花沢健吾原作による漫画『アイアムアヒーロー』がついに実写映画化! 多くの海外映画祭で評価され、これまでの日本における感染パニック映画の歴史を変えるとも言われる本作のメイキングを紹介する。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 213(2016年5月号)からの転載となります

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

映画『アイアムアヒーロー』予告編
©2016 映画「アイアムアヒーロー」製作委員会 ©2009 花沢健吾/小学館

大規模韓国ロケで実現した絶叫パニック映画

今回紹介する映画『アイアムアヒーロー』は、謎の感染によって人を襲う謎の生命体「ZQN(ゾキュン)」と化した人々から、冴えない漫画家・鈴木英雄が残された非感染者と共に生存をかけてサバイバルするパニック・ホラー映画だ。4月23日(土)の日本公開に先立ち、海外の複数のファンタスティック映画祭で上映され、第48回シッチェス・カタロニア国際映画祭ではコンペティション部門観客賞および最優秀特殊効果賞を、第36回ポルト国際映画祭ではコンペティション部門観客賞およびオリエンタルエキスプレス特別賞を受賞している。そして今年3月に開催されたSXSWではミッドナイターズ部門で観客賞を受賞し、世界的にも注目される作品だ。今回は特撮監督の神谷 誠氏、特殊メイク・特殊造形統括の藤原カクセイ氏、CGディレクターの土井 淳氏に話を聞いた。

本作の撮影には、大量のZQNや大規模なカーアクション、特殊効果の必要から日本国内では撮影できる場所や手法が限定されることから、韓国の廃業したショッピングモールや、建設中の高速道路を使うことになり、多くのショットが韓国で撮影されている。そのため特殊メイクや特殊効果も韓国スタッフとの 協働体制によって進められた。「当初は国内のショッピングモールなどをロケハンしたり、セットで必要な部分を組んで撮影することも想定していたのですが、なかなか条件に合わないため韓国で撮影することになりました。撮影が韓国になったため、特殊メイクや特殊効果も現地のプロダクションに協力してもらえないかということになり、特殊メイクはMAGE、特殊効果はデモリッションに参加してもらっています。韓国では、爆発物などの規制の範囲が日本 とは異なり、ハリウッド映画に近いことができるため臨機応変にプランニングすることができました」と神谷氏。今回は本誌では珍しい特殊メイクや特撮といったSFX的なメイキングを中心に紹介したい。

Topic1 韓国ロケによる大規模特撮

韓国ロケによるリアルなVFX制作

神谷氏と土井氏はこれまで映画『GANTZ』シリーズなどで、佐藤信介監督と仕事を共にしてきているが、佐藤監督は画にリアリティがないと納得しない監督であるため、VFXにおいてもいかにリアルな映像をつくり出すかがポイントになってくるという。「監督によっては、画的に派手であれば多少リアリティがなくてもいいという人もいるのですが、佐藤監督はVFXに関しても特殊メイクに関しても、本当にライブで撮影されているように見えないと納得しないし、CGで作成されたものでも本当にそこにあるように見えないと納得しないので、合成の馴染みなどには非常に気を遣っています」と神谷氏。そのため現場では、後から合成する予定であってもなるべく現場でできることは現場で撮影してプレートとして利用しているという。本作の序盤で主人公たちが乗ったタクシーの大規模なカースタントがあるのだが、このシーンではクルマをCGに置き換えるということはせずに、実際の工事中の高速道路で、タクシーの実物を使ってカーアクションが行われた。これは日本では不可能な撮影なのだという。後半におけるショッピングモールが舞台となるシーンでも、実際の店舗内で壮絶なバトルが行われるため、セットでは出せない距離感や臨場感が醸し出されている。

車窓合成用ショットの撮影
タクシーのショットにおける窓外の風景は、全て後から合成素材に差し替わっている


実際にタクシーを走行させながら撮影しているショットの撮影風景

大きくタクシーが揺れるようなショットはスタジオで油圧装置の上にタクシーを乗せて撮影が行われた

横転するタクシー
タクシーが横転するショットでは、タクシーに巻き付けたワイヤーをクレーンで引き上げることで回転させている


  • ワイヤーを引き上げるためのクレーン


  • タクシーに巻き付けたワイヤー


  • ワイヤーを引き上げて横転させる


  • 道路に置いたカメラからのショット。ワイヤーはデジタル処理でリムーブされる

作りものではないリアルな舞台

映画後半のショッピングモールが舞台となるシーンでも、実際の店舗内で壮絶なバトルが行われるため、セットでは出せない現実感や臨場感が醸し出されている。撮影場所は廃業した韓国のショッピングモールであるため、空室だった店舗内の装飾はもとより、韓国語の看板や消火栓の表示にいたるまで、美術スタッフが徹底的に飾り込んでいる。撮影後にさらにコンポジット処理を加えて、日本仕様のショッピングモールによみがえらせた。

使われていないショッピングモールでの撮影
物語後半のZQNとのバトルは韓国にある廃業したショッピングモールを使って撮影されている


  • 実際のショッピングモールの外観


  • まだ美術の手が入っていない状態のショッピングモールの俯瞰


ショッピングモールを使った撮影風景。セットでは出せないスケール感と現実感が、映画にリアリティを与えている

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Topic2 日本のパニック映画を変えたZQNの特殊メイク

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Topic2 日本のパニック映画を変えたZQNの特殊メイク

約500体のZQNをデザインする

本作の見どころは何と言っても、増殖しつづけるZQNの特殊メイクだろう。約500人に対して特殊メイクを施しているという。ZQNの特殊メイクはデザインに応じて、大きく分けてメインとサブ、モブといった3つのカテゴリに分けられ、3DCGによる補間を伴うような複雑なものから、色をメイクしただけのような簡単なものまで様々なレベルで制作されている。ZQNのデザインは原作漫画を参考にしながら佐藤監督がスケッチを描き、そのスケッチを基にして藤原氏が詳細なデザインを起こしている。「ハリウッドのゾンビ映画のような頬骨や眉骨が強調され、眼孔が落ち込んでいるような乾いた造形ではなく、あくまでもZQNはゾンビではなく、病原菌に犯された凶暴な生命体という設定から、血管が浮いていたり黄疸がかった皮膚の色に腐ったような色合いを乗せるといった、アジアならではの特徴をもったデザインにしています」(藤原氏)。「3DCGで加工するようなZQNの場合だと左右の目の位置をずらしてバランスを崩してほしいとか、監督はリアルを求めているんですが、ただの特殊メイクでは納得せず、ちょっとあり得ないようなバランスにしてほしいといったことをよく言われました」と土井氏は話す。

ZQNのイメージデザイン
佐藤監督のスケッチから藤原氏が描き起こしたZQNデザインのイメージ画


  • 血管の浮き上がりや、肌の色味などZQNの決まりごとの詳細が描かれている


  • 店員ZQNのデザイン


  • サラリーマンZQNのデザイン


  • 四つん這いZQNのデザイン


ZQNによってはマケットも作成されている

3Dプリンタを活用した特殊メイク

ZQNの特殊メイクの中でとても珍しい手法が採られているのが、韓国の特殊メイクスタジオMAGEが担当した元陸上選手のZQN、通称高跳びZQNの特殊メイクだ。このZQNの特殊メイクの原型はキャストのボディを3Dスキャナを使ってメッシュ化し、そのメッシュデータをZBrushで加工、3Dプリンタで原寸大の原型を出力して利用している。「通常特殊メイクでは、まず特殊メイクを施す役者の型どりを行なって、その型に合ったオーダーメイドのアプライエンス・ピースを作成して肌に貼り付けていくのですが、アメリカでも日本でも基本的には型どり剤を使ってやっています。MAGEでは従来のやり方もしていますが、最近では3Dスキャンを使って原型をプリントアウトしていると聞きました。当時そんなことをしているプロダクションは聞いたことがなかったので半信半疑だったのですが、本当にやっていました。3Dプリントなので粘土で型を作っているような細かい皮膚感は出せないのですが"映画になったときには気づかないでしょ?"というわりきりの上で韓国のスタッフは活用していました。とても珍しい事例で興味深かったです」(藤原氏)という。

現場での特殊メイクの様子
撮影現場では、日本と韓国の特殊メイクスタッフがそれぞれの国のキャストを、現場に設けられた特殊メイクルームでひたすらメイクしていく


ZQNメイク量産中の特殊メイクルームのスナップ写真


  • 衣装の加工や汚しも特殊メイクスタッフが担当している


  • エキストラZQNのスナップ写真

3Dプリンタを利用した特殊メイク例
3Dスキャナと3Dプリンタを利用したZQNの特殊メイク例


  • 3Dプリントした型から作成したアプライエンスを装着した特殊メイクテスト


  • キャストを3Dスキャナを使ってデータ化し、ZBrushを使って造形していく。デザインチェックもレンダリングされたムービーで行われた


  • 完成した特殊メイク。グリーンの部分はコンポジットで処理される


  • キャストの3Dスキャニングに使用された3DスキャナVIVID 9i

合成作業を考えた特殊メイク

ショットの演出に合わせて、単純にアプライエンスを装着した特殊メイクだけではなく、3DCG素材のパーツを合成したり、血しぶきのエフェクトが合成されるZQNの表現も多い。そのため、ZQNによっては撮影現場で後から3DCG素材を合成する部分にグリーンやマーカーを貼った特殊メイクを作成して撮影されている。3DCGで補間される特殊メイクは、3Dスキャンでデジタル化し、デジタル・フロンティアでパーツを合成したりアニメーションさせたりして仕上げていく。

頭部破壊用エフェクト素材の撮影
頭部が破壊されたZQNから飛び散る血飛沫は、ダミーのヘッドモデルに血糊を入れて爆破した素材を撮影している。必要に応じて3DCGによるシミュレーションで作成した血しぶきも合成された


  • 頭部破裂用ダミーヘッド


  • 血糊をダミーヘッドの中に入れて準備している作業風景。飛び散り方のバリエーションが必要なため多くのダミーヘッドが用意されている


ブルースクリーンを張ったスタジオで爆破し素材を撮影する

合成用グリーンが付いた特殊メイク
後から3DCGや他の造形が合成されるグリーン付き特殊メイクの例


  • 頭部が破壊されたZQNの特殊メイク。グリーンの部分に造形素材が合成される


  • 左の画像に合成する素材の粘土原型


  • 欠損系ZQNの特殊メイク


  • 口が欠損しているZQNの特殊メイク


サラリーマンZQNのシーンを演出する佐藤監督

明確なキャラクター性でZQNの差別化を図る

本作では大量のZQNが登場するため、アウトラインが欠損しているパターンや皮膚病的なパターンなど、なるべくシルエットでデザインのバリエーションがあるように見せている。「サラリーマンのZQNはこういう感じ、警備員はこういう感じ、店員はこういう感じというように、メインで登場するZQNには明確なキャラクター性のある設定を施すことで、ワンパターンにならないように佐藤監督が差別化していました」と藤原氏は言う。

完成ショットにおける様々なZQN



  • 映画『アイアムアヒーロー』

    2016年4月23日全国東宝系にて公開(R15+指定)
    監督:佐藤信介/脚本:野木亜紀子/原作:花沢健吾『アイアムアヒーロー』(小学館『週間ビッグコミックスピリッツ』連載中)/出演:大泉 洋、有村架純、長澤まさみ、ほか/制作プロダクション:東宝映画、配給:東宝

  • 月刊CGWORLD + digital video vol.213(2016年5月号)
    第1特集「メカCG究極テクニック2016」
    第2特集「デジタル造形アラカルト」ほか

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2016年4月9日
    ASIN:B01BVS06KI