今年4月から放送されたTVアニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』の主人公プレイヤー「レン」が、決定版フィギュアとして登場する。企画から徹底的な造形のこだわりなど、制作秘話を聞いた。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 245(2019年1月号)からの転載となります。
TEXT_永岡 聡(lunaworks)
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© 2017 時雨沢恵一/KADOKAWA アスキー・メディアワークス/GGO Project
社の垣根を越えた座組で名場面を余すところなく立体化
人気小説『ソードアート・オンライン』シリーズのスピンオフ作品が原作となるTVアニメ『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』。その原作1巻&アニメ第1話の名場面が立体化する。本フィギュアは、アニプレックスの土屋暢一プロデューサーを筆頭に、アクアマリンの佐藤文和ディレクターと鍋田洋子スーパーバイザーが顔を揃え、キャラクターはWonderful Worksの榊 馨氏が、愛銃のP90は小林康之氏が原型を担当し、企画段階から社を超えた共同開発という座組で制作された。
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左から、原型師・榊 馨氏(Wonderful Works 代表取締役)、プロデューサー・土屋暢一氏(アニプレックス MD企画部)、佐藤文和氏(アクアマリン 副社長)、鍋田洋子氏(アクアマリン 代表取締役)。写真なし、P90原型制作・小林康之氏
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企画はTVアニメ放送直前の今年3月末より、原型制作は5月より開始し、約2ヶ月半の制作期間を経て、ワンダーフェスティバル2018[夏]にて原型が展示された。ハーネスベルトや腰に装備する6本の予備マガジン、そしてP90など、小柄なボディにギュっと詰まった圧倒的なボリューム感に加え、パーツごとの隙間に垣間見る衣服のシワひとつひとつの微妙な動きなど、細部の造形に徹底的にこだわり、リアリティと躍動感を余すところなく再現した見どころの多い作品に仕上がっている。
企画経緯について「以前アクアマリンさんが『ソードアート・オンライン』のシノンをつくられていたことで面識があり、お話しさせていただく中で共同開発というかたちで一緒につくりましょう、とお声がけしました。そして"レン"というキャラクターに合った原型師さんで、デジタルで速く進行できる座組を考えて榊さんを、"P90"はカッチリした工業製品なので、CADで分業ができるように小林さんを紹介していただいています。皆さんの手元に商品が届いたときに、原作ファンもアニメファンも知っているこのシーンを思い出せるよう、これぞ決定版というフィギュアを作成しました」(土屋氏)。「各方面のスペシャリストが集まって、各々の強みを活かすことで出来上がった達成感があります。ぜひ直接商品を見ていただきたいですね」と鍋田氏も自信を覗かせる。
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『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン』
レン -Sudden Attack- 1/7スケールフィギュア
「全員!スーツケースを撃てっ!」
原作1巻・アニメ第1話に登場するワンシーンの立体化!
2019年7月発売予定/予約受付期間:2018年12月15日(土)24:00まで/価格:18,800円
www.aniplexplus.com/itemZLzykFJH
Topic 01
「これぞ"レン"」を実現すべくたどり着いたポージング
企画から原型制作までデジタルガジェットの活用
企画段階では、どのようなシーンを想定して商品化するのか、鍋田氏から提案がなされた。「すでにいくつかレンの原型が発表されていて、後発として"これぞレン"という商品を、アニメでも原作でも引きのあるシーンで立体化したいというねらいがあり、小さい体を活かしてスーツケースから飛び出して敵を奇襲する、躍動感のあるシーンを提案しました」(鍋田氏)。「実現するには金額的にもボリューミーになるなと感じましたが、決定版を出すならやりきった方が良いと判断し、このポーズに決定しました」と土屋氏。
ポーズの検討では、3D空間で人体モデルを触ることができる「デザインドール」を初めて導入している。「企画の段階では簡単にポーズを見られることが求められました。こういうポーズをしたいというものを、どうやったら手軽に情報伝達できるか模索していたところ、たどり着いたのがデザインドールです。立体の知識はある程度必要ですが、絵が描けなくてもポーズを考えて伝えることができました」(佐藤氏)。そうしてデザインドールのキャプチャ画面やデータを共有し、商品の方向性を決定していく。ポーズが決まると、榊氏にポーズのイメージが伝えられ、原型制作がスタートする。
榊氏が使用するツールはZBrushだ。デザインドールのイメージを参考に、ZBrushのマネキンを利用してポーズをとらせ、素体の制作に入る。途中のチェックでは、榊氏がモバイルPCを会議室に持ち込み、ポーズや各パーツの形状などの確認と調整を、その場でリアルタイムに行なっていく方法を採った。レンは小さい体の上、腹部回りのパーツが非常に多いため、体の向きやヒネリ、めり込みのない腕の角度など、様々な検討要素が絡んでくる。「装飾として付くポーチなどは服に食い込ませて削ることはできないので、どう逃がすか、その場でリアルタイムに確認できたのは良かったですね」(土屋氏)。「これだけ大人数で、会社の枠を超えたプロジェクトチームの座組の中で、情報などをリアルタイムに共有できたことは、デジタルの大きなメリットでした」と鍋田氏はふり返る。
デザインドールを用いたポーズ案
「安価で使いやすく、簡易的にポージングができ、はじめから三社でCGのイメージを共有できて良かったです」(佐藤氏)。「実際の可動フィギュアでは、可動域に限界があったり、後で形が崩れたりします。その点、このようなツールは今後も必要性があると感じました」(土屋氏)
初期のポーズ案
最終的なポーズ案。頭身も自由に変更でき、直感的に構図を生み出すことができる
棒人形からの制作のながれ
【A】デザインドールのイメージを参考にZBrushのマネキンを使用して制作を開始する/【B】~【F】素体やトランクなどの背景を配置したところから、服や各装備などが肉付けされていくながれ/【G】作業ボリュームと期間を考え、本作では、分担1(色なし):キャラクター、分担2(赤):トランク・ベース、分担3(緑):マガジンホルダー・肘当て・膝当てほか小物、というように、榊氏を中心にWonderful Works社内で作業が分担された。なお、分担4(青):P90はCADを用いて小林氏が別班で担当している。「マネキンを使ってポーズをつくり、素体制作に入りました。普段はゼロからつくりますが、今回はパーツが多く、時間を考慮し て過去につくった素体を流用しています。作業は社内で分担し、複数人でなるべく早く進行できる体制にしました」(榊氏)
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Topic 02 決定版フィギュアを目指した徹底的なこだわり
Topic 02
決定版フィギュアを目指した徹底的なこだわり
顔、P90、マガジンなどのパーツまで、細部に宿る匠の技
演出面から装備品の造形にいたるまで、細部にわたり徹底したこだわりが随所に詰め込まれている本作。フィギュアにとって一番大事な顔について「レンは劇中で泣いたり笑ったり、表情がとても豊かです。フィギュアとしての顔をどこに設定するか悩みましたが、覚悟を決めてトランクから飛び出し敵を打ち倒すぞという、凛々しい表情に決めました」と鍋田氏。「劇中のイメージとしては涙目のシーンだけど、涙をこらえた後の凛々しい表情を演出しています」(土屋氏)。「アニメのイメージとは少しちがうので、カッコ良くするのに苦労しました。造形面では凛々しいモチーフだけど、その中にかわいらしさもほしかったので、打ち合わせの中で表情を変えています。顔をもっと幼く、輪郭を変えてほほを膨らませて目を下げるなど、意識して調整しました。かわいさと凛々しさを楽しんでほしいですね」(榊氏)。また、フィギュアの監修において非常に厳しい「顔に関する修正」が一度も入らなかったことも特筆に値する。その中でもイメージが左右されるのが、瞳の再現だ。本作では、デジタルでテクスチャを作成し、デカールにも同じデータを使用することで、CG画像から監修、原型展示まで統一されたイメージで制作することができた。顔の形状も精密であったことに加え、こうした徹底した工夫がよく活かされた作品となっている。
ポージングにあたっては、P90の存在感が十分に認識できる位置が模索された。P90を徹底的に研究し、左手で予備マガジンをP90にセットしている最中という、まさに一瞬の動きを再現している。腰に付けたマガジンポーチにおいても、横から中のマガジンをしっかり見ることができる。「本来であればコストを考えて一体整形したいところですが、ここは決定版をつくりたいという思いから、最後までしっかりとつくろうとクリアパーツにしました」(土屋氏)。これにより、土台とクリアパーツとカバーの3パーツが1つのポーチに必要となり、それが6つ装備されているので、それだけでも3×6パーツが必要となる。しかしそうすることで、蓋にあるベルトの先端を少し浮かせるなどニュアンスもリッチに加えられた。このようなこだわりは、本作のあらゆる部分で見ることができる。
チェックしながら即修正できるデジタルの強み
打ち合わせでは、モニタにZBrushの画面を映してその場で修正することで、修正対応の時間が削減された
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修正前
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修正後。頭身や帽子の形状が調整されている。ベルトの幅はすぐに直せるものではなかったため、幅の異なるグループを色別に分けて記録された。靴の形状もポリペイントで直接メモを書きこみ、後から調整される。全てとはいかないが、その場で調整できる点はデジタルの強みだ
テクスチャから生成した帽子のファー
「帽子の毛の質感は様々な検討を重ねました。最終的にはウサギの毛みたいな短い毛がながれているものとして、毛のテクスチャを押し付ける感じで、短い毛の質感を出しています。単純にならないように、別の毛のテクスチャをさらにかけ合わせて作成しました。結果、イメージに近い表現となっています」(榊氏)
毛の凹凸を作成するための、ZBrushCentralで公開されていた【毛のテクスチャ】
ZBrushの作業画面。Layerブラシに毛のアルファ画像【毛のテクスチャ】をセットし、何度もストロークして毛の凹凸を重ねる
デカールまで制作できるキャラクターの「瞳」
「瞳はテクスチャを使用しました。視線の変更(位置調整)も簡単で、テクスチャからデカール印刷も行え、原型展示や監修の際にもイメージを変えることなく便利です」(榊氏)
Texture MapのNew From PolypaintでUVに合わせたテクスチャに変換し、Photoshopで整える
修正を行い、貼り直して完成だ
3Dモデルに使用したテクスチャはサイズを実寸に変更し、そのまま原型に貼るデカールとして使用された。デカールのサイズはあらかじめ3%おきに拡大・縮小したものも用意し、実際に貼ったときの印象によって最適なサイズを使用している
仮出力
修正がひと通り終わると、途中段階で仮出力を行う。Formlabs Form 2で体全部をまとめて出力し、マガジンポーチなどは別パーツとして後で組立てる。仮出力段階で全体のボリュームやポーズを再確認する。「安い出力機が出てきて気軽に仮出力が出せるようになりましたので、確認しやすくなりました」(榊氏)
こだわりの質感表現修
「衣装には様々なパーツがあって、素材も多数使用されていますので、単調にならないように、それぞれの材質を意識してもらっています。そこは徹底的に相談しつつ、随時対応していただきました。特にベルト周りなどは、素材感もそうですけど、激しいポーズをとっているので、こっちは足を上げているから内側のベルトがしまる、こっちは足を伸ばしているから緩むよね、と食い込みやベルト周りのシワの付け方にもこだわりました」(土屋氏)。腰周りのポーチもポーズと服装に合わせて全部角度が繊細に変えられており、これにより密度に加え、圧倒的なディテール感を実現した
ギリギリまで修正した膝パット
ひとつひとつ個別に付けられたマガジンポーチ
腰のマガジンポーチは、ひとつひとつ個別に調整して付けられた
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ポーチの長さを変更する際は、底面のポイント以外をマスクして、Gizmoのスケールで長くしている
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[Shift]キーを押しながら行うとスケールの数値を0.5刻みで変更することができるため、別オブジェクトでも同じ数値で変更することができる。画像では2つのポーチをスケール1.3で同じ長さで伸ばした。「Gizmoがなかった頃は同じように長さを変更することができなかったので便利になりました」(榊氏)
後工程を考慮した嵌合の形状
左右同じようなパーツは台形と五角形のダボを使用している
マガジンはクリアパーツのため、袋と蓋分、マガジンがそれぞれ分割された。その際にも縦横比率を変更して、全てユニークなダボをつくることで、パーツの組み立て時に間違いが起きないよう工夫されている
自然に見せるための形状の工夫
「分割時のポイントは、パーツのはめ込み箇所を単純なブーリアンにせず、少しだけ遊びの空間をつくることで、パーツが内側に少し入り込む感じに見えるように工夫していることです」(榊氏)
帽子を装着した完成イメージ。帽子パーツを取ると、中まで髪の房がつくられている
帽子の縁で髪がブーリアンで削れるようにせず、髪と帽子が接触しない部分(赤帯の箇所)を用意している図。3Dプリント時に出た歪みやレジンキャストの複製により、髪と帽子にわずかな隙間ができた場合、ブーリアンで削ったエッジが見えると隙間が目立ってしまうが、隙間をつくっておくことで、自然に髪が帽子に入り込んでいるように見え、隙間も目立たなくなる
壊れたトランク
トランクは、レンを引き立てる重要な役割があったため、かなり細部までつくりこまれた。壊れかけている瞬間を表現するために、蝶番も抜きを意識しつつ、造形を損なわないギリギリのところでせめぎ合っている。中は別パーツにすることで、質感のちがいも表現された
アスファルトの表現
アスファルトは写真を加工して表現された
アスファルトの凹凸を記録するレイヤーを用意し、Surface Noise強めに作成しておく
3Dプリントを行うと少しデイテールがぬるくなるため、それを見越して凹凸の強さをレイヤーの数値で変更し、調整している
実物も参考にして作成したP90
「裏からみた形状やマガジンなども徹底的に追い込んでいます」(土屋氏)
P90はCAD(Rhinoceros)で設計し、STEPデータとしてそのまま工場へ入稿した
P90の3Dモデル
マガジンの透明パーツの内側に弾の溝を掘り、そこを金色で塗ることで弾が入っているように見せている。実機同様、弾がずれて配置されているところもポイントだ。銃マニア納得の造形である