CGWORLD233号の特集に登場した3DCGに関わる各種技術コンサル、兼デジタルアーティストの坂本一樹氏がホタルコーポレーションとコラボしてゲーム用モデルの3Dプリントに挑戦。その制作のながれを今回、特別に公開してもらった。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 234(2017年2月号)からの転載となります
TEXT_坂本一樹
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada
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UV硬化インクジェット方式3Dプリンタ「3DUJ-553」について
今回は、233号特集に掲載した「リアルタイム向けキャラクターモデリング&Unreal Engine 4への実装」の記事のオリジナルキャラクターモデル「SotaiChan」にひと手間加え、最新式の3Dプリンタでフルカラーフィギュアを作成しようという企画をご紹介します。今回、最先端のフルカラー3Dプリンタをいち早く導入したホタルコーポレーションに全面バックアップをいただき、思う存分新型プリンタの実力を試すことができました。最新式プリンタの魅力や今までの常識を打ち破るデジタル原型制作の最新情報をどこよりも早く皆様にお届けしたいと思います。
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『人柱系CGモデラーのTipsブログ』著者で『AsteriskLab』というDiscord上のゲーム開発技術研究コミュニティを主催しています。個人ではフリーランスのCGアーティスト/モデラー/講師/技術コンサルとして活動しています。
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2017年11月30日、ミマキエンジニアリングから常識を覆す3Dプリンタがリリースされました。世界初の1,000万色以上のフルカラー3Dプリントを実現したUV硬化、インクジェット方式の3Dプリンタ「3DUJ-553」です。このプリンタの登場で複雑な3D形状でも紙媒体と同様の色再現が可能になり、パーツ分割することなくフルカラーフィギュアが気軽に作成できる時代が到来しました。
「3DUJ-553」の最大の特徴は高い精度を誇るインクジェット方式のUV硬化式プリンタとしては世界で初めてオフセット印刷と同等の色再現を可能にしたことです。積層構築時にCMYKインクを流入することで通常の印刷物と同様の色再現を実現し、PCモニタの24bitフルカラーに近い1,000万色以上を表現します。水溶性のサポート材により複雑に入り組んだ形状の出力できて、500mm×500mm×300mmの大きな出力エリアにより、分割なしで大きな模型も出力可能です。既存のフルカラー石膏3Dプリンタと比較しても圧倒的な色再現度を誇り、アクリル系樹脂によるABSに近い耐久性や耐水性など、石膏の弱点を解決した特徴も兼ね備えています。今回はこの「3DUJ-553」を使ったフィギュア制作をレポートしたいと思います。
Topic 1 ゲーム向けのモデルを3Dプリンタ「3DUJ-553」で出力
テクスチャを活用しゲームのキャラクターを現実に呼び出す
下記の画像が233号の特集「リアルタイム向けキャラクターモデリング&Unreal Engine 4への実装」の記事で作成した「SotaiChanWorld」と「SotaiChan」です。今回は前回の記事の番外編として「SotaiChan」にポーズを付けて、武器や猫耳などのオプションと一緒にフィギュア化しました。
開発元のメーカーをはじめ、個人のゲーム開発者、学生の卒業課題、MMDモデルやModを利用するホビーユーザーなど、あらゆる層の3DCG利用者が一度は自分の手元にあるオリジナルのキャラクターデータをそのままの色と形で現実世界に呼び出したいと思ったことがあるのではないでしょうか? 「3DUJ-553」を利用すれば、専門的なフィギュア分割やアナログ塗装の技術がなくても簡単にオリジナルフィギュアを手にすることができます。今回、完成した出力物を撮影していて、3DCGのレンダリング画像なのか実物の写真なのか、実在するフィギュアなのかの区別がつかなくなってしまう瞬間が何度かありました。それほどまでに現実とデータの世界は垣根が低くなったのだと思います。
ゲーム画面とフィギュア
筆者が主催するゲーム開発技術研究コミュニティ「AsteriskLab」で作成した「SotaiChanWorld」。詳しくはこちらにて
今回制作したフィギュア
テクスチャが使える利点
実は「3DUJ-553」は頂点カラーではなく、3DメッシュのUV座標に対応したテクスチャマップを使用することが可能です。これは驚くべきことで、今までテクスチャ付きの3Dモデルからここまでの色再現度でフルカラーのフィギュアが作成できる前例はなかったように思います。テクスチャが使用できることで、これまでのような量産を意識した複雑なパーツに分割された色なしのデジタル原型ではなく、ゲームや映像のモデルに厚みを付けるだけでフィギュア原型の知識がなくても色の付いた完成形のフィギュアを簡単につくることが可能になりました。
趣味として世界にひとつだけのオリジナルフィギュアを入手するのも良いですし、卒業制作や企業のプロモーションとして、気軽にオーダーメイドのフィギュアを作成することも可能です。特に商業の大規模作品のプロモーションであれば、キャラクターだけではなく建物や動植物など世界そのものを安価にジオラマ化でき、イベント会場でより大きな宣伝効果が期待できます。また、ARやMRと組み合わせることで、どこからが現実でどこからが3DCGなのか、理解の及ばない新しい世界の可能性も見えてきたと思います。
主なテクスチャ
「SotaiChan」の主なテクスチャ
商業フィギュアに与える影響
まだまだフルサイズのフィギュアの量産にはコストが見合わない部分がありますが、小型の着彩済み模型では、手塗りで量産するよりもコストを大幅に減少させられる見込があります。全く同じ色、形のフィギュアを何体でもつくれるのが、商業フィギュアにおいてこの3Dプリンタを活用する最大のメリットになります。
現状のフィギュアの量産は個数を決めたロット生産をしており、塗装の大部分は手作業で行なっていることが多いです。そのため、一度製造ラインを解体してしまうと完全に同じフィギュアを再生産することが難しい(手間とコストがかかる)現状がありました。フィギュアは気軽には復刻できない。そういった現状を打破するひとつの可能性として、新しい3Dプリンタを活用した、新しい量産可能性も見えてくるのではないでしょうか。
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Topic 2 フルカラーデジタル原型の制作手順
Topic 2 フルカラーデジタル原型の制作手順
型による複製を前提としないフルカラー3Dプリントはこれまでの原型制作と異なり、ほとんどの形状を一体化して出力することになります。また、テクスチャを維持したままのトポロジー編集が必要になり、完全に新しい視点で原型データを作成する必要があります。
ゲームモデルをフィギュアにつくり変えるロジック
CADにはソリッドとサーフェスという概念があるのはご存じでしょうか。現実の世界にデータを出力するためには、サーフェスのように質量のないただの板ではなく、中身の詰まっているソリッドと同じ状態にする必要があります。今回はテクスチャを使用するためCADではなくUV展開情報をもったポリゴンメッシュを使用しますが、ゲーム・映像向けモデルは中身を詰める必要がないのでサーフェス状のメッシュで構成されていることが多いです。そのため、ソリッド同様に中身が詰まっていると認識させるためにサーフェス状のポリゴンメッシュに厚みを付けたり、蓋をして閉じたトポロジー構造を形成する必要があります。また、テクスチャを維持させるためにUVを破壊せずに編集することが大切です。
出力できるように厚みを付ける
ZBrushのモーフを使用し、UVを維持したまま厚み付け
トラブルから学ぶ最適解への逆説的アプローチ ~①ゲームモデルをそのまま出力した場合~
出力時の写真をよく見ると黄味がかったサポート材とは別に、真っ白な柱状の樹脂が形成されているのが確認できると思います。これを私たちは「角」や「ホワイトファング(白い牙)」と呼称しています。閉じていないエッジ「バッドエッジ」があると質量のないサーフェスと認識され、エラー形状としてこの「角」が生じてしまいます
トラブルから学ぶ最適解への逆説的アプローチ ~②厚みを付けた後に起きたトラブル~
裸の上に服を着ているような重ね合わせ箇所では厚みを付けて埋め込む必要がありますが、肌と服が近く下地の色が透けてしまう場合や、下記の画像【A】の帯部分のように厚みを付けてもきっちり埋まっておらず、分離した半透明の薄い被膜になってしまうことがあります。また、【B】はゼロ距離の「合わせ目」が二重線として濃い線で出力されてしまったトラブルの例です。さらに、【C】は厚みを付ける際に裏のメッシュが表を突き抜けてしまったもので、これは形状が薄く脆くなるだけではなく「角」を誘発してしまいます
ゲーム用のモデルを活用した原型制作のおおまかなながれ
3Dプリントに用いる拡張子
通常、3Dプリントに用いるデータの拡張子は「stl」形式が一般的です。しかし、「3DUJ-553」はフルカラー対応のため、色情報をもたせる必要があります。ZBrushなどで頂点カラーをもたせる場合は石膏プリンタと同様に「ply」や「wrl」で出力するのが最も安定しています。
しかし、「3DUJ-553」の真骨頂は「obj」形式で"UV展開"情報をもっている場合、「jpeg」や「png」などのテクスチャが使えるということです。複数テクスチャがある場合はマテリアルを分け、それぞれに対応するテクスチャを割り当て、紐付けする必要があります。各種ソフトでテクスチャを割り当てると「mtl」というファイルが生成され、それが紐付けをするためのマテリアル情報のファイルとなります。
「obj」で入稿する際は、右記のようにテクスチャごとにパーツを分けておくと管理修正が楽になります。複数のテクスチャをひとつのobjファイルとmtlファイルに紐付けするのは、修正の手間やトラブルの原因になります。また、パーツを分けておくことで3Dプリント時のレイアウトがしやすくなります。
データの拡張子とレイアウト
今回の「SotaiChan」のデータ
レイアウト
フィギュアの出力
出力時は右記のように水溶性のサポート材に埋まるようなかたちで出力され、その後、積層跡の処理をしたら完成です。本企画でフルカラー3Dプリントに興味をもった方がいましたら、企業であればデータ制作や運用に関しては筆者に、グッズやフルカラーフィギュア出力のご依頼でしたらホタルコーポレーションにぜひご相談ください。また、個人で「3DUJ-553」を使いたいという方は「3Dayプリンター」もしくは「ロイスエンタテインメント」の3Dstudioの出力サービスから依頼して、発注の際にホタルコーポレーションを指名していただくという方法もあります。ぜひフルカラーフィギュア制作にトライしてみてください。
出力したフィギュアと各プリントサービス
出力されたフィギュア
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3Dayプリンター/3day-printer.com
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3dstudio/3dstudio.jp
積層跡をきれいに仕上げる
既存のどの3DプリンタやCNCにも共通することですが、層を積み重ねる(もしくは削る)ように造形をするため、ピッチを上げてもよく見ると積層跡が残ってしまいます。そのため、ヤスリをかける仕上げ作業が出力後の処理の定番となっています。「3DUJ-553」の出力物も既存のものと同様に積層跡がわずかに残ります。そのためヤスリがけをすることで表面が滑らかになり、仕上がりが良くなります。しかし、「表面には色の付いた薄い層がある」ためスリをかけすぎると色が剥げて地のレジンが出てきてしまいます。ヤスリがけには気を遣い、最終的には用途に応じて「つや消しクリア」「光沢クリア」などの「トップコート」を吹きかけ、細かい凹凸を埋めることで綺麗な曲面で綺麗な発色のフィギュアに仕上がります。最後の一手間を加えることで積層が消え、一段とクオリティが高くなるので、ぜひお試しください。
コート剤を吹くことで積層跡が完全に消失します
色見本で比較。手前が未処理で、奥がコート処理したもの
協賛・全面協力
本企画では「3DUJ-553」を開発したミマキエンジニアリングに材料などを支援していただき、実際の出力や検証をホタルコーポレーションの福永本部長にご支援いただきました。ホタルコーポレーションは螢印刷グループの中でもUVプリントやレーザー加工などの最新印刷技術に特化した企業で、本企画で取り上げた「3DUJ-553」をいち早く導入した先進的なファクトリーです。"フルカラーUV3Dプリンタ"という新しい分野において多くのノウハウがあり、今回の企画でも何度も助けていただきました。このたびはありがとうございました。
株式会社ミマキエンジニアリング/japan.mimaki.com
株式会社ホタルコーポレーション/htc.hotaru-printing.com