2013年11月、「新卒採用基準座談会」と題して、新興CGプロダクションの経営者であり、現役のデザイナーやディレクターでもある3氏による座談会を行なった。あれから約5年が経過し、lunaworksは今年、サムライピクチャーズは2019年、プラネッタは2021年に設立10周年を迎える。「新興」と呼べる時期を過ぎ、次のステージに進みつつある3社の経営者たちに、前編では会社の規模拡大、新卒の採用基準、女性の時短勤務などについて語ってもらった。以降の後編でも、デザイナーと経営者のちがい、事業内容の変化、スタッフの育成など、多岐にわたる話が語られた。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

過去5年間で、特にインパクトのあったことは何ですか?

CGWORLD(以下、C):今回は5年ぶりの座談会なので、過去5年間をふり返り、特にインパクトがあったと感じることも教えていただけますか? とはいえ仕事の中にはこういった場で話せないこともあると思うので、話せる範囲で結構です(笑)。

箱崎秀明氏(以下、箱崎):先ほどの話と重複することではありますが、ひとつはスタッフの人数が増えたことですね。会社が手狭になったので去年は移転をして、仕事場が広くなりました。それを機に、ある程度内装を整えたりもしましたね。さらにもうひとつ、去年は子供が生まれたので、これまでの時間の使い方を見直すようにもなりました。会社の仕事と育児、それぞれをどうコントロールしていけばいいか、同じような課題に直面している人は当社のスタッフにもいますが、自分が当事者になったことでより大きなインパクトがありました。

谷口顕也氏(以下、谷口):当社も人数が増えたので、そのインパクトは大きかったです。加えて『アイカツ!』シリーズにおける当社の仕事が一区切りついたことも大きな転換期になりました。それまでは「『アイカツ!』をやっている会社」というイメージが強かったので、この機会にそのイメージを一新したいと思いました。だから今年『刻刻』のCG元請けをやらせていただけたことも大きなインパクトだったと思います。

C:『アイカツ!』と『刻刻』とでは作品のターゲットも世界観もまったくちがうので、表現力の幅広さを周知するいい機会になったでしょうね。

谷口:つくり方も全然ちがったので、その点でもいい経験になりました。『アイカツ!』ではライブシーンを担当したので、TVシリーズの場合は約1分半のCGムービーを量産していました。『刻刻』では作中カットのCG制作を担当したので、3DCGによる原図(レイアウト)出しなども含めた、オーソドックスなアニメCG制作を経験できました。それによって当社の課題も見えたので、今後につながる仕事だったと感じています。

C:今後の作品も期待できそうですね。永岡さんは如何ですか?

永岡 聡氏(以下、永岡):本当に波瀾万丈でした。この5年間、お2人とはまったくちがう経験をしてきたので、お話していいのかどうか(笑)。とはいえ「インパクト」といえばそれしか思い浮かばないですし、当社のスタッフに聞いても同じことを考えると思うのでお話します。5年前の当社は、多いときは7割近くの仕事を遊技機案件が占めていましたが、徐々に状況が変わり、売上が下がり、制作期間が短くなり、スタッフが出向しなければお引き受けできない案件が増えていきました。

C:当時は多くの会社が遊技機案件を事業の中心に据えていましたが、次第に業界全体で案件の数が減少していきましたね。


永岡:当社ではその影響をもろに受けていました。当社はスタッフの人数が少ないので大規模な元請けができず、出向を余儀なくされていったわけです。出向には、出向先の技術を学べる、いろいろな方と知り合いになれるなどのメリットもありますが、私やほかのスタッフとのコミュニケーションが取りづらくなってしまうデメリットもあります。デザイナー職のスタッフのほとんどが社内にいない事態となってしまったときには「さすがに良くないな」と思いましたね。

だから状況改善を模索してはいたのですが、予定していた案件が急になくなったり、逆に小規模な案件がピンポイントで入ったりもして、スタッフの待機時間が増え、どんどん仕事が非効率になり、経営が圧迫されていきました。そこで「経営方針を変える」という方向に舵を切っていればよかったのかもしれませんが、「足りない分は自分ががんばれば何とかなるだろう」と思い、相当無理をして働いてしまったのです。それがたたってか大病を患い、緊急入院することになりました。何とか一命は取り留めたものの、2週間入院して、手術もして、結構な大事になりました。

C:それはすごいインパクトですね......。

永岡:お恥ずかしい話ですが、どんどん状況が悪化する中で、スタッフの給料だけは何とか払えるようにしようと四苦八苦していました。そんなとき、それを察した大手の取引先の会社様から、かなりいい条件で合弁の話をいただいたのです。本当にすごく悩んで、葛藤しました。ただ、スタッフのことを考えると、無理に今の会社を続けるよりも、安心して働ける環境を用意してあげた方がいいんじゃないかと思い、会社の状況を正直に説明して回ったのです。

「会社の経営状態は悪いけれど、希望すれば、大手の会社様で今よりいい条件で安定して働けるようになるかもしれない。どうしたいか、希望を聞かせてくれる?」と、ひとりひとりに個別に確認しました。全員が揃っている場で話すと自分の意見を言いづらいと思ったので、出向先の仕事が終わった後で、1対1で話せる時間をつくってもらいました。さらにその場で判断できないだろうとも思い、「後日で構わないから、返事をちょうだいね」とお願いしました。そうしたら、全員が「会社に残ります」という返答をしてきたのです。

箱崎:なんと!

谷口:すばらしい!

C:さらにすごいインパクトですね。

永岡:その状況で、誰ひとり辞めなかったんです。嬉しい反面、ものすごいプレッシャーでしたよ(苦笑)。「これは自分が考えていた以上に大事だ。何とかしなきゃいけない。本当に覚悟を決めよう」と思い直して、合弁の話をいただいた会社の社長様にお断りの話をさせていただきました。その後は自分の意識を切り替えて、もう1回新しく会社を立ち上げるような気持ちで体制を立て直していきました。会社の賃貸契約もいったん解除して、新しくフロアを借り、出向先の会社様には「切りのいいところで当社のスタッフを戻していただきたい」とお願いしました。以降は会社の方針を大きく変え、出向は止めにして、スタッフ全員が社内で仕事をするようになっています。

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ひとりでがんばり過ぎないって大事ですよ

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ひとりでがんばり過ぎないって大事ですよ

C:お話いただき、有難うございます。そんな経験をなさっていたとは、まったく予想していませんでした。

永岡:すごく苦しい時期を味わったことで、任せられる仕事はスタッフたちに任せて、僕は少し長い目で会社を維持することを考えなきゃいけないと思うようになりました。皆のがんばりに応えるため、働きやすい環境をつくってあげたいとも思っています。自分の立ち位置を見直したことで、ようやくここ1〜2年で会社が元の状態に戻ってきて、こうしてお話もできるようになりました。2年前にこの座談会の連絡を受けていたら、参加できなかったと思います(笑)。

この場でこの話をするかどうか直前まで迷っていましたが、当社のスタッフは全て承知していますし「今後の5年間に向けて、もう1回がんばります」という意味を込めてお話した方がいいだろうと思いました。取引先の会社様、スタッフ、友人など、人の縁に助けられた結果、会社を維持してこられたので、その感謝も伝えたいですね。

谷口:いっとき、永岡さんと連絡がとれない期間があったので、お忙しいのかなと思っていました。ひとりでがんばり過ぎないって大事ですよ。僕もその傾向があるから、社内のほかのスタッフに以前指摘されました(苦笑)。僕が全てを背負ってしまい、僕がボトルネックになっているから「引っぺがしましょう」と言ってくれたのです。

普通だったら言ってくれないと思うんですよ。あるいは言わずに辞めていく。言ってくれたことには今でも感謝しています。それを機に、草間博之というスタッフを取締役にして、僕が背負っていた責任の一部を担ってもらうようにしました。今は草間がハブになって動いてくれているので、以前より会社がうまく機能していると思います。


箱崎:草間さんは、谷口さんがCGの学校で非常勤講師をなさっていたときの教え子ですよね。その過程がすごいなと感心しています。つくる人を育てることはある程度できると思うのですが、取締役にまで育てるのは並大抵の指導力ではないと思います。何かノウハウだったり、ポイントだったりはあるのでしょうか?

谷口:特にないです(笑)。草間は僕にできないことができるので、当社に絶対必要だと思い、取締役に昇格してもらいました。僕は今40代なのですが、20代の若手スタッフから見ると年齢が離れ過ぎており、意見を言いづらいことがあるようです。そこに30代の草間が入ることで、仕事がうまく回るようになりました。しかも彼は話を聞き出すのが上手いんですよ。

永岡:「自分が立ち上げた会社だから、自分が一番がんばらなきゃ」と考えている経営者の方は大勢いると思いますし、そういう思いがないと会社を引っ張れない気もしますが、やり過ぎるとどこかにひずみが出てしまいますね。信頼のおけるスタッフに責任を分担してもらうことは、すごく大切だと思います。

箱崎:つくることが楽しくて会社を起こしたわけなので「思わずやっちゃいそうになる」ということは僕自身よくありますね。でも会社を経営する上では、つくり手とはちがう視点、ちがう考え方が必要になります。どう変わっていかなきゃいけないのか、今も模索しています。

永岡:つくり手と経営者とでは考え方のベクトルがちがいますから難しいですね。

箱崎:「つくり手としては納得いかないけれど、経営者としては納得できる」というジレンマはよく感じますね。そういうとき、現場のスタッフはさらに「納得いかない」という思いが強いはずなので、彼らの気持ちを汲み取ったバランスのいいかじ取りをしていきたいと思っています。

今後の抱負を聞かせていただけますか?

C:座談会の締めくくりとして、今後の抱負を聞かせていただけますか?

谷口:『刻刻』でアニメのCG元請けはできたので、つぎはアニメ全体の元請けをやりたいと考えています。そのためには人数が必要なので、当面は50人を目標にスタッフを段階的に増やしていきます。「50人の組織にしたければ、誰がどういう役割なのか、責任の所在をより明確にする必要がある。そうしないと『50人の壁』は越えられない」というアドバイスを先輩の会社経営者からいただいているので、50人を視野に入れた組織づくり、役割分担が目下の課題です。加えて、キャラクターのデザインから、モデリング、アニメーションまで、一貫して質の高い仕事を提供できる会社になるべく、さらに力を付けていくことも課題としています。

箱崎:当社もさらに人数を増やしたいという気持ちはありますが、一気に増やすのではなく、新卒を中心に、いい人を少しずつ入れていく予定です。経験者も歓迎しますが、なかなかいい人が見つからないのが現実なので、新卒採用が中心になると思います。加えて今いるスタッフには、つくるだけではなく、リーダーシップや経営などにも視野を広げてもらい、地道に会社組織を大きくしていきたいです。


永岡:当社に入ってよかったと思ってもらえるような、当社ならではの働きやすい環境を整えていきたいです。スタッフが年齢を重ね、結婚して子供が生まれたりすれば、必要とする環境は変わってくると思います。それに対応し、スタッフと共に成長していける会社にしたいです。実際、この5年間でスタッフの人数に変化はありませんが、各自の実力は上がっているため、会社ができることは増えているのです。今後も各スタッフが長く働き、成長を続けられる環境を維持していきたいです。

C:お集まりいただき、本当にありがとうございました。3社のこれからの5年間にも、引き続き期待しています。