映画『鋼の錬金術師』の根幹ともいえる、エドとアルが幼い頃に犯した錬金術の禁忌・人体錬成のシーンは、曽利監督たっての要望により、原作にはない激しい嵐として表現された。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 233(2018年1月号)からの転載となります
TEXT_草皆健太郎 / Kentaro Kusakai(BOW
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
information
映画『鋼の錬金術師』
監督:曽利文彦
原作:「鋼の錬金術師」荒川弘(「ガンガンコミックス」スクウェア・エニックス刊)
製作:映画「鋼の錬金術師」製作委員会
制作プロダクション:OXYBOT
配給:ワーナー・ブラザース映画
hagarenmovie.jp
©2017 荒川弘/SQUARE ENIX ©2017 映画「鋼の錬金術師」製作委員会
物語の根幹となる人体錬成を綿密な準備と圧倒的物量で表現
エドとアルの兄弟が人体錬成に失敗し、錬成を行なった書斎ごと嵐に飲み込まれるというこのシーン。錬成陣を中心に巻き起こった嵐が家屋を粉砕し、大量の破片が渦を巻くという物量・エフェクトともに非常にスケールが大きなシーンだが、筆者が観たときはどこでセットからCGに切り替わったのか、どうにも見分けが付かないほどであった。実際は壊れる前の書斎はセットで東宝のスタジオ内で撮影されており、部屋が壊れはじめてからのシーンは、エドとアルが乗っている床の破片は撮影だが、それ以外はCGで作成されているという。
「このシーンは全体で4~5分あって、2シーンに分かれているんです。人体錬成によってとんでもないことが起きているということを、部屋が嵐に巻き込まれるというかたちで表現したいという要望が監督からありまして、原作にはない表現だったので、撮影前からかなり綿密に設計して制作しました」とVFXスーパーバイザーの植原秀登氏。このシーンは周りを飛び交う部屋の破片や本などの物量も圧倒的だ。これに関しては後述するが、今回エフェクトを担当したステルスワークスの破壊エフェクト構築のアイデアがそれを可能にしている。それに加えて嵐の最中にときおり稲妻が走るため、光源が非常に複雑になる。プレートとのマッチングも含め、コンポジットではディープチャンネルとAOVを使ってかなり細かく調整された点も最終的にこのシーンのクオリティを支える要因になっているようだ。
- 写真右から VFXスーパーバイザー・松野忠雄氏、VFXスーパーバイザー・長﨑 悠氏、CGアーティスト・本田瑛子氏(以上OXYBOT)、VFXスーパーバイザー・植原秀登氏(フリーランス)、エフェクトスーパーバイザー・米岡 馨氏(ステルスワークス)、コンポジットスーパーバイザー・吉川辰平氏(フリーランス)
01 緻密な事前設計
このシーンは原作にない表現ということもあり、おそらく作品全体を見てもかなり難易度の高いシーンであるため、制作も綿密に進められた。監督と美術班によってまずイメージボードが描かれ、シーンのイメージをある程度固めてから絵コンテを作成、おおまかなながれをスタッフ間で共有する。その後、植原氏が人物プレートを撮影するためのプリビズを作成。ここでいったん、そもそもこの撮影手法でシーンが成立するかをチェックするために、そのプリビズをキーイングして、実際に合成テストをしてみてチェック。それを基に撮影班と検討の下撮影を行い、その後撮影素材を使用してVFX用のアニマティクスを別に作成している。完成したアニマティクスはいったん編集に入れ込み、監督がタイミング等を調整したものを再度CG班に戻し、そこから本制作が始まる。かなりおおまかに書いただけでもこの分量なので、相当な労力が注がれてこのシーンがつくられているのがわかる。
イメージボード&絵コンテ
イメージボードではシーンの方向性が示されているが、それほど多くは描き込まれてはいない。監督の意図するシーンは見て取れる
絵コンテでは、そのシーンのカット割りと、そのカットに対するアプローチの手法が書かれている。コンテに撮影手法が書かれているのはなかなか珍しいが、非常にわかりやすい。実際植原氏はこのコンテを見て、撮影用のプリビズを作成したという
プリビズによる撮影手法の検討
絵コンテの撮影手法を参考に、撮影のシミュレーション用に作成されたプリビズ
シーン自体のプリビズ
上画像群の「シーン自体のプリビズ」を基に、どういう機材があれば良いのか? などの撮影準備と、カメラレンズのミリ数、必要なクロマキーのサイズとスタジオのスペースなどを割り出すためのシミュレーション用プリビズ。クロマキーのサイズやレールカメラまで具体的につくり込まれている。特筆すべきは、この撮影シミュレーションを基に「撮影されるであろう素材」をプリビズから作成し、それをキーイングしてコンポまでのテストを行なっている点である。決して見切り発車でない、綿密な準備のほどが窺える
撮影プレートを見ると、ほぼプリビズの通りに撮影されていることがわかる
[[SplitPage]]02 エフェクトワーク
撮影が終わったところで、植原氏により撮影素材を仮合成したVFX用のアニマティクスが作成され、いよいよ本制作に入っていく。まず壊される書斎全体をモデリングしてエフェクト班に渡し、エフェクト班はそのモデルを基に破壊エフェクトを作成。モデリングに関しては、実際に劇中の時代設定である19世紀の建築物を模して、壊すことを前提として建物の骨組みや壁の構造まで厳密に再現されている。相当量の破片が飛び交うわけなのだが、その作業はエフェクト班の分業で行われた。「自分がPIXOMONDOやScanlineVFXでやっていた方法なのですが、まずベースになる動きを決めてから、それを基に皆が大体同じ手法で要素別に作業を進めていきます。ひとりひとりがちがう手法でやっていると合わなかったり、後で誰かに引き継げなかったりするので。今回こうして手法を統一したことで、誰かが抜けても誰かが絶対に入れるという状況を意図的につくりました。海外のプロダクションではどんどん人が入れ替わるので、そういった点が合理的にできている。それを今回自分たちもやってみたんです」と米岡氏は語る。
アニマティクス
画像はCG班用のアニマティクスだ。実際に撮影された人物プレートを仮合成して、おおまかに完成形をイメージできるところまでもっていっている。「このプレートをこのタイミングで貼って動かすと成立するね、といったことを一度確認して、CGスタッフと共有します」(植原氏)。「ここまで来てしまえば、あとは複数のスタッフで作業してもイメージがずれない。これをつくり上げることがSVとしての重要な仕事です」と曽利監督
セットモデリング
アニマティクスが固まったところで、植原氏は破壊用の部屋のモデリングに着手
「骨があって、壁があって、レンガが積まれていて、さらに手前に壁があって。こうすると破壊したときに内部の構造がきちんと見える。こういうモデルを、あとはthinkingParticlesでどうぞご自由に、といった具合でエフェクト班に渡しています」(植原氏)
破壊された部分は内部のレンガなどがきちんと見えているのがわかる。セットでは様々なプロップ(小道具)が配置されているが、モデルとしては制作されていない。「プロップが何もないのは気になっていたのですが、監督から『必要ない』と指示があって。実際に繋いでみると案外気にならないものでした」(植原氏)
エフェクトワーク
モデリングされた書斎を破壊のためにプリカットした様子
プリカットに沿って破壊を加えたモデル
「あらかじめモデルを分割してディテールのある状態に破片をつくっておき、それに対してシミュレーションをかけるというやり方にしました。このプリカットというのが面倒な作業ではあるんですが、この作業如何でクオリティがものすごく左右されるので、慎重にやらなければいけないんです」(米岡氏)
thinkingParticlesでの作業画面。画像中の青い線と黄色い線はそれぞれ渦巻きの軌道と速度を表している。「ひとりがだいたいこのくらいのスピードで回しますよ、といった回転の大元となるパーティクルをつくり、それを基に大体3~5人くらいが同時進行でそれぞれの要素ごとに作業をしました」(米岡氏)
プリカットした破片を全て飛散させた状態。プロップをモデルで配置していない分、この書斎が壊れたであろう雰囲気を出すために、書斎らしく本や書類のようなものを飛ばしている。「それっぽくなっていれば成立して見えますからね」と米岡氏
また、その後のコンポジットで調整できるよう、煙などは光源別に色分けされたRGB素材を出している
完成画像
[[SplitPage]]03 コンポジットワーク
エフェクトが出来上がると仮コンポジットしたものがコンポジターに渡され、人物プレートとエフェクトなどの素材を受け取って最終型が組み上げられる。このシーンは撮影時に照明を激しく明滅させていたため、プレートとCGのライティングの整合性を取らなければならない点が大きなポイントだったようだ。それゆえ今回素材を要素別に出力して明るさや色味などを個別に調整するAOVを使って、コンポジット側でリライティングをしてそのフラッシュ感の整合性を取っている。「ストロボ的な点滅をNUKEのカーブツールを使って解析し、エクスプレッションで稲妻と各光源のストロボが点いているかどうかを出力して、RAW LightやReflectionにライティングの強度として足すということをしています」とコンポジットスーパーバイザーを務めた吉川辰平氏。今回ディープ・コンポ ジットはかなり活用しているそうで「今まではキーイングでエッジを詰めた素材を待たないとコンポジットができなかったのですが、それがなくなったのですごく楽になりました。仮のプレートを差し込んだコンポジットに、後から本マスクのプレートを差し替えれば良いので。CGもレンダリングし直さなくて済みます。今回このカットに関してはディープ・コンポジットでないとできなかったと思いますね」とのこと。
待ち時間をゼロにしたディープ・コンポジット
深度情報をもった素材を使って合成を行うディープ・コンポジットに関してはちらほら事例が聞かれるようにはなってきているが、まだまだその取り回しの重さに躊躇している方も多いと思う。ただ、吉川氏いわく「いったんホールドアウトしてしまえば後は問題ないです」とのことで、今回様々な点で活用されている
手順としては撮影プレート【A】をマスキングして【B】NUKE内にカードを作成し【C】、人物プレートをトラッキングしたカメラを用いてプロジェクションマップすることで、深度情報を可視化する【D】。【E】の深度情報を用いてエドのアルファを抜き【F】、ホールドアウトノード【G】でホールドアウトする【H】【I】 。そうして背景【J】に【I】を合成して完成となる【K】。従来の工程ではマスク待ちが発生して作業が止まることもままあったが、この手法では仮の人物プレートで進めていても、後から本マスクで切られた素材と入れ替えるだけでコンポジットが成立するため、待ちの状態に入るということがなかったそうだ
AOVを駆使した複雑な光と影の構築
部屋の中央に描かれた錬成陣は、部屋のサイズそのものがカットによって調整されており、CG側で錬成陣を貼りつけるとサイズがかなり変わってしまうため、コンポジット段階で足されている
合成前のディフューズフィルタ
エドの床への映り込み素材
各要素は方向別、光源別にRGBで色分けされた素材(上の2画像)が出されているため、それとAOVを使ってリライティングを行なっている
中央の桶が稲妻で光るのだが、作業当初はどの程度光るのか確定していなかったため、同様の手法で調整された
さらに人物が床に落とす影に関しても、VRayLightに色を付けてレンダリングするとVRayMatteShadowというチャンネルにライトと同色のシャドウが出るので(上画像)、これをシャドウのRGBマスクとして使って調整するのだそうだ
NUKEのノード画面。①は錬成陣の合成、②は映り込み、③-aは人物のライティング、③-bは人物のシャドウの設定部分