アニプレックスとソニー・ミュージックレコーズがタッグを組み、秋元 康氏が総合プロデュースするデジタル声優アイドルグループ、22/7(ナナブンノニジュウニ)。そのデビューシングル『僕は存在していなかった』のMVを紹介。制作にあたったタツノコプロを取材した。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 233(2017年1月号)からの転載となります
TEXT_ 大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada
information
『僕は存在していなかった』MV
監督・安藤 良/美術監督・竹田悠介/CGディレクター・乙部善弘/アニメーションキャラクターデザイン・堀口悠紀子/制作・タツノコプロ
www.nanabunnonijyuuni.com
Twitter:@227_staff
©22/7 PROJECT
キャラクターとキャストが一体化したフルCGのミュージックビデオ
今回はデジタル声優アイドルグループ22/7(ナナブンノニジュウニ)のデビューシングル『僕は存在していなかった』のMVを紹介する。本作はメンバーの実写ではなく、8人のキャラクターが登場するフルCGアニメーションで表現されている。MVの映像制作を担当したのはタツノコプロ。今回はCGディレクターの乙部善弘氏を中心にデジタル制作室のメンバーに話を聞いた。
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前列左より、CGディレクター・乙部善弘氏、モデラー・星野美帆氏、モデラー&アニメーター・平泉 晃氏、アニメーター・伊藤明仁氏(以上、株式会社タツノコプロ)
www.tatsunoko.co.jp
「アニプレックスさんからキャラクターを3DCGアニメーション化したいと、お話をいただきました。TVアニメ『プリパラ』(2014~2017)シリーズや映画『KING OF PRISM by PrettyRhythm』(2016)などの実績が大きかったようです」と乙部氏は経緯を話す。
本作は担当声優のメンバーのパフォーマンスをモーションキャプチャでデータ化して利用している。タツノコプロが手がけてきた『プリパラ』などで活用してきた手法だが、短期間で完成できたのはこれまでのノウハウの蓄積があったからだという。「8人分のモデルが完成したのが7月。その後、アニメーションやレンダリング、コンポジットにかけられる時間はあまりありませんでした。MVNでのキャプチャノウハウがなければ難しかったかもしれません。また、トゥーンシェーディングに使用しているPencil+が4にバージョンアップしてレンダリングが非常に速くなったことにも助けられました」と乙部氏。フルHD解像度で約5分のアニメーションを制作するということから、レンダリングコストなどにも目を向けているのが窺える。
「今回の作品ではCG的に特別なことをするというより、新人アイドルたちをしっかりと画に定着させるということを目標に制作しています。キャラクターの演技やダンスに新人らしさが表現されて良い味になっていると思うので、そんな風にこの作品を観てもらえると嬉しいですね」と語る乙部氏。キャラクターの担当声優によるモーションキャプチャとタツノコプロの卓越したCG表現に注目だ。
Topic 1 8人分のキャラクターの作成
頭身や体型のちがいを表現し設定どおりのキャラクターを作成
まずは主役となる8人のアイドルたちのキャラクターモデルの作成から紹介したい。昨年の7月に本作の制作オファーがあった後、最初のキャラクターデザインが上がったのが同年9月。本作のキャラクターデザインの特徴として、8人それぞれでキャラクターデザイナーが異なっており、タッチがそれぞれちがうために、どのように統一感を出すか思考錯誤が続いた。その後、キャラクターデザイナーの堀口悠紀子氏によってアニメーションキャラクターデザインが行われて絵柄が統一され、最終的なモデルが制作されたという。
キャラクターは3ds Maxを使ってモデリングされているが、制服はMarvelous Designerで作成されている。「今回のキャラクターはかっちりとしたデザインの制服を着ているので、普通にモデリングするとシワの出し方が難しいだろうなと思いました。そこで、映画『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-』(2017)でも使用しているMarvelous Designerを使って、実際の衣装に近いリアルな構造で作成しています。最初は統一したデザインの服をキャラクターに着せてみて、シミュレーションでシワの出方などをテストしていました」と乙部氏は話す。制服のモデルを担当したモデラー、兼アニメーターの平泉 晃氏によれば、「制服は全員同じデザインですが、キャラクターごとに頭身や体型がちがっているので、体型に合わせた8種類のバリエーションを作成しています。キャラクターごとに衣装を用意しなければいけないのが少し大変でした」とのこと。髪型も見る角度によってディテールが変わっているなど、ほかの作品に比べても難易度が高かったという。
キャラクター本体をモデリングしたのはモデラーの星野美帆氏だ。「特に斎藤ニコルの髪型は難しかったです。繊細な感じを具体化するのが大変でした。また、滝川みうの髪の細い束にはボーンを仕込んで動かせるようにしています。TVシリーズではなかなかできない表現です」と星野氏。みうが髪を振り乱す繊細な表現は特に見どころだ。
モデルの作成
滝川みうのモデル。モデリングには3ds Max、衣装はMarvelous Designerを活用。トゥーンシェーディングにはPencil+4が使用されている
頭身や体型のちがいを表現
8キャラクター全員をレンダリングしたもの。ひとりひとり異なるキャラクターデザイナーがデザインしており、非常にバリエーションに富んでいる。頭身のちがいのほかに、体型のちがいなどもきちんとモデリングされているため、衣装も8人分の異なったモデルが用意された
キャラクターの毛束の表現
斎藤ニコルの髪型の表現。どの角度から見ても設定画通りの髪型にするため、こめかみ付近から耳にかけての毛束の表示をON/OFFする工夫が施されている
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Topic 2 制服のシミュレーションと影の表現
Topic 2 制服のシミュレーションと影の表現
Marvelous Designerを活用した制服の作成
制服のモデルは通常のボーンで動かすローポリゴンバージョンと、Marvelous Designerでシミュレーションさせて動かすハイメッシュバージョンが制作されている。これらは服のシワの表現が必要なカットとそうでないカットで使い分けている。本作はダンスのシーンのほかにも椅子に腰かけるなど、日常動作が多かったため、ボーンで変形させるよりもシミュレーションした方が便利なカットが多かったという。また、キャラクターのアニメーションにモーションキャプチャが使用されているため、シミュレーションした衣服の動きも非常に馴染みが良かった。「3ds MaxのClothを使うことも考えたのですが、Marvelous Designerは計算のし直しなどが非常に簡単でした。衣装のポリゴン数が多くないとクオリティが下がってしまうので、データの書き出しに時間がかかるというデメリットもあるのですが、出来上がったアニメーションを見ると採用した甲斐があったと思います。実は本作で貯まったノウハウが『KING OF PRISM -PRIDE the HERO-』の如月ルヰの衣装の表現にも活かされています」と平泉氏は話す。
キャラクターの大部分はPencil+4による二値化されたルックが着けられているが、制服はグラデーションの影が入るようにフォールオフマップを使って表現されている。シミュレーションをかけてからシワをどのように表現すればいいのか、この表現にたどり着くまで試行錯誤が行われたという。「シミュレーションで変形されたメッシュでのPencile+を使った表現というのが難しく、素直にPencil+の設定をしてしまうとラインがたくさん描画されてしまいます。それを避けるためにシワはグラデーションで表現して、不要なラインが出ないように分割の割合なども調整しました」と乙部氏。これらの工夫により、非常に自然で柔らかな服のシワが表現されている。
Marvelous Designerによるシミュレーション
Marvelous Designerを使った制服のシミュレーション作業。シミュレーション時間を短縮効率化するため、トップスとスカート部分を別々にアバターとして切り出して計算している
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椅子に座るカット。接触物がある部分だけをアバターにしてシミュレーションしている。このような演技が絡むカットでは、ボーンではなくシミュレーションによる変形が効果的だという
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風を受けるようなカットもMarvelous Designerでシミュレーションを行なっている
シミュレーション結果を3ds Maxに読み込む
シミュレーション結果をレンダリング反映させるまでのながれ
Marvelous Designerでトップスとスカートを別々にシミュレーションしたら、それぞれの計算結果をポイントキャッシュとして書き出す
レンダリング後
影のグラデーション表現
制服の影はマテリアルにフォールオフマップを使用して表現されている
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Topic 3 セットアップとアニメーション
担当声優たちがモーションキャプチャに挑戦
本作に登場するキャラクターの動きは、全てアーティスト本人たちのモーションをキャプチャして使用している。8人の動きを一度にキャプチャする必要のあるダンスシーンは光学式のモーションキャプチャシステムを使って収録が行われたが、個別の日常演技のモーションはMVNを使って収録された。「最初は手付けでアニメーションを作成するということも考えたのですが、今回の企画はアイドルたちの動きをそのままトレスしてキャラクターに定着させたいということもあり、キャプチャで対応するようにしました」と乙部氏。「演技が足りないところはアニメーターのほうで大げさに演技を付けたりしています」とアニメーターの伊藤明仁氏は話す。
今回のキャプチャ作業ではMVNの手軽さや機動性が多いに発揮され、本作の制作には不可欠なツールだったという。MVNは最近のバージョンアップでノイズの補正が非常にアップし、かなり精度の高いキャプチャができるようになっている。また、タツノコプロのインハウスのツール「BipedWorks」によって、これまでフルキーで収録されていたキャプチャデータをリダクションする機能や、足の接地を修正する機能なども充実したため、非常に効率の良いアニメーション付けができていた。
モーフターゲット
本作ではフェイシャルアニメーションにモーフターゲットを使用し、インハウスツールでアニメーションに対応している。目パチや口パクなどは、1種類のターゲットで対応できるようにするなど多くの効率化が図られた。まつげが非常に多い設定のキャラクターもいるが、それらはあらかじめモデルに仕込むことで表情変化に簡単に対応できるようにしている
複雑な髪のセットアップ
本作に登場するキャラクターの髪は繊細な動きが必要だったため、細かくスタイリングされた毛束に多くのボーンが仕込まれている。特に画像のみうについてはTVシリーズのキャラクターの5倍以上のボーンが仕込まれた
タツノコプロオリジナルツール「BipedWorks」
モーションキャプチャで収録されたデータを効率良く編集するために開発されたオリジナルツール「BipedWorks」。キーリダクションから足の接地補正まで、細かいBipedの操作を簡単に行うことができる。キャプチャデータはBVHで書き出され、Bipedに流し込んだ後にこのBipedWorksを使って編集されている。モーションの編集というとMotionBuilderが採用されることが多いが、タツノコプロではこのBipedWorksでほとんどのキャプチャデータを編集している
Topic 4 背景となる校舎の作成
キャラクターのアニメーションのほか、美しい背景も本作の見どころのひとつだ。一見2Dの背景美術に見えるが、フル3DCGで制作されている。背景のアセットはカメラの長回しにも対応できるように、教室から屋上まで、カメラが移動する学校内の経路は全てアセットが作成されているという。「学校なのですごく巨大なアセットなのですが、足下のアップに耐えられるようにテクスチャがとても細かく作成されています。背景のチェックの際はどのようなカメラワークにも耐えられるように、絵コンテに合わせたカメラワークを事前に用意して、そのカメラワークできちんと耐えられるクオリティがあるかチェックムービーを作成して確認しました」と乙部氏。使用している素材もイチ背景につき反射素材を中心に7素材を用意し、日中から夕暮れまで時間の経過を表現したリッチな背景を制作している。
3DCGによる校舎
美術ボード
3DCGによる校舎の背景
実際に作成された3DCG背景。この一連の背景は、時間経過による日照の変化などに対応できるように作成されており、作品の雰囲気づくりに大きな役割を担っている