3,000万年をかけて日本列島が誕生する様子を紹介したNHKスペシャル『列島誕生 ジオ・ジャパン』(2017年放送)。その続編となる本作では、プリビズからフィニッシュに至る制作環境をMayaからHoudiniに切り替え、日本が誇る絶景が誕生する過程をフル3DCGでフォトリアルに描き出した。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 263(2020年7月号)からの転載となります。

TEXT_峯沢☆琢也
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
©NHK

NHKスペシャル『列島誕生 ジオ・ジャパン2』
四季折々の絶景にあふれ、海や山の恵みに満ちている日本列島。この類まれな大地は、いかにして生れたのか? 知られざる列島誕生のドラマを描く『ジオ・ジャパン』のシリーズ第2弾。
出演:劇団ひとり、指原莉乃、巽 好幸(神戸大学教授)、和久田麻由子アナウンサー
©NHK

日本が誇る絶景が誕生する過程をフル3DCGで描く

大海原しかなかった3,000万年前から、列島の骨格が定まった300万年前に至る日本列島誕生の過程を描き、幅広い層から根強い人気を博したNHKスペシャル『列島誕生 ジオ・ジャパン』(2017)。続編となる本作では、日本が誇る絶景が300万年前から現在にかけて出現する過程を、東日本と西日本の2集に分けてフル3DCGで描いた。本稿では、同チームの新たな挑戦としてプリビズからフィニッシュまでの制作工程をMayaベースからHoudiniベースに切り替え、リッチ感のあるフォトリアルな作品に仕上げた点に焦点を当てて紹介する。

左上から時計回りに、古川泰行氏、北川茂臣氏、茅野 諒氏、大竹崇文氏、加藤晴規氏、渡部辰宏氏、戸梶雅章氏、金子良明氏、鍋島健作氏、早坂 渉氏、安藤隼也氏、遠藤龍一氏、新井 翼氏(以上、NHKアート)、中央左から、藤木美緒氏(NHKテクノロジーズ)、日髙公平氏、樋爪真子氏(以上、NHK

VFXプロデューサー・VFXスーパーバイザーを務めた日髙公平氏は、自社でエフェクト制作ソフトとして限定的に用いられてきたHoudiniをモデリングとアニメーション以外のCG制作工程で使用するため、必要なツールを多数開発しR&Dを重ねて実制作に入ったという。また、本作のメインテーマが「地形の成り立ち」である以上、地形および背景表現は作品のクオリティに深く関わる。前作では実写に3DCGを合成するという手法を多用したが、本作ではフル3DCGでの表現に挑戦しており、ショットによってはMORIEトランジスタ・スタジオFudeといった外部プロダクションと協力することで、解説映像でありながらもフォトリアルでダイナミックに変化する地形の動きを実現した。また新型コロナウィルスによるリモートワークへの移行に伴い、制作現場でのLinux運用フローから在宅でのWindows環境でも作業できるよう急遽ツールを開発。ワークフローを見直しつつセキュリティを考慮したデータの受け渡しができるよう工夫をこらし、随時柔軟に対応してのりきった。CGディレクターを務めた藤木美緒氏は「1対Allのオンラインでのコミュニケーションにより情報共有がスムーズになり、意見交換の面でも有意義でした」と、ポジティブな発見も少なくなかったと話している。

<1>プリビズからフィニッシュまでHoudiniを駆使する

地形と背景をフル3DCGでダイナミックに表現

日本列島を形づくる地形の変化をフル3DCGで表現することが制作の肝となる本作。モデル制作と動物のアニメーション作業ではMayaやSubstance PainterMARIZBrushを使用しているものの、プリビズからルックデヴ、キャラのアセット化、エンバイロンメント、アッセンブル、ライティング、エフェクトにいたるまで一貫してHoudiniで制作。プリビズからシーンデータをシームレスに継承できたことに、大きなメリットを感じたという。

テクニカルな部分では、HoudiniでTx作成を効率化するための「Tx Manger」、各種AOVやパラメータが設定されたROPを作成する「Scene Assembled Tool」、Houdini内のノードネットワークを作業者間で共有する「Script Viewer」といったツール群を新たに開発した。「現在の地形データと各時代の日本列島のアウトラインから各時代の地形を制作したのですが、Houdiniだと現在の地形データにノイズやオフセットをかけて加工できるので、時間短縮 につながりました。CGで制作した景色が嘘に見えないようにつくるのは難しいのですが、プリビズから同じデータを使用してプロシージャル化できたのはHoudiniならではですね」と日髙氏は話す。キャラクターモデルに関しては、Mayaなどでモデリングした後にHoudiniでルックデヴを行い、キャラクターアセットとしてHDAに登録。モデルデータはMayaからエクスポートしたAlembicデータを読み込んでパーツごとに切り分け、ジオメトリオブジェクトとして読み込むことでパーツごとにArnoldの設定を可能とするしくみを構築。キャラクターごとにHDAのバージョン管理を行うことで、常に最新のキャラクターアセットがシーンに反映されるよう工夫されている。動物が登場するシーンを担当した加藤晴規氏は、「Houdiniを実践的に使用したのは初めてでした。プロシージャルでつくるのは効率的ですが、どこまでをプロシージャルにしてどこからを手作業に切り分けるかのポイントを理解するまでは苦戦しましたね。木々を配置するバランスや背景をナチュラルに見せる点においては調整しやすかったです」と語る。その他、地形が変化する様子を再現する工程に関しては、地形データを読み込んでベースの地形を作成。200万年前の日本列島のアウトライン画像や現代の地形データを基に、3DCGで地形を起こしていった。 地形が変化する乗り替わりの難しいアニメーションでは、ノードベースであるHoudiniの威力がいかんなく発揮された。

ツールを開発して効率化を図る

使用したソフトウェアと制作フロー

Txファイルをマネジメントする「Tx Manger」



  • 各種AOVが設定されたROPを作成する「Scene Assembled Tool」。general ROP(背景やキャラなど)、volume ROP(ボリューム)、data ROP(2D Motion)など3種類のROPが作成可能



  • ノードネットワークを共有する「Script Viewer」

ルックデヴとキャラクターアセット

ナウマンゾウのキャラクターアセット



  • キャラクターアセットのパラメータ。Alembicのアニメーションデータのパスを編集できるパラメータを追加して運用した



  • キャラクターアセット内のジオメトリオブジェクト階層。緑色はAlembic作業用、青色にマテリアルを格納、赤色にキャラクターパーツごとのメッシュが入っている



  • 赤色のノードのパラメータ。Mayaのシェイプノードと同様にArnoldの設定が可能



  • 緑色のノードの中。読み込んだAlembicに対して処理を行なった後、各パーツに切り分けている

ルックデヴ後のキャラクターアセット

衛星画像を用いた地図のレンダリングシーン

衛星画像および陸・海底の高さデータを用いて、世界地図と日本地図のレンダリングを行うシーンを作成した。オリジナルの衛星画像の解像度が非常に大きいため、世界地図は8分割に、日本地図は1次メッシュに分割したタイル画像に変換しシェーダで読み込んでレンダリングを行う



  • 平面の世界&日本地図のレンダリングシーン



  • 平面シーンの完成画



  • 球体地図のレンダリングシーン



  • 球体シーンの完成画

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<2>Houdiniでプロシージャルに景色をつくる

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<2>Houdiniでプロシージャルに景色をつくる

フル3DCGで制作した景色をリアルかつリッチに魅せる

実写のような空気感と奥行感が印象的な本作では、雲のタイムラプス表現を用いて俯瞰から見た雲の動きをHoudiniで再現した。タイムラプス自体は時間の経過を表現するための演出だが、地形が変化する様子を邪魔しないよう雲のレイアウトや形状に気を配りつつ、時代の変化や地形の高低差を際立たせ、地面に落ちる影や遠景の霞といった空気遠近の表現にも力を注いだ。雲を自然に配置するには、小さな雲の塊をキャッシュにしてHoudini上でインスタンス化し配置する必要があり、各雲の塊にストレッチをかけるなど手作業による繊細な調整が加えられている。さらにNUKEを複合的に使用して、ディープコンポジットやフィジカルなぼかし、ポイントレンダーを使うなど、「説明CGだが実写のように美しくリアル」な映像になるよう見映えにこだわった。「実写素材では視点が動かせませんが、Houdini上で地面に影を落とすことができるのでリッチかつ立体的に空間表現ができます。また、プリビズで制作した地形のアニメーションデータがそのままフィニッシュまで使用できるのは、Houdiniベースの制作ならではの利点で可能性が広がります」とコンポジットチーフの戸梶雅章氏は語る。

また、これまで本編集の段階でカラーグレーディングを行なっていたが、本作の制作チームが担当したフル3DCGショットに関しては、チーム内でDaVinci Resolveを使用してカラーグレーディングを行なってから本編集に持ち込むことに。同社において4Kサイズの納品はHDRが基準であるため、HDRに配慮しながらコンポジット作業を行い、グレーディング作業でSDR版とHDR版をそれぞれ制作。DPXで出力して本編集に持ち込むというフローを作成した。コンポジットチーフを務めた戸梶雅章氏は、「SDRで観ることを前提にベストな鑑賞環境に引き上げつつ、HDRでさらにリッチで見映えのする画をアウトプットして、見応えのある美しい映像になるよう調整しています」と話す。統一感のある美しい映像を短時間で仕上げることが可能となり、フィニッシュワークにおいて効率的にクオリティを上げる新たな制作フローとして、同社3DCG制作チームの今後に大きく影響していきそうだ。

また、工数出しに関しても担当を複数人に分けづらい側面があったが、シーンごとに担当を割りふることで解決した。CGチーフを務め、工数の割り出しに携わった北川茂臣氏は、「ベースの地形データからシルエットを起こして加工していく部分などではHoudiniの利点を実感しましたが、カット担当者の間で行うデータのやり取りやマージ作業には苦労しました」と当初をふり返る。

地形制作におけるワークフロー

作業中のUI画面。ネットワークの上流で地形の作成、中流でシェーディング用のMapの生成、下流でアニメーションを行なっている

200万年前の日本の地形画像。カメラに映る部分を切り抜いて使用

左から、Houdiniによるプロシージャルな地形、実際の地形データから起こした形状、カルデラの形状

シェーディングで使用するため、地形データからいくつかテクスチャを出力

時間の経過を演出する雲のタイムラプス

雲の発生、成長、消失をくり返すシミュレーションを50パターンほど用意。偏西風を意識して画面左から右に流れるパーティクルシミュレーションを行い、パーティクルをインスタンス化する。雲をCGでレンダリングしたことで、環境との相互作用や地面に影を落とすといった物理現象をリアルに再現することができたという



  • 〈赤〉高さ方向に幅をもつ雲、〈緑〉厚さの薄い雲、〈青〉筋状の雲



  • 雲をインスタンスで配置した

完成画

海水の浸食による地形変化をHoudiniで再現

HeightFieldを使い、瀬戸と灘ができた大地に海水が入っていく様子を再現



  • プリビズシーンを引き継ぎそのままカット作業に移行



  • シーンビューとノードネットワーク



  • 山脈地形をリアルに再現するため、現在の日本の地形データをHeightFieldで読み込みベースとなる地形を作成。1次メッシュの区画番号で地形データを読み込むノードを作成した



  • ノイズを使い川と池に使うマスクを作成。このカットで計16のマップを出力した



  • 海水のアニメーション。Lineでベースアニメーションを作成。HeightFieldを活用してメッシュ化し、Ocean Spectrumで小さな波を加えた。HeightFieldからポリゴンに変換する負荷が高かったため、Height情報を参照してGridをデフォーム



  • 完成画

次ページ:
<3>Houdiniでフォトリアルな背景を制作する

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<3>Houdiniでフォトリアルな背景を制作する

リアルで美しい背景を実現するために全力を尽くす

本作では、水辺に転がる石や地面に生い茂る木々、草むらなどのプロップアセットにおいてもリアルで美しい表現がちりばめられている。従来の制作手法では実写映像に3DCGを合成するケースが多かったが、Houdiniによるフル3DCGの背景制作に挑戦するにあたり、近景用テクスチャ集からデフォルトシェーダを作成する「RDTImporter」、SpeedTreeで作成した木々をインポートする「SpeedTree Importer」といったツールを開発。また、Barehandの一瀬 隼氏と行本晧一氏らから背景に関するアドバイスをもらったり、SAFEHOUSEの鈴木卓矢氏による背景モデリング講座を受講したりと、背景制作に対して惜しみなく力を注いだ。背景制作を担当した金子良明氏は「動物キャラクターのデータはプリビズデータを引き継いでAlembicデータで受け取り、背景と一緒に仕上げる作業でしたが、植物系のアセットはHtoA(Houdini To Arnold)で大規模にレンダリングするのは向いておらず、メモリ管理やレンダリング時間の面でまだ課題があるようでした。3ds MaxV-Rayレンダリング等と比べると特に100万数のインスタンスデータなどは重いですね」とコメント。また、ライティング・キャラクターアセットチーフを務めた渡部辰宏氏は、「MayaベースからHoudiniベースに移行して慣れない部分もありましたが、Alembicの取り扱いに関してはMayaよりHoudiniの方が扱いやすかったです」とふり返り、Houdiniベースならではの効率的な制作フローの今後に期待しつつ、Houdiniの可能性に夢が広がると言葉を添えた。コンポジットに関しては、フル3DCGシーンの素材を地形と植物、川、動物で分けてそれぞれAOVに分解。さらに、物理演算してくれるノードを用いて「物理的に正しい画」を起点にコンポジット作業を行なったと、コンポジットを担当した大竹崇文氏は語る。

地形の変化をフォトリアルに表現することが主題となった本作の制作において、約70カットにおよぶCGカットをプリビズから一貫してHoudiniで完結させたメリットは大きかったようだ。

フルCGによるフォトリアルな背景制作



  • 完成画



  • 植生に使用したアセットノード群



  • 植生に使用したアセットモデル



  • 木のスキャッターポイント。Height Fieldから植生したい箇所をマスクして作成した。密度や回転、ランダム具合も一括で設定できる



  • 木をスキャッターした結果



  • 草や石も木と同様に配置したい箇所のマスクを作成。サイズ感の大きい物をベースに徐々に小さい物のスキャッターポイントをばら撒いた。ベースとなるポイントからポイントをスキャッターできるため、基本的な密度や配置はベースとなるノードを調整すればよい。密度感は小さくなるにつれて徐々に高くなるように設定した



  • 草のスキャッターポイント。「large〉medium〉short〉sporout」の順に密度が高くなる



  • 草と石のスキャッター結果。配置の確認にはCopy to Pointsノードを使用しているが、最終的なレンダリング時にはアセットを一度Assにしてインスタンスノードを使用して配置

コンポジット

素材は地形と植物、川、動物で分けてそれぞれAOVに分解。物理演算するノードを用いて「物理的に正しい画」を起点にコンポジットした



  • 各素材をAOVに分解し色調整



  • Deep to PointsノードでDeep情報をポイントクラウド表示したもの。素材やフレアなどをわかりやすく正確に置くことができた



  • Houdiniでエクスポートしたカメラデータを入力することで、レンズの焦点距離と実際の被写体までの距離を考慮して被写界深度を正確に表現



  • 空気感を演出するために使用した素材。煙素材とSpotFlareで空気感のある木漏れ日を表現。さらにフレアやダストを追加した

完成画



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.263(2020年7月号)
    第1特集:CG業界のリモートワーク事情
    第2特集:実写版『映像研には手を出すな!』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年6月10日