TOYO TIRESとAC Milanのコラボレーション動画『AC Milan vs. Super Car by TOYO TIRES』は、昨年公開されるやいなや世界中から注目を集めた。ここではフォトリアルな映像表現を得意とするスランテッドが手がけた本作におけるCG制作の舞台裏を紹介する。

企画から積極的に参加しチームの一員として制作に携わる

『AC Milan vs. Super Car by TOYO TIRES』は、イタリア・プロサッカーリーグ セリエAのサッカークラブACミランの選手たちを起用したTOYO TIRESのWebムービーで、YouTubeの日本ドメインでは500万PV、イタリアドメインでは300万PVを記録した人気コンテンツだ。

キリンチャレンジカップ2015放送の際にはCM版がながれたので、目にした人もいるだろう。ACミランの本拠地ミラノを舞台に、選手がドリブルでPROXES T1 Sportを装着したAudi R8と競うというあり得ないおかしさと、スポーツカーのスタイリッシュな走りが絶妙にマッチした作品に仕上がっている。

本作の映像制作を担当するスランテッドは、ポストプロダクション家元のCG制作部門で、これまでに自動車関連の映像制作を多く手がけてきた実力派集団である。制作は、親会社であるCM制作会社ダンスノットアクトとコンペに参加し、見事受注したことから始まった。

「VFXやCGを駆使した企画だったので、海外のプロダクションでないと難しいような規模でしたが、解決案を積極的に提案していったことでコンペを勝ちとりました」とプロデューサーの山藤真士氏。

作品の尺は2分43秒、合計105カットでほぼ全てのカットに何らかのVFX処理が施されている。

スランテッドは、CG制作からNUKEによるコンポジットまでひとりが担当するゼネラリスト系のスタッフで構成されており、本作でもゼネラリスト6名、マッチムーブやロトスコープ担当のスタッフ数名という布陣で参加した。

「中小規模のCGプロダクションは、広告代理店や監督からの受注など、少し離れた立ち位置の請負仕事が多いと思います。今回は企画を獲りにいくところから関わることができ、クライアントなど制作側ともがっちりタッグを組め、信頼関係も築けて良かったです」と山内 太CGディレクターは語る。

それでは、スランテッドによる制作の裏側をみていこう。

右から山内 太CGディレクター、児玉秀行CGアーティスト。以上、スランテッド スランテッドでは一緒に働くメンバーを募集しています。未経験者大歓迎! 詳細は弊社ホームページをご覧ください。 www.slanted.tm/#recruit

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Topic1:重要な事前準備

良い画づくりのための入念なプリビズ制作

昨年7月に企画が本格的に動き出し、演出も固まったところで、ミラノでの1回目のロケハンが8月に行われた。このロケハンでは、現地の下調べと共にプリビズ用の背景も撮影されている。

海外ロケにおいては、時間や場所、予算の制約も多く、特に今回はACミランの選手たちのスケジュールが限られていることから、プリビズ制作を入念に行い綿密な撮影プランが立てられた。そのため、ロケハンでは大量の背景素材のほか、撮影場所の位置関係や距離の測定など、細かいデータも収集されている。

これまでスランテッドが手がけてきたCM制作では海外ロケも珍しくなく、たとえ海外であっても必ず担当のCGスタッフが撮影に同行するようにしているという。本作のロケもイタリアで行われたが、ロケハンから選手の撮影など全ての工程にCGディレクターの山内 太氏とCGアーティストの児玉秀之氏が同行し、撮影のディレクション等を行なった。 スランテッドでは、スタッフはCG制作のようなデスクワークのスキルに加えて、現場での仕切りや撮影の知識が必要不可欠なのだ。

今回のプリビズ制作は、ジャストコーズプロダクションという、プリビズやモーションキャプチャに強い映像制作会社が担当している。

コンテでは具体的に描かれていない「演出意図」をプリビズに反映するスキルには、絶大な信頼を寄せているそうだ。プリビズは約2週間程度で制作されたが、すでに完成形に非常に近い映像となっており「通常ロケハンが終わった後は、ロケーションの写真と手描きの絵コンテしかない状態が多いのですが、今回は完成形に近いプリビズができていたことでクライアントにも安心していただけて、信頼を得ることもできました」と山内氏は話す。

このプリビズは、撮影場所の位置関係や距離が正確につくられているため、プリビズを基に撮影の香盤表を作成したり、カット分析を行なったりしている。 

本作では、ロケーションと選手のアクションを撮影する時間と場所が異なっていたため、特にライティングを合わせることがとても困難になると予想されていた。そこで、選手の撮影香盤に合わせてロケ場所でライティングのシミュレーションを行うなど、入念に撮影の準備が進められた。

「CG制作では、どんなソフトウェアを使用するかによって映像のクオリティが変わることもありますが、事前にきちんと考えて準備をすることで、後の合成や仕上がりのクオリティが俄然上がります。人がきちんと考えてないと良い画ができないのです」と、映像制作における下準備の重要性を山内氏は語ってくれた。

▼スケジュール

7月末の企画決定から納品まで3ヶ月程度の期間はあるが、実際の映像制作は1ヶ月程度。海外のサッカー選手を起用しているため、試合や休暇の関係で撮影時期の調整が難しかったり、現地のイベントでロケの期間が制限されたりと、国内のロケとは異なったスケジュール感となっている。なお、ミラノロケは3回にわたって行われた

▼プリビズ
本番撮影前に詳細な内容のプリビズが制作された。ロケ前の資料集めと絵コンテ、そして1回目のロケハン結果を基に、完成版のCMとほぼ同じカメラワークや演技で制作されている。

舞台となる広場や道などの大きさも実際のロケ場所と同じスケールで作成されている。基本的にロケでの実測やGoogle Mapを参考にスケールを合わせているが、ゴールのカットに使った施設は新しくまだGoogle Mapに詳細が掲載されておらず、地形も複雑に傾斜していたため、実際のロケ場所の再現に苦労したという。キャラクターの演技はモーションキャプチャが使われており、選手撮影時の参考にされている。なお、この時点ではフィリッポ・インザーギ監督の出演は確定していなかったので、女好きの選手がレフェリーと写真を撮る姿に皆が呆れるというオチだったとのこと

上記はその完成画

同様に、ヘリコプターのシーンのプリビズ

完成画

▼ロケハン


プリビズ制作や撮影プランを構築するために行われた1回目のロケハンでは、膨大な量の写真が撮影された。市街地では道に埋め込まれている石材のサイズまで計測され、プリビズやCG背景制作の資料として役立っている

▼ライトスタディ


本作のロケ撮影では、選手の実写プレートと背景の実写プレートの光の方向をどのように合わせていくかがポイントとなった。ロケ撮影の香盤を間違えてしまうと光の方向が不揃いになり、選手と背景の合成作業に影響が出てきてしまう。そこで、分刻みの詳細な香盤表を作成するために、時間帯のちがいによる日照方向の変化を確認するため、現地のスタッフが同じ場所で30分ごとにリファレンスを撮影し、太陽の動きを検証するライトスタディなどの素材が用意された

▼撮影の下準備

プリビズを基に作成されたカットシート。カットごとに、ロケ場所、登場する要素、カメラワーク、背景合成方法などが細かく具体的に記されている。このように詳細なリストを作成してカットを分析することで、時間に制約のあるロケ撮影を円滑に間違いなく行うことができるのだ

カットごとに作成された撮影ボード。カメラのレンズ口径からカメラ設置時の高さ、角度などの指示が詳細に記されている。選手と背景がまったくの別撮りであるため、非常に重要な情報だ。なお、本番撮影では想定していたものとは異なるカメラでの撮影となり視野が変わってしまうこともあったが、後調整することで乗りきったという。CG制作から撮影仕切りまで対応できるスキルをもったスタッフならではの対応だ

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Topic2:スランテッド流・実写合成のコツ

実写撮影もCG制作もこなしこだわりを映像につめこむ

入念な撮影準備を経て、いよいよ選手とロケーションの撮影、ポスプロ作業だ。

先述の通り選手と背景は別々に撮影されている。背景の実写プレート撮影に先立ち、選手はACミランのミラネッロ・スポーツセンターの練習場にグリーンスクリーンを立てて撮影された。選手ひとりあたりの撮影時間は2時間という制限があったため、分刻みの香盤表の下で進めつつも、選手のスケジュールがずれるハプニングも多々あったそうだが、その都度臨機応変に対応していったという。

「タレントさんは仕事として撮影に慣れているので、香盤表通りに進むことが多いのですが、スポーツ選手にとってCM撮影は本業外の仕事なので、ときにはハプニングもあります。香盤の崩れたところは、選手の役割を入れ替えるなど臨機応変に対応しました」と山内氏。

選手撮影後は、プリビズの背景素材に選手の実写プレートを合成しながらオフライン作業に入る。このオフラインをクライアントチェックに出し、本格的にCGチームが制作を開始。クロマキー抜きや、CG背景に置き換わるようなカットのモデリングから作成していく。

また、10月初旬の3回目のロケとなる背景撮影に向けての下準備も同時に進められた。 背景はRED EPICを使った4Kで撮影され、撮影後に最終的なオフライン作業が行われて尺が決定される。

ここから本格的なポスプロ作業だ。 

ポスプロ作業では、CG制作に3ds Max、MayaとMARI、コンポジットにNUKE、トラッキングにSynthEyesと多種多様なツールが用いられている。実写で撮影したように見えるシーンでも、演出的に見せたい動きがあるボールの動きや、実況中継するヘリコプターなど、3DCGで置き換わっている要素も多い。特に、全編で登場するAudi R8はほぼ3DCGで描かれているとのこと。

今回のポスプロ作業で特に難しかったのが、実写合成素材同士のライティング合わせだという。実写プレートは入念な準備の下で撮影されているとはいえ、ショットによっては撮影時の都合により光の方向が合わない素材もあり、コンポジット作業で光の方向を変えることで対応されている。

光の方向を変えるリライトの作業はコンポジットだけでは対応できないため、社内のコンポジティングで90数パーセントまで詰めた後、オンライン編集にまわしている。カラーグレーディングに関しても、素材ごとのグレーディングは合成作業を考える必要があるため、山内氏が自身でグレーディングを担当しているという。

▼人物合成の肝
本作の随所でみられる人物の合成について紹介する。ちなみに選手の実写プレートはグリーンバックを立てて撮影されているが、地面部分のグリーンバックは3m四方程度しか用意されておらず、急遽グリーンのカーペットなどを調達して対応したという。

撮影前に作成されたプリビズ。選手が演技する参考にもなっている

リッカルド・モントリーヴォ選手とジェレミー・メネス選手の実写プレート

Keyerで作成されたマスク素材

アディル・ラミ選手と本田圭佑選手の実写プレート

同マスク素材

ロケで撮影された背景プレート

背景素材と簡易合成された選手。何も調整せずに合成すると、グリーンバックの色かぶりなどがあるため、グレーディングを施しながら調整していく

綺麗にキーアウトできるように、グリーンバック素材にスピル除去の作業を行い、不要な緑成分を除去する

スピル除去した人物素材を背景に合成。この段階ではまだエッジの処理が不十分な状態となっている

NUKEのコンポジットノード。このショットは比較的シンプルな構成だという

素材によっては、図のようにエッジに不要な色が乗ってしまうことがあるため、VectorExtendEdgeというノードでエッジ部分の色を外側に拡張する。左が適用した状態

エッジとカラー調整を行なった完成画像

▼リアルなクルマ表現
本作の見どころでもあるクルマの3DCGのコンポジット。スランテッドでは日頃からクルマを題材とした映像制作に携わることが多いため、様々なノウハウが詰め込まれている。

プリビズ画像

背景の撮影素材。このロケーションでは激しいクルマの運転はNGだったたため、空舞台で撮影された。クルマの動きを想定したカメラワークも加えられている

背景プレートをマッチムーブした状態

実写プレートの動きに合わせてクルマのアニメーションを付けていく

レンダリングしたクルマの3DCG素材を合成した画像。影や映り込み、グレーディング処理はまだ行われていない

クルマをパーツごとに細かく調整するために、細分化されたマルチマットを出力している。今回はクルマがメインの映像ではないのでこの程度だが、クルマが主役の場合は20以上のマスクを出すという

完成画像。クルマのCG合成ではまず、背景とクルマの3DCG素材の黒レベルを合わせるところから始まり、ボディやガラス素材など映り込みの多い部分から調整を行なっていくという。モーションブラーは3DCGで付け、2DによるVelocity Blurは使われていない

▼3DCGで再現された路地
街中のシーンでは、ロケで撮影された写真素材を組み合わせてカメラマップで生成している背景もある。図はその一例だ。

カメラマップ用に撮影された背景の写真素材。選手撮影時のカメラの動きに合わせて複数撮影されている

ロケ時の計測データとマッチムーブのポイントを基にMayaで街並を簡単にモデリングしたもの。カメラマップ用の写真が撮影された位置に、カメラが配置されている

MARIにMayaで作成したシーンを読み込み、カメラから写真を投影して貼り付け、写真ごとの境界を馴染ませていく

MARIによる作業の後、Mayaに戻してレンダリングした背景。選手の実写プレートの動きに合わせてカメラワークの調整も可能だ

人物を合成して調整された完成画

▼アニメーションにこだわったカルガモ
作品の途中で登場するカルガモの親子も、3ds Maxによる3DCGで作成されている。ロケでは剥製のカルガモや縫いぐるみを置いてリファレンスが撮影された。子カルガモのかわいらしい動きを求めてリテイクを重ねた山内氏こだわりのカットだ。

プリビズ

剥製のカルガモをリファレンスとした現地の撮影素材

カルガモのヨチヨチ感を出すため、アニメーションは20テイクを超えた。力の入れどころを間違っているとも思われそうだが、こうしたこだわりの積み重ねで良い作品が出来上がる

Furの要素など、クルマとは異なるエレメントが出力された

コンポジット作業画面

完成画

[information]
『AC Milan vs. Super Car by TOYO TIRES』
広告代理店:電通
制作会社:ダンスノットアクト
www.youtube.com/watch?v=M092PBHytC8

TEXT_ 大河原浩一(ビットプランクス)