ここでは、3Dペイントに興味がありつつもまだ手を出していない人向けに3Dペイントをオススメする理由やそのメリット、そして代表的な2つの3Dペイントソフトの概要を紹介する。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 218(2016年10月号)からの転載となります
TEXT & EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
協力_ボーンデジタル サポートチーム
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テクスチャ制作を取り巻く環境
従来の一般的なテクスチャ制作においては、Photoshopを用いて2Dの平面に対してペイントしていくのが作業の基本です。そこには、平面に描くことで実際の絵を描くように作業できることと、広い範囲を短時間で描くことができるというメリットがあります。しかしながら、3Dのモデルに対してUVを基に2Dのテクスチャをマッピングする関係上、オブジェクトの立体的な構造との整合性をとったり、細かく入り組んだ部分やオブジェクト同士が重なり合う部分の位置関係をテクスチャに落とし込むには、熟練の業やそれなりの時間が必要となっていました。さらに近年では、最終的にアウトプットする映像の解像度が飛躍的に高まり、必然的に作成するテクスチャ自体の解像度も大きくなっています。Photoshopの処理性能では4K以上の作業は困難で、レンダリングした画像をチェックして修正作業でテクスチャを作り直し再度レンダリングして確認するという、2Dと3Dを頻繁に行き来しなければならないワークフローでは物理的にまかないきれなくなっているのが現状です。
そこで近年、シーンリニアワークフローや物理ベースレンダリング(PBR)などの業界トレンドとも相まって、急速に導入が進んでいるのが3Dペイントです。海外のそれなりに知名度のあるスタジオではすでにテクスチャ制作のスタンダードになっており、日本でも採用する会社が増えてきています。3Dペイントとはその名の通り、3Dのモデルに対して直接ペイントしながらテクスチャを仕上げていく手 法で、平面に描く2Dペイントに対して3Dのプレビューで見映えを確認しながら描き進めていけるため、より直感的かつ、レンダリングしてからの手戻りがほとんどなく作業できます。また、立体に直接描いていることからテクスチャのリピート感が出にくく、2Dでのテクスチャ制作時の難点だったUVの継ぎ目の問題なども起こりません。ただ、ディテールを加えるなどの細かい作業に適している反面、描くのに慣れが必要だったり、広範囲を素早く描くのに手間がかかるという側面もあります。そういった場合は、3Dペイントソフトに搭載された2Dペイントモードを使うなど、用途に応じて使い分けることで対応可能です。
3Dペイント自体は、Photoshopのプラグインとして使うDDOや、スカルプティングソフトの3D-CoatやMudbox、さらにはMayaなどでも行えますが、特化型のツールには様々な面でまだまだおよびません。現在3Dペイントソフトの主流と言えるのが、今回取り上げるSubstance PainterとMARIです。前者は主にゲーム業界を中心にユーザーを獲得しており、後者は主に映画業界で利用されています。それぞれの特徴についてみていきましょう。
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Substance Painter
OS: Windows 7以上(64bit)、OSX 10.7以上/メモリ:4GB以上(VRAM 2GB以上)/HDD:150MB以上の空き容量/グラフィックスAPI:DirectX 11/GPU:組み込み型GPU非推奨、対応GPUはWebサイトにて/価格:Pro版 76,700円+税(ノードロック)、Indie版 19,300円+税(ノードロック)/問:ボーンデジタル
www.borndigital.co.jp
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MARI
OS: Linux(64bit)、Windows 7 以上(64bit)、OS X 10.9.5 以上/CPU:クアッドコア/メモリ:4GB以上(VRAM 1GB以上)/HDD:10GB以上の空き容量/グラフィックスAPI:OpenGL 3.2 以上/GPU: 最新ドライバがインストールされたNVIDIAもしくはAMD製グラフィックスボード、対応GPUはWebサイトにて/価格:240,000円+税/問:ボーンデジタル
www.borndigital.co.jp
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Substance Painterの沿革とライセンス形態
Substance Painterの沿革とライセンス形態
Substance Painterは、Allegorithmicが今までにない非破壊のペイントツールとして売り出し、2014年10月に製品版がリリースされたレイヤーベースの3Dペイントソフトです。すでに世に出ていた姉妹製品であるノードベースのテクスチャコンポジットソフト、Substance Designerなどとの連携によって、すでにPBRの時代に入っていたゲーム業界向けにフォトリアルなテクスチャ制作を後押しすることが主な目的とされていました。事実、海外のAAAタイトル『アンチャーテッド』シリーズでおなじみのNaughty Dogは、2012年頃からAllegorithmicと提携してSubstance製品を用いたテクスチャ制作のパイプラインをブラッシュアップし、その過程で起きた問題点をフィードバックしていたといいます。その後、ゲーム開発向けの機能の充実を図りながらユーザー数を着実に伸ばし、早期にUIの日本語化に対応したこともあって国内でも3Dペイントツールとしては盤石の地位を築いています。
Substance Painterのライセンス形態は主に2つで、通常版のProのほかに、会社または個人の年間売上が10万ドル未満のユーザーが利用できるIndieがあります。両者は利用できる機能に差はなく、Proは約8万円、Indieは約2万円と非常にコストパフォーマンスに優れており、そのこともユーザーの裾野を広げた要因のひとつです。ほかにも、Substance Designer、Substance Painter、Bitmap2Materialの商用版がセットになったAllegorithmic Substance Pack Pro/Indie でもSubstance Painterを利用できます。
Substance Painterの特徴的な機能
3DペイントにSubstance Painterが重宝される理由は、何と言っても手軽にハイディテールなデータを作成できることです。特に作業工程を自動化し、必要な部分だけをハンドペイントでまかなうのがSubstance Painterの根本的な設計思想とも言えます。ウェザリングする場合は、単にマスクジェネレータを使って自動でエッジを検出して生成したマスクにマテリアルを適用すればそれなりに見えてしまいます。
マスクジェネレータの活用
マスクジェネレータを用いて洋服のエッジ部分を埃っぽく汚していく
マスクに対して埃のマテリアルを適用した状態
自動化によって作業を効率化するという観点からは、マテリアルペイントも非常に有用な機能です。
マテリアルペイント
Substance PainterはPBRシェーダであるため、基本的には次の3つのマテリアルを同時にペイントできる
Substance PainterではPBR用のベースカラー、メタリック、ラフネスなどの全てのマテリアルを1つにまとめて1回のストロークで同時にペイントできます。これによって、マテリアルごとに作成していたテクスチャを直感的に効率良く作成することが可能です。
初期から搭載されているパーティクルブラシも、Substance Painterならではの他のソフトにはない機能のひとつと言えるでしょう。
パーティクルブラシ
色を変更してレベル補正したもの
ブラシではペイントしにくいガラスや地面のヒビ割れ、雨や油の垂れなどは、重力などの物理パラメータを設定したパーティクルによってリアルに表現できます。そして、Irayを搭載したことで、パストレーシングによって物理的に正しく計算されたレンダリング結果をビューポートで表示できるようになりました。
Irayレンダリングビューポート
Irayで直接レンダリングしてYEBISのポストエフェクトをかけた結果を表示できるビューポートがバージョン2から搭載された。これによって最終的なルックにより近いかたちで確認できる
YEBISのポストエフェクトと組み合わさることで、非常に美しく高品質な画像を生成できます。なお、バージョン2.1でLinuxやUDIM(後述)をサポートしたり、8Kに対応したりと、完全にVFX寄りのユーザーを取り込む戦略を取り始めた感があります。今後の動きに要注目です。
[[SplitPage]]MARIの沿革とライセンス形態
MARIはもともとWeta Digitalのインハウスツールで、『アバター』をはじめとするフォトリアルなVFX映画において膨大な高解像度のテクスチャを効率良く制作するために開発された3Dペイントソフトです。その後、The Foundryが製品版をリリースし、現在はバージョン3.1が最新となっています。そもそも大作映画のテクスチャ制作用に開発されていることもあって、ハイディテールの3Dモデルや高解像度のテクスチャの取り回しに優れるのが最大の特徴です。
MARIがサポートするテクスチャ解像
MARIでは超ハイメッシュのモデルや超高解像度のテクスチャを扱うことが可能だ。特にテクスチャにおいては最大32Kに対応しており、ハイエンドなユーザーに重宝されている
また、今年の2月にはMARIの開発に携わる日本人エンジニアの中垣清介氏を含めた4人が米アカデミー賞科学技術賞を受賞したことも、大きな話題となりました。
MARIのライセンス形態は、商用利用が可能な通常版のPro、商用利用は不可で機能も制限された無料版のNon-commercialがあります。また学生や教職員などの学校関係者であれば、MARIを含んだThe Foundry製品を1ライセンスでまとめて利用できる、Production COLLECTIVEとCreation COLLECTIVEを使うという選択肢もあります。
UDIMに代表されるMARIの特徴的な機能
そしてMARIといえば、UDIMという概念を世に広めた功績にも触れずにはいられません。UDIMとは、座標をオフセットしてタイル化したUVマップを使ってオブジェクトに対して複数のテクスチャを扱えるシステムのことです。
UDIMによる効率的なテクスチャ管理
UDIMによってタイル化されたパッチと呼ばれるUVスペースに対し、高解像度のテクスチャを分割してそれぞれに割り当てることで、テクスチャを効率的に扱えるしくみになっている
これによって効率的なテクスチャの管理・運用が可能になり、結果として使用するシェーダの数が少なくなることでレンダリングにかかる時間を減らすことにもつながります。詳しくは、後のページで作例を基にしてMARIの解説をしていただいたModelingCafe北田栄二氏の著書「Maya 実践:ハードサーフェスモデリング」を参照してください。
MARIは非破壊のレイヤーベースのシステムを採用していますが、バージョン3の新機能としてノードグラフが追加されました。
ノードグラフによるプロシージャルなアプローチ
高度なテクスチャ制作において複雑になりがちなレイヤーでの管理が、ノードグラフの採用によってトライ&エラーしやすくなった。ノードはグループ化してGizmoとして利用することもできる
この2つを上手く連携させることで、よりプロシージャルなテクスチャ制作のワークフローが実現できます。また、同バージョンでArnoldをはじめとする業界標準のシェーダを搭載したことにより、それぞれのレンダラでレンダリングした最終結果に近いルックをMARIのビューポート上でプレビューしながら作業することができるようになりました。
業界標準シェーダの搭載
MARIにはArnoldやV-Rayなど、最新のレンダラをシミュレートする強力なシェーダ群が搭載されている。画像はキャラクターの肌に物理ベースのBRDFシェーダを適用したもの
これによってレンダリングした後の調整が減り、テクスチャアーティストは3Dペイントで質感を詰め る時間が増えるという、理想的な作業環境を実現しています。Unrealシェーダにも対応したことで、ゲーム制作者にとってはMARIを使うメリットがさらに増えたと言えるでしょう。
ほかにも、OpenColorIOによるリニア環境でのカラーマネジメントや、NUKEをはじめとしたThe Foundry製品との強力な連携など、MARIの優位点はまだまだあります。最近ではアニメの背景美術での利用も増えてきており、今後は映画・ゲーム・アニメと幅広いメディアでMARIが活用されていくことはまちがいありません。
[[SplitPage]]お役立ちWebサイトまとめ
3Dペイントツールをより便利に使うには、コミュニティや動画チュートリアル、有償無償のデータ提供サービスなどを利用するのがオススメだ。ここでは公式を中心に、まず押さえておくべきWebサイトを紹介していく。
Substance Store
対象:Substance Painter
機能:ストア
store.allegorithmic.com
2016年3月にオープンした、Allegorithmicが運営するSubstance製品用のコンテンツ販売サイト。カテゴリはImages、Materials、Tools、Moodpacksの4つに分かれており、Allegorithmicのクオリティチェックを経ているため非常に品質の高い素材やツールが安価で揃う。ちなみにMoodpacksとは「Sci-Fi」など特定テーマの各種アセットがまとめられたものだ
Substance Share
対象:Substance Painter
機能:コミュニティ
share.allegorithmic.com
こちらは2015年から始まった、個人で制作したSubstance製品のファイルをユーザー同士で共有できるプラットフォーム。共有されているファイルはフィルタやブラシ、マテリアルが多数を占める。特筆すべきなのはそのライセンス形態で、ここにアップロードされている全てのファイルは無償でダウンロードすることができ、さらに商用利用も可能となっている
Learn MARI
対象:MARI
機能:動画
www.thefoundry.co.uk/products/mari/learn
The FoundryのMARI製品ページにある、動画チュートリアルが豊富にまとめられたラーニングチャンネル。最新バージョンの機能紹介や、ゲーム向け/VFX向けのテクスチャ制作方法など、様々な用途の動画がカテゴリ別に用意されているので、困ったときはまずここを訪れるのが良いだろう。さらに、そこで用いられている一部アセットデータも無償で利用可能だ
MARI Forum
対象:MARI
機能:コミュニティ
community.thefoundry.co.uk/discussion/mari
こちらもThe Foundry公式のMARIユーザーのコミュニティフォーラム。ここではMARI全般にまつわるトピックをユーザー同士で語るのはもちろん、MARIを使った作例が公開されていたり、MARIの機能を拡張するPythonスクリプトなども提供されている。ただ、まだまだMARI自体のユーザー数が少ないこともあって、トピックや投稿数は現在のところ少なめ
Gumroad
対象:Substance Painter、MARI
機能:ストア
gumroad.com
Gumroadはクリエイター向けのECサイトで、SNS経由で手軽にコンテンツを売買できるのが特徴だ。UIは日本語にも対応。様々な海外の著名アーティストが3Dペイント用のプラグインや動画チュートリアルを販売しているので、いろいろと探してみるのがオススメ
Substance Tools(@substancetools)。SubstancePainterやZBrush用のツールセットを提供。手間のかかるボタンやリベット、服のステッチや溶接痕などが簡単に作成できる
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Art of Josh Lynch(@artofjoshlynch)。『コール オブ デューティ』シリーズなどを手がけたテクスチャアーティストによる動画チュートリアル
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Jenz Kafitz(@jenskafitz)。元Weta Digitalのテクスチャアーティスト。MARIの機能を拡張する「MARIExtension Pack」を提供している