ハリウッド特殊造形界でトップクリエイターとして活躍する片桐裕司氏の初監督作品である映画『GEHENNA(ゲヘナ)~死の生ける場所~』(以下、『GEHENNA』)。同作の日本国内で初の映画館上映イベント「GEHENNA Crossing」が9月19日(火)、シネ・リーブル梅田(大阪府)にて開催された。『GEHENNA』は2015年に米国大手クラウドファウンディング・サービス「Kickstarter」にて資金調達を開始し、目標の22万ドルを超えた24万ドルを集め制作された、サスペンスホラー映画。上映後には監督と、『GEHENNA』のキービジュアルも手がけた、世界の第一線で活躍するコンセプトアーティスト田島光二氏によるミニトークセッション、そして来場者からの質問に応える質疑応答が行われた。その模様をレポートしていきたい。

TEXT_山田佳樹 / Yoshiki Yamada
PHOTO_坂本照次郎 / Sakamoto Shojiro
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

©Hunter Killer Studio

『GEHENNA(ゲヘナ)~死の生ける場所~』予告編
©Hunter Killer Studio

ファンアートがきっかけだった田島氏との出会い

片桐:僕は「Kickstarter」というクラウドファンディングを使って資金を集めました。そこでは星の数ほど映画のプロジェクトがあるため、その中からこのプロジェクトをクリックしていただくためには、サムネイルとなるキービジュアルがものすごく大事になります。そこで、キービジュアルの制作を誰に頼もうかと考えたときに、偶然、アニメ『進撃の巨人』のファンアートを目にしました。そのときは『進撃の巨人』のことを知らなかったのですが、そのファンアートを見てとても面白そうだと思い、作品を見るきっかけになったんです。そのファンアートを手がけたのが田島くんで、連絡をとったわけです。すると偶然、田島くんも僕のことを知っていてくれて。

  • 片桐裕司/Hiroshi Katagiri
    映画監督・ハリウッドSFX映画クリエイター・キャラクターデザイナー、東京生まれ。1990年18歳のときに渡米し、19歳からスクリーミング・マッド・ジョージ氏の工房で働きだす。その後フリーランスとなり様々な映画TVのキャラクタークリエーションに関わる。98年にTVシリーズ『X ファイル』でエミー賞受賞。2000年から2006年まで『ターミネーター』や『ジュラシックパーク』のキャラクタークリエーションで有名なStan Winston Studioのメインアーティストの1人として活躍。スティーブン・スピルバーグやギレルモ・デル・トロ、サム・ライミなどの著名監督の映画作品に多数参加。その後、再びフリーランスになり、夢であった映画監督としても活動。2015年クラウドファンディング・キックスターターで独立系長編映画では記録的な額25万ドルを集め、映画監督デビューを『GEHENNA ~死の生ける場所~』で果たす。

田島:そうなんです。学生時代から、片桐さんの作品を模写していたんですよ。

  • 田島光二/Kouji Tajima
    Double Negative Visual Effectsコンセプトアーティスト。1990年東京都生まれ。2011年に日本電子専門学校コンピューター・グラフィックス科を卒業後、フリーランスモデラーとしてキャリアをスタート。12年4月からDouble Negativeのシンガポールスタジオ所属、2015年に同カナダスタジオへ移籍し、現職。代表作は『ファンタスティックビーストと魔法使いの旅』、『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』、『アサシン クリード』、『ブレードランナー2049』など。

片桐:光栄ですね。そういうこともあってか、『GEHENNA』のキービジュアルの制作を依頼すると、快く引き受けていただけました。

田島:お仕事の話を聞いたときは、とても嬉しかったです。


田島光二氏が手がけた『GEHENNA』のキービジュアル

日本とアメリカの文化をミックスさせたホラームービー

片桐:長編映画をつくるということ自体、ものすごくハードルが高かったので、完成まで苦労しました。脚本を書き始めたのは7年ほど前でしょうか。「自分にしかできないもの、アメリカ人には真似できないもの」という視点から、「日本とアメリカの文化、両方を出せるもの」と方向性を決めて舞台をサイパンにしました。また、低予算ということがわかっていたので、閉じ込められて、その中だけで展開するドラマにしようと考えた結果、現在のようなストーリーができ上がりました。そしてクラウドファンディングでどうにか資金が集まり、撮影にこぎつけることができました。

田島:僕は暗いところや狭いところが苦手なので、もう最悪でしたね(笑)。実はもともと怖いものが苦手でして......。本作の仕事を開始した時に何枚かコンセプトアートを描きましたが、とても部屋を明るくして、なるべく怖くないように、何回も休憩をはさみながら描いてました(笑)。

田島光二氏によるコンセプトアート

田島:コンセプトアートは、まずZbrushで形をつくってからPhotoshopでレタッチしています。


田島光二氏によるコンセプトアート

片桐:このシーン(上画像)には子供が登場しましたが、子役の俳優はユニオン(俳優の組合)に所属しており、一日に数時間しか働けないなど規制が厳しく撮影が大変でした。これの前のシーンに手間がかかり、12テイク目でようやくOKを出せて、そしてこのシーンを撮る時は残り時間があと6分というギリギリのところでした。

田島光二氏による小道具のコンセプトアート

片桐:キーアイテムとなるこのドール(上画像)も、田島くんにデザインしてもらいました。

田島:ドールは形から自由にデザインさせてもらえたので楽しかったですね。完成した実物のドールをいただいたんですが、うちの奥さんがコワイって言ってクローゼットの奥の方に封印されています。しまっておいた方が逆に怖いと思うんですが(笑)。

片桐:たぶんクローゼットの奥で育ってるよ。髪とか伸びてるよ(笑)。

田島:もう、二度とあけません(笑)。

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『GEHENNA』を実績とし、次の作品へ

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『GEHENNA』を実績とし、次の作品へ

片桐:映画制作は楽しくも、大変でもありました。低予算のため監督をやりつつ、本業の特殊メイクの作業では準備やデザインなど全て自分でやりました。「いつか出世するぞ」と心の中で誓いながら、撮影の合間の週末に特殊メイクの仕事や絵コンテ、お金のやりくりをする日々でした。

田島:この後は、なにか作品をつくられる予定があるんですか?

片桐:ありますよ。まず監督として雇われた作品があります。SF作品で、宇宙船内を舞台にした物語です。脚本がすでにできていて、現在は低予算でつくれる場所探しにプロデューサーが奮闘中です。もう1つは脚本執筆中の作品がありまして、日本の人魚が出てくるので、その人魚のデザインをぜひ田島くんにやってもらえたらなと思っておりますが!

田島:それ予算はどれくらいですか?

一同:(笑)。

片桐:予算は......がんばります。

田島:期待しています(笑)。

片桐:今後、作品をつくっていくにあたり、まず1本撮れたという実績は大きいですね。『GEHENNA』をつくるまでは「つくれるんですよ信じてください!」と言うしかありませんでしたが、「これをつくりました」という実績があるとアピール力は雲泥の差です。まだまだ監督として自立するには時間がかかりそうですが、頑張っていきますので、今後も応援していただけたら嬉しいです。


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質疑応答


Q.「Kickstarter」の日本版が立ち上がるなど、これから日本でもクラウドファンディングの動きが活発化してくると思いますが、今後、出てくるであろうクリエイターへのメッセージなどあればお聞かせください。

片桐:良いものであれば、絶対に目標を達成できます。僕は一度クラウドファンディングに失敗していますが、失敗の原因さえわかれば、夢はあるかなと。僕が失敗したときは、全てをひとりで行い対応しきれなくなり、お金を集めることができませんでした。ところが「Kickstarter」中に様々な方からアプローチをいただく中で、LA在住のマーケティングの方からメッセージをいただいたんです。「あなたのプロジェクトは売れる要素が揃っているんだけれども、売り方を知らない」と。それはどうして? とたずねたらとても納得のできる答えが返ってきました。なので、次やるときはこの人と一緒にやろうと思い、今度は成功することができました。最初のクラウドファンディング挑戦でも田島くんに協力してもらい、ものすごく注目を浴びました。けれども達成できなかった。注目される=投資につながるわけではないんですね。Facebookには「いいね」がものすごくつきます。けれども、いいねの数に対して、投資に至る確率は1割以下なんですよ。

Q.クラウドファンディングをやって良かったと思うことはありますか?

片桐:投資いただいた方へのリターンさえきちんとすれば、得た資金が借金にはならないというのは大きいと思います。それによって創作に集中できました。

Q.今後の活動予定などがあれば教えてください。

田島:10月27日に『ブレードランナー2049』が公開されるので、よろしくお願いします!

片桐:次の監督作品も「Kickstarter」でやるかもしれません。資金の一部にできればと考えておりますので、どうぞ応援よろしくお願いします。

Q.田島さんは監督をする予定はありますか?

田島:やってみたい気持ちはあります。発表はしていませんが、お話を書いてみたりはしています。

片桐:大変だけど面白いよ。

田島:二代目片桐として頑張ります(笑)!

Q.『GEHENNA』の最後の演出は、ゲーム化を意識したものですか?

片桐:それは関係ないですが、VRゲーム化はすでに決まっていて、現在制作中です。映画の続編という形でゲームになります。

田島:あのバンカーの中ですか?

片桐:そうそう、バンカーの中で、こう......。

田島:怖そう......絶対やりたくない。

一同:(笑)。

片桐:来年の春くらいに完成予定です。

田島:どういう形でリリースされるんですか?

片桐:Steamで公開予定です。

Q.ケイブ(洞窟)の場所はセットですか?

片桐:日本軍のバンカーは全てセットです。一部の洞窟は実際にサイパンにある洞窟で撮影しました。過去にたくさん人が亡くなった場所なので、地面に花束がおいてあったのが印象的でしたね。

Q.映画に登場したセット、メイク、デザインの中で一番お気に入りのものを教えてください。

田島:やっぱりポスターのおじいさんがお気に入りですね。完全に片桐さんのデザインをそのまま拾ったというよりは、割とぼくのテイストを加えた感じに仕上がっていると思います。

片桐:作中に登場するクレアですね。

Q.撮影中のホラーエピソードがあれば教えてください。

片桐:お金がこわいです(笑)。

田島:いまも続いて......呪いが......(笑)。

片桐:冗談はさておき、実際にホラー的な体験をすることはなかったんですが、別の意味で怖かったことがありました。サイパンの撮影は記録的台風のあとだったんですが、バンで次のロケーションに下見に行ったとき、台風の影響で道がボコボコになっていて。2、3時間かけてなんとか暗くなる前にたどり着いたんですけど、ロケーションの場所が見つからなくて。けっきょく、遭難しただけで終わってしまいました。

田島:それは、最悪ですね......。

片桐:そこはフォローするところやって(笑)。


総括

資金を募りたい個人や団体に対して、ネットを通じて小口の資金を多数の人たちから集め、マッチングを図るプラットフォームサービスであるクラウドファンディングの認知度は日増しに高まっている。『GEHENNA』と同じ2015年にクラウドファンディングを通じて約3900万円を調達した『この世界の片隅に』の大ヒットは記憶に新しく、同2015年にテレビアニメ化資金として約9700万円を集めた『Dies irae(ディエス・イレ)』はこの10月より放送が開始された。多くのアニメや映画が製作委員会方式を採用している一方で、このようなクラウンドファンディング発のプロジェクトの成功もここ数年で見られるようになった。

国内のクラウドファンディングサービスも多数登場している中で、今回『GEHENNA』でも利用された「Kickstarter」は9月13日(水)より日本版サービスがスタートした。新たに日本の銀行口座と日本の身分証でプロジェクトが立ち上げ可能になったことで、これまで敷居が高かった日本から世界へ向けた出資募集がより活発化していくことが予想される。もちろん、プロジェクトの達成は容易ではないが、『GEHENNA』の事例を鑑みるに、一度、資金調達に失敗しても、問題を見直し、再チャレンジすることで成功した作品もある。本作は世界で11のフェスティバルにノミネートされ、中でも「New York Sci-Fi Film Festival」では最優秀作品に選ばれるにいたった。この成功に刺激されたクリエイターが現れるのか。これからよりスピードの増していく映像業界とクラウドファンディング界隈、そして片桐監督らの今後の動きにも一層注目していきたい。


©Hunter Killer Studio