数多くの原型を手がけてきたkneadが、フィギュアメーカーとして始動した。記念すべき商品第一弾はスマホアプリ『アイドルマスター シンデレラガールズ』を原作とした「神崎蘭子 運命の待ち人ver.」である。今回はメーカー起ち上げの経緯からフィギュア制作のこだわりまでを解説していく。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 242(2018年10月号)からの転載となります。

TEXT_永岡 聡lunaworks
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

  • Information
    『アイドルマスター シンデレラガールズ』
    神崎蘭子 運命の待ち人ver. 1/7スケール PVC&ABS製塗装済み完成品フィギュア
    全高:約23.5cm、価格:18,500円(税込)
    東京フィギュアオフィシャルサイトにて2018年9月29日(土)まで受注中!
    tokyofigure.jp
    © BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

フィギュアメーカーとしてのkneadへの期待

いち早くデジタル原型の可能性を見出し、活動してきたkneadが、フィギュアメーカーとなった。今回紹介する「神崎蘭子 運命の待ち人ver.」は『アイドルマスター シンデレラガールズ』のカードイラストを立体化したものである。ここでは、メーカー起ち上げの経緯について、代表取締役社長の木村和宏氏に話を聞いた。

  • 木村和宏氏(knead代表取締役社長)
    knead.co.jp

「kneadでは、デジタル原型が普及する前から試行錯誤してきました。僕自身、手原型でフィギュアをつくってイベントで販売したこともあり、ホビー業界へ貢献できることを模索していたのです。デジタル化で生産性を上げ、原型として確立させようとkneadを起ち上げ、3年くらい経った頃にメーカーさんから"メーカーとしてやったらどう?"とお声がけいただきました。最初は生産に関してわからないこともありましたが、工場見学へ連れて行っていただき、生産部分もデジタル化できれば今後のプラスになるのではと考えるようになっていきました」と木村氏。5年ほど前から生産の知識も身に付け、原型を作成して終わりではなく「工場がこうだから、こうしよう」と、ここ数年で生産を見据えた原型をつくれるようになってきたという。「そんな中、前職で生産管理もしていたスタッフが加わったことで、メーカになる決心をしました」(木村氏)。昨今、デジタル原型は浸透してきたが、3Dプリンタで出力した後、手で磨いて原型をつくるという結果だけを見ると、今までの手原型とそれほど変わらない。そこで、生産部分も視野に入れ、トータルでデジタルのノウハウを活かすことで、生産のコストを下げ、技術力を向上させ、原型師もそこを想定した技術を精査できると考えたそうだ。「メーカーとして経験を積むことで、生産のながれを把握し、工数や工期をカットでき、OEMの受注の際にもノウハウを活かせるようになります。これからは原型だけでなく、監修まで含めて全て管理できるので、メーカーとしてのkneadに注目してもらえたら嬉しいですね」(木村氏)。

Topic01
イラストを立体化! 熟考を重ねてデザインから提案する

記念すべき商品第一弾は、まさにkneadの集大成!

ここからは、本作「神崎蘭子 運命の待ち人ver.」について伺った。「過去に他のメーカーさんで蘭子の原型を担当させていただいたことがあり、全スタッフが関わったので、原型師名は"knead"としてつくらせていただきました。そこには、われわれの強い思い入れがあったのです。その蘭子の花嫁衣装を作成できるのならば......と、運命的なものも感じました」(木村氏)。

原型を担当したのは、knead所属の女性原型師ゆうこ~ん氏だ。基になったデザインは、1枚のカードイラストである。イラストは腰より上だけで、スカートより下の部分は描かれていない。そこで、デフォルメされたキャラクターデザインなども参考にしながら、ゆうこ~ん氏が自ら外観の補完や見えないインナー、靴なども全てデザインした上で、原型制作に入ったという。

「デジタル原型を作成してきたわれわれが、フィギュアメーカーとしての第一弾にもってくるものは何が正解か考えました。派手なポーズやメカものは、デジタル造形の利点を出すにはわかりやすい題材でしょう。しかし、本作の蘭子は動きが少なく、色もほぼ純白です。そこで、kneadがやってきた集大成を入れ込むことで、意味をもたせようと考えました。イラストの画は、その一瞬を切り取った写真みたないものですから、イラストを読みとって、どういうシチュエーションなのか、その前に何をしていて、その後はどうするかを話し合い、蘭子の心情を探りながら、われわれならではの造形に仕上げていきました。メーカーとして、企画の段階から生産まで全て担当することを最初から念頭に置き、kneadゆえのコンセプトや、つくる意味合いを考えてつくった"蘭子"は、今の段階でのkneadのまさに集大成です」(木村氏)。これまで数々の原型を手がけてきたノウハウに加え、生産の立場から得られる技能もフィードバックすることで、より商品として精錬されていく。その結果、メーカーとしてのkneadは、最初から最後まで原型師の監修が全てに行き届き、最適なゴールを導くことができるようになるのだ。この点は、今後大きな成果として期待すべき強みとなっていくだろう。

カードイラストで見えない部分までデザインする

画像は基のカードイラスト。ちびキャラのデザイン資料なども参考にし、カードイラストでは見えない腰から下のスカートや靴、インナーをゆうこ~ん氏がデザインし、その画を基に制作がスタートした。ドレスの裾にある刺繍のパターンなど、細かな部分も検討されている。カードイラストから見えない背面は、360度どこから見ても見応えがあるデザインを目指し、ボリューム感が出された(下の項目参照)。外からは見えない箇所にもこだわりをみせ、トータルでデザインを成立させている

女性ならではの視点で採り入れられたトレーン

釣鐘状のスカートは、重量もあり、どこに軸を入れて立たせるかが課題であった。ゆうこ~ん氏からの提案で、トレーンと呼ばれる後ろに長く引きずった裾を追加することにより、トレーンが地面と接触することで、スカート全体の重量バランスを安定して支え、足でしっかりと立つことを可能としている。同時に造形映えする結果となり、スカートにかかる重量への懸念と、見た目の両方を一気に解決した。女性原型師ならではの視点である。「デザインから生産までを見据えられた、本作のポイントのひとつです」(木村氏)

トレーンが背面の重量を支え、足で自立している



  • 原型モデル



  • 彩色原型。ただの純白ではなく、青や紫などの色数を豊富に入れ、繊細に仕上げている

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Topic 2 培ってきたノウハウを活かし、こだわりぬいた造形

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Topic 2
培ってきたノウハウを活かし、こだわりぬいた造形

生産までを見据えた原型制作の極意

本作の原型制作期間は、着手からトータルで約2ヶ月強。メインツールは3ds Maxが用いられている。「制作では、体型やバランスを変えられる共有素体を使用しました。kneadの原型師は10名ほどいますが、同じ素体を使って、何かあれば情報を共有することで、手伝いや素材のシェアがしやすくなっています。そこが3ds Maxを使っている理由ですね。また、3ds Maxはモディファイヤをスタックできるので、ディレクション時にそれを瞬時に切り替えられ、結果を比較検討できることも強みだと感じています。さらに自社ツールとしてスクリプトも使用していて、パーツごとにターボスムースのかけ方を一覧で表示し、瞬時に変更できるようになっています。パーツ数も多いですし、それぞれ割り方が異なるので、分割数のステップを一括管理することで、工数の削減を図りました。ずっと3ds Maxを使用してきたので、ツールの資産がある分、工数が短縮できるしくみです。最近ではポーズが決まった後のツールにMODOを選択するスタッフもいます。3ds Maxと同じようにモディファイヤを使用できるので、今後はMODOの本格的な導入も検討しています」(木村氏)。

前述の通り、kneadでは以前に蘭子のフィギュアを作成したことから、そのモデルデータがあった。しかし、カードによって表情の雰囲気は変わるため、以前のデータは仮置きとして、そこから本作のモデリングを始めたという。「パーツ分割については、スカートはシワの折り込みでパーティングラインが見えない形状にしようとか、シワのなびき方やディテールをつくるときにあらかじめパーツ分割を考えようとか、生産の経験をもつスタッフと原型師が話し合いながら進めました。生産の段階において、組み付けで干渉するところもありますので、組み付けの順番や角度も想定し作成しています。今回は光造形方式の3Dプリンタで一度出力しましたが、FDM方式の3Dプリンタで仮出力を何度も行い、実際にはまるかはまらないかなど、本原型ができる前から検証するケースもあります。画面で見るだけでなく、実際に触った方が早いですね。まずラフで出してみて、大きさを測り、マジックでラインを描いてここで切ろうというアナログなやり方も採っています」(木村氏)。

ポージング&ラフモデルの作成

ベースとなる素体モデル

蘭子の心情を読みとりながらのポーズの検証。アイドルっぽい足とは? 蘭子のキャラクターは? 足を開いているのか、それとも普段とはちがう恥じらいのある足なのか? まずは原型師が考えて、Bipedでポーズを数パターン作成する。それを基に社内で話し合い、コンセプトを固め、おおまかなデザインを確定していった

デザイン検討&デザイン承認用のラフモデル

ワンダーフェスティバル2018[冬]で展示された仮出力原型。布の動きやディテール、ボリューム、分割の検討にも使用された

デジタル原型データ(完成)



  • 完成データ。ここにいたるまで、ユーザーがもつ様々な蘭子像の最大公約数をねらうのか? それともイラストそのものをねらうのか? などが検討され、彩色見本作成後、実際に塗装をした上で、さらにもう1回の修正を加えるなど、妥協を許さず細部にまでこだわりぬいて作成された



  • 同ワイヤーフレーム。ポリゴンモデルとしてトポロジーが綺麗に整えられ、全体のシルエットがはっきりとわかる。見えない足のポージングも含め、少ない動きの中のちょっとした仕草に蘭子の心情が込められた

何度も検証した表情や髪

モディファイヤをスタックし、切り替えて確認する。前髪の長さや口元の位置などは[モディファイヤ リスト]に、顎、口、目などを追記することで、そのモディファイヤのON/OFFのみで微細な変化を検討できる

仮出力を行い、デカールを貼ることでイメージを確認する。その結果を見て3Dデータへ戻り、幾度となく調整がくり返された。顔と前髪は最後の最後ギリギリまで手直しが入れられている

ライブラリを活用して作成されたブーケ

ブーケは植物系のデータライブラリや過去の資産を活用して作成された

データライブラリ。3Dデータの活用は、まさしくデジタルの強みであろう

ブーケのデジタル原型。3Dデータの中から使用できるものを選択し、ブーケ全体の配置を終えた後、花ごとに形状や大きさの微調整を行い、美しく、また不自然にならないよう丁寧に仕上げていく

彩色原型(ブーケのアップ)。存在感もあり、淡く繊細な出来に驚かされる。フィニッシャーも社内に抱えていることは、kneadの強みだ

分割を工夫して造形された、シンデレラのガラスの靴

「シンデレラガールズ」ということでつくられたガラスの靴は、こだわりのアイテムのひとつだ。ここにも今まで培ってきたノウハウが垣間見える。通常の靴であれば中の足は見えず、靴の中に足が少し入り込むところで分割されるが、ガラスの靴は中が透けて見えてしまう。そこで足先の指までつくり込み、金型と組み付けを考慮して指先部分と靴底を1つのパーツとして分割している

足を組み付けた状態が【画像左】だ。色彩原型【画像右】を見ると、透けたガラスの中でも分割面が極力目立たないよう、最適な位置で分割されていることがわかる

デジタルデータの活用とこだわりのつくり込み



  • 刺繍部分はひとつのパターンをつくった後、スカートの裾に沿わせて複製して効率化された。最終的には手作業で微調整していくが、初期段階が効率化されることで、こだわりたい部分に時間を投入することができる



  • スカートの小さな飾りが別パーツになっているのはセールスポイントだ。製品になったときに立体感が出るように、あえて別体化している

パーツの分割作業は3D-Coatで行われた。丁寧に形状を確認しながらブーリアンしていく。ボクセル対ボクセルのブーリアンはエラーが少なく、結果も良好であるとのこと

色の異なる部分は、原型では全て別パーツとなる。スカートだけでも約80パーツもの分割が必要となった。knead作成の原型の中では、かなりパーツ数が多い部類に入るのだとか



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.242(2018年10月号)
    第1特集:UE4プロフェッショナルへの道
    第2特集:デジタルアーティスト×インタラクティブアート
    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2018年9月10日