2012年から全国各地を巡回してきた展覧会「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」が、6月28日、最終巡回地・熊本市現代美術館でその会期を終えた。展覧会は各地で好評を博したが、本稿では、熊本での初日となる4月11日に、庵野秀明館長、樋口真嗣副館長、三池敏夫氏(特撮研究所)が登壇して行われた記念講演「特撮博物館を語る」の模様をお伝えしよう。
日本の映像業界における特撮の深刻な状況と高まる注目度
この記念講演の聴講希望の締め切りは3月20日だったが、その後、4月1日に庵野監督と樋口監督が『ゴジラ』の新作映画を手がけると発表されると、その影響から一気に注目度が高まった。
講演は庵野秀明監督、樋口真嗣副監督、三池敏夫氏の自己紹介や人生を決めた特撮作品の話などを中心に進行。さらに「特撮博物館」が2012年に東京で実現できたことについても触れられた。「今まで、特撮というものはほぼ見向きされていませんでした。それが東京都現代美術館で展覧会を開けてできて夢のように嬉しかった。ようやくここまで来たんだなぁと実感しました」と庵野監督。同企画は「自分の作品を作るだけじゃなくて、自分を育ててくれた環境などに対して、恩返しをしていこう」との思いからスタートしたものだった。
樋口監督は同展覧会がまだ設営中であった1週間前に様子を見に来た際のエピソードを披露した。「映画の仕事はずっとやっているけど、美術館の展示の仕事は経験したことがありませんでした。こういうことを言うともしかしたら失礼に当たるかもしれませんけど、まるで文化祭みたいな雰囲気でしたね。文化祭直前の一生懸命作ってる感じ」。そして会場で配布された「副館長の余計なヒトコト。」を例に挙げ「凄く楽しそうで用もないのに1週間ぐらいずっといて、頼まれてもいないのに"これを見てもらうためには、これがいるんじゃないか"とか、アイデア出しをバックヤードでやってました」と楽しそうに述懐した。
その一方で三池氏は「ずっと特撮の仕事をやってきたけど、最近、仕事が減ってきました。何故かと言うとコンピューターで絵作りをするっていう技術革新のためです」と、特撮を取り巻く環境の変化を挙げた。「仕事が減ると職人さん達の仕事が引き継がれなくなる危機に陥り、僕らが子供の頃に見て面白かった作品のミニチュアも保管できなくなる。会社に置いてても全然財産にならないだろうと処分されたり破棄されたりしてるんです」と深刻な状況を吐露。「特撮について、皆さんにもう一度注目してほしかったので、このタイミングで展覧会が実現できてよかったです。これも庵野さんが企画を立ち上げてくれて、そのほかにもジブリ美術館の皆さんや日本テレビの皆さん、特撮に愛を感じてくれる近い年代の皆さんが応援してくれたおかげ。皆さんの協力が嬉しいしありがたいです」と改めて感謝の意を表した。
左から三池氏、庵野監督、樋口監督。ちなみに三池氏は熊本出身である
2012年はこの「特撮博物館」が開始されると同時に、メディア芸術カレントコンテンツで庵野監督、樋口監督、三池氏も参画している「日本特撮に関する調査報告」が始まった年でもある。三池氏は「最近はこういう場にひっぱり出されることが多くなりました。本業では絵を描いたり図面を描いたりものを作ったりと静かな仕事なのに、何故だか人前で特撮を語る機会が増えてます」と、特撮を取り巻く環境の変化を実感するという。「本当にありがたいことだけど、私だけが特撮を支えてるわけじゃないんで、もっと色んな人が語ってくれるといいなというのが本音」と言いつつも「特撮に関わるスタッフは全員が職人さんなんですよ。腕がある人ってなかなか自分で語れない人が多くって、それを自分が代弁してる形です」といった事情もあるようだ。
「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」入口
変化する特撮と3DCGの関係
講演では、特撮と3DCGの関係についての言及もあった。「そもそも特撮自体をこんな風にしちゃったのは俺らの年代」と樋口監督。「『ガメラ』とかで3DCGを使い出して、"3DCG使うと意外といいじゃん"って日本の映画界が気づいた先駆けだった。自分たちは全然そんなこと思ってなかったけど、結果的に自分のやってたことが日本の特撮にトドメを刺してしまった。反省というか負い目のようなものがあった中で、そのまま映画監督をやってるんですけど、もう1度自分の好きなものは何だったのかを振り返るいい機会になりました」と「特撮博物館」の開催意義を再確認していた。
それを受けて三池氏は「3DCGの出始めって、やっぱりお金のかかる技術だったんです。凄いけど高くてたくさんは使えなかった」と思っていたそうだが、「あっという間にミニチュアの方が高くて使えないというように逆転してしまった。本当に10年くらいの間で、瞬く間に3DCGの技術がどんどん発展していったんです」と先述の話と関連させた。さらに、「CM業界でも実物を被写体として撮影する時代があって、食べ物のCMでも大きくした商品を作ったりしたんですけど、3DCGになるとそもそも被写体がいらないから、作る機会がなくなってしまった」とも言う。CMの話が出たところで車のCMを例に挙げた樋口監督は「撮影をするってことが商品(車)についての企業秘密をバラすことになってしまう。それでも昔は実物を撮影していたんです。例えばターンテーブルに車を乗せて回していたりと......だけど今は、それが3DCGに変わってしまった」と振り返った。
また樋口監督は「『巨神兵東京に現わる』の関山和昭さん(特殊効果/操演)はCMの仕掛け専門の人だったんですけど、『ウルトラマン』や『ゴジラ』からCMの仕事に入って、気がついたらCMの仕事が減っていたんで、また特撮に戻ってきてくれました」と、業界内のニーズの変遷についても触れた。さらに「『巨神兵東京に現わる』までの煙の乗せ方は、単にダブらせていただけだったけど、今度の『進撃の巨人』では新しい方法を試している。特撮の絵作りも3年の間に変わってきている」と、経験を次に活かしていることを明かした。
熊本展では戦艦三笠も展示(『日本海大海戦』の撮影で使用されたとされる)
新作『ゴジラ』と特撮の今後に寄せる期待
講演の終盤には、制作が発表された新作映画『ゴジラ』について、庵野監督は「東宝さんに"言っちゃダメ"って口止めされてるんで"頑張ります"とだけ言っておきます」と、樋口監督は「内容はともかく気持ちだけ......。むちゃくちゃ嬉しいんで、この嬉しさを作品に活かしてどうやって内容に反映させるか考えてます」と無難に流した。
しかし聴衆からも『ゴジラ』について多くの質問がぶつけられた。「まぁ金子さん(金子修介監督)が先にやってるんで......俺は初めてでプレッシャーはあるけど大丈夫でしょう」と樋口監督。「見てる人からすると思い入れのある作品だと思うんですけど、だからどうっていう気負いは意外とない。むしろ人様のキャラクターなんで、丁寧に失礼のないように、真面目に制作したい」と決意を新たにした。
続く庵野監督は「平成『ガメラ』シリーズの2作目、3作目は確かに技術力は上がっていましたけど、熱意は徐々に別の方向に向かっていて、面白かったんですが1作目の感動には至らなかった。技術は人を感心させるけど感動させることはありません。彼が魂を削った1作目には本当に感動させられた」と樋口監督が特技監督を務めたガメラシリーズを評した上で、「次の『ゴジラ』も魂を削って感動させてくれると思います。初心に還ってくれれば大丈夫。まぁ慢心させないんで、僕が」と笑いを誘った。
最後に庵野監督は「熊本県立美術館でエヴァ展やってますんで」と、4月12日で会期を終えた「エヴァンゲリオン展」について触れ、樋口監督も「特撮展の先にあるものの第1弾として『進撃の巨人』があるので、よろしくお願いします」と、8月1日に公開を予定する実写映画版『進撃の巨人』を宣伝した。また「開催期間が終わったらそれぞれ所有者の元に分散してしまうんで、こういう状態で見れるのは本当に最後の機会になります」と同展覧会について語る三池氏。「ここが成功すればまた良い展開が広がるかもしれません。ぜひとも皆さんの力で、特撮という文化を広げていただけると嬉しいです」と期待を寄せていた。
TEXT&PHOTO_真狩祐志
「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技(熊本)」
開催会場:熊本市現代美術館
開催時間:2015年4月11日(土)~6月28日(日)
火曜日休館(5月5日は開館/5月7日(木)休館)
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