GTMF(Game Tools & Middleware Forum)は、2003年にスタートし今回で17回目となるゲーム開発者向けのツールやミドルウェア情報を共有するイベント。最近ではVR/ARなどゲーム業界にとどまらない参加者、展示社を集めている。2019年7月5日に大阪会場、そして7月12日に秋葉原UDX東京会場で開催されたGTMF 2019の中から株式会社Tooのセッション「3Dアセット作成とリテイク・制作ツールとしてのVR導入のすヽめ」より、Maya向けプラグインMARUIを紹介する。

※本記事は2019年7月12日の取材内容に基づきます。

TEXT & PHOTO_安藤幸央(エクサ)/ Yukio Ando(EXA CORPORATION) EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

<1>VR空間で直感的に3DCGを扱うMARUIとは

MARUIは、一般的にはマウスとキーボードで操作する3DCGデータを、VR空間でハンドコントローラーを用いて操作するためのプラグインだ。このMARUIを開発した株式会社MARUI-Pluginは、2016年創業の大阪にオフィスをかまえるスタートアップ企業である。CEOのクリヘンバウア・マクシミリア・ミハエル氏(以下、Max氏)が、Marvelシリーズなどを手がけるVFXスタジオで働いていたときに、もっと直感的にデザインしたいと考えたところから、このプラグインの開発がはじまった。

一般的なDCCツールでは、マウスとキーボードで3DCGをデザインするが、そういった作業は非直感的でまるでクレーンゲームでおもちゃを取ろうとしているような感覚になりがちだ。「制作物が3Dなのであれば、制作そのものも3Dのバーチャル空間でつくればよいのではないか」というMax氏の考えが、MARUIの開発の発端だった。MARUIという名は、創業者のMax氏が2012年にNAIST(奈良先端科学技術大学院大学)でAR/VRの研究を始めた頃につけられた。

左から、ピーター氏(エンジニア)、栗林広志氏(CMO)、クリヘンバウア・マクシミリア・ミハエル氏(CEO)
www.marui-plugin.com

MARUIの使い勝手を知るには、MARUI-Pluginチームの中で唯一の日本人であるマーケティング担当・栗林氏のラーニングチャンネルがおすすめ。MayaをVR空間で操作している動画が、Instagramにアップされている。

<2>MARUI-Pluginが注目するVRの活用分野

セッションではまず、MARUI-Pluginが現在、注目しているVRの活用分野についての話があった。

●工業デザインツールとしてのVR

米国のヘリコプター製造会社であるベルヘリコプターでは、ヘリコプターのデザインをCADで制作したのち、UnityHTC VIVEを使ったVR環境で検討するという。その際に、ハンドルやシートの位置の確認、修正などが行われる。本来の製造フローであれば実物大のプロトタイプが制作されるのだが、その必要もなくVR空間で済ませることができたそうだ。このおかげで一般的に5年から7年かかる制作期間が6ヵ月ですみ、数億円のコストカットになったという。

ベルヘリコプター社でのVR活用事例
Bell Says Latest Helicopter was Designed 10 Times Faster With VR(RoradToVRでの紹介記事)
www.roadtovr.com/bell-says-latest-helicopter-was-designed-10-times-faster-with-vr

●映画業界でのVRの活用

VRの世界を描いた映画『レディ・プレイヤー1』では、180分の映像のうち、約半分は3DCGの世界が描かれている。映画の制作にはスティーヴン・スピルバーグ監督があらかじめ3DCGでつくられたセットの中をバーチャルカメラで動き回り、カメラワークを決定した。出演俳優も、実際に何もない環境で演技するのは難しいので、事前にVRで3DCG空間の様子を確認しながら演技を進めたそうだ。

映画『レディ・プレイヤー1』でのVR活用事例
'Ready Player One' Behind-the-scenes Shows How Spielberg Used VR in Production(RoradToVRでの紹介記事)
www.roadtovr.com/ready-player-one-behind-the-scenes-shows-how-spielberg-used-vr-in-production

また、現在公開中の映画『ライオン・キング』では、監督・制作スタッフが、VRで再構築された空間に降り立ってカメラワークを決めていったそう。事前につくられたVR空間の中を動きながら、映像のはじめから終わりまで、全てのシーンのカメラアングルをVR空間で決めることで、いままでになかったライブアクション感をもたらすことができたそうだ。

映画『ライオン・キング』でのVR活用事例
Disney 'Basically Built A Multiplayer VR Filmmaking Game' To Direct The Lion King(UploadVRでの紹介記事)
uploadvr.com/the-lion-king-directed-in-vr

●プロトタイピングツールとしてのVR

VRプロダクト・デザイナーのMatt Schaefer氏によると、空間デザインやゲームのアセット制作において、2Dスケッチだと表現できない構図や見え方などもVRで表現することができたとのこと。空間デザインのコンセプトスケッチをVR空間内で行い、覗き込んでみたり、裏にまわってみたりすることで、その後の調整における制作コストを削減できたという。

VR空間を活用したデザイン・Matt Schaefer氏
Designing in VR(Matt Schaefer氏の個人サイトより)
www.mattschaeferdesign.com/designing-in-vr

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<3>MARUIのコンセプトと強み

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<3>MARUIのコンセプトと強み

MARUIは単なるVR空間を楽しむツールというだけのものではなく、プロ向けの3DデザインツールとしてVRを活用するための環境を提供している。VR HMDをかぶることでVR空間は実際に目の前に存在し、手で触れるように3DCGを編集できる。直感的に操作できることによって3DCGデザイン工程の効率化が実現できるわけだ。

3DCGツールとして一般的なMayaをプロレベルに習熟するには、何年もかかる。また1つのツールに使い慣れると、その他のツールに乗り換える際にはとても負担がかかる。そこでMARUIは、Mayaのプラグインソフトとして使え、Mayaの各種機能がVR空間で平易に利用できるようになっている。ちなみにVR空間だとマウスで行なっているような細かなポインティング(位置指定)が無理そうに思えるが、MARUIでは大きな動きと、通常の1/10単位の細かい動きを切り替えることで、細かなポインティングや細かな動き、設定が平易にできると考えているそうだ。

How a VR user interface changes 3D design work : VRによって変わる3Dデザイン業務

Modeling "Dragon's head" in VR with Maya:MARUI-plugin+Maya でドラゴンの頭をモデリングする様子

MARUIによる恩恵は、制作スピードの向上、クリエイティビティの向上、プロトタイプ制作のしやすさのほかにも、クライアントやディレクター、アーティストらとVRの中でより明確にコミュにケーションできる点などがある。また、ずっと同じ姿勢で作業することなく、健康的なデザイン環境を構築することもできる。さらにMARUIはMayaのプラグインとして動作するため既存のワークフローに即組み込むことができるのも利点だ。従来の制作ワークフローはそのままで、VRを活用することができる。

Mouse vs. VR - LowPoly Modeling : 一般的なマウス操作とMARUIによる VR空間での作業効率の比較

VR空間での作業は直感的で、慣れるとオペレーション自体がとても速くなるという。習熟度の問題や作業の種類にもよるが、VRの方が30%ほど効率が良いという結果も出ているそうだ。

<4>MARUIのユーザー事例

ではここからは、MARUIのユーザー事例について紹介していく。

●Studio05の事例

オランダのアニメーションスタジオStudio05では、最近VR/ARコンテンツの制作も増えている。たとえばオランダの病院と共同で解剖学を理解するためのVRコンテンツを制作した。実証実験の結果、通常の学習方法と比べ、記憶に残ることがわかり学習効率の向上に貢献したそうだ。

またオランダの保険会社の事例では、VR空間でマインドルフネスを実現できるコンテンツを制作。脳波センサーを取り付け、実際のユーザーの心理状況がコンテンツに反映されるものを制作した。

これら2つのプロジェクトでMARUIを活用し、アセット制作でも活用された。特徴的なのは、Maya上でVRのテスト環境をも構築して、実装や制作プロセスが大変効率化されたという点。アーティストと、デベロッパーの間でのデータのやりとりが減り、1日あたり数時間の効率化が図れたそうだ。

解剖学のためのVRコンテンツ制作事例

●DANNY BITTMAN氏の事例

MarvelやGoogleのVRコンテンツを手がけるDANNY氏は、オリジナルコンテンツとして幼少期に住んでいた自宅をVRで再現した。1階の写真しか記録がなかったところから、VR空間を歩き回り幼少期の空間的記憶を呼び覚ましながら2階部分も再現することができたそうだ。これはVRによってアーティストのクリエイティビティが向上した良い事例でもある。

DANNY BITTMAN氏のMARUI活用事例

●MARUIを活用したリトポロジー作業

ゲームで使われるキャラクターを制作する際は、はじめにZBrushなどの3DCGツールで制作しゲーム用にリトポロジー作業を行い、ポリゴンリダクションしていくのが一般的だが、これはとても退屈で、時間のかかる作業だ。そこでこれらのリトポロジー作業をVR空間で行うことで、45%ほどスピードアップできることがわかった。時間の短縮だけでなく、VR空間でのリトポロジー作業はかなり楽しい。リギング作業もVRで63%スピードアップする事例があり、特にカメラワークの試行錯誤はVRに向いている事例でもある。

MARUIを活用したリトポロジー作業の様子

●MARUIのプロモーションビデオを作成したMATIAS ZADICOFF氏の感想

MARUIのプロモーションビデオは、3DアーティストMATIAS ZADICOFF氏が実際にMARUIを利用しVR空間で制作したもの。それ以前にVR利用経験はゼロであった。

MARUIのプロモーションビデオを制作したMATIAS ZADICOFF

映像制作の進化。模型を使ったストップモーション撮影から、3DCG制作へ、そしてVRを活用した制作へ

VRが変えるアニメーション制作 : MATIAS ZADICOFF 氏が実際にMARUIを活用して映像制作した様子(インタビュー)

MATIAS ZADICOFF氏はMARUIでの制作について、その感想を次のように語る。

「PCでマウスとキーボードを使うことに比べて、VRを使うことはロジカルな進化だと感じた。VRで遊べる程度のものは巷に多いが、MARUIは現行のツールの延長で、制作プロセスを効率化することができる。制作中には3D空間の中でもっとも編集しやすい位置に移動することが可能だ。いままでの3DCGツールは窓からのぞいて制作するようなものだが、MARUIであればシーンに入り込んでアニメーションを編集することができる。演出したいストーリーを直接感じることができ、ポーズが正しいか? オブジェクトのバランスが正しいか? などをチェックすることができる」。

「とくにゲームコンテンツの制作に最適で、カメラで切り取って見るだけでなく360度チェックできるのが良い。VRゲームなら、VR環境でつくるしかない。将来は多くの人がVR空間で制作するだろう。MARUIは性能も価格もよくなてきている。人間工学と、没入感の観点から注目している。MARUIのおかげで、今までみたいに1日の仕事終わりに首が痛くなることもなくなった。ソファにねころがって制作できるからね」。

「演技のクラスを受講しているような感覚で、クリエイティブに自由度がもたらされる。いままでは折角つくったキャラクターが画面の中でしか動かなかったのを3Dプリンターで出力して気を紛らしていたが、MARUIのおかげでその気持ちも満たされるようになった」。

また最後に、「マウスで3DCGをつくるのはボクシンググローブをつけてアニメーション制作するようなものだ」といい、MARUIによるVR空間での3DCG制作を高く評価した。