SIGGRAPH 2018で大々的に発表されたNVIDIA RTX(以下、RTX)。RTコア対応のソフトウェアも続々とリリースされつつあるなか、6月27日(木)アキバホールで開催されたELSA JAPAN主催の「ELSA JAPAN レンダリングセミナー 2019」では、ハードウェアとしてのRTXやRTX系ソフトウェアの最新情報とともに、いちはやくRTコア対応アプリとしてリリースされているレンダリングソフトウェアArnoldUnreal EngineUnityといった各社が一堂に会してリアルタイムグラフィックス関連の紹介があった。本稿ではこのセミナーで行われたセッションの内容を、紹介していく。

※本記事は2019年6月27日の取材内容に基づきます。

TEXT & PHOTO_安藤幸央(エクサ)/Yukio Ando(EXA CORPORATION
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

<1>NVIDIAセッション「リアルタイム レイトレーシングを何処でも、広がるRTXテクノロジー」

エヌビディア 田中秀明氏によるセッション「リアルタイム レイトレーシングを何処でも、広がるRTXテクノロジー」では、NVIDIA Quadro RTXの最新情報が紹介された。

田中秀明氏/エヌビディア合同会社 エンタープライズマーケティング シニアマネージャ
www.nvidia.com/ja-jp

リアルタイムレイトレーシング用のRTコアをもつ新世代のTURINGは、旧来のPASCAL世代に比べて非常に大きなコアをもつ。TENSORコア、RTコアが増え、ディープラーニングやリアルタイムレイトレーシングを実現する。RTコアの利用にはライブラリが必要で、2019年3月にOpiXがリリースされ、様々なアプリケーションからRTコアを直接駆動させることが可能になった。

PASCAL世代とTURING世代の比

RTXは4つのモデルが用意され、48GBメモリを搭載したRTX 8000というのが最上位モデル。メモリ帯域もGDDR6対応で、従来の1.5倍のメモリ帯域になっている。NVLINK Bridgeで2枚セットで利用できるようになり、利用の幅が広がってきている。

RTX、4モデル

また、新たにRTXの性能をモバイルで利用できるよう、QUADRO RTX MOBILEシリーズが予定されている。MAX-QというノートPCを薄くて軽いものにするためのテクノロジーにより、グラフィック制作向けのマシンであっても重くてかさばるノートPCにはならないとのこと。VR HMDなどの可搬性とグラフィックスパワーが求められる用途に向いているという。

QUADRO RTX MOBILE

現在、Arnold、ClarisseDaVinci ResolveLightRoomSubstance Designer、Unreal Engine、UnityがRTコアに対応しており、今後はOctaneRenderDaz 3DREDSHIFTRenderManNVIDIA IrayV-rayなどが対応予定とのことだ。

これまでデータセンターにあるレンダーファームでCPUレンダリングが終了するのを待っていた時間が、RTXサーバと連携したレンダリングにより、1日に試せるショットの数が劇的に増え、仕事のやり方やながれが変わっていくことが考えられそうだ。従来型のバッチジョブで行われていたレンダーファームによるCPUレンダリングに比べてGPUレンダリングの環境の場合1/4のコスト、データセンターのスペース1/10、電力1/11とメリットが期待できるという。またそれらのメリットはオフラインレンダリングはもちろん、仮想ワークステーションとしての利用や、デスクトップでの作業中におけるレンダリングをも加速するとのことだ。

<2>NVIDIAセッション「世界一を記録したRTXserver in V-Ray」

アスクの白澤氏からは、NVIDIA Quadro RTX 8000/6000を搭載するRTX Serverが紹介された。

白澤圭司氏/Chaos Group Official Partner 株式会社アスク
www.ask-corp.jp

V-Ray用の性能を測るため、開発元のカオスグループから無料で提供されている最新のベンチマーク用アプリケーションV-Ray Next Benchmarkが利用された。

今回のデモで試されたのは、4枚のRTX 8000と4枚のRTX 6000を搭載したモンスターマシン。販売価格にして1,000万円を超えているそうだ。さらに消費電力も最大2,700Wという一般の家庭用電源では補えないほどの電源を必要とする。

RTXserver、今回ベンチマークに用いられたRTX8000が4枚、RTX6000が4枚のモンスターマシン

旧来のベンチマークであれば、絵が完成するまで計測していたが、新しいV-Ray Next Benchmarkでは、1分間でどれだけの描画ができたのかをスコア化するしくみに変更された。RTX 8000、RTX 6000はメモリが速いこともあり、データ転送が完了し計算が始まるまでの時間が速く、室内光があり、あえて時間がかかる素材がベンチマークに使われている。

ベンチマークで描かれたテスト画像

会場で実際に行われた1分間のベンチマークでは、一度は不具合により異常終了してしまったが、再度トライした際には「3036」という世界第2位に位置付けるスコアを叩き出し、拍手喝采を浴びていた。

2位の結果がランキングに登録された様子

<3>Autodeskセッション「GPUレンダリングでもハリウッド品質を追求しませんか?」

Autodeskの門口洋一郎氏によるセッション、「GPUレンダリングでもハリウッド品質を追求しませんか?」では、Arnold最新版の情報からGPU/CPUレンダリングの比較、そしてArnoldにおけるGPUレンダリングの可能性について紹介された。

門口洋一郎氏/オートデスク株式会社 技術営業本部 M&Eマネージャー
www.autodesk.co.jp/

※以下の発表内容はベータ版に基づくものであり、今後正式リリースの際には変更される可能性がある

ArnoldはもともとCPUベースのレンダラであり、実務の中で研鑽され続けてきた実践的なレンダラだ。Marcos Fajardo氏が開発しはじめてから20年ほど経つArnoldは、ハリウッド映画業界のCG/VFX制作で広く使われており、RenderManの利用が主流ななか、レンダリングコストはかかるが美しい映像がつくれるレンダラとして人気が培われてきた。特徴としてCPUにリニアに負担をかけるため、CPUコアの数が増えれば増えるほど性能がスケールして伸びていくこと(逆に性能が悪いCPUレンダラの場合、ある一定のCPU数で速度が頭打ちになることがある)。ログ出力が詳細でログを読み取り解析がしやすく、レンダリングがうまくいかなかった場合、シーンのどの部分がどううまくいかなかったかがわかりやすく、問題解決を図るのにすぐれていると言われている。またArnoldはほかのレンダラに比べて圧倒的に簡単で、メニューの数は少なく、少しの設定で、良い質感が表現でき、細かな点を追い込んでいきやすいそうだ。2017年にはオスカーの科学技術賞を受賞した。

日本のアニメ制作現場の声を取り入れ、最近ではトゥーンシェーダにも対応した

ArnoldはもともとCPUベースのレンダラだが、ルックデブの部分だけでもGPU化できないかと研究開発が進められてきた。これはArnoldのユーザーが大規模なレンダーファームをもったCGプロダクションだけでなく、小規模プロダクションでの利用が増えていることもその理由のひとつとなっている。

Arnoldの新しい機能、Round Corners。オブジェクトの全ての角を丸める(面取りする)効果

なぜGPUを活用したレンダリングが必要かというと、下記の理由があげられるそう。

・リアルタイムでのルックデブ
・インタラクティブライティング
・ユーザーからの要望
・GPUの高性能化
・中小規模のCGプロダクションに最適

現在、CPUタイプのレンダリングと比較して「機能的に同じもの」、「計算結果がピクセル単位で同じもの」、「用意されているAPIが同じもの」を目指してGPU版の開発が進めているそうだ。実際のところボクセル関連など全ての機能が同じになるのは難しいため、まずはキャラクターのルックデブの領域からGPUレンダリングを活用していって欲しいとのことだ。現在のベータ版では8割ほどの機能がGPU版として利用できるようになっており、正式リリースまでには100%互換にもっていきたいという。

CPU計算によるモーションブラーと、GPUによるモーションブラーの比較

AutodeskがArnoldの開発元Solid Angle社を2016年に買収して以来、ライセンス数は15倍に伸びており、順調にユーザー数が増えているそうだ。ドキュメントの日本語化にも力を入れており、Maya版、3dx Max版はもちろんのこと、Cinema 4D版は現在開発中、Houdini版のリリースも予定しているという。イギリスのプロダクション The Millが制作したケミカル・ブラザーズのMVでも、Arnoldが使われている。

Free Yourself - The Chemical Brothers

Behind the Scenes: Chemical Brothers 'Free Yourself'

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<4>Unityセッション「Unity Automotive Case Study」

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<4>Unityセッション「Unity Automotive Case Study」

続いてUnityのセッション「Unity Automotive Case Study」では、ユニティ・テクノロジーズ・ ジャパンの中嶋雅浩氏が、自動車業界で利用されているUnityの事例など、自動車・製造分野における最新情報を紹介した。

中嶋雅浩氏/ユニティ・テクノロジーズ・ ジャパン合同会社 事業開発統括マネージャー(自動車・輸送機器分野担当)
unity.com/ja

Unityは2004年にデンマークで起業された会社で、はじめはゲーム開発をしていたが全く売れず、現在はゲーム開発のためのツールをつくって成功している。現在2700人の社員、モバイル向けゲームの38%はUnityベースで制作されており、Unityを使う開発者は世界で100万人にも及ぶそうだ。

Automotiveと呼ばれるUnityによる自動車関連の事業は世界12拠点で展開されており、日本もその1つ。Unityを使ったレクサスのビジュアライズなど、様々な協力関係が広がっている。ちなみに自動車業界で興味をもたれるのは、リアルな車体だけでなく、それを取り巻く臨場感のある環境なのだそう。

LC500のコンフィギュレータ(車体や車内の色を変えたりカスタマイズできるツールのこと)
Lexus Partners with Unity to Create Virtual Reality Lexus LC 500
lexusenthusiast.com/2018/08/06/lexus-partners-with-unity-to-create-virtual-reality-lexus-lc-500/

Unity & Lexus: Real-time revolution in auto'

Unity and Automotive: Rendering in the fast lane

BMW 8シリーズクーペ事例
Reality vs illusion: Unity real-time ray tracing

フォルクスワーゲングループでのトレーニング応用事例
Volkswagen Group uses Innoactive Hub for global VR Training rollout with HTC Vive

自動車業界においては「Unityによるリアルタイム描画をどう使うか?」という点がこれからの課題だという。

ある事例では、実車のCADデータをPixXYZというコンバータで取り込み、背景はアセットを購入したそう。ドライビングシミュレーターもこうしてアセットを組み合わせればつくることができ、アセットの豊富さがUnity環境の価値のひとつでもあるということだ。

ドライビングシミュレータ応用事例

<5>Unityセッション「アマナデジタルイメージング"croobi"による自動車リアルタイムレンダリング制作事例」

アマナデジタルイメージングは、フォトストックサービス・アマナイメージズ等を運営するアマナグループのCG制作会社。広告中心の制作を得意とし、企業からCADデータを預かってCG制作する場合も多い。そのなかでもcroobiは自動車CGや背景CGを得意とするグループだ。そんなアマナデジタルイメージングによるUnityセッション「アマナデジタルイメージング"croobi"による自動車リアルタイムレンダリング制作事例」では、大量の画像制作を、Unityのリアルタイムレンダリングを使うことで大幅に時間短縮したという事例が紹介された。

(左)鈴木健哉氏/株式会社アマナデジタルイメージング Producer、(右)横尾達也氏/株式会社アマナデジタルイメージング croobi/Director
amanadi.jp

croobiには「ワンソースマルチユース」という考えがあり、デジタルモックアップをつくり、動画、静止画、コンフィギュレータ、リアルタイムまでマルチに展開している。これを実現するためにCGで描画する自動車だけでなく背景もCGで制作し、時間や場所、天候を自由に設定できるようにしている。以前は静止画の仕事が多かったが、最近は動画の仕事が多いそうだ。

croobi CGI VFX Showreel 2017

制作事例。車体も背景もCG

TOYOTAのコンフィギュレータを手がける際、高解像度で複数パターンの画像が大量に必要となり、通常のプリレンダリングではトータル1000時間以上かかる計算になった。9000×4500ピクセル、11バリエーション、インテリアカラー8色、9方向からのアングル――合計で792枚のレンダリングというボリュームだった。そのためUnityでリアルタイムレンダリングすることとなった。

TOYOTAカローラスポーツ、360度視点でのコンフィギュレータ
toyota.jp/corollasport/cp/360/

制作におけるワークフロー

Unityでリアルタイムレンダリング際、工夫された点としては次のとおり。

・リフレクションプローブを多様して映りを車らしくする
・車への反射はいったん背景をHDRIにして余計な反射をとりのぞく
・各アングル毎に光量やトーンなどを調整
・車内インテリアはアングルごとにリフレクションブローブを入れかえる
・黒、白、シルバーが同じシーンで成立するように調整。そうすればどのカラーでも見栄えよくみえる

またシェーダはShaderForgeを利用し、PBRベースでつくってはいるが物理的な正しさよりも見た目重視で調整できるよう細かいパラメータを設定している。広告制作の場合は、ある程度の誇張も必要とされるのだそうだ。

ひと昔前であれば、リアルタイム性を重視してクオリティを犠牲にするか、またはクオリティを重視してレンダリング時間に目をつぶるかというトレードオフの状態にあったが、現在ではリアルタイムレンダリングですぐに確認することができ、修正できることが全体のクオリティアップに繋がっている。修正ややり直しのコストが少なくて済むのも良い点だ。

今後さらに4K、8K、高フレームレートの映像制作が求められてくると時間をかけてプリレンダリングする作業には限界がくる。そう考えるとGPU支援のレンダラやUnityやUnreal Engineといったゲームエンジンの活用が重要で、これらの問題をチャンスとしてとらえることもでき、ビジネスチャンスが拡大していくだろうと考えているそうだ。

<6>EPICセッション「Ray Tracing with Unreal Engin 4.22」

EPICセッション「Ray Tracing with Unreal Engin 4.22」では、Epic Games Japanの杉山 明氏が、Unreal Engine 4.22から利用できるようになったレイトレーシング機能について説明した。

杉山 明氏/Epic Games Japan セールスマネージャー
www.epicgames.com

Epic GamesではUnreal Engineをゲーム制作のほかに、建築やエンジニアリング、デザイン、映像制作、テレビ番組制作、トレーニング動画といった分野での活用に力を入れている。さらにUnreal Engineでは多くのアセットを活用でき、静止画、インタラクティブコンテンツ、VRやCAVEといったイマーシブな体験、映画や放送コンテンツなどの動画、ARやMRといった用途、バーチャルブロダクション環境としても活用されている。

そういった環境に向けて、リアルタイム3D没入型ビジュアリゼーションツールとしてTwinmotionが 2019年11月まで無償提供されている。期日までに手に入れれば、その後も無料で使い続けられるそうだ。

Twinmotion 登録&ダウンロードサイト
www.unrealengine.com/twinmotion

リアルタイムレイトレーシングについては、GDC 2018の際に発表されたILMxLABとの取り組みが注目された。

"Reflections" - A Star Wars UE4 Real-Time Ray Tracing Cinematic Demo | By Epic, ILMxLAB, and NVIDIA

さらにGDC 2019では、『トロル』というリアルタイムレンダリングの映画作品が紹介された。特殊なシェーダやプログラムを使わず、Unreal Engine 4.22のみで短編作品が制作されている。

"Troll' from Goodbye Kansas and Deep Forest Films | GDC 2019 | Unreal Engine

<7>EPICセッション「レイトレーシングで変わったUnreal Engine 4での建築ビジュアライズ」

続いてFramesの真茅健一氏からは、「レイトレーシングで変わったUnreal Engine 4での建築ビジュアライズ」と題して、Unreal Engine4による建築ビジュアルの制作事例が紹介された。

真茅健一氏/Frames
www.frames-cg.com

今回紹介された数々の取り組みが入ったデモ映像
UE4 Ray Tracing Night @Tokyo [Session2 Demo]

Unreal Engine 4.22ではレイトレーシングが使えるようになり、例えばリフレクションの表現としては次のような効果があったそう。

・ツヤ感のある空間ではグラフィックの品質が劇的に上がる
・長年の課題だった鏡の表現力に有力な選択肢ができた
・デフォルト設定だと計算が重くなりやすいので注意が必要

従来のスクリーンスペースを使った鏡の表現。スクリーン外にあるものの映り込みがない

レイトレーシングを使った室内にある鏡の表現。画面外にあるものも正確に写り込んでいる

全体的にはプリレンダーのような完全なるレイトレーシングではなく、基本となるラスタライズの上にレイトレーシングがうまくのっている、ハイブリッドなレンダリングという意識で制作する必要があるとのことだ。コツとしてはレイトレーシングの全機能をONにしてレンダリングするのではなく、コンテンツ表現に応じて、レイトレーシングの機能、旧来の機能を取捨選択して利用する必用があるという。

トータルとして、Unreal Engine4のレイトレーシングは設計やデザインフローに有効と考えられ、作例を調整する際に検討しやすかったそうだ。またツヤ感や照明の映り込みが正確に検証でき、光源の大きさの影の柔らかさなども検証できたそうだ。

Unreal Engine 4.22のレイトレーシング機能の活用で、今までできなかった表現が可能となり、様々な問題点はあるものの、今後のアップデートで技術的課題が解決することに期待したいという。

参考記事:UE4のレイトレーシング実装が広げる、リアルタイムCGの可能性~「UE4 Ray Tracing Night @ Tokyo」レポート