アートを描くときにはどのようなことに注意し、心がけたらいいのか? 今回は背景イラストレーターとして数々の作品を発表してきたmocha氏に、普段から意識していることを解説してもらった。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 251(2019年6月号)からの転載となります。

TEXT_mocha
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

  • mocha
    アニメの背景会社に入社。その後、風景や背景をメインにしたフリーランスのイラストレーターになる。代表作:アドベンチャーゲーム『Re:LieF~親愛なるあなたへ~』(RASK)、書籍『背景作画 ゼロから学ぶプロの技 神技作画シリーズ』(KADOKAWA)、『錆喰いビスコ』(KADOKAWA)背景イラスト担当、『mocha画集 BACKGROUND ARTWORKS』(ワニブックス)/Twitter:@mocha708
    使用ツール:Photoshop CC 2018

Point 01 背景を描くときに意識すること

「わからない」段階まで描いて観察し、経験を積もう

今回は風景や背景を描く際に、私が頭の中で考えていることを解説していきます。はじめのうちは立方体ひとつを描くのも不安に思うかもしれません。しかし、一度描いたものはその分の経験値を手に入れることができます。「わからない」という経験や「上手くいった」という経験。描いて初めて「どこを観察すればいいか」に気づいたり、足を踏み入れないとわからない経験が「探究」や「上達」、「自信」につながります。大事なのは「わからない」段階まで描き進め、焦らずに観察し、答えを探すことです。風景はバランスが命です。得意なものが偏っていると、変に視線を集め、違和感を与えてしまいます。

どうしても自分でわからないことは他の人に意見を求めましょう。わからないことは恥ではありません。大抵の人が誰かの力を借りて成長しています。描き方は人の数だけあり、絶対にこの描き方が正しいというものはありません。自分自身の描き方を大事に、ひとつの選択肢としてこの解説を含め、世に出ている講座やメイキングを見ていくと良いと思います。

1:コンセプトを表現する絵の組み立て

まずは1枚絵を題材に背景を描くときに意識しているポイントを解説していきます。この絵のコンセプトは「春」「桜」「幻想的」「雨上がり」です。主役のキャラクターは画面の真ん中にいるので、その部分には桜 や針葉樹などの影がかからないようにします。また、桜の花は葉とはちがいピンクから白の明るい色なので、シルエットを出すのが意外と難しいモチーフです。絵を描く前からきちんとそれぞれのシルエットが出るようにラフの段階でイメージしながら描き進めることが大事です。また、レイヤーの構成も重要です。基本的には「遠景と中景と近景」、最低でも「遠景と近景」に分けて描きます。そうすると映像作品でよく見るような、手前や奥がボケているピントの演出や、空気遠近法を思いきって演出できるようになります。なお、この絵では手前の道路が近景、信号や石垣から門までが中景、白飛びした建物や空が遠景です

※今回の解説ではアドベンチャーゲーム『TrymenT ―今を変えたいと願うあなたへ―』(TrymenT)で描いたイラストを引用させていただきました
re-tryment.com
©TrymenT AlL RightS ReserveD.

2:「明」と「暗」のくり返しで奥行きを表現

奥行きのある背景を描くコツは「明」と「暗」の色をくり返し配置することです。桜は明るい色なので、桜の木同士が重なっても色の差があまり出ず、奥行きを表現するのは難しいです。そこで、桜の木と桜の木の間に針葉樹など、他の木を配置して「明」と「暗」の関係をつくり出し、シルエットをしっかり出す工夫をします。右の白く色が飛んだ遠景と桜も同様で、桜の陰部分を合わせることでシルエットを出します

3:遠景から近景までの明るさの調整

【1】光が飽和し、白まで明るくなると、それ以上は明るくなりません。しかし、陰部分は多少暗さが残るので、遠景は影のみで形を表現します
【2】中景から近景の影中は光や空気の重なりが遠景ほど多くはないので、空気の色などがあまり混ざらず、その物体本来の色から暗くなったものが影中の色としてよく見えます

主人公のキャラクターたちがいるのが中景の真ん中あたりなので、強調する意味でも、中景の石垣や門より奥の建物や空は白飛びするくらいまで明るくします。光は重なれば重なるほど明るくなります。それは光が当たる部分も影(陰)の部分も同じなので、遠・中・近それぞれ明るさを調整します

4:差し色の配置

キャラクターに視線を集めるため、差し色のように歩行者信号を点灯させます。青信号でもよいのですが、赤信号の方が強い印象をもつので赤信号にしました。色の選択で絵の印象は大きく左右されます。視線を誘導する際、目立つ色は有用ですが、使う場所を間違えると落ち着きのない絵になってしまうので、使うときは注意します

背景は大前提として、主役が絵のどこかにいます。背景で大事なことは「どんな場所か」、「どういうシチュエーションか」、「主役が目立っているか」などがあります。映像作品か、ゲームなどの「静」がある作品かでクオリティや見せ方をコントロールする場合もありますが、大事な部分は同じです。初めて見た人に親切で、その世界観に入り込みやすく、主役であるキャラクターにスッと目が行くのが良い背景だと思います。

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Point 02 明暗でモチーフを描く

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Point 02 明暗でモチーフを描く

全てのものは明部と暗部で構成されています。デッサンで形や立体感を出すとき、白い紙に暗さを乗せて形を描き出していきますが、デジタルで描く場合も同様です。近くにあるものも遠くにあるものも、光の当たった明るい部分と陰の暗い部分を描き分けて形を出します。

1:遠景の場合

昼間の場合、遠景にあるものは光や空気の重なりで明るくなったり、青みがかったりして認識できる色数が少なくなります。暗い部分を全てつなげて描いても違和感は出にくいです。情報量が少ないと浮き出てこないので、遠景は割り切ってあっさり描く方が奥行きのある絵になりやすいです
・色......赤いものはオレンジや黄色などに色味が変化する
・影......空や環境の色が混ざる

2:近景の場合

光や空気の重なりはほとんどないので、そのもの本来の固有色がよくわかります。暗い部分は影と陰に分けて考え、色の変化をしっかり出すと存在感が増します。反射光や映り込み、ハイライトなど、表現の要素を近景にいたるまでどんどん増やして描き込みを増やすと、破綻のないバランスのいい絵を描くことができます

3:存在感を出すポイント

モチーフの存在感が薄く、のっぺりと感じたら、面にグラデーションのように色の変化があるか確認してみましょう。ザラザラとした質感があるものはタッチを増やしたり、ツルツルしたものには映り込みを描き込んだり、ひと手間でグンと存在感が増し、手前に浮き出てきます

まとめ:明暗の色選びはしっかりと!

遠景は簡単に、近景はしっかり描くとよく言いますが、そのコントロールは最初のうちは難しいと思います。影の色や光の当たった部分の色に着目し、色選びに悩んだら、遠景と近景それぞれに存在できる色を使っているかを考えます。特に影の色は目安になりやすいので、常に気を配ります。色に違和感がなければ、描き込みを近景に行くほど増やしていきます。

Point 03 構造を考えながら描く

木を描くと決めて、いきなり描き始めて上手く描ける人はなかなかいません。まずは参考となる写真や実物を見て、どういう構造をしているのかを頭の中で整理します。また、背景や風景に限らず、絵として実物のものを表現する際はそのモチーフをそのまま描くのではなく、「それらしいもの」の特徴をしっかり出して描くのがコツです。

1:木の構造 ~葉の塊の重なり~



  • 木と葉の塊を用意します。木は細かい葉を1枚1枚描くとリアルになりすぎたり、情報量が多くなりすぎて絵の中で浮いてしまうので、いくつかの葉の塊で構成すると良いです



  • 葉の塊を、重なりを意識しながら配置してみます。赤枠手前の葉の塊から他の葉の塊に影を落としてみます。当然のことながら、それぞれの葉の塊は影を落とします。立体感が出ないときはそれぞれの葉の塊がどう影響をしあっているのかを考えてみます

コントラストを上げて、暗くなる部分をくっつけてみました。影の中では一部の葉の塊が暗くなり、認識しづらくなっています。また、葉や木の隙間もところどころあり、シルエットを描くときは意識して塗り残すべき部分も見えてきました

2:木の構造 ~シルエットと明るさの表現~



  • 木の構造を意識しながらシルエットを描きます。手前の葉から奥の葉までは距離があるので、その空間を表現するため、葉の隙間のあたりを少し明るくします



  • 葉の塊と幹の明るい部分だけ描き加えます。葉の構造で確認した明るい部分のみを描くだけでも立体感が出ます

明るい部分の中でも暗くなる部分を想像して色を塗り分けます。最後に手前の数か所に細かい葉を描き加えて完成です。細かい葉を全て描こうとすると、枝ごとの葉のまとまりや、奥への葉の回り込みの表現が難しくなるので、細かい葉は要所のみに描き入れるのをオススメします

観察によって"気づく"ことが絵には大切

背景や風景は自分で見てきたものや経験を基に描くものです。ファンタジーイラストでさえ、ほとんどのものが今までの経験で培ってきたものを組み替えて構成しなおしたものです。光や影の関係など、基本となる部分は(意図的に世界観を変更しない限り)変わるものではありません。上手くいかないときは外に出て実物を観察してみましょう。私の経験上、絵で悩むときは「わからない」のではなく「気づいていない」ことが多かったです。調べる段階に到達するためにぜひ観察してみてください。何がわからないのかがしっかりとわかれば人に頼ることもできます。そして、わかったら、まだ気づいていない人に教えてあげてください。そのくり返しで自信を手に入れていきます。



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.251(2019年6月号)
    第1特集:デジタルヒューマン&バーチャルスタジオ
    第2特集:世界観を表現するデジタルアート
    定価:1,512 円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2019年6月10日