本誌企画にも幾度となく登場しているComposition。今回は同社が生み出したバーチャルYouTuber「無頼星れんこ」(ブラスターれんこ)を特別に先行公開する。手がけたのは"加速式ミク"などでも知られる映像作家、アニメーション監督の加速サトウ氏だ。デザインからモデリングまで、そのこだわりを聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 257(2020年1月号)からの転載となります。

TEXT_峯沢★琢也
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada(CGWORLD)
©Composition Inc.

自社クリエイターの実力を活かしてオリジナルプロジェクトに挑戦!

今回紹介する「無頼星れんこ」(ブラスターれんこ)はCompositionのオリジナルプロジェクトで、今春のデビューへ向けて準備が進められているバーチャルYouTuberだ。構想自体は代表の安井治次郎氏が数年間、温めていた企画ではあるが、本格始動したのは2019年5月。そこから加速サトウ氏が累積で2ヶ月弱をかけて、デザインからモデリングを進めてきた。長年映像業界で活躍し、実写からCG、VRまで広がっていくデジタルコンテンツ業界を見てきた安井氏。YouTubeもオンデマンド映像もクオリティが上がってきている中、プラットフォームも出尽くしてきた時代に、今までと同じことをしているだけでは価値もモチベーションもなかなか上がらない局面がくる。そんな予測から本来のCGや映像のワクワク感を自分たちで生み出そうと発案した企画だという。キャラクターのデザインと制作を指名された加速氏も「はじめに聞いたときにはイメージが思いつかず不安もあったのですが、自分で考えたキャラクターが好きに展開できるのは楽しみでもありました」とふり返る。

「私自身が映像業界で長いこと動いていて、近いうちにこういうバーチャルYouTuberが活躍する世界が絶対にくるとは思っていました。その中でやはり自分たちの看板になるようなオリジナル作品で何かを生み出したいと、みんなに提案したんです。もともとCompositionは映像が好きなスタッフが揃っているし、システムも構築できる。だったら新しいことにチャレンジしようと。スタッフのワクワク感やモチベーションも上がりますし、その自由な発想の中でCompositionのクリエイターがつくった未来を見てみたいよね、となったんです」と安井氏。今回はキャラクターづくりを中心に、期待の新人バーチャルYouTuber、無頼星れんこについて解説したい。

001 アーケードゲームモチーフのキャラクターデザイン

かわいらしさの中にギミックが光るキャラクターデザイン

安井氏からのコンセプトの相談を受けてデザインを練り始めた加速氏。お題は「アーケードゲームをモチーフにしたバーチャルYouTuber」で、それ以外の部分に関しては基本的に加速氏のセンスに委ねられている。「今回はオリジナル作品とのことで、白っぽい髪とか、お団子が乗っているヘアスタイルとか、自身の好みも盛り込んでみました(笑)」と照れる加速氏だったが、そのデザインの根底には論理的な思考とねらいが的確に反映されている。バーチャルYouTuberとして身体の動きやすさを考慮し、手足が長くなりすぎないシルエットを採用。さらに、小動物的なかわいらしさを出すために頭身は低めにしつつも、女性的で曲線的なシルエットを生み出すために若干肉感を追加してメリハリを出している。また、ディスカッションの中から生まれたアイデアを細かなギミックとして散りばめており、頭部の赤いかんざしはゲーム筐体のレバー風、キーカラーのピンクとシアンはゲーム1Pと2Pキャラクターのイメージ、と細かいところにもアーケードゲームを意識させるこだわりのデザインに仕上げている

加速氏によるデザイン画

完成した無頼星れんこのモデル

Cinema 4Dによるモデリング

モデリングは全てCinema 4Dを使用して作成。特にマグネットツールが加速氏の愛用ツールである。ポリゴンのながれを、シルエットを見ながら微調整するといったような、意図通りの変形ができる部分が利点になっており、「造形では必須の機能」とのことだ。マグネットツールとはその名の通り、磁石でメッシュを押したり引いたり、影響範囲をグラデーションさせながら粘土をこねるようにメッシュを変形させられるツールである。特に顔の造形などでは数ミリ単位のポリゴンのながれが見た目の印象を大幅に変えてしまうので、思い通りのモデルに仕上げるのに必須とのことだ。ちなみにバーチャルYouTuberとして、リアルタイムで動かす予定のモデルなので、ポリゴン数は18,000程度。おおまかには2万ポリゴンは超えない範囲で調整を加えているという。比較的ローポリゴンでも見映えが良くなるように、加速氏のこれまでに貯めてきた技やセンスをフルに活かしてモデルがつくられている

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002 よりかわいらしく見せるためのディテール

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002 よりかわいらしく見せるためのディテール

どの方向から見てもかわいく破綻しない口の形状

イラスト的なキャラクターの口の表現をモデリングで再現するため、「どの方向から見ても良い感じにかわいく見えるフェイシャル」を目指したという加速氏。バーチャルYouTuberという特性もあるので「カメラのアングルによってフェイシャルを変える(その代わりに指定のカメラ以外からは立体的に破綻したモデルになる)」という手法は採れない。あくまで造形的にもトリックを使わない手法でフェイシャルをつくる必要があった。特に顔のモデリングでは鬼門とされている「斜めから見た方向」でも造形的に破綻しないように、口のパーツをあえて少し奥の方に配置して微調整していくことで、イラスト的な表現と立体的な造形が両立するポイントを追求している。確かに「斜め横から見たときの口の奥側の頬の部分」の見え方に関しては、あらゆるアングルからでもイラストっぽく再現されていて、驚きである

鼻筋のラインのポリゴン割り

鼻筋のポリゴンのライン。ここをよく見ると四角ポリゴンで形成されている中で、一部だけ三角ポリゴンに分割されているのがわかる。バーチャルYouTuberとして無駄にポリゴン数をかけられないという意味もあるのだが、できるだけシンプルな構成にしてバーテックスの位置をフルコントロールできるように心がけているとのこと

鼻筋のシルエット部分でも四角のポリゴンを単に格子状に細かくして表現するのではなく、全体のポリゴンの数を大きく変えることなく対応している

側面からポリゴンのながれを見ると対角線上に三角に分割することで真横から見たときのシルエットに対しても滑らかな鼻筋のラインを維持できるようにポリゴンの分割がされていることがわかる。「細かい点ではありますが、こういった小技を使うことでローポリゴンのテイストもポジティブな味として伝わるように設計をしています」(加速氏)

ハイライトや影もつくり込んだ瞳の表現

眼球のオブジェクトに関しては実際の人間の眼球とはちがい、奥に凹んだ状態でモデリング。この処理を施すことでアニメ的な立体感が表現されている。さらに眼球のハイライトと影の配置は肝になる部分とのことで、白目と瞳が別々のオブジェクトになっているだけでなく、細かい眼球上のハイライトに関しても全てコントロールできるように、別々のオブジェクトに分かれている。また、アニメ的に「眼球に落ちるまぶたの影」に関しても、半透明なポリゴンを配置することで立体的に見せている。このようにモデリングでハイライトや影を描くことで、見る角度を変えても違和感が生じないように工夫がされた。そのほかの加速氏のこだわりとしては、横から見たときの白目と瞳のラインが並行になるように調整している点も挙げられる。以上のように、横斜め位置からカメラで捉えてもイラストっぽさや見た目の整合性がとれるように、瞳の表現ひとつを掘り下げても細心の注意が払われていることがわかる

立体感を出し髪の動きにも追従する前髪の影オブジェクト

髪の毛の影の関してもライティングで落ち影をコントロールするのではなく、別途「影オブジェクト」をモデルとして用意しているところも工夫のひとつだ。例えば、前髪の額に対する落ち影に関しては肌の表面のテクスチャとして影をベイクして描くのではなく、半透明のポリゴンを前髪の下に仕込むことで、前髪が揺れた場合は一緒に追従して動かせるように工夫しており、テクスチャで描く場合よりも動的に落ち影をコントロールできるようになっている。また、頭髪自体のオブジェクトに関しても、本作では髪の毛の房に関しては裏側まではモデリングせずにあえて平面ポリゴンで表現することで、髪の毛のシルエットがシャープな印象になるように整理されている。多数のキャラクターを制作してきた加速氏ならではのこだわりだ

前髪の「影オブジェクト」

前髪の「影オブジェクト」のOFF(左)/ON(右)。影オブジェクトがある方がより立体感が出でいることがわかる

プラモデルの知識を活かしたテクスチャ制作

テクスチャはほとんどをCinema 4D上で描いており、Substance Painterを使用して仕上げている。ベースとなるイラスト調の塗り方にも工夫があり、プラモデルを塗装するときに使用される技法を参考に、一度暗い色を吹き付けてから明るい色を塗り重ねていくような手法で、面とエッヂの部分にグラデーションをもたせることで水彩のようなムラがある塗りのディテールを表現している。その上でベースに対してSubstance Painterを使用して薄くライティングの陰影を加え、服の質感や汚れを乗せて仕上げていく。なお、落ち影以外の陰影に関してはかなりの部分をテクスチャにベイクした状態にして厚塗り加工をしている。この点については、バーチャルYouTuberとして活動する際、様々なプラットフォームに対応するため、汎用的にモデルとテクスチャで成立した表現に落とし込み、どのような媒体に組み込んでも見た目のイメージが変わらないように、というねらいもあるという

塗りのイメージ。左からベースカラー、塗り始め、完成

完成したテクスチャ

フェイシャルパターン

予定になっている。数多くの魅力的なキャラクターを造形してきた加速氏の中では必要とされるだいたいのフェイシャルパターンが想定済みであり、モーフターゲットの数も抑えているとのこと。Cinema 4Dのポーズモーフのスライダにてその割合をブレンドして制御できるようにリギングを行なっている。またボーンはセットアップしてあるものの、モーションキャプチャによる運用が決定しているので、なるべくシンプルに骨の構造を組んでいる。オブジェクトが増えることでのコンストレイントの計算エラーなどのリスクも考慮して、極力整理された数値でシンプルなセットアップになるよう、リグを構築しているとのことだ

春からアーケードゲームのバーチャルYouTuberとしてデビュー!

今春からバーチャルYouTuberとして活躍予定の「無頼星れんこ」。ゲーム実況やeスポーツとのコラボ企画も進行中だという。また、専用の紗幕(3Dホログラム映像を投影できるスクリーン)に映すことで、プロゲーマーなどの著名人や実際のスタジオとリアルタイムで一緒に撮影する、ライブ感があるコンテンツなども検討中だ。自社のスタジオの中でモーションキャプチャから収録スタジオ運営まで、広く展開を予定している。最後に安井氏は「ちなみに、名前の由来ですが、アーケードゲームで有名な筐体『ブラストシティ』(セガ、現セガゲームス)にリスペクトを込めて、モジッて『無頼星(ブラスター)』に。加えて、アーケードゲームで、連続でコインを投入する『連コイン』からモジッて『れんこ』とネーミングしています(笑)。デビューをぜひご期待ください!」と意気込みを語ってくれた。彼女の姿を見られる日が楽しみだ。



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.257(2020年1月号)
    第1特集:もっと! わいわいバーチャルYouTuber
    第2特集:CGWORLD 2019 クリエイティブカンファレンス考
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:144
    発売日:2019年12月10日