4月13日(土)より、東京・六本木ヒルズ展望台 東京シティビューにて開催中の「PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス」。ピクサーの制作パイプラインにおいてキーとなる8つの工程を、ハンズオン展示を通して体験・理解できる展覧会だ。会期前の内覧会に参加する機会を得たので、その展示内容について紹介したい。

TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii
PHOTO&EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)

次世代のクリエイティブ人材育成のため技術を惜しげもなく公開

「PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス」は、ピクサーとボストン・サイエンス・ミュージアムのコラボレーションにより、2015年にアメリカで初開催された「The Science Behind Pixar」をベースとした企画展。同展は初開催以来アメリカ国内やカナダを巡回しており、今回の日本開催がアジア初上陸となる。

「The Science Behind Pixar」が生まれたきっかけは、10年ほど前のボストン・サイエンス・ミュージアムからのアプローチだったという。科学館の展示ということで、映画づくりには欠かせない、数学やプログラミング、科学といったテクニカルな部分に焦点を当て企画された。

開催にあたって、ピクサー・アニメーション・スタジオでミュージアム・展覧会シニアマネージャーを務めるマレン・ジョーンズ/Maren Jones氏は「展示会の目的は、次世代のクリエイティブな人材を育むことです。最近のテクノロジーの進歩は目覚ましく、5年後にはどうなっているかもわからない状況ですから、特定のテクノロジーに特化して学ぶことはあまり意味がありません。これからの子どもたちは、まだ存在しないテクノロジーを学んでいくことになります。そのためには好奇心やクリエイティビティが大切だと考えます」と挨拶し、本展のねらいを語った。本展では、わかりやすい40以上のハンズオン展示や30以上の動画を通して、ピクサーの映画づくりについて詳しく理解していくことができるという。


  • マレン・ジョーンズ/Maren Jones氏(ピクサー・アニメーション・スタジオ ミュージアム・展覧会シニアマネージャー)

本展では、入場するとまず5分程度のオープニング映像を鑑賞する。ピクサーのオフィスで各工程の作業風景を紹介していくというもので、制作のながれが簡潔にわかりやすく、そして楽しく描かれていて、この後に実際見ることになる展示への理解が深まるだろう。ジョーンズ氏も「ピクサーの制作過程をスケッチからフィルムにいたるまで楽しく見ていただけますので、ぜひご覧ください」とのこと。映像にはピクサーのエドウィン・キャットマル氏も出演している。

実際のスタッフが自分たちの仕事をわかりやすく説明してくれ、子どもだけではなくCGに携わる者としても興味深い

8つの工程を様々な側面から紹介

この展示では制作のパイプラインを「ストーリー&アート」「モデリング」「リギング」「サーフェイス」「セット&カメラ」「アニメーション」「シミュレーション」「ライティング」「レンダリング」の8つの工程に分けている。CG制作者にとってはお馴染みの工程だが、一般向けの展示で制作工程をここまで全面に出すものは珍しいのではないだろうか。ただしサーフェイスというとモデリングのイメージが強い言葉だが、この展示会ではオブジェクト表面の表現のことを指し、日本でいうところのいわゆるシェーダに近い。この8つの工程に分かれ、順に展示やアトラクションが展開されている。

入口近くでは『インサイド・ヘッド』のシーンを使って、ストーリー&アートからレンダリングまでのながれを簡潔にパネルで解説。映像つきなので子どもたちでもわかりやすい

各工程の関係性もパネルで説明されている。各工程が最終的にレンダリングへ集約されているのがわかる

入口の展示を過ぎると、モデリングから順番に、異なるピクサー映画のワンシーンを例としたハンズオン展示や動画による各工程の解説コーナーが並ぶ。ハンズオン展示は、各工程の考え方や作業の内容が子どもにもわかりやすいかたちに落とし込まれており、実際に体験すると、それぞれの楽しさやチャレンジがよく理解できるだろう。

各ブースで流れている動画では、それぞれの工程に携わるピクサーのスタッフが登場し、実際にどんなことをしたか、どんなチャレンジだったかなどを語ってくれる。実際のスタッフによる作品の裏話は、子どもや一般のピクサーファンに限らず、CG制作者にとっても大きな刺激になるだろう。また、展示のあちこちでお馴染みのキャラクターたちと記念写真を撮ることができるのも楽しみのひとつだ。

●モデリング

モデリングはアーティストが描いたキャラクターを基にマケット(粘土模型)が作られ、それをデジタルスカルプターが3Dスキャンを使うなどしてデジタライズしていくパイプライン上のデジタルワークの入口だ。画面の中だけではなく、実際のマケットやサブディビジョンによる分割のサンプルが豊富に展示されている。ピクサーが、実際に手でモノを作ることを大事にしていることが感じられるコーナーだ。モデリングはキャラクターの性格まで表さなければならない大事な工程のため、『インサイド・ヘッド』のキャラクター、ヨロコビはシンプルな造形ながらモデリングで17回もの修正が加えられたという。


実際のバズのマケットとサブディビジョンのサンプルの写真。当然だが、画面の中で見るよりも生々しい。サブディビジョンの説明を読むとわかるが、アートというより数学や科学寄りの解説だ

●リギング

リグはバーチャルな骨や関節を作り、モデルの動きのしかけを設計していく部門。体だけではなく、表情の動くしくみもリガーが作成していることを示すために、ハンズオン展示では腕のリグをコントロールするものと、表情をコントロールするものの2種類が設置されている。

『トイ・ストーリー』のキャラクター、ジェシーの表情をレバー操作で変えていく展示。意外な表情になっていくのが楽しい

●アニメーション

アニメーションは、特に海外のCGプロダクションでは花形と言っても良い部門で、この展示でも「アニメーターがキャラクターに演技をつけ、ストーリーに命を吹き込む」と説明している。今回の展示では、特に数学的にアニメーションを解説しているので、CGの制作方法を知らない人にとっては、絵は手で描くものだけではないという部分が新鮮に感じるのではないだろうか。

アニメーションエリアの体験展示では、『モンスターズ・インク』のマイクの手の振り方をカーブでコントロールする。DCCツールのアニメーションカーブそのものの操作で、専門性の高い展示だ

ピクサーのオープニングロゴでお馴染みのルクソーJr.を手で動かし、1コマずつ撮影してストップモーションアニメを制作できる展示(左)。アニメーションのしくみを動画で解説するパネル(右)

●シミュレーション

シミュレーションのエリアでは、『メリダとおそろしの森』を題材に、作品内の髪や衣服、水、群集などが登場するシーンに対して、シミュレーションONの状態とOFFの状態を切り替えて比較できる展示が目を引いた。プログラミングの情報量や技術的制約、計算時間のバランスをとって自然現象の物理法則を作品内に表現する、チャレンジの多い工程だ。

衣服のシミュレーションONの状態(左)とOFFの状態(右)。OFFの状態では服が体に沿って変形せず、腕や足が出てしまう


  • メリダの巻き毛の表現は、単純なスプリング(左)だと収拾がつかなくなるため、中心に軸を通したコア・スプリング構造(右)にして、揺れをコントロールした

その他、サーフェイスコーナーでは『カーズ』におけるカーペイントの手法やUVの貼り方、ライティングコーナーでは『ファインディング・ニモ』の水中の照明表現やコーネルボックス、レンダリングコーナーでは光の反射回数や屈折などの条件によるレンダリング時間の比較などをそれぞれ体験できる展示があり、内容も盛りだくさん。

各コーナーでは、題材となったピクサー作品で実際にどのようなチャレンジがあったかを詳しく動画で観ることができる

各所にデザイン画やコンセプトアートの展示も

本展の目的は、冒頭のジョーンズ氏の挨拶にもあったように次世代のクリエイティブな人材を育むことで、そのため子どもにもわかりやすい工夫が随所にほどこされている。訪れた子どもたちは、普段目にしているピクサー作品が実は数学や科学の裏づけをもって作られていることに驚くだろう。何よりCGに携わる者にとっても、ピクサーの制作工程がここまで公開され、それを日本で体験できる機会は非常に貴重だ。本展は9月16日(月・祝)まで開催されているので、興味のある方はぜひ足を運んでほしい。


●information
PIXARのひみつ展 いのちを生みだすサイエンス
日時:4月13日(土)〜9月16日(月・祝)10:00〜22:00(最終入場21:30)
場所:六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)
主催:東京シティビュー、NHKプロモーション
企画制作:ドリームスタジオ
特別協力:ウォルト・ディズニー・ジャパン
www.tokyocityview.com/pixar-himitsu-ten