ゲーム開発者会議「GDC(Game Developers Conference)」のメインコンテンツが、大作ゲームのポストモータム(事後検証)だ。毎年さまざまなAAAタイトルの開発者が登壇し、開発の舞台裏が共有されていく。開発規模も予算も桁外れなこれらのタイトルで用いられた新技術は、より開発規模の小さい周辺タイトルへと波及していき、ゲーム業界全体を底上げしていく要因となっている。

中でも今年注目を集めたのが、『ウィッチャー3 ワイルドハント』に関する講演だ。本作はポーランドのファンタジー小説『魔法剣士ゲラルト』が原作のファンタジーRPGで、GDC(Game Developers Choice)アワード2016でゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞した。全世界のゲーム開発者の投票ベースで選出され、ゲーム版アカデミー賞ともいわれるアワードで、いわば世界のゲーム開発者から、最も優れたゲームと太鼓判が押されたことにになる。

ウィッチャー3 ワイルドハント 公式サイト
http://www.spike-chunsoft.co.jp/witcher3/index.php

カットシーンではなく「ダイアログ」で演出

本作を制作・販売したのはポーランドのゲーム開発会社CD Projekt REDで、2015年5月にPC版・PlayStation 4版、Xbox One版が発売された。ゲームはオープンフィールド型と呼ばれるもので、広大な大地を自由に移動でき、さまざまなクエストやイベントが用意されており、プレイヤーは自分の判断で冒険を進めていける。プレイヤーの判断でゲラルトをとりまく人間関係や世界情勢がさまざまに変化し、エンディングも3種類が用意されている。

しかし本作では、昨今の大作ゲームには不可欠とされるマルチプレイヤーモードには対応していない。一人向けのストーリーモードに徹している点が特徴だ。昨今のゲームらしく、映画的な「映像で見せる」タイプのイベントシーンがふんだんに盛り込まれている。イベントシーンは「ダイアログ」と呼ばれるものが35時間以上、いわゆる「カットシーン」とされるものが2.5時間以上入っている。一方で総プレイ時間はメインクエストのみで50時間、サブクエストをふくめると100時間程度となっている。

このようにゲームならではのストーリー体験や、プレイヤーにストーリーを伝えるイベントシーンの充実に多大な労力をかけた『ウィッチャー3』。それを可能にしたのが内製のダイアログエディタだ。同社でアニメーション・テクニカル・ディレクターをつとめるピョートル・トムシンスキー氏は講演「Behind the Scenes of Cinematic Dialogues in 'The Witcher 3: Wild Hunt'(『ウィッチャー3 ワイルドハント』の映画的ダイアログにおける舞台裏)」で、その概要を紹介した。

ブロックを組み合わせるようにイベントシーンを制作

はじめにTomsinski氏はカットシーンと『ウィッチャー3』のダイアログの違いについて説明した。一般的にRPGはゲームプレイとイベントシーンのサンドイッチ構造を取ることが多い。過去のゲームにおいてはイベントシーンはドット絵のキャラクターによる限定的な動きと、台詞表示の組み合わせで構成されていたが、1990年代後半からプリレンダーのムービーがつかわれはじめた。これが2000年代後半にはリアルタイムCGを用いたカットシーンが主流になった。

もっともカットシーンではキャラクターモデルこそ流用されるものの、モーションデータやフェイシャルアニメなどは、特定のカットシーンごとに収録されることが多い。しかし本作の「映画的ダイアログシステム」では、「レゴのように汎用的な部品を大量につくっておき、これらをエディタ上でくみあわせてイベントシーンを制作する」のだという。これによって大量のイベントシーンを短期間で効率良く制作できるというわけだ。

これを可能にするのが同社の内製ダイアログエディタで、常時3名のプログラマーによって制作・管理がなされている。ルック&フィールは動画編集ソフトに似ており、ちょうどMayaや3ds MaxのようなDCCツールと、After Effectsのようなタイムラインベースの編集ツールを組み合わせたようなイメージだ。

ダイアログデザイナーは本ツール上で3GCDのキャラクター素材などを読み込み、カメラなどを設定して、台詞の音声ファイルや選択肢などを管理し、アニメーションを設定して、エフェクトなども加えられる。作成した一連のイベントはビューワでリアルタイムにチェックしたり、微調整が可能だ。

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さまざまな機能をダイアログエディターに集約
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さまざまな機能をダイアログエディターに集約

オープンフィールド型をとる本作では「①フィールドを移動し(モンスターとの戦闘や、ダンジョン探索なども含まれる)」「②特定の場所でイベント(=ダイアログ)が発生し(クエストの依頼なども含まれる)」「③プレイヤーの選択やクエストの結果によって、主人公をとりまく世界や人間関係が変化する」というループ構造で進んでいく。イベントの発生順序などはプレイヤーのこれまでの行動によって、ダイナミックに変化していく。

各ダイアログはノードベースの「ストーリーフローグラフ」で管理され、ノードは主人公を中心に全方位で展開する。各々のノードは各ダイアログに対応しており、制作はシナリオライターが作成する脚本(セリフとト書きで構成)からスタートする。脚本が承認されれば、ノード化されてストーリーフローグラフに組み込まれ、つながりがチェックされる一方で、ダイアログの制作が始まる。

ダイアログデザインのワークフローは下記の通りだ。

①ダイアログのセット
ダイアログエディタを起動し、新規イベントを作成する。

②ジェネレーター
脚本に従ってダイアログに必用な基本要素(登場キャラクター、背景、カメラ、セリフの録音データなど)をスクリプト言語で記述する。その後、スクリプトファイルを実行してデータベースから素材をダイアログエディタに読み込む。なお、本作では素材となる3DCGデータの作成にMayaとMotionBuilderが主に使われている。

③カメラ
脚本に従ってカメラの位置や向きなどを設定する。なお、本作のダイアログ制作では絵コンテなどは作成されず、ダイアログデザイナーが直接エディタ上で設定する。

④待機モーションの選択
キャラクターの待機モーション(最も基本となる姿勢と、肩や腰が上下するなどのモーション)を選択する。待機モーションには男性・女性・デミヒューマンなどキャラクターのタイプごとに35種類に分かれており、立つ、座る、横になる、膝を組むなどが存在する。各々の待機モーションは「背が高い→毅然とした態度→立ちモーション」といった具合に、ツリー構造で管理されている。

⑤視線設定
エディタ上の空間カーソルをマウスで移動させ、キャラクターごとに基本となる視線の位置を設定する。視線を変更することでボディがIKにより制御され、眼球・頭部・全体と3段階でIKの効き具合が調整できる。

⑥アニメーション設定
脚本に従ってキャラクターのアニメーションをつけていく。歩く、走る、挨拶をするといった、基本的なゼスチャーが2400種類用意されており(種族によって異なるため、これでも十分ではないとのこと)、それを元にして細部を修正していく。Valveの3DCGアニメ制作ツール「Source Filmmaker」と同じような機能が実装されており、特別なポーズやアニメーションなども作成できる。ボディやフェイシャルはエディタ上から細かい調整も可能だ。こうしてつくられた新規アニメーションはデータベースに保存され、別のダイアログを制作する際に新たな素材として活用される。


⑦アイテムや小道具の設定
特別な小道具やアイテムなどをデータベースから読み出し、キャラクターに設定する。アイテムの動きとキャラクターのアニメーションを連動するように動き付けもできる(例:コインを投げ上げるなど)。

⑧仕上げ
ライティングやエフェクトなどを設定する。天候機能が内蔵されており、脚本にあわせて天候を変更したり、最適なムードのライティングを設定できる。本作には時間の概念があり、ゲームを進めていくと自動的に周囲の明るさや天候が変化していく。一方でダイアログには特定の時間帯が定められている場合もあり、個別に指定できる。

ツールへの継続的な投資が良作を生む

これ以外にもダイアログエディタにはさまざまな機能が付加されている。中でもユニークなものが、音声ファイルの長さによって各アニメーションの尺が調整される機能だ。

本作は日本語・英語をはじめ、海外の主要言語に対応しており、セリフごとに各国語分の音声ファイルが存在する。しかし各国語に翻訳した時点で、同じセリフでも音声データの長さが微妙に変化する。その場合でも尺にあわせて映像クリップの長さが自動的に調整されるのだ。映像がプリレンダーのムービーデータではなく、3DCGのリアルタイムムービーだからこそ、こうした調整が可能になっている。

また酒場が舞台のダイアログの場合、主要キャラクター以外にも店員や客など、あまり意味のない動きや会話を行う、さまざまなキャラクターが存在する。こうしたキャラクターの動きや管理も、ダイアログエディター上で管理が可能だ。

このようにダイアログエディターは、本作のユニークなストーリー体験を形づくる上で、大きな貢献をはたしてきた。本ツールはビジュアルアートとシナリオライティングの境界線に位置するツールで、制作にはゲームデザイナーやテクニカルアーティストなど、さまざまな分野の知見が不可欠だ。『ウィッチャー』シリーズの開発をとおして、これまで同社が本ツールに対して継続的な投資を行ってきたことがわかる。

もっともTomsinski氏は「求められる機能をすべて実装する時間はないため、さまざまな機能を排除する必要があった」と述べた。その上で現在も新しいアイディアが次々にわいており、また別のゴールにむかってツールを洗練させている最中だという。最後にTomsinski氏は、GDCの講演資料が共有されるGDC vault(http://www.gdcvault.com/)上でできるだけ早く講演資料を公開したいと補足し、セッションを終了した。

TEXT_小野憲史