サイバーエージェントグループである株式会社CA Tech Kidsによる小学生向けプログラミングスクールTech Kids SchoolKids Creator's Studioは、同社とアドビ システムズの共同プロジェクトとして実施され、70名の候補者の中から選ばれた5名の小学生が半年(100時間)に渡って本格的なプログラミングとデザインの基礎を同時に学びアプリを開発するというプログラムだ。その成果を発表する「Kids Creator's Studio『未来の創り手』成果報告会」が3月27日(火)大崎ゲートシティBホールにて開催されたのでその様子をお伝えする。

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「自ら課題を発見し、解決するためのアイデアを生み出し、実現する力」を

Kids Creator's Studioとは、サイバーエージェントグループである株式会社CA Tech Kidsが2013年より運営を開始した本格的な子供向けプログラミングスクールTech Kids Schoolと世界中のクリエイターから支持されるクリエイティブツールを提供するアドビ システムズの二社による共同プロジェクトのひとつだ。プログラミング学習を基に、デザインについての知識や感覚も同時に学ぶことができる小学生向けのプログラムで、テクノロジー(Technology:技術)とクリエイティビティ(Creativity:創造性)の双方を同時に学ぶことで「自ら課題を発見し、解決するためのアイデアを生み出し、実現する力」を育むことを目的としており、各社の強みとノウハウを最大限に活かした「クリエイター教育」として実施されたものである。

参加したのは、事前募集と選考により小学3~5年生の中から吉田たくと氏、斉藤みり氏、曽田 柑氏、高橋 温氏、菅野 晄氏の5名が選ばれた。彼らは半年間(毎週4時間、計100時間)の間にプログラミング言語Swiftを学習しつつ、サイバーエージェントの現役デザイナーによる指導の下でPhotoShopやIllustratorなどのクリエイティブツールの使い方や色彩、レイアウトなどデザインの基本を同時に学んでいった。


左から、吉田たくと氏、高橋 温氏、斉藤みり氏、菅野 晄氏、曽田 柑氏

この度行われた『Kids Creator's Studio「未来の創り手」成果報告会』は二部構成になっており、第一部では基調講演と本プロジェクトに参加した5名のプレゼンテーション、第二部ではトークセッションに分かれている。第一部では小学生がそれぞれ自ら壇上に立ち、各自が開発したアプリを発表・プレゼンテーションした後、半年間に学んだことや感想を述べ、この日来場した来賓者からの講評と質問に答えた。

基調講演には本プロジェクトの主催者でもあり株式会社CA Tech Kids代表取締役社長の上野朝大氏が登壇。上野氏は「Tech Kids Schoolは、テクノロジーを武器として自らのアイデアを実現し社会に能動的に働きかける人へを活動理念に2013年から子供に向けたプログラミング教育を開始し、現在全国に約1000人の生徒がいます。昨今ブームとなっているプログラミング教育ですが、プログラミングはあくまでもツールに過ぎないと捉え、プログラミングという便利で強力な武器を身につけて問題を解決できる人材を育成して行こうという考えの下、プログラミング教育を行なっています」と語った。

Tech Kids Schoolでは、子供達が自分のアイデアを企画書にまとめ、開発のためのスケジュールを立て、自分でプログラミングを書いてアプリを開発し、開発したアプリの中でも優秀なものは実際にApp Storeにてリリースされるという。つまり、プログラミング自体が目的ではなく、こういった経験を通して子供達が自分の力で何かを生み出す力を身につけ、世界中の誰もが使えるアプリを開発することで広く社会に関わっていく環境を提供しているというわけだ。


株式会社CA Tech Kids代表取締役社長 上野朝大氏

上野氏は「今回約70名の候補者の中から選び出された5人の小学生に本格的なプログラミングとデザインを勉強してもらったわけですが、私は良い意味で今日集まった5人は選ばれしスペシャルな小学生ではないと感じています。彼らは毎日学校に通うごく普通の小学生であり、彼らのようにしかるべき機会を与えられしかるべきツールを身につけることさえできれば、日本全国全ての小学生にも同じ可能性があり未来の創り手になりうると思っています」と語った。

上野氏に続いてカリフォルニア・サンホセのアドビ システムズ本社より来日したリサ・グラハム氏(ワールドワイドエデュケーションセールス・シニアディレクター)が登壇。アドビの教育に関する事業を世界的に統括しているというグラハム氏は、「アドビが行なったクリエイティビティに関する意識調査の結果、日本は最も創造的な国として位置付けられており、Kids Creator's Studioのような革新的な取り組みが日本で行われているということは、そのことを裏付ける取り組みだと思っています。テクノロジー、デザイン、クリエイティビティ、それら全てを融合し、創造的に問題を解決できる子供達を育成することが私たち大人、教育に携わる人々の責任だと思っています。アドビは企業として、世界を動かすデジタル体験を掲げ、あらゆる人に自らのアイデアを形にすることをお手伝いすることを心から願っています。これからも一緒になって未来の子供達の育成を支援して行きたいです」と語り、いよいよ子供たちによるプレゼンテーションが始まった。

なお、これから紹介するプレゼン画像は子どもたち自身がKeyNoteで作成したものの一部であり、当日のプレゼンテーションで実際に使われたものだ。


アドビ システムズ・ワールドワイドエデュケーションセールス/シニアディレクター リサ・グラハム氏

誰かの役に立つアプリを開発したい。
お母さんの悩みを楽しく解決するアプリ『たべガチャ』

プレゼンテーションのスタートを切ったのは、プログラミング歴3年、小学4年生の吉田たくと氏だ。物怖じすることなく堂々と舞台に上がり背筋を伸ばして元気よく話す姿が印象的な吉田氏は、「普段はカマキリを捕まえることや野球が大好きです」と小学生らしい日常をユーモアを交えながら楽しそうに語り、会場には終始暖かい笑い声が上がった。

しかし、本題に入ると開発者としての顔を垣間見せ、そのアイデアと出来栄えに息を飲んだ。この2年でMinecraft、iPhoneアプリ、Webアプリ開発を学習してきたという吉田氏が今回開発した『たべガチャ』は、自身の母親が夕食の献立に悩んでいる様子を見て思いついたという。「プログラミングの力がついてきたら、誰かの役に立ちたいと思うようになってきました。身の回りではお母さんが困っていたので、まずはお母さんを助けたいと思い冷蔵庫の中の食材をうまく組み合わせて作れるメニューを提案するアプリ『たべガチャ』を開発しました」(吉田氏)。



『たべガチャ』は、全59種類の食材から3つを選び出し、食材の組み合わせで作れる料理をガチャガチャ風に提案してくれるアプリだ。プログラミング面では、あるひとつの食材を選んだ時に表示される料理の順番をランダムに表示するよう工夫したり、デザイン面では色の使い方(野菜は緑色、肉は赤など)や表示されるイラストの大きさに配慮するなどの工夫をした。

「このアプリを使うことで、いつもより買い物が早くなり、いつもより仕事が楽になり、いつもより早く布団に入れます」と吉田氏。半年間のプログラムでは、学習が進んでいくうちにプログラミング用語を覚え意味がわかるようになり、デザインに関してもツールの使い方が身についたり、「デザインは色で区別するもの」「文字もわかりやすいものを使う」といったデザインの基礎を理解したことはアプリ開発で役立つと感じたと話した。そして、「食材をもっと増やしたり、栄養に関する項目を追加したりして、アプリをもっと進化させて行きたい」と今後の抱負を述べ、プレゼンテーションを終えた。


壇上に立ちプレゼンテーションをする吉田たくと氏

吉田氏のプレゼンに対し、慶應義塾大学 環境情報学部 准教授の中澤 仁氏は「私は現在大学でプログラミングを教えていますが、半年間でここまでできるということを大学生の彼らにも知ってほしいです。世の中に料理を推薦してくれるアプリはいくつかありますが、たくとくんの作品は楽しく使える工夫をしている点がとても良いですね」と感想を述べ、さらに「たくとくんは、私が教えている大学生と同じくらいの能力があるのでそれを前提でコメントしますが、今後の抱負としてアプリの進化を目指すのであれば、所要時間の要素も入れると良いと思います」とアドバイスを添えた。

食べたものを記録できるアプリ『eatDaily』で
料理を作ってくれるお母さんのモチベーションをあげる!

吉田氏に続いて登壇したのは小学3年生の斉藤みり氏だ。小学2年生からTech Kids Schoolに通い始め、プログラミング言語学習環境Scratchを学習、その後本プログラムに応募した。趣味は一輪車と絵を描くことだと話す斉藤氏。小さい頃から絵を描くのが好きでマンガ教室に通ってPCで絵を描いていたり、SHOW ROOMというライブ配信アプリを使い毎日ライブ配信をするなど好奇心旺盛な一面が伺える。そんな斉藤氏が今回開発したアプリが『eatDaily』だ。


斉藤氏は「お母さんがおっちょこちょいで、前の日に作った料理を忘れて二日連続で同じ料理を作るので、毎日のご飯を記録すれば二日連続同じ料理をなくすことができるのではないかと思い『eatDaily』を思いつきました。1日3食、作った料理を撮影して日付を記入し、家族による評価も記録できるアプリなのでお母さんは料理の上達につながります。また、料理の評価が良かったものを見てもう一度作るきっかけづくりの参考にもできます」と説明。さらに、料理を食べた感想が記入できるメモ機能や、朝ごはんだけ・夜ごはんだけを一覧できる機能、登録後の再編集機能などが盛りだくさんに詰め込まれている。

デザインの工夫点はアプリの色とアイコンデザインとのことで「デザイン講座では色には理由があるということを知り、オレンジ色は食欲をそそる色なのでこの色をメインに使いました。また、家族の評価で使われるアイコンは、どういう表情だったら伝わりやすいかを考えてイラストレーターでこだわって作りました」(斉藤氏)と説明した。



斉藤氏は半年にわたるプログラムを終えて、身の回りにあるものの見え方が少し変わったと話す。「街でよく見る看板などを見て、いいなと思ったり色合いが良くないと思うようになったりするようになりました。プログラミングに対しても、スクラッチをしていた頃はプログラミングはパーツを組み合わせて使うものだと思っていましたが、iPhoneアプリの開発でコードを組み合わせるだけではないことに気がつき、コードを自分で考えて書くということも知りました。難しくてわからないプログラムを一生懸命考えて理解すると気持ちがいいです」(斉藤氏)。


壇上に立ちプレゼンテーションをする斉藤みり氏

斉藤氏のプレゼンを受け、本プロジェクトでデザイン特別講義を担当したサイバーエージェント ゲーム事業部 チーフデザイナーの青山文吾氏は「役割を持たせて問題を解決するのがデザインの役割です。色から受け取る感情など、ヴィジュアルは言葉以上に端的に伝わる部分があるので、これからもデザインに興味を持ってレベルアップして行ってください」とコメントした。

全ての人にプログラミングに触れるきっかけを。
手のひらの中でプログラミングが身につくアプリ『プログラ』

3番目に登壇したのはプログラミング歴4年の小学4年生、曽田 柑氏だ。小学1年生の頃から独学でプログラミング学習用のマイコンボードを触り始め、プログラミングに夢中になったという曽田氏。学校からの手紙でScratchのワークショップに参加し、それがとても楽しかったことがきっかけでPCを買ってもらいScratchを学び始めた。


他にも自作のロボットを制作中とのこと。1km離れての遠隔操作が可能だそうだ。

「Scratchで多くの作品を作りましたが、風船にカメラをつけて空に飛ばしたことを記録するために作った作品はでは賞をもらいました。キャラクター(棒人間)のアニメーションも全て自分で作ったんですが、初めてのアニメーションだったので少しぎこちないです」と振り返る曽田氏。そしてもっと難しいことに挑戦したくなり独学でプログラミングの本を読んで見たものの、内容が難しく理解できず困っていたそんな時に友人から「Kids Creator's Studio」を紹介され開発したアプリが『プログラ』だ。


「Kids Creator's StudioではSwiftを学んでいるのですがとても楽しいです。プログラミングを学ぶ機会がない人や、プログラミングは難しいというイメージを持っている人にもプログラミングの面白さをわかってもらい挑戦して欲しいと思い、小学生でも楽しく簡単に本格的にプログラミングを学べるアプリ『プログラ』を開発しました」と曽田氏。『プログラ』はクイズ感覚でプログラミングの知識が楽しく感覚的に身につくアプリで、以下の4点に焦点を当て開発を進めた。


1:6つの基本概念が学べる「条件分岐、繰り返し、変数、乱数、演算、かつまたは」


2:24個のクイズがある「それぞれの基本概念一つあたりに4つのクイズを用意、レベルアップ式」


3:動きを見て正解が確かめられる「自分の回答があっているかを確認」


4:ユーザーを楽しませる「タイムアタックでワクワク取り組める」

また、デザイン面ではクリアしたコースとクリアしていないコースをわかりやすく表示するために色で分けた。画面遷移に関しても、ただ普通に画面遷移するのではなく次のステージを上から流れるようにスクロールさせることで、次のステージに移ったことをユーザーが直感的にわかるよう工夫を凝らした。

曽田氏は「Xdでアプリの見た目を作りましたが、画面同士をマウスで繋ぐだけで簡単に画面遷移することができるのでとても便利でした。デザインとプログラミングを半年間学びましたが、プログラムを打っている時が一番楽しいし作ったプログラムが動くのは達成感があり嬉しいです。以前は発明家になりたかったけれど、今はプログラマーになるのが夢になりました。プログラミングは小学校での必修になるので、プログラミングの勉強はとても大切になってきます。ぜひこのアプリを使ってプログラミングを学習してください」と感想にPRを添えてプレゼンテーションを終えた。


壇上に立ちプレゼンテーションをする曽田 柑氏

曽田氏のプレゼンに対し、文部科学省 生涯学習政策局 情報教育課 情報教育振興室長 安彦広斉氏(要確認)は「率直にすごいなと思いました。今後小学校でもプログラミング教育を学ぶようになりますが、授業で学べることには時間的にも限りがあります。『プログラ』のように、繰り返し自分で学べて失敗してもやり直せるアプリがあるのは、我々にとってもありがたいです。わたしも学習したいと思います」とコメントした。

『memorisu(メモリス)』で暗記もストレスフリーに。
自身が感じた「不便」から生み出されたアプリ。

曽田氏に続いて登壇したのは小学5年生の高橋 温氏だ。小学2年生の時にTech Kids CAMPに参加し、今年でプログラミング歴4年目になるという高橋氏は小学4年生からTech Kids Schoolに通い始めたという。スクールではMinecraftやScratchを勉強し、サイバーエージェントのゲームクリエイター奨学金特待生に選ばれUnityを学習。ゲームアプリ『のび~る』を開発しApp Storeでリリースした。しかし、グラフィックと機能に関して自身のアイデアが表現しきれなかったという心残りがあり、プログラミングとデザインが同時に学べるKids Creator's Studioに応募したという。


App Storeでリリースした『のび〜る』(左)と今回開発した『memorisu』(右)のスタート画面。配色、レイアウト等のデザイン力が格段に上達した


高橋氏が開発した『memorisu』のロゴも自ら制作した

高橋氏は「これまでは遊べるゲームを作ろうと思っていましたが、Kids Creator's Studioで学んでからは人の役に立つ便利なアプリを作りたいと思うようになり、『memorisu(メモリス)』というアプリを開発することにしました」と開発に至る経緯を語った。『メモリス』は学習サポートをしてくれるアプリで、誰もが一度は経験がある「暗記用赤シート」から発想を得たものだ。「私も普段から勉強で赤シートを使うのですが、移動中使いずらかったり、下敷きを敷くのが面倒だったり、まちがえて線を引いてしまうと消えなくて困ったり、次のページが見えたりと、不便な点がたくさんあることに気が付きました」と高橋氏。これら問題点を解消するための3つの機能は以下のとおりだ。

1:写真で覚えたい問題を撮影できる。
2:撮影した写真に赤線を引いて問題を作成できる。
3:作成した問題を解くことができる(タイトルをつけ、科目とカテゴリーを設定し問題として保存できる)。

『memorisu』では、「説明画面のグラフィックを極力シンプルにする」、「線の引き方(太さと長さを指一本で調節可能)やペンと消しゴムのイラストをわかりやすく表示して直感的に操作できるよう配慮する」、「苦手な問題を集中的に取り組めるよう達成率をつけ、苦手な問題がわかるようにして効率的に勉強できるようにする」等、ストレスフリーに勉強に集中できる工夫が凝らされている。高橋氏は、イラストは数が多いほど良いデザインだと思っていたが、レイアウトや色彩をしっかりと考えて配置することが最も重要であることを理解したと話し、文字色と背景色の関係を考えた配色に力を入れたと振り返った。


説明画面のグラフィックを極力シンプルに


ペンと消しゴムのイラストをわかりやすく表示して直感的に操作できるよう配慮


苦手な問題を集中的に取り組めるよう達成率をつけて効率的に勉強できるように

半年間のプログラムを終え高橋氏は「大好きなデザインを継続するために美術クラブに入ることにしました。デザインのコンテストにも積極的に参加して行きたいです。また、今回学んだことを活かして、以前開発したアプリのグラフィックをもっとブラッシュアップさせようと思います」と今後の目標を述べた。高橋氏への質疑応答で経済産業省 商務・サービスグループ 教育サービス産業室長 浅野大介氏は「身近にある課題を解決するためにプログラミングを活かしたことは素晴らしいですね。実際に友人に使ってもらったのですか?」と質問。高橋氏は「今回の発表を終えたら友達にも使ってもらい、改善できるところを聞いてみたいと思う」と回答した。


壇上に立ちプレゼンテーションをする高橋 温氏

プログラミングの力で "ものづくり" をもっと簡単にする。
『写刺繍(しゃししゅう)』でオリジナルの刺繍を作ろう!

最後に登壇したのは小学5年生の菅野 晄氏だ。菅野氏は高橋氏と同じく過去にサイバーエージェントのゲームクリエイター奨学金特待生として選ばれUnityを学習し、その時に開発した立体文字を使った3Dゲームアプリ『回一首(まわりっしゅ)』をApp Storeにリリース。同アプリはU-22プログラミングコンテストで小学生部門賞、Unityインターハイでは小学生特別賞を受賞、さらにアプリ甲子園2017にファイナリストとして出場した。さらに一昨年には、Apple Inc.CEOのティム・クック氏に自らアプリを紹介した経験もあるという。


ティム・クック氏に自身が開発したアプリを紹介する菅野氏

菅野氏は、「これまでは自分が面白いと思うゲームを作ってきましたが、人の役に立つアプリを作りたいと思うようになり、さらに身に付けたUnityのテクニックを使って本格的にデザインをしてみたかったのでKids Creator's Studioに応募しました」と参加の経緯を語り、今回初めてSwiftでiOSアプリの開発に挑戦したと付け加えた。そんな菅野氏が今回開発した『写刺繍(しゃししゅう)』は、誰でも簡単に刺繍の図案が作成できるアプリだ。

「おばあちゃんが刺繍をしてくれたバッグをいくつも持っているのですが、刺繍をする時に一番難しいのは設計図となる図案を作るところで、作りたい図案が乗っている本を探したり図案を買って写さなければならなかったりと手間がかかります。しかもどれも似たようなモチーフばかりなので、それならば自分でオリジナルの刺繍の図案を作成できるアプリがあると問題が解決できると思い開発することにしました」(菅野氏)。自身も刺繍を刺すのが好きで手芸店に行くことがあるそうだが、刺繍の人気はなく売り場も狭くなってきているらしく「現代的な図案や可愛い図案が自分で作ることができれば、また刺繍の人気も出ると思います」と話した。

『写刺繍』では以下の4ステップで刺繍の図案が作成できる。


1:刺繍したい画像をカメラで撮影するかアルバムから取り込む


2:どのくらいの細かさで刺繍をするかを決める(縦列の目の数を決めれば横列の目の数も自動で決定)


3:使用する糸のメーカーと使用する糸の数を入力。自動的にアプリがどの目にどの糸を使うかを判断


4:図案を保存する

また、図案データはテキストファイルとして保存することも可能で、刺繍ミシンにデータを取り込むこともできるそうだ。同アプリの開発で菅野氏が工夫した点は、画像に近い色の刺繍糸を自動で選べるようにしたところだという。何百種類と販売されている刺繍糸からどの糸を選んで使用すれば良いのかを悩むことなく、イメージ画像に近い刺繍糸を提案してくれるというのだ。「糸の色を判定するためには色の知識が必要でした。コンピューターは赤・緑・青、それぞれ8bit 256色通りの色が出せるので合計1677万色を使うことができます。写刺繍では16進数で表した画像の各ピクセルの色を糸に割り当てます」(菅野氏)。この機能のおかげで、実際に店に足を運び糸を手にとって色味を確かめなくてもオンラインで安心して糸を購入することができるのではないだろうか。


糸の色は全て記号で表示される

最後に菅野氏は「コンピューターで現実につながるデータを作ることができれば、ものづくりがとても簡単になります。『写刺繍』はコンピューターを使って考えた図案を本物の刺繍にできるアプリです。これからもコンピューターを使って簡単にものづくりができるアプリを作って行きたいです」と語った。ものづくりのためのものづくりを目指そうとする開発者・菅野氏の姿は、まさに「プログラミングはあくまでもツールである」ということを明確に示しており、筆者は大いに納得しその姿に感動した。


壇上に立ちプレゼンテーションをする菅野 晄氏

講評では慶應義塾大学准教授・中澤氏が「これはすでに500円、1000円という値段をつけても売れそうなアプリだと思います。お金の話をするのは多少気が引けますが、価値というのは "人に対して売ることができる" ということでもあるので、それが一体どういうことなのかを価値あるものを作り出した菅野さんに(社会に対する経済的な効果や側面も)知っておいて欲しいです」とコメントした。また中澤氏は「自分のことをクリエイティブだと思いますか?」と質問したが、菅野氏は頭をひねり回答に困った様子であった。

Kids Creator's Studio「未来の創り手」成果報告会・トークセッション

5名によるプレゼンテーションが終わり、第二部では5名の小学生全員が壇上に上がってトークセッションが行われた。CA Tech Kids代表の上野氏がモデレーターを務め、慶應大学准教授・中澤氏、総務省情報流通行政局 情報流通振興課長の犬童周作氏、アドビ システムズ株式会社マーティング本部常務執行役員の秋田夏実らもセッションに参加した。はじめに犬童氏は「2020年から小中学校でプログラミングの授業が必修になりますが、学校の教育だけでは身につく内容は不十分で進歩に追いつかないでしょう。学校ではプログラミングに触れるきっかけを与え、学校外で楽しく学べる環境を用意してものづくりを始めさまざまのものを育める取り組みができるよう支援して行きたいと思っています」と話した。


また中澤氏は「人類とは生まれながらにクリエイティビティが備わっており、5名の小学生のようにプログラミングを楽しむことができるんです。しかしどういうわけか、大学生になると一生懸命勉強して学ぶものになってしまい楽しむことができなくなってしまいます。教育を受けてクリエイティビティが失われる方向に行ってしまうのです。私は今、それがなぜなのかを考えています」と述べ、日本のクリエイティビティを向上させるためには、大学でも柔軟で自由な発想を促していける教育に力を入れていかなければならないと語った。その後、壇上ではお互いに素朴な疑問や率直な感想が30分に渡って和やかに交わされた。それでは、トークセッションで小学生に向けられた質問とその回答をいくつか紹介しよう。

上野氏:プログラミングはみんなにとって勉強なの?遊びなの?
曽田氏:勉強だと思ったことはなくて、楽しいからやっているだけです。

上野氏:今回初めてIllustratorを使ってみてどうでしたか?
高橋氏:いま売られているアプリのイラストがすごく綺麗で、どうすればこんなに綺麗に描けるんだろうとずっと思っていました。Illustratorのような大人向けの本格的なツールは、はじめは大変でしたが慣れてくると自分の好きなイラストが描けるようになるので、子供の時から慣れておくと良いだろうなと思いました。


中澤氏:プログラミングは自分を表現する手段なわけで書くことが目的になると飽きてしまいますよね。自分が好きなこととプログラミングが絡んでくると長く楽しく続けられると思うのですが、プログラミング以外では何が楽しいですか?
曽田氏:工作やロボットを作るのが好きです。
菅野氏:デザインが好きになりました。アプリを作る上ではデザインもプログラミングもどっちも大切だと思います。
吉田氏:野球が好きだけど、この半年間でプログラミングの方が好きになりました。
高橋氏:キャンプが好きです。
斉藤氏:SHOWROOMもだけど、人と話すのが好きです。

秋田氏:将来はどんな夢があるんですか?
曽田氏:やっぱりプログラマーになりたいです。これまではゲームを作るのが楽しかったけど、アプリを使う人がどう思うのかを考えるのが面白いです。
菅野氏:まだ決めていませんが、プログラミングを続けたいので開発に関わる仕事がしたいです。
吉田氏:プログラマーになりたいです。
高橋氏:デザイン系の仕事に就きたいです。プログラミングとデザインのふたつを合わせてできる仕事だといいな。
斉藤氏:小学生のうちに会社を作ってみたいです。人を楽しくしたり勇気を与えるのが好きなので、そういう会社を作って楽しい日常を過ごしてもらいたいです。

幾分リラックスした様子で飾らず率直な受け答えをする5名の小学生の姿は、上野氏がはじめに触れたように「選ばれしスペシャルな小学生」などではなく、ごく普通に日常を過ごす小学生であることを感じさせるものであった。上野氏は「必ずしも全員がプログラマーになりたいわけではなく、このようにそれぞれいろんな夢があります。我々のプログラミング教育は、決してIT業界における人材の頭数を増やすためや、ただプログラマーを育てていこうとするものではありません。プログラミングを活用したクリエイティブな手段をみんなが身につけることで、人生がより豊かになるのではないかと考えています」と述べ、「未来の創り手」である5名の小学生に盛大な拍手が送られて報告会は終了した。