自身の作品をSNSに投稿することは珍しいことではない。しかし、まめ太郎氏こと長塚 創氏がつくり出すわずか3秒ループの不思議な映像世界は、ゆるく美しくユーモラスで、どこかなつかしい感じがひときわ目を惹く。本稿では、シンプルでありつつずっと見ていたくなる長塚氏の妙技をお伝えする。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 262(2020年6月号)からの転載となります。

TEXT&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada(CGWORLD)

  • のどかな田舎で馬のお産などを見て育つ。いろいろなことが面倒くさくなり高校を中退。海外に行こうと考えるが、CGというものに出会いハマる。アイメージ→風車→WOWと様々な会社でCMなどの映像制作に携わり、現在はビジュアルマントウキョー所属。日々CGを勉強中。妻と子供たちと大きな公園に行くことが週末の楽しみ。今回紹介する映像以外にも(スレスレに限らず)様々な実験映像をつくっている。
    Twitter:まめ太郎(@mametarouboy
    Instagram:Hajime Nagatsuka(@hajime_nagatsuka

CGだから何でもアリ、ではない

ぶつかりそうでぶつからない。かわす、逃れる、スポッとはまる。絶妙なタイミングで収まる気持ち良さとある種のスリル。わずか3秒のループ映像による「スレスレの世界」には、これといったドラマもなければ喜怒哀楽もない。音すら付けられていない。極めてシンプルで単純な動きが延々とくり返されるだけだ。出来事としては正直、地味である。しかし、なぜかずっと見ていたくなる不思議な魅力と気持ち良さがある。そして次回作が楽しみになる。そんな独特の世界をつくり出すのは、TwitterやInstagramで自身のR&D制作物を投稿する、まめ太郎氏こと長塚 創氏だ。これまでに多くのCM映像を制作してきた長塚氏は、Cinema 4D(以下、C4D)を個人的に勉強するために「スレスレの世界」の映像制作を始めたと話す。「仕事のかたわら、自主制作というかR&Dとして2018年頃からつくり始めました。C4Dの機能であるXPressoを勉強してみたかったからです」。

  • まめ太郎(長塚 創)氏

一見すると理数的な知識が必要なように見えるが、長塚氏いわく「そのあたりの教養がないからできた」のだそう。物理を専門にしている人から見るとありえない挙動だが、サラッと見て馴染みのある動きであれば良いとのことだ。とはいえ、何でもアリかというとそうではない。長塚氏がつくり出す「スレスレの世界」には、視覚的、心理的な仕掛けがちりばめられているのだ。また、仕事の合間に制作しているためあまり時間をかけるわけにはいかない。手を動かす時間はひとつの作品あたりせいぜい2時間程度。限られた時間の中でできることは何かを考え、切り捨てられるものは可能な限り切り捨てて伝えたいことに焦点を絞る。「ただ楽しくてやってるだけなんですが、何でもアリではないんですよね」と長塚氏は話す。がんばって制作しても、自己満足で完結した作品では何も伝わらない。一瞬の映像でも伝わる秘訣をみていこう。

<1>XPressoでずっと見ていられる「スレスレの世界」をつくる

物理的なリアリティをもたせる

「ビジュアルはどれもちがいますが、やってることは同じです」と長塚氏。こういった映像は、ある程度ゆっくりとしたスピードでないと面白くならないとも話し、スマホ画面で目に留まる映像であることを意識して制作しているという。作品全体に漂う独特な雰囲気や色味、そしてどこかキッチュな感じは80'sのテイストを好む長塚氏のセンスが光るところだ。「つくりたいものがC4Dで制作されていることが多かったので、個人的にC4Dを学び始めました。特に、XPressoの使い勝手が3ds Maxのワイヤリングパラメータより便利なので、そこを重点的に習得するためのR&Dとして作品をつくっています」(長塚氏)。ちなみに、XPressoとはC4Dに搭載された機能で、ノードベースのプログラミング環境のこと。パタメータ等の処理を関連付けて計算することができる。

ビジュアルについて長塚氏は、「これがアニメ調のトゥーンレンダリングで制作しても、全然おもしろくないと思います。CGの映像として物理的なリアリティをもたせることができたらもっといろんな人に見てもらえるんじゃないかと思い、モーターの存在や動力の供給源がギリギリでイメージできる設計にしています。大変なのでそこまでつくりませんけどね(笑)」と話す。CGでありえない動きをさせる分、ある程度わかりやすく、しかし何でもアリにならないようリアリティのある表現を意図的に加えているというわけだ。

また、こういった映像を成立させるには、人目を惹く魅力的な要素が必要不可欠となる。「単にスレスレであればいいわけじゃないんですよね。何でもアリにしてしまうと、はいはいCGでつくったんですね、と思われるだけで興味をもってもらえません。僕は学校の工作とか理科の実験っぽいのが好きなので、そういった親しみと既視感のある映像を意識して制作しています」。

その他、ユーモラスな動きも長塚氏の作品の魅力のひとつだが、極力ミニマムにつくることを念頭に、XPressoを駆使して付かず離れず頼りなく動く「気持ち悪さ」を演出している。また、撮影は不思議な世界観を強調するためアイソメトリック気味な超望遠を使用しているとのこと。カメラの焦点距離はプリセットに準備されており、簡単に選択することができる。長塚氏はCinema 4Dのこういった点が特に気に入っているそうだ。

わかりやすい「スレスレの世界」を考える

swing from Hajime Nagatsuka on Vimeo.

剣山のような棒の間を3つの振り子がスレスレする映像。既視感のある硬そうな棒が下から伸びており、それらの間隔は少し開いていて、台はゆっくりと回転、その上では棒がゆっくりとスイングしている。こういった不思議な状況を即座に理解してもらえるよう、挙動や速度、配色、質感、レイアウトなどに十分配慮する必要がある。また、予定調和な印象を抑えるために、動きに「ムラ」を出して自然に見えるよう調整することがポイントとなる。とにかくこういった映像を観てもらうには、違和感を与えず様々な部分で「わかりやすい」ことが重要だ

振り子にスレスレの動きを付ける



  • 基本となる振り子の動きを付ける。「マップ変換」ノードを使い、この世界の時間を角度に変換して振り子の回転に渡す。スプラインプリセットの「サイン(sin)」で簡単にカーブがくり返せる



  • 振り子の数を3つに増やしてみた



  • 振り子が振れるタイミングをズラす。少し強弱をつけるために、サインカーブの頂点にあるハンドルを調整。よりスレスレになるように、スイングの大きさの数値(出力の下限と上限)を0.1刻みで微調整する



  • あらゆる角度からめり込んでいないかを確認してカメラを決定する

土台は180フレームかけて1回転するようにして、振り子は90フレームで-18度ずつ回転するように設定。3つある振り子はサインカーブのハンドル部分を少しずつ変え、まったく同じ動きにならないよう調整している

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<2>シンプルでも不特定多数の人々に見てもらえる映像にする

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<2>シンプルでも不特定多数の人々に見てもらえる映像にする

綺麗すぎないこと、ウソっぽくないこと

長塚氏の「スレスレ」作品はスタイリッシュな美しさも魅力のひとつだ。これまでCMを制作してきた長塚氏にとって、伝えるべきことをわかりやすく、美しく、そして印象的に伝えることはごく自然なことなのかもしれない。「こういった映像は、ミニマムであまり動きがない方が面白いと思うんです。とはいえ、動き自体かなり地味なので、モチーフがシンプルすぎる場合は非常に寂しい見映えになることがあります」と長塚氏。そんなときは、ギミックか質感か、あるいは背景のいずれかの情報量をバランスをとりつつ増やす必要がある。反対に、モチーフや動きが複雑でギミックが多いときは背景をシンプルにする。伝わってほしい情報と画面から出る情報の割合を調整してバランスをとることが大切だ。長塚氏は「人に見てもらうことが大前提なので、とにかく見やすくないといけません。背景のモチーフや素材感が気になって視線を集めるべきところから注意が逸れてしまうと、伝えたいものが明確に伝わらなくなってしまいます」と話す。

さて、すでにお気づきの方もいるかもしれないが、金属的なモチーフには酸化によるくすみ(あるいは指紋のような汚れ)が、木製風モチーフの塗装には汚れや剥がれのような「使用感」が加えられている。短い尺の映像だからこそ、見慣れた質感をさりげなく与えることでリアリティが引き立ち、「見ている人に既視感や親しみ」を感じさせることができるのだと長塚氏は語る。「ツルピカな金属や単なる木目、CG特有の何の素材でできているかわからないものって、それこそCGだから何でもアリになってしまいスルーされやすいんですよね」。では、どうすればそういったものにリアリティを与えることができるのか。長塚氏の場合は、誰かが意図的に「スレスレの世界」を手づくりして撮影した、というストーリーを表現することにしたそうだ。

さらに、CG作品にありがちな予定調和な感じは面白みに欠けるため、あらゆる意味で「綺麗すぎないこと」を意識している。長塚氏は「あまりに綺麗だったり整っていたりすると、CG臭が強すぎてウソっぽくなるじゃないですか。それでスレスレしたところで印象には残らないですよね」と話し、見ている人を置いていってしまわないよう、同じ動きをくり返すというデジタルな手法にアナログ感を加えて、既視感や親近感を与えているという。

背景で魅せる映像に 

CASE 01

ring from Hajime Nagatsuka on Vimeo.



  • シンプルな上に画面がスッキリしすぎて面白みに欠ける。伝えたい情報しか残っていない点も、ひっかかりがないためスルーされやすいのでノイズや雑味、違和感が必要だ。一瞬で理解されてもギミックにパンチがあれば、スッキリしている方が正解となる場合もある



  • 背景をにぎやかにして情報を分散させてみた。少し注視しないと状況がわからない状態になった。こちらのほうが一枚画としても成立している

CASE 02

swing from Hajime Nagatsuka on Vimeo.



  • CASE 01で使用した背景を流用。床から伸びた棒も背景も円柱なため、ごちゃごちゃとして見える。この背景を使用する場合は、色を抜いたり被写界深度でボカしたりと存在感を和らげる必要がある



  • 背景を単調なグレーに変更。ギミックが少々複雑なため、これくらいシンプルな背景を採用することで瞬時に理解できる度合いが良い塩梅になる。「トゥーマッチなものを減らす」という考え方だ

シンプルな中に潜むリアルな素材感

CASE 01

tutu from Hajime Nagatsuka on Vimeo.



  • 金属の輪っかにしたいのだが、こんなツルピカな金属では異物感が際立ちすぎて、スレスレしていても「CGなら簡単にスレスレするんでしょ?」と解釈されてしまう。さらに、反射が強すぎてピカピカとうるさい。CGっぽさを和らげて既視感や親しみを強調しなければ、これが金属であると捉えてもらえないだろう



  • Roughnessにノイジーなテクスチャを入れてみた。異物感が和らいで金属感が増した

CASE 02

pokopoko from Hajime Nagatsuka on Vimeo.



  • 棒の上をコロコロする円柱。綺麗な質感だとつまらない印象になるので、円柱の面の色をツートーンにし、さらにペンキが付着したりはがれたりという質感を与えた



  • ノードの構成。「Mix」にAとBのテクスチャを入れて、「Amount」にノイズを入れた。これによりノイズの白い部分にA、黒い部分にBのテクスチャが表示される

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<3>「ムラ」のあるアニメーションを付けてCGっぽさを解消する

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<3>「ムラ」のあるアニメーションを付けてCGっぽさを解消する

誰も気づかない程度のひと手間を加える

リアリティへのこだわりはアニメーションでも見られる。CASE 01を例にすると、細い針金の先端に付いた重そうな円柱が4つ回転する際、円柱同士の間隔をかすかに調整して揺れ感を出している。ほとんどくっついているように見えるので、このことに気づく人はほとんどいないだろう。しかし、そのひと手間が見事にリアリティを生み出している。「間隔が微妙に動いてムラがあることが重要なんです。下の支柱が固定されていると生っぽさや危うさがなくなり、その結果スレスレ感も失われます。予定調和すぎて面白みに欠けてしまうんですね」と長塚氏。シンプルな映像だからこそ、視覚と心理に働きかけるポイントを的確に突くセンスが光るのだ。

ウソっぽく見えるか見えないかの境界線はアニメーションにも存在する。「もしかしたらこういう動力で動いているのかもしれない」、「実際に見たことがないけど、こういう動きをしそうだな」と、見ている人に感じさせることができるかできないかで信憑性の度合いが決まると長塚氏は話す。具体的な事例で言うと、振り子の上部を見せないことで「こんな感じで動くかも」と想像の余地を与えて、見ている人の脳内で自由にしくみを補完してもらう、といった感じだ。決して物理的な正確性を無視しているわけではないが、必ずしも正確である必要はなく、人々がもっているイメージを再現できれば良い。アニメーションを生業にしている人ならピンとくるだろう。

例えば、シーソーのように揺れている物体の上で、ボールがギリギリ落ちずに行ったり来たりしているとする。ボールが端に来て折り返すときに、ほんの少しだけ浮かせてみるとメリハリが出てリズムが生じる。このことに気づく人はやはり少数だが、気づかれない程度のほんの小さなワンクッションを挟むだけで、スリルと気持ち良さを与えることができるのだ。これは「スレスレ」を制作するにあたり、長塚氏が最も注意を払うポイントでもある。「僕のTwitterかInstagramに投稿されている動画をぜひ見てほしいです。超地味です!(笑)」と長塚氏はやや自嘲気味に話す。映像を見れば、きっと、長塚氏の地味ではあるが繊細なトリックにニヤリとするはずだ。

「ムラ」のあるアニメーションでリアリティを演出する  

CASE 01

swing from Hajime Nagatsuka on Vimeo.



  • 細かいムラのある動きがないとCG感が出すぎてしまい、スレスレの旨味を落としてしまう。右下のビューは筒を真上から見たもの



  • 少しコマを進めると、筒と筒の間隔が少し開いているのがわかる。筒を支える金属の棒が細く、まったくの直線ではないことを表現。このひと手間が予定調和な感じを和らげている

XPressoのマップ変換画面。サインカーブで金属の棒の揺れを0.2度振れるように設定

CASE 02

yura from Hajime Nagatsuka on Vimeo.



  • 赤い土台もCASE 01と同じ方法で揺れている。土台が揺れていることで、不安定で頼りない印象を与えている。青いボールがセンターの黒い物体に乗るときも、多少上下に動いている。また、Twitter画質で見てもボールが回転しているということが伝わるようにするため、青いボールに柄を入れた。物体間を移動する際に多少の上下運動を入れるのも、「別の物体に乗りましたよ!」という説明に近い



  • このシーンのXPressoのUI

センターにある黒い物体に乗る際の上下の動きを与えているマップ変換のUI。わかりやすく解説するために画像の数値を大きくしたが、実際は「6」となっている部分が「2」程度に設定しているとのこと。数値が大きすぎると違和感が目立ってしまうので注意が必要だ



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.262(2020年6月号)
    第1特集:コスパ最高のHDRI制作術
    第2特集:オートモーティブ×ゲームエンジン
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年5月9日