活発化しており今回はその一例を紹介したい。

3DCG教育に力を入れる静岡デザイン専門学校では、より身近な3D制作のツールとして3Dスキャナ「XGRIDS」を授業に取り入れるという産学連携の取り組みを実施した。スキャンの舞台として静岡市の伝統工芸の魅力を伝える施設「匠宿」が選ばれており、静岡市内でクリエイティブ活用が完結している好例と言えるだろう。

今回のインタビューでは、3Dスキャンプロジェクトの狙いや成果のほか、教育現場での3Dスキャンツール導入のメリットや、静岡市における人材育成や地場の企業・地域との連携についてなど、プロジェクトを主導した静岡デザイン専門学校に伺った。

記事の目次

    授業設計の幅を広げる「3Dスキャン」という新たな選択肢

    静岡デザイン専門学校

    静岡駅地下通路直結の新校舎で、全国でも珍しいバーチャルプロダクション設備と「徹底した現場目線」の教育を実践しており、3DCG・VFX・映像制作の即戦力人材を育成。CGデザイン科が2024年に新設されており、2027年には創立100周年を迎える。

    >>静岡デザイン専門学校CGデザイン科

    CGWORLD編集部(以下、CGW):プロジェクトの概要を教えていただけますか?

    大川 直樹氏(以下、大川):今回のプロジェクトでは、アクティブリテック社が提供する高精度3Dスキャナ「XGRIDS」を活用して、静岡地域の活性化を目指す取り組みを行いました。XGRIDSは非常にコンパクトで扱いやすく、初心者でも導入しやすい点に魅力を感じました。プロジェクトの一環として、アクティブリテック社の方に直接来ていただき、学生たちに機材の使い方をレクチャーしていただきました。

    学生にとっては、企業の方から直接学べる貴重な機会になったと思います。県内外から注目されている「駿府匠宿」を舞台に、対象物をスキャンするという実践的な体験を通じて、技術だけでなくチームワークや現場対応力も養われたと感じています。

    静岡デザイン専門学校
    CGデザイン科学科長
    大川直樹 氏

    CGW:プロジェクトの経緯について教えていただけますか?

    大川:アクティブリテック社がXGRIDSを県や市の取り組みの中で活用できるような実証事例を検討されていたタイミングで、静岡市と本校のCGデザイン科についてCGWORLDさんからご紹介いただいたことでした。そこから話が動き始めました。その後、何度かミーティングを重ねる中で、スキャンの舞台としていくつか候補が挙がったんですが、最終的に「駿府匠宿」に決まりました。匠宿は、静岡市の伝統工芸の魅力を伝える施設で、ものづくりの楽しさを体験できる場所なんです。

    さらに、建築・設計を手がけたのが創造舎様で、建物自体も非常に美しく、スキャン対象としても魅力的でした。今回の取り組みについて駿府匠宿の担当者様にご提案させていただいたところ、快くご協力いただけることになり、無事に3Dスキャンの実施が実現しました。

    XGRIDSによるスキャン結果は専用ビューワーで見ることができる
    スキャンデータビューワーURL:https://lcc-viewer.xgrids.com/pub/32f71de1-7eb8-4c4d-bea9-a9245ebdc8ea

    CGW:XGRIDSを用いた3Dスキャン作業はいかがでしたか?


    大川:まず驚いたのは、XGRIDSのコンパクトさですね。軽量で小型な機材なのに、非常に広い範囲を一度にスキャンできるんです。従来のように三脚で固定するなど、大がかりな設備を準備する必要がないので、学生でも扱いやすく、現場での機動力が格段に上がりました。操作感も非常に直感的で、自撮り棒のような感覚で持ち歩きながらスキャンできるのが印象的でした。しかも、一定の条件を満たせば、撮影者以外の人が近くにいても映り込まないという点も効率的ですね。学生が自由に動きながら作業できるので、スキャン体験そのものが学びにつながっていたと思います。

    CGW:匠宿をスキャン場所として利用できたことのスキャン作業上のメリットはありましたか?

    大川:駿府匠宿をスキャン場所として利用できたことには大きなメリットがありました。建物自体が美しいのはもちろんですが、周囲の景観も非常に魅力的で、スキャン対象としての価値が高かったです。さらに、屋内から屋外へとシームレスに移動しながらスキャンできたのは、XGRIDSならではの強みだと感じました。空間のつながりをそのままデジタルで記録できるのは、学生にとっても新鮮な体験だったと思います。

    CGW:貴校の学生にとって学びとなったポイントを教えてください。

    大川:今回のスキャン作業は、すべて学生に任せました。簡単なレクチャーを受けて練習したらすぐに操作に慣れて、誰でも扱えると感じたようです。機材の扱いやすさが、学生の主体性を引き出してくれたと思います。作業は数名のチームを組んで、交代しながら進めました。屋内外を移動しながらのスキャンだったので、チームで協力しながら効率よく作業できたのも良い経験になったようです。

    完成した3Dデータを確認したときは、学生たち全員が「短時間でここまでできるんだ」と驚いていました。普段のCG制作では、モデリングに時間がかかることが多いので、リアルな空間を一気にデジタル化できる体験は新鮮だったようです。技術的な面だけでなく、実際に現地で作業することで得られる達成感やチームワークの大切さも学べたと思います。

    CGW:教育機関でのCG学習において、3Dハンドスキャンを授業内容に取り入れることはできそうでしょうか?

    大川:今回のプロジェクトを通じて、3DCGを制作するうえで「3Dスキャン」という新たな選択肢を学生が得られたことは非常に大きな意味があると感じています。今の時代、CGに求められるクオリティはどんどん高くなっていますし、制作条件や目的に応じて柔軟に手法を選べることは、学生にとっても重要なスキルになります。そういった意味でも、XGRIDSのようなハンドスキャナは、教育現場にとって非常に有用だと思います。

    また、教育業界全体で見ると、CG分野の指導者不足という課題もあります。そうした中で、誰でも簡単に扱える機材で高精度なスキャンができるというのは、授業設計の幅を広げる可能性を感じました。今後は、授業の中で実際にスキャンからCG制作までを一貫して体験できるようなカリキュラムも検討していきたいですね。

    静岡市全体でデジタル化やDXを推進し、若い世代を育てていく

    CGW:静岡市における産学連携の取り組みなどで、3Dスキャン技術の活用が期待できる用途・手法がありましたら教えていただきたいです。

    大川:静岡のように豊かな文化や自然、観光資源を持つ地域にとって、3Dスキャン技術は非常に有用だと感じています。特に、今回のような取り組みを通じて、一般の方々にも「自分にもできるかもしれない」と思ってもらえるような、ハードルの低い体験を提供することが重要だと思います。例えば、3Dプリンターと組み合わせることで、コスプレの衣装やプロップ制作など、個人の創作活動にも活用できますし、教育や趣味の領域でも広がりが期待できます。

    また、職場や自宅の空間をスキャンして、インテリアのレイアウトを考えるといった実用的な使い方も可能です。こうした技術が、観光や文化財の保存だけでなく、日常生活や個人の創造活動にもつながっていくことで、地域全体のデジタル化やDXの推進にも貢献できるのではないかと感じています。

    CGW:現在静岡にはデジタル関連企業が集まりつつあります。XR関連企業も増えてきていますが、鍵となる人材育成や、地場の企業・地域との連携について、教育機関の立場での展望をお伺いしたいです。

    大川:今の若い世代は、自分たちが活躍できる仕事や環境を求めていると強く感じます。そうした中で、静岡にデジタルコンテンツ産業の文化をしっかり定着させていくことは、我々にとって非常に重要な課題だと思っています。教育機関だけで頑張っても限界がありますので、行政や企業とも連携して、多角的な仕組みを構築していく必要があります。産学官がそれぞれの立場で協力し合いながら、地域全体で若い世代を育てていくような流れが理想ですね。


    それと、やっぱり大人たちが「面白いことやろうぜ!」って率先して動かないと、若い世代もなかなか続いてこないと思うんです。今回のようなプロジェクトを通じて、学生たちが地域の魅力や技術の可能性に触れることで、「静岡でもこんなことができるんだ」と感じてもらえるような機会を、今後も増やしていきたいですね。

    INTERVIEW・EDIT_小倉理生(種々企画