2015年11月22日(日)、文京学院大学 本郷キャンパスにて催された「CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス」。本稿では、トランジスタ・スタジオによるセッション「トラスタ流Houdini活用術」をふりかえる。国内でも着実に導入事例が増えつつあるHoudiniについて、中小規模プロダクションがいかにして導入すべきか。同社が蓄積してきたノウハウについて、具体例を交えて解説されていた。

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PHOTO_弘田 充 /Mitsuru Hirota

<1>なぜHoudiniか?

前半は、トランジスタ・スタジオ秋元純一 VFXスーパーバイザーによって、「なぜHoudiniか」というテーマで講談された。長年Houdiniを用いた制作を続ける同氏ならではの、国内の導入動向を俯瞰した内容となった。軸となるのは"なぜ、使おうと思うのか?""なぜ、諦めていくのか?"コートなぜ、世界的に使われているのか?"の3点。特に2点目がちょっと刺激的だ。

トランジスタ・スタジオ流 Houdini活用術|CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス個別レポ(7)

「会場の皆さんの中で、実際にHoudiniを使っておられる方は?」と秋元氏が挙手を求めると、聴講者の中では使用/未使用は半々ほど。やはり使用者は年々増えている印象だと秋元氏はふり返る。

Houdiniに搭載された流体シミュレーション機能「FLIP」「有限要素方(FEM)」を用いた高速なソフトボディについてのショーリールなどを眺めていると、たしかに「Houdiniってエフェクトのソフト?」という印象を持ちやすく、Houdiniを使う目的・目指すポイントがついついそちらに向いてしまう。やはり、なぜ使おうと思うのかという点においては、このあたりのアピールが効いていることは疑いない。

「けれども、エフェクトに強いという印象は"結果"なのであって、Houdiniはそうじゃない、それだけじゃないっていうことを言い続けていきたい」。

トランジスタ・スタジオ流 Houdini活用術|CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス個別レポ(7)

右から、秋元純一VFXスーパーバイザーと平井豊和デジタルアーティスト(株式会社トランジスタ・スタジオ

ここでまず、トランスレートをかけてオブジェクトを動かすという例が挙げられた。「たいていの3DCGツールでは、基本的にはオブジェクトをX方向だったらX方向に1、動かす......といった思考になります。Houdiniでは、そういう考え方は"否"である、と言いたいですね」と断言する秋元氏。

Houdiniでは、ポイントなどのプリミティブ自体がアトリビュートという形で座標値等のデータを持っており、それらへの加算などの結果として"オブジェクトの移動"が実現される。データを扱うためのプロセスが非常に細やかに用意されているのが、Houdiniの重要な特徴のひとつとなっている。これにより、ポイントひとついじる上でも、そのとき格納されているデータはどうなっているのかを考えなければいけないし、考えることができる。それに対して様々にアプローチしていくことができる。

「なぜ、エフェクトが得意なのか? Houdiniにとっては、シーン内のデータを取り扱うという点でモデリングもエフェクトも本質的に同じことなのです。だから、アイデア次第・アプローチ次第で様々な結果を生み出せる」。そしてこのことが、最初に挙げられた"なぜ諦めるのか?"の要因になっていると看破する秋元氏。

「つまり、出来すぎちゃうから諦めるのです。出来ることが多すぎる・自由度が高すぎるのが障壁になってしまう。アトリビュートをどう変更するのか、無数の経路が考えられるため、理解しづらくなってしまうのです」。

可能性が多すぎて、ベストプラクティスにたどり着けない。確かに「何でも出来るからやってごらん」と言われても途方に暮れてしまって動けない、という感覚は多くの人が経験したことがあるだろう。
では、入門者はどうすればいいのか。「やってもやってもできない時期が、最初に長く続きます。でも安心してください。諦めずに取り組んでいれば、ある時期に加速度的に習熟度が上がっていきます」。

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秋元氏の示すHoudini学習曲線。(Houdiniのスプライン・ランプ パラメータで作図されているがHoudiniの機能解説ではなく、あくまでもグラフ形状に注目されたい)

どんなツールの学習も直線的には進まないが、Houdiniの学習は特に、序盤は学習時間に対して習得度を実感しづらいとのこと。
「学習がリニアに進まないとついつい焦りを感じてしまい、向いてない、想像以上にわからない、参ったな、となってしまう。でも、もうちょっとしたら理解が深まるかもしれないと踏ん張っていくうちに、頭の中で体系化が進んで急激に伸びる。Twitterでもそう感じるつぶやきをちらほら見かけます」。

例えば秋元氏の場合、誰も教えてくれる人がいない状況でHoudiniの学習をしていた専門学校時代のエピソードが大きなきっかけとなった。海外で活躍していたHoudiniアーティストが、ビザの更新期間だけ学校に教えに来てくれたのだという。

「先生の出したお題は"手法は問わないから、円をつくってください"。いや、サークルつくるツール、ありますやん......と僕は思いました。けれども、円だけとっても無数の作り方を考えられる、ということをそのとき教わりました。"Houdiniって頭の体操なんだな"と気づいた瞬間でした」。

そこからというもの、加速度的にHoudini習得を実感できるようになったという。
「ハードルの高い表現内容に取り組んでいて、考えに考えて解決したとき、"あ、おれ天才かもしれない"などと思ってしまう、そんな場面がHoudiniを使っていると度々訪れます。その感覚があるからHoudiniやめられないなって思いますね」。

"なぜ、世界的に使われているのか?"については、ショーリールの印象通り「エフェクト方面での素晴らしさ」もあるが、それにまつわる考え方、裏支えしている仕組みが素晴らしいからこそなのだという。
ここで示されたのは、歯車が複雑に構成された作例。「Houdini 15」の起動画面を彩るスプラッシュコンテストのために秋元氏が自作したものだ。シーン内の無数の歯車は、全て異なっているという。

トランジスタ・スタジオ流 Houdini活用術|CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス個別レポ(7) Gearアセットを用いた作品。ひとつとして同じ歯車はない。

「歯車を生成するための仕組みをHoudini内でつくり、『Gearアセット』として様々にいじれるようにしてあります。仕組みを作ること自体は、他の多くのDCCツールでもできるでしょう。しかし、アセット化するという考え方の徹底、資産として取っておくという点でHoudiniは大きなアドバンテージがあると言えます」。

Houdini Digital Asset(HDA)という仕組みによって、作成したアセットはそのままHoudini内の機能として統合することができる。これによってアセットは既に用意された機能群とも、またこれから作成するであろうアセットとも、地続きに運用できるようになる。すると見えてくるのが、エフェクトツールとしてだけでなくパイプラインツールとしてのHoudiniの魅力だ。アセットの運用次第でマンパワーの削減、生産性の向上に寄与することだろう。

「例えばアニメーション以降のショットワークのためのツールとしてThe Foundryの『KATANA』がありますが、そうしたものに取って代わるような使い方も可能でしょう。Houdiniを軸に、付属のソフトとしてMayaなどの外部ツールがある、という運用も実現可能です。そういう仕組みや考え方が根底にあるのがHoudiniの強みであり、世界中で使われている所以だと僕は思います」。

前半最後に語られたのは、興味を感じてHoudiniを導入してはみたものの、フローに組み込めず宙ぶらりんになってしまっている向きへのアドバイス。
「まずは孤立した状態で、生産性に直結しなくても無理をする必要はありません。使ってみると、これまで述べてきたような『考え方』に触れることができます。これらは、必ず他のツールを使っていても良い影響をおよぼすと思います」。

ワークフローに組み込めなくとも、いったんはそれでかまわないと秋元氏。Houdini使用時に考え方や感覚が、Houdini以外の3DCG系ツールの使用時でも気づきや視点の変化を与えてくれるという。一気に実務に影響をおよぼすような組み込み方はできなくとも、そういう部分で接点を増やしていくのが良いとのことだった。
また現在では「Houdini ENGINE」によって各種ツールとのやりとりもハードルが下がってきている。今後もフローへの組み込みやすさが増していくことはまちがいない。

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<2>トラスタ流Houdiniテクニカル事例

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<2>トラスタ流Houdiniテクニカル事例

後半は、デジタルアーティストであると同時にテクニカル・ディレクターとしても活躍する平井豊和氏より、Houdiniを使った技術的な事例紹介となった。

基本スタンスとして、ここで紹介した内容が必ずしもHoudiniで必須なわけではなく、『難しいと思わないでほしい』、『わからないとHoudiniができないというわけではない』と念を押し気味に語る平井氏が最初に紹介したのは「TS M2H Converter」だ。その名の通りMayaからHoudiniへのデータを橋渡しするツールである。(なお接頭辞のTSはTransistor Studioの略)アニメーションデータ、Alembic形式のジオメトリデータをやりとりするのに用いる。

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MayaからHoudiniを起ち上げ、バックグラウンドで処理してもらう「TS M2H Converter」

「他のアプリケーションではツール化しないとできないことも、ノードの組み合わせ次第で標準機能でできてしまうのがHoudiniの強みですが、アプリケーション間のデータのやり取りは、ツール化した方が利便性が高まります」。

このツールでは、「Mayaからhipファイルを操作する」というのがひとつのテーマとなっているのだが、下記のような手順で実現されている。

STEP 1.Mayaから設定等に合わせた内容のPythonスクリプトを書き出す
STEP 2.MayaからHoudiniのPython環境をコール
STEP 3.Houdiniは先ほど出力されたPythonスクリプトを実行

......このように裏でHoudiniを動かすことで、作業中それと意識せずMayaからhipファイルを編集することができるようになっている。

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MayaからPythonスクリプトを書き出してHoudiniを起動し、書き出したPythonスクリプトに従ってhipを編集させるというもの。「Houdiniを使っているとどんどん別の3DCGツールを遠ざけたくなってくるんですよね(笑)」と嬉しそうに語る平井氏の姿が印象的であった

続いて紹介されたのは「TS Maya Camera」。Mayaシーン内のカメラの動き・設定をHoudiniに引き継ぐためのツールだ。MayaとHoudiniではカメラオブジェクトの持っているパラメータが異なっており、トランジスタ・スタジオではHoudini側がMayaにパラメータ名を合わせる方向で対応。フィルムゲートのHolizontal /Vertical判断等の処理の後、clipファイルを出力する仕組みだ。

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Mayaのカメラオブジェクトに準拠したパラメータ名でカメラを読み込む「TS Maya Camera」

「TS Maya Particle」は、その名の通りMayaのパーティクルをHoudini側で読み書きできるようにしたもの。パーティクル・ディスク・キャッシュ(PDC)ファイルのドキュメントから仕様を確認し、Mayaパーティクルのインポート・エクスポートができるカスタムノードを作成した。
「HoudiniからMayaにパーティクルを出力するというケースはなかなかないのですが、とは言え、それが可能であれば意外と便利です。ただ、nParticleには対応していないので、必要になったらそれに併せて更新しないといけません(笑)」。

このほか、Deadlineへレンダリングジョブを投げる「TS Deadline」も紹介された。サブミット時に外部のPythonを呼び出し、「IFDファイル出力後にMantraを走らせる」、「レンダリング後にIFDを削除」というフローを自動化している(IFDは、Mantraでのレンダリング時に用いられるシーン記述フォーマット)。

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(上)「TS Maya Particle」/(下)「TS Deadline」

最後に紹介されたのはVOPWrangleノードによる事例。VOPは、Houdini内に備わったプログラミング言語のVEXをノードツリーで表現・計算するというもの、Wrangleはそれをノード内にエクスプレッションとして直接記述できるというものだ。

「Wrangleノードへは様々な処理を書くことができますが、たいてい2~3行、長くても10行程度で済みます。今回は、意地になって"狙いの処理をひとつのWrangleノード内に記述する"という試みに挑戦してみました」。

トランジスタ・スタジオ流 Houdini活用術|CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス個別レポ(7)

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VOPネットワークと、エクスプレッションを記述したWrangleノードの例。どちらも同じ内容を表現している。「ノードツリーではある程度複雑な処理になるとすぐ煩雑になってしまいますが、コードでならすっきり記述できるというケースは非常に多いです」(平井氏)

取り組んだのは樹木状の形状で、ランダムに無数の形状バリエーションを得られるほか、他オブジェクトを避けるように成長させるなどの機能も持たせている。Wrangleの主目的が「アトリビュートの編集」であるため、編集の対象となるプリミティブを最低でもひとつは用意する必要があったが、それ以外の内容は全てWrangleノード内で完結、実質1ノードのみで構成されている。

「オブジェクトを避ける処理は、SDF(Signed Distance Field)を用いて距離を計算しています。似たような処理はRay SOPでも行えますが、そちらの方がコスト高になってしまうでしょう。このほか、接触したオブジェクトの最も近いポイントの色を取得して、枝の接触部分の色を変更する仕組みも付けてみました」。

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2ノード(実質は1ノード)で作成された樹木風の形状。1つのWrangleノード内に書き込まれたエクスプレッションのみで実現されている。

このように、ついついエフェクトに強いという印象が先行してしまうHoudiniの様々な側面が改めて確認できる講演となった。シーン内(およびツール内外)の様々なデータへ柔軟にアクセスできるために、結果的に、シミュレーションを始めとするエフェクトにも強いというのがHoudiniの真骨頂と言えるだろう。特に、「Houdiniにとってはモデリングもエフェクトも同じこと」という平井氏の言葉に背中を押されるユーザーも多いのではないか。

国内でも導入例が増え続けているHoudiniだが、その際には、今回紹介されたようなパイプラインツールとしての強さがポイントのひとつとなるだろう。長年のHoudiniノウハウを持つトランジスタ・スタジオがそうした側面の啓蒙に積極的なのは頼もしい限りだ。エフェクト以外の魅力も多いHoudiniに興味を持たれた方はぜひ触れてみていただきたい。