重要なアニメーションの2つの要素
ポーズとタイミング

若杉 遼氏は、東京工科大学メディア学部卒業後に渡米し、Academy of Art University(サンフランシスコ)を卒業後、Pixar Animation Studiosでのインターンシップを経て、現在はカナダ バンクーバーのSony Pictures Imageworksに所属しているアニメーターだ。日本でも話題となった『Spider-Man: Into The Spider-Verse』(2018)等の劇場作品にて現役バリバリ活躍中のアニメーターであると同時に、自身でオンラインスクール「AnimationAid」を創設して後進アニメーターの育成にも力を入れている、CG業界でも注目の人物である。

以前から海外でCGの仕事をすることを目標にしていた若杉氏は、大学生の頃から独学でCGを習得、当初は全般的に勉強していたが「海外のスタジオは分業制」ということもあり、自分の感性に最もマッチした「アニメーション」に特化することを決めたという。主に担当している「キャラクターアニメーション」の作業では「タイミング」と「ポーズ」の2つを重視し、今回はAnimationAidでも重点的に指導している「ポーズ」の大切さと、特にキーとなる要素について話を聞いた。

タイミングとポーズのどちらが大事ということはありませんが、時間軸であるタイミングは、初心者が理解してスキルアップするには時間がかかります。自分は普段からポーズを考えることが個人的に好きだということもありますけど(笑)、ポーズはデザインや構造的なルールをしっかりと学んで制作にあたれば、目で観てすぐに良くなった部分を理解しやすい点と、体系的に論理的思考で説明がしやすいという部分で、最初のステップアップとしては良いでしょう」と若杉氏は学びのヒントを語ってくれた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 258(2020年2月号)からの転載となります。

TEXT_峯沢★琢也
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、西原紀雅 / Norimasa Nishihara(CGWORLD)

POINT:01
緊張と緩和~力の入り方~

若杉氏が語るキーワードのひとつ「緊張と緩和」を紐解いてみよう。人間の筋肉の動きとして「力が入っているか?」「力が抜けているか?」という点は、感情表現に大きく関係する。緊張をゴムの動きに例えてみると、ゴムボールのような「外側に向かう力」と輪ゴムのような「内側に向かう力」という2つに分類できる。

また、同じ緊張でもポジティブな感情とネガティブな感情という異なる感情があり、「広がろうとする動き」と「縮こまろうとする動き」のどちらで表現すべきかの選択が必要だ。実制作では、状況や表現すべき感情によって、どちらを使って感情を表現するかの使い分けが大事で、特に肩や眉、そして指は見た目にもはっきりと緊張・緩和の状態を表すポイントとなる。例えば眉に力を入れるときに、方向はちがえども「思いきり目を見開く(外へ向かう力)」と、逆に「思いきり目をつぶる(内へ向かう力)」という異なる緊張表現があり、どちらが表したい感情を表現できるか意識することが重要だ。

POINT:02
緊張と緩和~感情の種類と強さ~

先述の通り、感情表現において「緊張と緩和」がキーワードとなるが、ポイントは「緊張と緩和は必ずしも感情の種類とはリンクしない」という点だ。単純に「怒っている=緊張」とか「悲しんでいる=緩和」ではない。「怒り」と「悲しみ」の2つは共にネガティブな感情であるが、緊張と緩和が示すのはその種別ではなく「怒っている(悲しんでいる)レベル」の強弱だ。その「怒っている」感情が「ちょっとイライラとしている程度」なのか「激怒してボルテージが上がってしまっている状態」なのか、感情の強度に対応して緊張と緩和の高低差のレベルを使い分けることで、ポーズも自然と変わってくる。実はここが「どうすればわかりやすくアイデアを伝えられるか」という「How?(どのように伝えるのか?)」の部分にも関わってくるため、しっかり押さえておきたい。

POINT:03
緊張と緩和~肩とシルエット~

観客の視線が最初に向かうのはキャラクターの「目」であり、次に目の動きに連動する「眉毛」、続いて「体の眉毛」とも言われる「肩」、そして複雑なポーズもつくれる「指」となる。シンプルなポーズから複雑なポーズまで、これらの箇所を押さえることで、感情表現がより伝わりやすくなるのだ。目や眉毛に関しては、POINT 01で紹介したように、外向き・内向きの力を意識して使い分けることができる。肩に関しては、全身の力の入り具合によって上げ下げするイメージだ。このときに、肩と首と頭に挟まれた「ネガティブスペース」と呼ばれる空間のシルエットを意識しよう。例えば肩を上げても、このネガティブスペースの空き具合によっては肩が上がっているように見えないので、リグや数値、単なる上げ下げという動きだけでなく、ときには首そのものを短くして印象を変えるなどして、画面に対するシルエットでどう見えるか意識することがポイントだ。

POINT:04
単純と複雑~視線の誘導~

ポーズのシルエットによって視線を誘導する「単純と複雑」を表現する手法としては、ポーズを左右もしくは前後2つに割って、片方を単純に、もう片方を複雑にする、ポーズをつくるときの「ピッカーサイド」というルールがある。そのシーンの中で「何が重要で、どこに視線を集めたいか」という要点をわかりやすく伝える理論で、単純でフラットな部分にはポーズのストレッチ(伸びた)部分とも言える「ライン オブ アクション」と呼ばれる、動きのラインや身体の主となる動きを伝える役目があり、逆に複雑な部分は潰れてスクワッシュしたポーズ自体の面白みや観客の視線を誘導して集める役割がある。あらかじめピッカーサイドを意識して、片方を単純に、もう片方を複雑な印象にし、メリハリを意識することでデザイン的にもわかりやすく表現できる。また、単純な側をより単純なシルエットに、視線を集めたい部分のネガティブスペースをしっかりととっておくことで、見せたい部分を強調することも大事だ。手や指の表現では、手の甲を単純とすると、手のひらや指先といった側は複雑なシルエットを生み出すことができるので、注目させたい場合はそのメリハリ具合をしっかりと意識すると良いだろう。

POINT:05
単純と複雑~顔の向き~

基本的に、表情やポーズのデザインを考える場合は左右対称につくらず、画として非対称になるように構成することが重要だ。特に表情をつくる際は、意識して方向性を与えることで、左右対称を避けることができる。具体的に左右のどちらを選べば良いというルールはないものの、例えば左右のどちらかに全体的な顔のパーツを傾けると魅力的なデザインになるそうだ。また、キャラクターの目線が左右で明確に分かれている場合は、左を向いている場合は右側に、右を向いている場合には左側に傾けることで、キャラクターの目線の方向が明確になる。表情をつくるときでも方向性を意識することで、視線誘導や微妙なニュアンスを伝えることが可能だ。真正面を向いている場合には、構図や観客の目線を左右のどちらに向けたいかによって変わってくるが、いずれにしても理由付けを意識してシルエットや表情を組み立てていくことで、より魅力的なキャラクター表現になっていく。

ジェスチャードローイングのススメ

若杉氏はアニメーションの勉強方法として「ジェスチャードローイング」を実践しているという。アニメーションには2大要素として「What」と「How」があり、これは「ポーズを通して、何(What)を、どう(How)わかりやすく伝えるか」というものだ。ジェスチャードローイングは、絵や写真を観て、そこから感じた印象や湧き出た感情を具体的な言葉で切り取り、30秒程度のスケッチで描くこと。絵を描くときも「どのような印象」を「どう伝えるか」を常に意識し、ジェスチャードローイングをくり返すことで、表現の引き出しの幅が増えていくそうだ。アニメーターの職業とは、例えばストーリーボードに指示されたシーンから、その中で「何(What)」を伝えるかを読み解き、それを「どう(How)」すれば観客にわかりやすく伝わるかを考え、そのためにどのような要素が必要か分解して論理的に明示して、具体的な表現に落とし込んでいく作業のくり返しである。「ジェスチャードローイングを通して表現を論理的に分解していき、ものを表現することを突き詰める"思考回路を鍛える素振り"を何度もくり返すことで、観た印象だけで直感に頼って闇雲にポーズをつくるのではなく、論理的に裏付けのある思考を鍛えられるように普段から常に考えるトレーニングをしています」と若杉氏は語ってくれた。