TEXT & PHOTO_谷川ハジメ(トリニティゲームスタジオ)
<1>「国際コンテンツビジネスフォーラム」とは
2月27日(土)、東京市ヶ谷にて、経産省(経済産業省)とユニジャパンが主催する「国際コンテンツビジネスフォーラム」が開催された。本フォーラムは、国際コンテンツビジネスの最新動向の把握、和製コンテンツの国際展開の方法、国際展開に必要な人物像とその人材の育成方法について受講者がヒントを得ることを目的としている。
4部構成の長丁場となったフォーラムのうち、筆者はセッション1と2のふたつのセッションを聴講することができた。セッション1では、「ハリウッドメジャーにおけるマーケティング手法とローカルプロダクションの現状」と題し、3人の登壇者がそれぞれ短いプレゼンテーションを行なった後、TOKYOPOP創立者であり現CEOのスチュー・レヴィー/Stu Levy氏をモデレータに、ワーナー・ブラザース(WB)のダグラス・モンゴメリー/Douglas Montgomery氏(Vice President of Category Management, WB Home Entertainment Group)とデビッド・マーフィー/David Murphy氏(Vice President of International Local Production, WB Pictures International)の2名のパネラーを迎えてトークセッションが行なわれた。
続いてのセッション2のテーマは「先端技術を活用したコンテンツビジネスの最新動向について」。こちらも同様に2人のパネラーが自己の取り組みについて語った後、毎日新聞編集委員の元村有希子氏をモデレータに、南カリフォルニア大学のエリック・ハンソン/Eric Hanson氏(Associate Professor of Practice, USC School of Cinematic Arts)、スクウェア・エニックスのレミ・ドリアンクール/Remi Driancount氏(テクノロジー推進部 ジェネラル・マネージャー / シニアR&Dエンジニア)を迎えて、元村氏のお題にパネラーが回答するという形式で進行した。
<2>映像コンテンツの国際展開 〜ワーナー・ブラザースの場合〜
セッション1の最初に登壇したダグラス・モンゴメリー氏は、米ワーナー・ブラザースが全世界の販売データを収集して分析し、各国の配信、販売を行う事業者に提言を行なっていることを紹介した。英国の衛星放送事業者SkyのVOD収益が159億円、米Comcastでも好調なことから、日本のJCOMに対してもVOD事業を積極的に推進するように強く申し入れているという。この背景には、全世界のVODの市場が30兆円以上の規模に成長していることがある。TSUTAYAとGEOによってレンタル市場が維持されている日本は例外で、遅かれ早かれこの傾向は避けられない。
▲ データマーケティングを担当するワーナー・ブラザースのダグラス・モンゴメリー氏(Vice President of Category Management)
もっともこれは、ただ単純にVOD画質の向上と利便性から、従来DVDレンタルで視聴していた視聴者がVODにシフトしているだけであって、視聴人口が増加しているわけではない。それでもVODを推進する理由がモンゴメリー氏の口から語られることはなかったが、CATV事業者にとっては従来の視聴料に加え、VODの追加料金を得ることができ、ワーナー・ブラザースにとってはDVDレンタルより有利な条件で収益分配が受けられるからであろう。
次に登壇したデビッド・マーフィー氏からは、ワーナー・ブラザースの日本法人ワーナーエンターテイメントジャパンが独自に制作するコンテンツの日本国内のセールスと、海外展開の状況が紹介された。ワーナー・ブラザースは、日本を含む7ヶ国を米国以外の主要なマーケットと位置づけている。とりわけ日本の市場においては、邦画のシェアが50〜60%を占めていることから、日本で独自に企画、制作したコンテンツを、これまでに62タイトル投入し680億円の収益を稼ぎ出している。なかでも『るろうに剣心』『デスノート』の両シリーズと『ヒロイン失格』は大成功を収めた作品だ。
▲ アメリカ以外の各国のローカル制作を担当するワーナー・ブラザースのデビッド・マーフィー氏(Vice President of International Local Production)
日本発のワーナーコンテンツの海外展開の方に目を向けると、イギリスでは『るろうに剣心』シリーズ、『許されざる者』『黒執事』が、ドイツに向けては『藁の盾』がローカライズされている。『るろうに剣心』の第2作、第3作はフィリピン、シンガポール、タイでも公開されている。邦画の海外展開は必ずしも興行的に成功しているとは言えないとしながらも、グローバル企業のワーナー・ブラザースとしては、配給先があれば作品性を買って公開することもあるということだった。
最後にスチュー・レヴィー氏が登壇したが、時間との兼ね合いもあってか自己のキャリアと現在取り組んでいるプロジェクトについて簡単に紹介しただけで、特筆すべき事項はなかった。
▲ 日本のコンテンツを海外展開するビジネスを手がけるTOKYOPOPのスチュー・レヴィー氏(Founder & CEO)
セッション1の後半戦は、3氏によるディスカッションとなった。フリーディスカッションということで、ひとつひとつの話題に結論を出さないまま進行するレヴィー氏、,モンゴメリー氏、マーフィー氏のトークは、話題が散漫になってしまった上に、受講者にそっくりそのまま当てはめられるようなものではないように思えた。
ただ、それでもなおワーナー・ブラザースの映像ビジネスに対する姿勢が浮き彫りになったことは収穫であったように思う。
ひとつ目は収益に対して非常に貪欲なことで、利益をあげるチャンスがあるなら、劇場にとどまらない多メディア展開、市場性がある国へのローカライズ、過去作品や他国でヒットした作品のリメイク、傘下のコミック原作の活用など、潤沢なコンテンツ資産を最大限に活用していることがうかがえたこと。
ふたつ目はリスクを非常に恐れていることで、勝算ありと判断した作品に対して、巨額の予算を投じることにまちがいはないのだが、その判断は、過去の同種の作品の興行成績や原作コミックの認知度など、具体的な数字に裏打ちされている。また、ビッグカンパニーでありながら、リスクを最小化するために、EU、カナダ、韓国といった政府や地方自治体の助成金の獲得に余念がない。
次々と語られていったワーナー・ブラザースのロジックは、潤沢な資金と圧倒的な規模を前提とした王者の方法論ではあったものの、その足元はしっかりと地についており、決して浮き足立ったものではないように思えた。
▲ セッション1のパネルディスカッション風景
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<3>VR&AI 〜コンテンツを支える最新テクノロジー〜
<3>VR&AI 〜コンテンツを支える最新テクノロジー〜
セッション2の方は、エリック・ハンソン氏のプレゼンテーションから始まった。ハンソン氏は、VFXアーティストとしてのキャリアを背景に、USC School of Cinematic ArtsのJohn C. Hench Division of Digital Arts and AnimationでVFXの授業を行なっている。USCのカリキュラムの一環として、IMAXから制作環境の提供を受けたS3D(立体視)映像の制作やVR HMD用の幾何学的なVJ映像の制作、東京藝術大学と共同で現実の環境のCGへの取り込みと合成の研究といったことに取り組んでいるという。
▲ VFX歴20年以上のベテランUSC School of Cinematic Artsのエリック・ハンソン氏(Associate Professor of Practice)
その一方で、自身のCGプロダクションxRez Studioをかまえており、VFX映像の作成や合成用の素材撮影をも行なっている。ランドスケープのギガピクセル取り込み、3Dスキャン、ヒマラヤの渓谷の高解像度撮影、マヤ文明をテーマにしたプラネタリウム用コンテンツの制作、ナバホ族文化と中国人アーティスト艾 未未(アイ・ウェイウェイ)のコラボ作品への制作協力、アイスランド人シンガーBjörk(ビョーク)のMV向けVFX用ランドスケープの撮影などと多岐にわたる。
▲ xRez StudioのVRデモリール。360度見渡せるVRムービーとして公開されている
続いて登壇したドリアンクール氏からは、ゲーム制作の概要を説明した後、AIに関するプレゼンテーションが行われた。氏によると、スクウェア・エニックスでは、3DCGがフォトリアルさを増し現実のものに近づけば近づくほど増大する、いわゆる「不気味の谷」の問題は、モデルの造形やキャラクターアニメーションの範疇ではすでに解決済みで。現在はAIにフォーカスが移っているという。
▲ アカデミック出身でAI一筋のレミ・ドリアンクール氏(スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 ジェネラル・マネージャー)
ゲームプレイ中のユーザーの体験をより新鮮でリッチなものにしていくためには、よりスマートなAIが重要だ。ゲームAIも進化を遂げ、現在では、AIの判断に基づいてアニメやシミュレーションと同調するように設計されている。また、それぞれのオブジェクトが自律的に動作するようにエージェント化や、オブジェクトが直面した瞬間の状況で反応を変えるのではなく、行動原理を持たせて常に計画的に動作させる非リアクティブ化も進んでいる。
AIの応用範囲は広がっており、ゲーム内のノンプレイヤーなオブジェクトAIだけにとどまらず、プレイヤーの行動、反応パターンのラーニングや、ゲーム開発環境としてのアセットの自動生成、テストの自動実行、データ分析といった領域にまで、AIが活用されているという。また、将来的には、あるプレイヤーの生涯のプレイ履歴を追いかけて分析するもの、複数のゲームを横断的に取り扱うもの、複数のプレイヤーグループをまとめて取り扱うもの、ゲーム以外の情報を取得して判断に活用するものが登場すると予想していた。
▲ 普段は自然科学分野を追いかけている毎日新聞 デジタル報道センター 編集委員の元村有希子氏
セッッション2でもセッション1と同じく、後半戦にはモデレータの元村氏が登場し、先端技術には不案内だという元村氏の疑問に、プレゼンテーションを行なった両氏がそれぞれ私見を述べるという形式でトークが進行した。
失礼ながら元村氏のお題が、現状を踏まえられていなかったり、専門分野以外のものであったりしたせいもあって、抽象的な一般論に終始したり答えが答えになっていないケースが散見された。ただ、ひとつ印象的であったのは、人材育成に関する話題のなかで、両氏が日本独特のカルチャーや日本人特有のふるまいに対して思いのほかポジティブに捉えていて、すでに持つ強みを活かすべき、としていたことだ。
▲ セッション2のパネルディスカッション風景
受講した2つのセッションを通じて、ワールドワイドで通用する人材、ワールドワイドで通用するコンテンツがセールスボリュームの土台を支え、そこにリージョンごとの独自性をどれだけ積み上げるかが重要だということを改めて認識させられた。
ふり返ってみれば、ひと昔前には、ワーナーエンターテイメントジャパンが製作委員会に加わり、邦画やアニメの制作、配給、DVD/BDの販売を行うなど考えられなかった。スクウェア・エニックスも、英アイドスの買収したあたりから、ずいぶん国際化が進んだように思う。
▲ 本フォーラムを主催する経済産業省商務情報政策局文化情報関連産業課の伊藤 桂氏
ただ、いずれのセッションも、1コマ90分のうち約半分の時間を、2人または3人のパネラーそれぞれの持ち時間として分け合い、パネルディスカッションに残りの時間を割くというスタイルであったため、全ての話題が概要レベルの物足りないものとなってしまったのは残念だった。
とはいえ、海外からの多彩なゲストの生の声を聞く機会が得られたということは、やはり大きいものがある。次回以降のフォーラムが、より密度の高いイベントとなるために、フォーラムの構成にもうひと工夫ほしいところだ(改善を期待したい)。