映画『ブレードランナー』などの作品を通じ、"ビジュアル・フューチャリスト"として、数多くのクリエイターや作品に影響を与えて来た世界的インダストリアルデザイナーのシド・ミード氏。彼の代表的な原画150点が一堂に会する「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」(以下、「シド・ミード展」)は、2019年4月27日(土)より東京・アーツ千代田3331にて開催され、37日間で3万2000人以上が来場するという大盛況の展示会となった。

この展示会とCGWORLDの創刊20周年イヤーを記念したトークイベント「シド・ミードのアートワークに学ぶコンセプトデザインの真髄」が、2019年5月10日(金)に開催された。コンセプトアーティストとして活躍する木村俊幸氏と富安健一郎氏がシド・ミード氏のアートワークを徹底解説するという貴重なセミナーの模様をお届けする。

TEXT&PHOTO_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_西原紀雅 / Norimasa Nishihara(CGWORLD)

本当は立体化が"困難"な、シド・ミードのデザイン画

「シド・ミード展」のスタートから約2週間のタイミングで開催された本セミナー。来場者のうちすでに7割が展示会に足を運んでいるという、ミード熱が高い空間に登壇したのはコンセプト・マットアーティスト・VFXスーパーバイザーの木村俊幸氏とコンセプトアーティストの富安健一郎氏。

▲シド・ミード愛を語る富安氏(左)と木村氏(右)

まず、富安氏はシド・ミードの異名である"ビジュアル・フューチャリスト"という言葉を解説した。スライドには「コンセプトアーティスト」、「インダストリアルデザイナー」、「グラフィックデザイナー」、「画家」、「西海岸」などの言葉が並び、これらの"上位職業"として「人類で一人だけ」の存在として位置づける。

「僕の知るなかで、コンセプトアーティストを始めた人で、それまでの未来を描いている画家と決定的に違う」(富安氏)と話した。

木村氏は『スターログ』でミードの衝撃を受け、'83年春に東京・原宿のラフォーレミュージアムで開かれた「21世紀のカーデザイン展~未来を透視する天才シド・ミードの世界」 に連日足を運んでいったという。

スクリーンには有名な「Running of the Six Drgxx」が映り、富安氏はこの絵によって「スケールをいじるコンセプトアートの組み立て手法」が広まったと語った。富安・木村両氏ともその筆力に圧倒されるほどの印象的な絵だ。

つづいて、木村氏は『スター・トレック劇場版』の「Enterprise & V'ger Entity」という絵について「アブストラクト(抽象的)な雰囲気がいつも入り込んでいるのもキーワード」と見どころを語る。

富安氏は『ブレードランナー』のスピナーのサイドショットの絵について「絵の格好良さと立体でこんなに差が出るデザインはあまりない。その理由を考えているが、まだ分からない」と話す。

木村氏は「シド・ミードさんのデザインの凄さのひとつは、自分が感じた最高のフォルムや最新の思想を込めているため、みんな置いてけぼりになっている。絵のスピードが50年100年先を行っているから、立体が絵に追いついていないのでは」と、その先進性を表現した。

『エイリアン2』の「USSスラコ号」初期コンセプトデザイン画は、美大時代の富安氏が「こんな人になりたい」と思った、コンセプトアーティストとしての道を踏み出すきっかけになった画稿だ。「影になったところをどれだけ描くかが、そのモノを魅力的に表現する秘訣」と考える中で出会ったこの絵について、当時模写を繰り返したという。この絵の「粗密感が完璧」と評した。

プロダクトデザイナーとしての背景を感じさせるエアポートの絵(神戸スペースポート)については「リアリティをデザインとしてまとめていくようすが絶妙なバランスのもとに成り立っている」と解説。

「シド・ミードと出会わなかったらこの仕事をしていなかった」と語った富安氏は、その後ミードと同じくプロダクトデザイナーからコンセプトアーティストの道を歩む。

一方、木村氏は「影響を受けたけれども、何とか心の中のシド・ミードさんを消さなくてはいけないと思っていた。全部影響を受けちゃうから危機感を感じてしまった」と、描いては捨てていた若き日の様子を語る。いずれにせよ、影響力の高さを感じさせるミードの画力だ。

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シド・ミードが"ビジュアル・フューチャリスト"と呼ばれる理由

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シド・ミードが"ビジュアル・フューチャリスト"と呼ばれる理由

話題はミードの技術的な巧みさについても及んだ。富安氏は「カーブを描くときに人間の肩の可動範囲を使って描くわけですが、それをトレペに描いて何度も重ねて究極の1本のカーブを描いたものが集積された絵。尋常ではない完成度」。木村氏は「フレーミングの中で描いていない。外に行こうという力と共に描いている」と、プロセスを分析する。

ミードは座って描くことはしなかったという。人間の持っている可動範囲を存分に使って描いたことがミードの大きな魅力である伸びやかな曲線を生み出したのだと富安氏は語る。

ミードの有名な「Sentinel Cover Art」については、「無駄なストロークがない。迷いがない」(木村氏)。「手際の良さがそのまま美しさに繋がる。面のハリが凄い」(富安氏)と、アナログ時代の描き方の観点から解説を行なった。

つづいて、富安氏がtwitter上に投稿した「シド・ミードごっこ」の動画が映し出された。

ミードの特徴を捉え方について「陽が当たっている何もないところと影のゴチャゴチャしたところの粗密感。アンテナと燃料タンクを描いていく」とポイントを解説した。

木村氏の"ミード風"作品はこの講演の前日に撮影したジオラマだった。

宇宙船にも見えるこのオブジェは「コンビニのぶっかけうどんの容器」だった。「この曲線、ミードじゃん!」と気づいて、ホチキス止めをしてスプレーをかけ、フィギュアを置いてライティングを施し、21歳のときに描いた空模様を背景に置いて即興的に撮影を行なって作成したという。「右手から青いライトを照らすと空のオレンジと青が絡まってミードっぽくなる」とプロセスとともにミードの"らしさ"を構成するものが何かを分析した。「ミードの継承者」としての2人のリスペクトを見せた。

締めくくりとして木村氏は「シド・ミードは芸術家だと思っている。なぜなら、彼の絵の中には絵画の歴史が入っている。古典技法やバルビゾン派、ハドソンリバー派、印象派なども入っていて、牧歌的な感じを絵の中にコンポジションとして成立させている。なぜここで我々が絵を描いているのかを感じ取りながら絵を描くというスタイル。未来の世界で冒険する、知らない感じの出し方を分かってやっている感じがする」と解説した。

裸体の絵をひとつとっても「シュメール文明やエジプト文明の感覚が未来になった場合、何が起きるだろう? それを考え抜いて絵を仕上げている」と、"ビジュアル・フューチャリスト"としてのミードを分析した。ミードはニューヨークのワールドトレードセンタービルの跡地のコンペに参加した際、教会をイメージした絵を提出したという。負の状況を文化としてどのように立て直していくかを考えるその姿勢に富安氏は「こういうことをできるのがコンセプトアーティストなんじゃないか」と考えを述べる。それに応える形で木村氏は「ただ絵が上手いだけではなく、何を人間のためにプレゼンして次を獲得していくか、根底の考え方ができるかどうか」と話をした。

最後に来場者の質問に答える形で、木村氏は「シド・ミードを超えてオリジナリティを出すために」という難題に答えを寄せた。「ミードは映画や小説から勉強しているのではなく、科学の本を徹底的に読んで、機械工学の要素を入れた上でファンタジーを表現する。曲線のメカニカルな美しさをどのように自分が感じ取るか。そこで過去の文明を勉強するのでもいい。なぜ滅んだのか、生き残っているのはなぜかという理由を勉強するとファッションや文化の考えを自分が引き取ることで絵を描いていく」と述べ、2人のミード愛に溢れた講演を締めくくった。

関連情報

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「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」公式サイト:
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e+Shop「シド・ミード展」特設ページ:
https://shop.eplus.jp/sydmead/