近年、世界市場における韓国産VFX作品の躍進が目覚ましい。その成功の裏側には国際的な制作体制の構築がある。
2019年5月に設立された「OPIM Digital」は『イカゲーム』をはじめ、『地獄が呼んでいる』、『D.P. -脱走兵追跡官-』、『今、私たちの学校は... 』、『Sweet Home -俺と世界の絶望-』などのNetflix作品のVFXを手がけてきた。特に注目すべきは、これまで目立ったVFX産業のなかったベトナムに支社を設立し、現地の人材を効率よく活用している点である。その結果、合理的なコストで迅速かつ高品質な成果物を生み出しており、設立からわずか4年で70人以上にスタッフが拡大した。
代表のユン・ソンミン氏は「教育と実務を同時に進める効率的なシステムによって成長を遂げられた」と語る。ベトナムにおける教育と実務の統合が成功の秘訣であり、このモデルは日本のVFX業界においても新しい可能性を示している。本稿では、同氏への詳細なインタビューを紹介しよう。
※本記事はFoundryが発行するフリーペーパー「Foundrian」に掲載された原文を一部調整して掲載しています。
ベトナム新興市場で見つけたVFXの競争力
ーーはじめまして。まず、「OPIM Digital」とはどのような会社なのでしょうか。簡単に紹介していただけますか?
ユン・ソンミン代表(以下、ユン代表): 2019年5月に設立されたOPIM Digitalは、映画やドラマのVFX(視覚効果)が主要な業務です。設立メンバーは、長年韓国の映画、ドラマ、広告、MVなど多様な映像産業で活躍してきたプロフェッショナルです。主要スタッフの業界歴は平均は約14年となっています。先日、全世界で人気を博した『イカゲーム』をはじめ、『地獄が呼んでいる』、『D.P. -脱走兵追跡官-』、『今、私たちの学校は... 』、『Sweet Home -俺と世界の絶望-』などのNetflix作品にも関わっています。韓国のシリーズでは、参加していない作品の方が少ないかもしれません(笑)。それ以外にも、多くの韓国の映画やドラマに参加しています。
VFXは多種多様な作業を含んでいます。たとえば、何もないスタジオで俳優が演技をする場面に、CGで背景やモンスターを追加するような「重い作業」から、俳優の服のロゴを消すような「軽い作業」まであります。
高度な作業は時間もコストもかかりますが、その分、高いスキルを持つプロフェッショナルが必要です。逆に単純な作業は比較的早く、低コストで完了できます。ただし、その重要性は低くありません。例えば、服のロゴが意図せず映ってしまったり、時代劇に現代のアイテムが写り込んでいると、それは問題になりますよね。
どちらの作業も、作品の品質を保つためには不可欠です。それを効率よく解決する方法を模索するために、OPIM Digitalを設立しました。
OPIM Digital
「想像力(Imagination)を最適化(Optimization)、簡素化(Simplification)させる!」をコンセプトに掲げる映画、ドラマ視覚効果(VFX)専門スタジオ。韓国の本社をはじめ、ホーチミン、ハノイ、ダナンなどベトナムの3大都市に支社を展開。
http://opimdigital.com/
ーー重い作業と軽い作業、その違いは理解しました。効率的にこれらを組み合わせるにはどうすればいいですか?
ユン・ソンミン代表(以下、ユン代表): 効率というのは、基本的には少ないコストで、短い時間内に、望ましい品質で作業を完成させることですね。例えば、2ヶ月と1,000万ウォンがかかる仕事を1ヶ月と100万ウォンで終わらせられるなら、後者のほうが効率的です。そのような方法を探求しています。
VFXは最終的に人の手によって作られるものです。確かに、専門的なソフトウェアや機材に投資する必要がありますが、それ以上に、担当者のスキルや経験が重要です。特に、複雑で手間のかかる「重い作業」になると、その差は大きく出ます。そのため、そういった高度な作業は実績のある大手スタジオに任せることが多いです。
一方で、簡易な「軽い作業」も無視できません。複雑な作業をするチームがこれに手を出すと、全体の効率が下がります。要は、作業を適切に分担することが重要です。高スキルな人材が集まるチームが複雑な作業を、そして一定レベルのスキルを持つ人々が簡易な作業を分担する形です。
ーー要するに、高度なスキルを持つ少数のプロと、簡易な作業をこなす多人数のチームが必要なわけですね。
ユン・ソンミン代表(以下、ユン代表):各作業の重要度を明確に区別するのは難しいですが、効率的な役割分担は絶対に必要です。そこで、そういった課題を解決するべく、東南アジア市場に目を向け、特にベトナムで簡単な作業を担当できるチームを組織しました。東南アジアの市場は、国内のVFX市場と比べてこれから成長が見込まれる領域です。さらに、人件費も低いです。これにより、同じ作業をしても、コストを抑えつつ成果を出すことができます。ただ、現地のスキルや経験はまだ一定のレベルに達していない部分もあります。
そのため、簡単な作業を中心に、少しだけ指導すれば十分に良い成果を出せるようなタスクをベトナムのチームで処理できるように準備しています。
ーー分かりました。しかし…これは簡単なプロセスではなかったと思うのですが。
ユン代表:実は、簡易な作業を専門にする業者はベトナムにもすでにありました。2019年当時、韓国ではリゾート地として有名なダナンに2社ほどありました。ただし、ベトナム現地人が代表として投資して運営しているため、韓国のプロダクションとのコミュニケーションの面で問題が発生しているようでした。
高度な作業でも、簡易な作業でも、すべてのVFX作業にはコミュニケーションが重要です。頻繁にコミュニケーションをとりながら、希望する成果物を見つける過程が必要なのです。国内のVFX業者が海外に外注する際に最も苦労する部分であり、この部分を解決したかったのです。 国内と円滑にコミュニケーションし、大量の簡易な作業をより迅速に処理できるシステムを整えることに注力しました。
そして、このようなシステムを整えるために必要なのが教育です。技術を教えられる経験豊富な専門家が、現地に常駐しなければなりません。国内で求められる成果物は時と場合によって変わります。つまり、迅速に対応する必要があるのです。どんなに簡易な作業でも、昨日までボタンだけを付けていた人が一瞬にしてポケットを付けることはできません。それぞれの作業を調整してくれるコーディネーターが必要なのです。そのため、コーディネーターがすべての状況を一度に把握できるものでなければなりません。
VFX産業自体が皆無だったベトナムを制作拠点に作り変えるために
ーーなるほど、つまり効率と競争力を高めるために、コミュニケーションと教育に焦点を当てたシステム構築が必要というわけですね。
ユン代表:そうです。ベトナムの現地企業はコミュニケーションと教育で競争力に欠けると考え、我々はそのギャップを埋められると信じています。当初、ベトナム・ホーチミン支社を設立した際にはわずか3人でした。新興企業に仕事を任せてもらえるような企業はほとんどないので、仕事を受注するのは容易ではありませんでした。それでもこれまでのVFXの経験を生かし、ホーチミン支社を立ち上げました。
2019年に設立してから、同年に4億ウォン、2020年には10億ウォン、2021年には25億ウォンの売上を達成しました。設立からの3年間で、スタッフは3人から70人以上に増加しました。ホーチミンに60人以上、最近ではハノイにも支社を開設しました。
ーーいくら人件費が安いといっても、韓国の発注元の要求に応えられる品質を提供できなければ、仕事の受注は難しいでしょう。結局のところ、ベトナムの現地スタッフのスキルを向上させる教育が鍵ですが、この問題はどのように解決しましたか?
ユン代表:実務を中心とした教育を行っています。ベトナム支社は主に簡単な編集作業、例えば、ブランドのロゴを消す、背景の看板を変更するなどに取り組んでいます。実際、ドラマなどで需要があるこのタイプの作業は大体90%を占めています。短期間で成果を出せるように、現地で実践的な教育を施しています。ベトナム支社では、2~3日かけて1秒のカットを作ることはありません。簡単な作業をより簡単かつ迅速に行うことに重点を置いています。
このようなプロセスは、経験豊富なチームリーダーやマネージャー級以上が設計します。そして、そのフレームワークを用いて、ベトナムの現地チームが短期間で教育を受け、作業をこなせるようにサポートを提供します。要するに、経営者自らがVFXの指導を行い、プロジェクトの各フェーズに密接に関与することで、コミュニケーションのギャップを最小限に抑えています。
ちなみに、ベトナム現地にはVFX産業自体が皆無です。大学に進学した若い人たちがVFXを学んだとしても、VFX産業自体が成熟していないため、ほとんどがゲーム会社やゲーム開発の下請け会社に入るのです。その業界はほとんど3D関連の人材しか採用しないため、映像を扱う2D側の人材は多くなく…賃金も違うため、VFX産業が成長しにくかったのです。
そこでOPIMは、ほぼゼロの状態から教育プログラムを立ち上げました。ブランドロゴを消すような基本的な作業から教え始め、徐々に現場での実務に従事させ、実践を通じて学ばせました。社内ではちょっとしたジョークで、以前放送されていたアニメ『毛むくじゃらの道士と108妖怪(머털도사와 108 요괴 )』に例えることがあります。
このアニメでは、弟子の毛むくじゃらが多様な道術を学びたいのに対し、師匠のヌドゥク道士は「髪を立てる」道術しか教えないのです。毛むくじゃらはその術を侮るのですが、結局、その学びを通じて多くの技術を習得していきます。一見、シンプルな作業に見えますが、あらゆる業務に応用できる本質的な仕事があり、それらを繰り返しこなすことで業務で必要な力が身につくというものですね。我々のベトナム支社での教育も、そのようなアプローチを取っています。
教育と実務を兼ね備え、さらに報酬もしっかり保証するOPIM Digitalのシステム
ーー新入生を大学に募集する際によく聞く「実務教育」や「即戦力として働ける教育」という言葉が頭に浮かびますね。
ユン代表:まさに、それが真の実務教育です。OPIM Digitalベトナム支社に新しく入社した社員は、約1ヶ月間の社内研修を受けます。基本的には、手本を見ながら覚える方式です。そしてその後、すぐに現場に投入されます。給与は基本給と作業量に応じて支払われます。フリーランサーが自分でやった仕事に応じて報酬を受け取る方式に近いです。
一度教えたら、合格するまでテストを繰り返し行います。簡単な作業でもマスターするまでサポートします。報酬はその成果に応じて出ます。実際に、報酬を得ている先輩たちが周りにいるので、それがモチベーションにもなります。
ちなみにベトナムでのサラリーマンの平均給与は約35万ウォン(※)ですが、OPIM Digital ベトナム支社では、最も多く稼いだ社員の月収は1億2,000万ドン(約600万ウォン)で、これはベトナムのサラリーマンの平均年収にも匹敵します。報酬はプロジェクトが完了した時点でインセンティブのランキングを発表し、それに基づいて支払われます。
※1ウォンは2023年9月現在、0.11円
人手が必要な業務が多いため、スタッフの数も増えています。ですが、現在、ホーチミンのオフィスはほぼ満員で新たな移転先を探しているところです。
ーーホーチミンとハノイの違いは何ですか?
ユン代表:ホーチミンには多くの人材が集まっています。当社に入社する前の基礎知識も、ホーチミンの人たちの方が一般的には少しだけ高いですね。多くの若者が大学を卒業した後にホーチミンに来る傾向があります。これは韓国でもソウルが同様の状況にあると言えます。従業員の年齢層は主に20代であり、多くが社会人としては初めての仕事に就いています。性別比は大体5:2程度で男性が多いですが、インセンティブ制度が競争力を高める一方で、和やかな職場環境を作るための努力もしています。
ーーOPIMが使用しているNukeについての教育環境はどうですか?
ユン代表:残念ながら、ベトナムにはNukeの教育を行う専門学校や塾がほとんどありません。これが改善されれば、新入社員の教育期間を短縮できるでしょう。
ーー韓国国内でもベトナム支社と同様の教育および報酬制度を導入する計画はありますか?
ユン代表:韓国国内でも何らかの形でこの制度を導入できればと考えていますが、ベトナムと教育文化が大きく異なるため、調整が必要です。何より、まずモチベーションは欠かせません。我々の教育プログラムは1日6時間、合計で20日間、つまり120時間で構築されています。このプログラムは教育と実務が並行する形で、実務で必要なスキルに焦点を当てています。だから、理論よりも「すぐに使えるスキル」を優先して教えます。
このアプローチは、韓国の既存の教育プログラムとは大きく異なるため、初めて触れる人には少し違和感があるかもしれません。国内の学生は「なぜこんな基礎的な内容を学ばなければならないのか」と疑問に思うこともあります。たとえば、VFXの歴史やカラー理論といった内容はほとんど含まれていません。これは教育の「深さ」が違うからですね。それでも、いくつかの新しい取り組みを計画中です。韓国の大学や専門学校と協力して進めるプロジェクトも準備中です。
ーーNukeを教育で使用する特別な理由は何でしょうか?
ユン代表:NukeはVFX業界で広く使用されているソフトウェアであり、多くの機能があります。実務者からのフィードバックがよく取り入れられている点もあり、業界標準とも言えるソフトウェアです。Nukeの基本をマスターすれば、Nuke XやNuke Studioなど、他の多くのツールにも容易に拡張が可能です。
ーーでは最後に、これからのOPIM Digitalについてひと言お願いします。
ユン代表:これからもOPIM Digitalは成長していくと信じています。特に、映画やドラマなどでの長年の経験を生かして、独自のIPを開発する方向も考えています。
原文_権 明寛(IT東亜、tornadosn@itdonga.com)
提供_Foundry Japan
編集_池田大樹(CGWORLD)