去る2月11日、『神撃のバハムート』や『グランブルーファンタジー』など人気ゲームを次々と世に送り出しているCygamesグループ5社による3DCGデザイナー向け採用セミナーが開催された。

このセミナーで催されたのが、スマートフォン向けソーシャルゲーム『リトルノア』についてのトークセッションだ。『リトルノア』はCygamesの子会社BlazeGamesがリリースする第一弾ゲーム。巨大な方舟の上に街を作ったりキャラクターを育成しながら、バトルを繰り広げていくリアルタイムストラテジーゲームだ。

今回のセミナーでは、本作のアートディレクターをつとめた吉田明彦氏(CyDesignation)をはじめ、プロデューサー兼ディレクターの岡田佑次氏(BlazeGames)、そしてCyDesignation代表取締役の皆葉英夫氏とCygames3DCGマネージャーの谷本裕馬氏が登壇し、「リトルノア・アートワークの秘密」をテーマに制作の裏側を語った。

【左から】岡田佑次氏(BlazeGames代表取締役)、吉田明彦氏(CyDesignation取締役)、 皆葉英夫氏(CyDesignation代表取締役)、谷本裕馬氏(Cygames3DCGデザイナーチームマネージャー)

『リトルノア』誕生秘話。世界観が決まるまでには......

本作ではプレイヤーが方舟の管理人となり、錬金術師ノアとともに世界一の錬金術師を目指していくのだが、このテーマは開発の中盤まで決まっていなかったそうだ。「開発初期は、方舟ではなく空に浮かぶ浮遊大陸という設定にしていたのですが、それではありきたりかなと思って方舟を提案しました」と吉田氏は話す。ノアもこの時点ではまだ描かれていなかったが、「メインキャラクターがいるほうがビジュアル的に強い」と考え、開発の中盤に差し掛かり吉田氏が描いた。

マッドサイエンティストをイメージしつつ、当時話題になっていた"リケジョ"要素を取り入れたノアは、白衣姿の可愛らしい金髪の女の子。岡田氏は「ノアが描かれる前の世界観は"世界の滅亡"といったダークなものでした。でも吉田さんが描いたノアがとても可愛らしかったので、プレイヤーがノアと一緒に方舟を発展させるゲームに方向転換して。世界観も明るいものに変更しました」。

このようにノアが生まれたことによりテーマが定まりはじめ、はじめは魔法使いや勇者がメインキャラクターという案もあったそうだが、本作ではファンタジーだけでなく軍事施設などの要素も入ってくるので、いろいろなことを包括できる錬金術師という設定に決定したそうだ。


吉田氏によるノアのラフデザインと完成図。ノアはマッドサイエンティストをイメージして作られている。左側にいるおじいさんは実際にはゲームに登場せず

容量とクオリティのバランス

容量とクオリティのバランスは、ゲーム開発者にとっていつも悩みの種だ。本作でもその問題に直面しているが、実際にプレイするとわかるのが、グラフィックの細かさと美しさ。吉田氏が生み出した可愛らしいキャラクターにくわえ、ディティールまで細かくデザインされた施設や背景を美しい表現にするまでには、かなりの試行錯誤があったそうだ。「スマホ向けゲームとしては、かなりの時間をかけた」という本作は実に半年以上の歳月が制作期間にあてられている。


吉田氏が構想5分、デザイン10分で描いた方舟。実際のゲームに登場するデザインとほぼ同じデザインになっている

そのなかでも方舟にはかなりの時間を割いたそうだ。吉田氏は「方舟の初期イメージは、構想5分、描くのに10分。閃きで生まれたもの」と話すが、そこからが長い。ラフをもとに2D班が設計図を描いた後に、3D班によるモデリング、デプスレンダリングを経ているが、生い茂る草や甲板の芝生がない状態から方舟を作り上げている。

吉田氏は「草や芝生を敷くので、まっさらな状態は必要ないのですが、そこまでこだわって方舟を作っています」と話す。ここからファー機能で草を生やして、さらに芝生はループテクスチャを使用し別レンダリングをかけている。それぞれのテクスチャサイズも膨大な容量になったそうだが、テクスチャを切り貼りしながら容量をおさえ画質を保っている。

さらに平坦な表現にならないように3Dの状態からレタッチをくわえ、甲板の周囲を少し黒く落として絵を締めるなど、随所に工夫がなされている。こうして、画面いっぱいに芝生部分にズームしても耐えうる、美しい方舟のグラフィックができているのだ。


方舟はモデリングの段階では草や芝生はない。ここにデプスレンダリングで被写界深度を加えている。右の完成段階では、モデリング後に影などレタッチを加えている。4箇所あるプロペラは羽の枚数を増やし、アニメーションパターンを少なくする工夫も

また街に配置する施設には、吉田氏が描くイラストのフォルムを再現するためのモデラーの地道な努力があるそうだ。「イラストを斜め45度から見下ろしてモデリングしてもらったのですが、イラストと比べて印象がだいぶ変わってしまったんです。なので最終的には元のイラストの状態に近く見えるように、シルエットの細かい調整を繰り返してもらっています」。

また、ライティングに際しては、質感の表現をあげるためにレフ板を置いてGIレンダリングをおこない、より高い表現を実現している。皆葉氏が「葉っぱや瓦などにもこだわりを感じます」という細かいデザインも解像度をほかと比べて4倍ほどあげるというこだわりよう。そこにはモデラーやプログラマーをはじめ、並々ならぬ努力が隠れているのだ。


方舟に配置する施設は、レベルごとにアップグレードしていく。吉田氏は「魔法使いの帽子をイメージ」したとか

プリレンダリングとリアルタイムモデルの
クオリティを近づける技


吉田氏は施設のラフを描く際に、昔のディズニー映画『白雪姫』に登場しそうな質感をイメージしていた。またモデリングの段階でラフデザインと印象が変わってしまったので、モデラーがリテイクを繰り返し、ラフデザインに近づけている。基本の平行光源のライトにくわえ、レフ板を置いて質感表現をあげている

本作では、施設やキャラクターはプリレンダリング、方舟をはじめユーザーインターフェイスはプリレンダリングとリアルタイムレンダリング、そしてバトルシーンに登場する巨大なボスキャラ(鉄巨人)はリアルタイムレンダリングと、素材によって分けられている。ここで気になるのが、両者のレンダリングによって表現に差が出てしまうのでは......というところだが、ここにも技術と経験をもとにした創意工夫がなされている。

鉄巨人にはアンビエントオクルージョンとディレクションライトが焼き付けらているが、「これには二つの狙いがあります。一つはバトルシーンに登場するプリレンダリングしたキャラクターとの差をなくすため。もう一つは、大勢のスタッフが制作に関わる作品なので、手掛けるスタッフによってクオリティの差が出ないように」と吉田氏は話す。

陰影や照り返しなどを手描きにすると、テイストがかわる可能性が高く、また膨大な時間がかかってしまうので自動化したそうだ。また焼き付けにはなるべくハイポリにして、プリレンダリングのグラフィックと並べても違和感がないようにしている。


鉄巨人はアンビエントオクルージョンとディレクションライトを焼き付け、プリレンダリングのキャラクターとの差異をなくしている


スペキュラを使うと処理負荷が大きくなってしまうため、カメラの角度だけでハイライトを表現できる"疑似スペキュラ"を採用している。スペキュラ無しと比べると、金属の質感が表現されていることがわかる

また鉄巨人にはスペキュラが入っているように見えるが、実はカメラの角度を変えるだけでスペキュラのような効果をあたえる"疑似スペキュラ"を開発して処理負荷を軽減している。この案はモデラーからの提案で採用されたそうだが、皆葉氏は「スペキュラをいれるとCG感が強くなり過ぎる場面もあるのですが、鉄巨人はいい具合のハイライトになって自然な金属的質感が出ています」と話す。このような試行錯誤を重ね、プリレンダリングとリアルタイムレンダリングのハイブリッドでも、差異を感じない高いクオリティにしている。

量産とクオリティの双方を優先させた開発

多くのキャラクターが登場するゲームでは、各個体を作成して、それぞれにレンダリング用のライティング設定を行うと膨大なコストと時間がかかってしまうが、本作ではすべてのキャラクターのモデルとなるマネキンのような1体を作成して、その個体を素材に、目や髪型、テクスチャーを修正して別キャラクターに仕上げている。

手や足の長さ、関節の位置調整など、どの衣裳を着ても汎用性のある個体をつくるために時間を割いているが、ここでもモデルとなる1体があることで、スタッフによるテイストの差もなくなり一貫したクオリティを保てるのだ。

またキャラクターのためのライティングや質感作りに関しても「100体以上のキャラクターがいるので、汎用的なライティングセットを作り、どんな形のキャラクターを置いても絵になるようにしています」と吉田氏。すべてに汎用性のあるライティングをつくることで、別個でライティングを作り調整するよりも効率良くキャラクターが作られたそうだ。


ゲーム中にあまり出番はないが、重要なキャラクター。たくさんのパターンを作っているが、実際に採用されたのは上段の2つのみ


キャラクターは1体の基本モデルをつくり、それぞれ目や髪型、テクスチャ、衣裳によってイメージを変えている。このヒーラーキャラクターの場合も衣裳を着ると手の部分は見えなくなるがモデリングの段階では手もあることがわかる


斜め上からキャラクターを見下ろしたときに、最も可愛く見える角度を模索して何パターンも作成している。細かいところでは鼻も、上から見た場合と横から見た場合で、位置を変化させている

そして、クオリティをさらにあげる細かい作業もおこなわれている。たとえばキャラクターを俯瞰目で眺めるときの見栄えの良さを徹底的に追及し、歩く姿勢でも顔だけ少し上向きのパターンなど角度を微調整したいくつものパターンを作り、そのなかで最もキャラクターが可愛く見える角度をセレクトしている。

まとめ

このようにクオリティをあげるために、手間をかけるべきところには徹底して時間と労力をかけ、逆に削れるところは削り、完成した本作。「普通は容量をおさえておさえてとなりますが、本作は美しいグラフィックを楽しんでもらうために工夫を凝らしてぎりぎりまで容量を使っている」と吉田氏は話す。

スマートフォンの進化によって、モバイル環境でありながらもコンシューマーゲーム並みの操作性やグラフィックになっているネイティブアプリ。今後よりスペックがあがるスマホ環境のなかで、本作と同じようにどのように容量とクオリティのバランスをとるかはひとつの課題となりそうだ。

TEXT_大島佑介