2014年3月8日(土)、榊馨氏とスーパーバイザー(藤縄)氏による「デジタル原型交流会(プロの部)」というイベントがワコム 東京支社にて開催された。この交流会はその名の通り、ZBrush(以下、ZB)や3ds Maxなど3DCGやツールによってフィギュアの原型を作成する手順の解説や、原型を作成する上で注意したい点についての講演と、参加者同士の交流を目的としたものである。前回はプロアマ問わずであったが、2回目となる今回は商業原型を手がけているプロ限定のイベントとして、約40名が参加。プロ向けということで、初歩的なオペレーションの解説ではなく、難しい形状を有するフィギュアの作業工程の紹介や、デジタルから3Dプリンタで出力する際に出力後のフィギュアの強度や複製の型で抜きやすさを考慮した原型の作成方法、出力入稿時のサイズの扱い方といった、実践的な話が詳細に解説された。
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40人近いプロのデジタル原型師が参加。講演終了後のフリータイムも非常に有意義な時間になったようだ
1.「おとなの美術室 講座」ライト版
トップバッターは、「おとなの美術室 ZB基礎講座」は深川克人氏がデジタルフィギュア担当講師を務めるフィギュア制作の講座だ。ZBの基本操作から美少女フィギュアの作成の仕方、立体出力用データ作成まで基礎となる流れをひと通り教える内容となっているのだが、今回はプロ向けということで、本来であれば同講座の後半で学ぶ"プリーツスカートの作り方だけを抜き出し、"ライト版" としてその内容を紹介。ZBのプリミティブ[Cylinder 3D](円柱)の形状からプリーツスカートを作る工程が解説された。
▼講師
深川克人/Katsuhito Fukagawa
デジタル原型師として活動。「おとなの美術室 講座」で講師を担当している
ブログ:http://dsub.blog135.fc2.com
おとなの美術室:http://otonanobijutsu.com/figure.html
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ZBのプリミティブの [Tool→Cylinder 3D](円柱)の設定を変更させて、筒状の厚みのある円柱を作成し、[Tool→Deformation→Rotate X]でX軸に90度回転させる。90度回転させる理由はZBの後々の作業で編集が上手くいかなくなるためという。このようなZBの初心者がわからない点などを操作上の注意点なども合わせてピンポイントで学ぶことができた
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プリーツスカートのギザギザした折り目を作る場合は、[Cylinder 3D](円柱)のエッジを[Mask]ブラシで選択して、 [Tool→Deformation→Taper XZ]と[Rotate Y]に数値入力。スカートの上から下へのテーパーのかかった広がりとギザギザ形状を作成する
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プリーツスカートに、ベルト部分をスカートと同じように[Cylinder 3D](円柱)(写真のグレー部分)から作成し追加した後、フィギュアの胴体(「ZB基礎講座」の前半で作成したもの)に作成したスカートを[Tool→SubTool→Insert]で読み込む
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フィギュアの胴体はイラストをテンプレートにして左右対称で作成しているので、その腰の位置と太さに合わせてプリーツスカートの形状を[Tool→Deformation→Size XYZ]と[Taper XZ]に数値を入力し形状を大まかに変形させる。あとは[Mask]ブラシと[Move]をONで[Transpose]モードで形状変形を繰り返すことで、スカートとして仕上げていく
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プリーツスカートが完成したら、[Zplugin→Transpose Master]などを使用して、フィギュアの胴体のポージングと合わせてプリーツスカートを変形させて仕上げる
2.立体出力入稿データ
続いては、スーパーバイザー氏。フィギュアのデジタル原型を作成したことがない3DCG経験者がデータを作成すると、3DCGでは成立していても、3Dプリンタで出力すると問題が発生する場合も多い。そういった最終的に出力するデータを作る際の注意点について、海外でフリーで配布されている"靴"や『艦隊これくしょん』の"砲塔" 、フィギュアの"手" などの3DCGデータを例に解説。細いパーツの強度や出力したものを型取り複製する際の形状の作成方法、最終的な表面仕上げ、塗装を考慮して立体出力する際に気をつけることなどなど、詳しい解説を聞くことができた。
▼講師
スーパーバイザー/super visor
手作業からデジタルへ移行してデジタルとアナログの原型師の両刀使いとして活動している
ブログ:http://svisor.blog104.fc2.com
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フリーで配布されている靴の3DCGデータをZBに読み込んで表示させたもの。紐が細く足と靴に大きな隙間が空いているが、デジタル原型としてデータを作る際には、このような隙間は必要がなく、このまま3Dプリンタで出力すると問題も出てきてしまうという
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参考にされた靴の3DCGデータでは、紐などが0.2mm以下の薄さになっているため、3Dプリンタで出力した後に細かすぎて破損したり、金型で複製する際に樹脂が流れないこともあるため、紐の太さは最低でも0.8mmほどと、ある程度の強度が必要になる。また、靴の中などの見えない部分は空洞である必要がないので、埋めると良いとのこと
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靴裏のギザギザとした溝の断面。靴が曲がっている状態だと溝の凹み方向が赤い棒の方向と白い棒の方向で交差してしまい、このまま金型で複製すると樹脂を流した際に成型不良率が上がったり金型にも負荷がかかる。そのため溝の凹み方向を金型から抜けるように全ての溝を同じ下方向に向かせ樹脂を抜けやすくする
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『艦隊これくしょん』の砲塔のパーツの例。3DCG経験者は、リベットなどの細かいディテールも作りこんで3Dプリンタで出力してしまいがちだが、そうすると表面をヤスリで磨く際に、細かいディテールが潰れてしまう。そのためリベットは、プラモデルのパーツとして市販されているリベットの形をした商品を、後から接着して作成する方が仕上がりが良いそうだ
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リベットの作成例。左側は右側と比べて上面が平坦になっており、接地面との角度が急角度になっている。これは塗料を塗って仕上げる際に右側の例だと、塗料によっては形状がだれてしまう場合があるが、左側の例だとだれを防げるため。また、リベットはある程度、出っ張った状態で作っておくと磨く際に潰れることがなくなるという
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手の3DCGデータの例。この状態のまま3Dプリンタで出力して金型を作っても樹脂で複製することが難しいため、金型で抜きやすい指のポーズや指の分割などを考えながら形状を作成する必要がある。スライドする金型での対応が可能なこともあるので、指などの複雑なパーツはメーカーによっても原型作成方法が変わってくるとのこと
3.ZBrushでのサイズ・スケールの扱いについて
最後は、先日『艦隊これくしょん〜大和改』のデジタル原型が「ZBrushCentoral」のTOP ROW Galleryに選ばれたことでも話題を集めた榊馨氏。
ZBでデジタル原型を作ることができたら、次のステップでは3Dプリンタで出力することになる。この時、気をつけなくてはいけないのが最終的に3Dプリンタで出力する際の"サイズ"の扱いだ。特にZBでの作業中に、外部ツールで作成したものをインポート/エキスポートする際には注意が必要で、出力サイズがおかしくなってしまうなどのトラブルが発生する場合もあるという。この講演では、こうしたトラブルを避けるための対処方法が紹介された。
▼講師
榊馨/Kaoru Sakaki
デジタル原型師として活動している
ブログ:http://sakakikaoru.blog75.fc2.com
ZBに外部ソフトで作成したオブジェクトをインポートすると自動でスケールは縮小、位置は中心に移動され、ZB内で自動調整されてしまう。その設定は[Tool→Export]で確認することができる。ZB内の適正サイズは、球体であれば2mm前後を丁度良いサイズとしてブラシなどの作業時にほど良いものになる仕様とのこと
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ZBからオブジェクトをエキスポートすると、ZB内の適正サイズに縮小されたものは、元のサイズに戻されてエキスポートされるようになっているため通常の作業では特に問題は起きないそうだ
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スケールと位置の自動調整は、外部ツールなどで作成したオブジェクトをインポートして作業を進めていくと気がつかないうちに変わっている場合があり、サイズや位置のズレなどのトラブルの元になってくることがあるという
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ZB内の標準スケールは信用ができないので、[Zplugin→3D Print Exporter]を使用して、サイズを「mm」で数値設定すると正確なサイズをSTL形式でエキスポートすることが可能
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ZB内で正確に寸法を測るために、正確な寸法の簡易定規を作成して使用する。榊馨氏の場合は「netfabb Basic」というSTLのエラーチェックなどをするソフトを使用して、基準となるオブジェクト(200mm×10mm×10mm)の簡易定規を作成してZB内に読み込み、サイズの確認用として使用しているという
※netfabb Basic:出力する前にSTLモデルのエラーチェックにも使えるのでZBと合わせて使用すると良いとのこと)。Basicはその名の通り機能限定の無料版だが、高機能の有料版としてPrivateとProfessionalがラインナップされている
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作成した基準オブジェクト(200mm×10mm×10mm)をZBに読み込み、ZB内の[Move]をONで[Transpose]モードに。移動時に表示される[Transpose Units]を10mmの一辺の上に[Transpose Units]のアクションラインを合わせて引いてから[Preferences→Transpose Units→Calibration Distance]の設定を変更して1に設定すると目盛りが1mm相当になる。[Transpose Units]の目盛りによって、ZB内である程度の寸法を簡易的に測ることができるようになる
4.フリータイム
講演後のフリータイムでは、講演者に個別質問したり、『艦隊これくしょん』の3DCGデータや出力されたフィギュアを見ることができたほか、来場しているプロの原型師からも話を聞くことができた。また、会場ではワコムの液晶タブレットの新機種にも常時触れることができるようになっていた。
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榊馨氏による『艦隊これくしょん〜大和改』のデジタル原型
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『艦隊これくしょん』の3DCGデータを、3Dプリンタで出力したフィギュアの展示。中央の『島風ちゃん(提督の夏休み。 ver)』はスーパーバイザー氏の作品だ
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左は深川克人氏の作成したオリジナル作品『伏月清蘭さん』フィギュア。右のフィギュアは、20万円ほどで購入できる3Dプリンタ「UP!Plus2」で出力したもの。その精度の高さを確かめることができた
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展示物を見ながら、プロ原型師同士の交流も
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Windows 8搭載の液晶ペンタブレット「Cintiq Companion」にZBをインストールして、本機単体でのスカルプティングのデモも行われていた
総括
今回の交流会はプロ向けだったため、ZBを使用した実践的な内容になっており、さらに参加者の多くがプロの原型師たちということもあり、フリータイムでは実際に出力した作品を持ち寄り話し合う姿が見られるなど、非常に内容の濃いイベントとなっていた。
3DCGソフトの技術的な話であればWeb上で交流するのも良いが、デジタル造形の場合、直接出力した造形物を目にすることができるのは、貴重な機会だと感じる。まだまだデジタル造形業界の歴史は始まったばかりなので、このような場で交流を重ねることで、さらなるデジタル造形の技術向上が望めるのではないだろうか。今回はプロ向けのイベントであったが、次回はプロアマ問わずの100人程度のセミナーになるとのことなので、原型師やデジタル造形のプロはもちろん、これからデジタル原型師になりたい人や興味のある人にも、デジタル造形がどういうものかを知る良い機会になることはまちがいないので、まずは交流会に参加することをオススメしたい。
TEXT_鹿野文浩(スタジオシカノ)
PHOTO_大沼洋平
「デジタル原型交流会」(プロの部)
開催日:2014年3月8日(土)
会場:ワコム 東京支社
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