4月16日(火)、御茶ノ水ソラシティカンファレンスセンターにて、「アニメ制作ワークフローセミナー第19弾『河森メカアニメの秘密』」が開催された。セミナーには河森正治監督とサテライトの後藤浩幸氏、森野浩典氏、原田 丈氏が登壇。新しいアイデアを生み出す発想法と、それをどのようにCGとして表現していくのかを解き明かした。

TEXT&PHOTO_高橋克則 / Katsunori Takahashi
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

デザインはコンセプトが9割5分

同セミナーは、アニメ制作技術に関する総合イベント「あにつく2019」と、河森正治監督プロデビュー40周年を記念した展覧会「河森正治EXPO」の連動企画である。第1部では「『ザ・デザイン』 ―発想からフィニッシュまで―」と題して、河森監督が自身の創作術を披露した。

河森監督は原作・企画・脚本など幅広い役職に関わっているが、キャリアの始まりはデザイナーであり、その経験や発想があらゆる仕事に役立っていると語る。デザイナーは視覚的な設計だけに関わると思われがちだが、河森監督はデザインを「作品のコンセプトや人間の感情や欲求、自分が表現したいテーマなど、目に見えないものをカタチにする仕事」として捉えており、世界観やストーリーを設計することもデザインの範疇に含まれる。

河森正治氏(左)

優れたデザインを生み出すためには「全てのカタチには意味がある」という視点をもち、「なぜこんな風になったのか」という原因や理由、その効果を追究する好奇心が何よりも重要だと説く。「例えば......」と河森監督は机上のペットボトルを手に取り、この形状やボトルの凹みにも様々な理由があることを説明した。

デザインは物事の普遍的な原理の上に成り立っているため、デザイナーは自然科学はもちろん人間の心理までも知っておかなければいけない。それを理解した上でデザインの感覚をあらゆる分野に応用すれば、急激な時代の変化にも対応できるはずだと伝えた。

セミナーでは河森監督の代名詞と言える「変形メカ」についての話題が多く飛び出した。「変形メカをデザインするときに一番重要なのは変形機構ではなく、何を変形させるのか」であり、同じコンセプトばかりやっていても面白みがなくなってしまう。その一例としてTVアニメ『交響詩篇エウレカセブン』(2005)のメカニックデザインを挙げた。

主役メカのニルヴァーシュは当初「自動車型から変形する人型戦闘ロボット」という発注だったが、河森監督は自動車の変形を何度も手がけていたため悩んだそうだ。そこで世界観をリサーチしたところ、トラパーと呼ばれる架空の粒子によって船舶が空を飛ぶ設定があると知り、「ロボットがトラパー粒子でサーフィンをするのはどうだろうか?」と提案。それが現在のデザインに繋がった。

河森監督は「サーフィンをする人型ロボットというコンセプト自体がデザイン」であって、「コンセプトが決まるかどうかが、デザインの9割5分だと思っている」とまで口にする。そこからの作業はスムーズで、サーフィンの見映えが良いように手足を細長くしてポーズを取りやすくする方針が決まり、コクピットは弾が当たりにくい後部に配置することでスポーティな外観が完成した。

しかし最新作の映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』では「サーフィンに代わる特徴がほしい」とそのコンセプトを禁じられてしまう。河森監督は困惑したものの「そういった制約はデザイナーとしては面白い」と創作意欲をかきたてられたという。今回は発注書の「とにかく巨大」という注文を手がかりに、「ロボットを竹馬に乗せる」というコンセプトを導きだした。さらに巨大すぎて簡単には浮かないだろうと考えて、トラパー粒子を収束するシステムを頭上に配し、「操り人形」のようなイメージも漂うデザインとなった。

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主役メカは脇役より何十倍も大変

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主役メカは脇役より何十倍も大変

デザインは「表現スタイルと表現技法」に合わせて変えなければいけない。『超時空要塞マクロス』(1982)のVF-1 バルキリーは手描きアニメゆえにラインを分かりやすく配置したが、『マクロスF』(2008)のVF-25 メサイアは3DCGのため、手描きでは絶対に描けないようなディテールを込めたデザインに仕上がっている。

  • © 1982 BIGWEST
  • © 2007 BIGWEST/MACROSS F PROJECT・MBS

メディアのちがいによってもデザインの考え方は変化する。『機動警察パトレイバー the Movie』(1989)に登場する攻撃ヘリのヘルハウンドは16:9という映画のスクリーンサイズを意識して、翼を横に大きく広げるというデザインを採用。「前から見ても横から見ても、画面の占有率を上げること」をコンセプトにした。

『アーマード・コア』(1997)はゲームという特性上、プレイヤーはバックビューの視点から操作するため、機体の後ろ姿を見ることが多くなる。そこで後部エンジンを丸くするなど、背後だけで機体を特徴付けられるように意識した。追い抜いたときに後ろ姿を見せつけるというスポーツカーの発想も取り入れて、ゲームに適したデザインをつくり上げていった。

ソニーの「AIBO ERS-220」(2001)はペットロボットだ。実際に遊んでみたときにもち上げにくかったという体験から、胴体に窪みを付けて簡単に運びやすくした。また子どもが指を挟まないように自動開閉機能は極力避けるなど、実用空間に合わせたデザインをつくり上げた。

デザインにキャラクター性を込めることも重要なポイントである。とくに河森監督は主役メカについて「脇役を考えるよりも10倍も20倍も大変」とその難しさを語る。もちろん主役メカは世界観にマッチするようにデザインしなければいけないものの、「合いすぎてしまっても埋没してしまう」のだ。そのため主役には世界観を"ちょっと"壊している程度の違和感が必要になってくる。

例えば『マクロス』ではVF-1のJ型やS型は人の顔にあえて寄せている。それは「リアリティの中に異物を混ぜることで違和感を与えるため」だ。人間は異物があると反応してしまう生き物であって、適切な形で現われればチャームポイントとして活きていく。

ただしキャラ性は理論だけでなく感性も重要となるため、河森監督も試行錯誤を重ねている。その実例として『創聖のアクエリオン』(2005)での頭部デザイン案を公開。数十体もの頭を描き連ねて、どうやって完成形を産み出していったのかという過程を紹介した。

第1部は1時間45分に及ぶ大ボリュームで、Q&Aでも多くの受講者が手を挙げる大盛況となった。最後に河森監督は「作品の言わんとするコンセプトは何なのか。そこまで一歩踏み込んで、ものを感じていく習慣を付けていくこと」が集団創作の手助けになるとメッセージを送った。

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白紙のコンテで伝えたかったこと

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白紙のコンテで伝えたかったこと

第2部では「河森作品における3DCGの関わり方」と題して、サテライトデジタル部のCGディレクターである後藤氏、森野氏、原田氏が登壇。まずは森野氏が『マクロスΔ』(2016)を題材に、河森メカをどのようにモデルへ落とし込むのかを解説した。

左から森野浩典氏、後藤浩幸氏、原田 丈氏(サテライト デジタル部) © 2015 BIGWEST

『マクロスΔ』に限らず、河森作品ではメカデザインを基にレゴブロックで機体を作成し、それをモデリングするという手法が採られている。モデリングの制作期間は1体につき6ヵ月から9ヵ月と長期に及ぶが、それは河森メカには「完全変形」が求められるためだ。単に「3D上で完全変形ができればOK」というものではなく、玩具になったときの耐久性なども考慮しなければならないのだ。

  • © 2015 BIGWEST
  • © 2015 BIGWEST

© 2015 BIGWEST

森野氏は「それは玩具メーカーが考える仕事ではないのか?」と徹底的につくり込むことに懐疑的だったと告白する。だが実用性を考えてモデリングをすることによって、クオリティが増していくことを実感し、次第に考えが変わっていった。河森監督はモデリングについて「100パーセント設定に合わせた監修をしないことがポリシー」であり、「モデラーの良さを必ず残すようにしている」とコメントした。

スタッフの個性を重視するという方針は絵コンテにも表れており、原田氏は『重神機パンドーラ』(2018)第1話の担当シーンで「絵コンテのままではなく、好きにしてもいい」と指示を受けたと語る。その言葉を受けて、主人公のレオンが多重次元アタックを決める見せ場では、パンチの数を1発から2発に増やすという変更を加えた。

河森監督は自由にまかせた理由について「僕が20代だったころは何でも変えることが基本だったので、そうしないとスタッフは楽しくないのではないか」と感じているからだと打ち明ける。そのためコンテを描くときは意図を読みやすくすることを心がけており、信頼できるスタッフには「意図の範疇なら何をやってもいい」と伝えるという。

さらに『マクロスF』の制作時にはコンテの指示通りの作業しかしないスタッフを奮起させるため、「誰も見たことがない激しい戦闘」という文字だけ書いた白紙のコンテを渡したこともあったという。作品世界の根底さえ守っていれば、どう表現するのかはクリエイターの自由であり、「せっかく作品に参加しているんだから、その人の個性が反映されていないと意味がない」と力強く語る河森監督の思いが伝わってくるエピソードだった。

セミナーのラストでは5月31日(金)から6月23日(日)まで行われる「河森正治EXPO」の30秒PVが上映された。「河森正治EXPO」では40年に及ぶキャリアで携わってきたデザイン画や絵コンテ、企画書、シナリオ、アイデアノートなどを展示。さらに河森監督自身が長年実現したかったというドーム映像も上映される。一体どんな映像に仕上がっているのか。開催が待ち遠しくなるセミナーとなった。



  • あにつく2019×河森正治 EXPO連動企画
    アニメ制作ワークフローセミナー第19弾『河森メカアニメの秘密』
    開催日時:2019年4月16日(火)14:30~18:00(14:00 受付開始)
    場所:ソラシティカンファレンスセンター sola city Hall【WEST】
    www.too.com/event/y2019/kawamoriexpo/