キャラクターアニメーションから、特殊大型映像、インタラクティブな体験型映像まで、幅広く手がけるモンブラン・ピクチャーズ。そのどれもに欠かせないのがモーショングラフィックスだ。本記事では、3つの制作事例『スポーツのルール feat. キシボーイ』、『Montblanc A Tribute To Imagination』、『福岡市政PR CM』を交えつつ、同社のモーショングラフィックスの技を紹介する。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 264(2020年8月号)掲載の「第2特集 視線を視線を釘付けにするモーショングラフィックス/コンセプト次第で変幻自在 モンブラン・ピクチャーズの技」を再編集したものです。
TEXT_渡部知世(モンブラン・ピクチャーズ)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
モンブラン・ピクチャーズ
映像の企画・制作を手がけるスタジオ。監督、プロデューサー、プランナー、アニメーター、編集マン、プログラマーなど、コンパクトなスタジオながらも個性的で有能なスタッフが在籍。企画に合わせてチームを組み、最適な表現方法を選択できます。映画『放課後ミッドナイターズ』や『HUGっと!プリキュア』後期エンディング映像 など、豊かな感情表現を伴うキャラクターアニメーションを得意としています。近年、新たにモーションキャプチャシステムを導入し、これまで以上にスピーディに、高品質なアニメーションを制作できるようになりました。
mtblanc.jp
▲左から、モーショニスタ・竹野智史、ディレクター・猪口大樹、ディレクター・山代竜也、プロデューサー・江藤浩輝
スタイルがない、というスタイル
"STRIKE YOUR IMAGINATION"この言葉が、当社のモットーです。エンターテインメントコンテンツを生み出すスタジオとして、いかに観る人、体験する人の心を動かし、喜んでもらうか、日々模索しています。当社にとって、モーショングラフィックスは手法のひとつにすぎません。キャラクターアニメーションやプロジェクションマッピングなど、様々な手法と組み合わせ、企画に合った表現を提案する。コンセプト決めの段階でしっかりと本質を見極め、目的をはっきり定める。これらを実践するだけでも、出来上がりはまったくちがうものになります。本記事では、当社が大事にしている5つの基本原則を紹介します。これらは、モーショングラフィックスのみならず、映像制作全般にも適用できることです。
第1に、当社の最大の特徴は「スタイルがない、というスタイル」をもっていることです。企画に合わせ、最適な表現方法やデザインをイチから構築していきます。第2に、「目的を常に意識する」ことを心がけています。コンテンツの方向性や目的を途中で忘れると、大事なメッセージが余計な要素で隠れてしまうことがあります。第3に、「シンプル&ボールド」も不可欠です。メッセージは、わかりやすく、強く訴えます。そのためには、ノイズを排除し、上手く抽象化させることが非常に重要です。当社の仕事をカレーづくりに例えるなら、お客さんの舌に合わせ、必要なスパイスと具を揃え、グツグツと煮込んでいくような感じ。味が整ってきたところで、第4の"隠し味"を投入します。それは「期待に応え、予想を裏切る」ということ。想像を膨らませる部分が多ければ多いほど、奥行きや深みを感じる、面白い映像になります。第5に「サムシングニュー 」。常に、+αとなる新しい何かを取り入れることも大事にしています。及第点ではなく、とことんスペシャルを目指します。以降では、具体的な制作事例を交えつつ、これらの基本原則がどのような場面で活かされているかを解説します。
『スポーツのルール feat. キシボーイ』
▲『テニスのルール feat.キシボーイ』
▲『7人制ラグビーのルール feat. キシボーイ』
キシボーイの愛らしく面白い動きを最大限に活かす
スポーツのルールをわかりやすく、かつおもしろく説明する本シリーズは、スポーツナビによるリオデジャネイロオリンピックのプロモーションのひとつとして、先にあった『ラグビーのルール feat. Kishiboy』に沿って新たにつくられました。作中に登場するキシボーイというキャラクターは、カイブツの荒川潤一氏が開発したものです。
本シリーズは、クライアントから提供された絵コンテと字幕用のテキストを基に、尺・ルック・レイアウトを当社がコントロールしながら制作しています。キシボーイのみ、もしくはグラフィックのみでルールを説明するのか、あるいは両方を組み合わせて説明するのかといった構成を最初の段階でしっかり固めたことで、合間に出てくるキシボーイの愛らしく面白い動きにこだわることができました。お腹をポヨンポヨンと揺らしながら機敏にスポーツをするキシボーイの姿は、スポーツ選手の動きを観察しながら自分たちで実際にポーズをとってみたり、キシボーイのモデルとなった「Kさん」から動きのリファレンスをもらったりしながら制作しています。
mtblanc.jp/ourworks/284/
モーショニスタ・竹野智史/プロデューサー・江藤浩輝
キシボーイを際立たせつつ、大事な情報を伝える
#目的を常に意識する
▲『テニスのルール feat.キシボーイ』の作中カット。キシボーイ以外の要素は極力シンプルにして、ナレーション・キシボーイの動き・グラフィックの動きを連動させました。グラフィックの動きにも意味をもたせ、大事なことが伝わるよう情報を削ぎ落としています。3Dはアイソメトリックな見た目とし、インフォグラフィックスな印象になるよう、キシボーイの質感はあえて記号化しています。また、画面に対するサイズを小さめにしました
▲【上】『7人制ラグビーのルール feat. キシボーイ』、【下】『レスリングのルール feat.キシボーイ』の作中カット。5種目のスポーツの映像を同時にローンチする計画だったため、背景・グラフィック・文字に関するデザインのルールを統一し、キシボーイのユニフォームだけを変更することで、スポーツのちがいを明確にしつつ、キシボーイの愛らしさを際立たせています
▲『テニスのルール feat.キシボーイ』の作中カット。4ポイントで1ゲーム獲得というテニスの得点方法を、必要最低限のグラフィックで伝えています。その間、背景でダブルスの試合を見せることで、大事な情報を邪魔することなく、エンタメ性も出しています
忠実な動きの中にコミカルさを出す
#期待に応え、予想を裏切る
▲『卓球のルール feat. キシボーイ』の作中カット。スポーツの仕草は、しっかり実際の動きを観察しながら付けています。キシボーイの造形はかなりデフォルメされているので、実際のスポーツ選手のようなポーズを付けつつ、ちょっとだけ誇張することで、愛らしく面白い動きになりました
▲『レスリングのルール feat.キシボーイ』の作中カット。ルール違反となる動きをわかりやすくコミカルに見せるため、あえて現実にはありえない行動をさせています
メリハリの利いた動き
#シンプル&ボールド
▲【上】『テニスのルール feat.キシボーイ』、【下】『柔道のルール feat. キシボーイ』の作中カット。グラフィックはシンプルですが、キシボーイはしっかり動かし、魅力的な演技やかけ合いを見せるよう意識しています。静止状態からパッと動かしてみることで、ナレーションの邪魔にならない程度に動きにメリハリを利かせることも意識しました
▲『卓球のルール feat. キシボーイ』の作中カット。卓球の動きにはかなりこだわりました。『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』でやっていた漫画『ピンポン』のパロディが面白かったので、カメラワークの参考にさせてもらいました。そうすることで、空間にグラフィックが浮かび上がっているようにも見える、ちょっと変わった導入になったと思います
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『Montblanc A Tribute To Imagination』>>キネティックライトとの融合で空間へ展開
『Montblanc A Tribute To Imagination』
▲『Montblanc A Tribute To Imagination Essential Moment Japan Installation』
キネティックライトとの融合で空間へ展開
本インスタレーションは、ドイツの高級筆記具ブランドのMontblancによる『星の王子さま』をモチーフにした新作コレクションのリリース記念イベントで披露されました。同作の「ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない」という有名な一節をテーマに、キネティックライト、プロジェクションマッピング、音楽の3要素を組み合わせた新しい視覚体験を生み出しました。
キネティックライトは、モニタやスクリーンでしか成立しなかったモーショングラフィックスの表現を空間に展開できるツールだと捉えています。また、そのミニマムで普遍的な美しさは、前述の抽象的なテーマや、Montblancのトンマナにもピッタリでした。その構造上、動かすスピードや輝度の階調に制約があるものの、最大限まで魅力を引き出す演出をしています。各要素の組み合わせによる新しい視覚体験を生み出すため、単体で成立する表現は極力排除し、組み合わせることでしか実現しない表現のアイデアをたくさん出し、何度も実験しながら効果的な演出を絞り込んでいきました。
mtblanc.jp/ourworks/2573/
ディレクター・猪口大樹
単体で成立する表現はなるべく排除
#目的を常に意識する
▲プロジェクトの初期段階で、キネティックライト、プロジェクションマッピング、音楽の3要素を組み合わせることでしか実現しない演出を何度も実験しました
▲冒頭のシーンでは、キネティックライトとプロジェクションマッピングを組み合わせた表現の面白さをわかりやすく伝えることで、その後の展開への期待感、ワクワク感を高める演出を意識しました
飽きさせない構成
#期待に応え、予想を裏切る
▲全体を通して飽きさせない構成にするため、キネティックライトの役割をシーンごとに変えています。最初はただの照明だったものが、【上】【中】宇宙や砂漠のシーンでは太陽に見えたり、【下】海のシーンでは月に見えたりする演出にしています
▲キネティックライトを動かすことで、【上】引力や【下】重力も表現しており、観る人の想像を膨らませることを意識しました
アニメーションのプリミティブな面白さを活かす
#シンプル&ボールド
▲【上左】【上右】キネティックライトの光がテーブルに落ちて波紋が広がるシーンや、【下左】【下右】テーブル上のパーティクルが集まってキネティックライトに乗り移るシーンでは、単純にキネティックライトとテーブル上の光のON/OFFを切り替えているだけですが、動いていないのに動きを感じるというアニメーションのプリミティブな面白さが、メディアをまたぐことで新鮮な表現になったと思います。キネティックライトとプロジェクションマッピングのタイミングがずれてしまうと成り立たない表現ばかりなので、全てのシーンの同期が完璧に合うように、キネティックライトのプログラミングを1フレーム単位で細かく調整してもらいました
オリジナルのシミュレータを作成
#サムシングニュー
▲様々なアングルからの見え方を検証するため、オリジナルのシミュレータを作成しました
▲After Effectsでキネティックライトの動きと光のON/OFFや、【上】【下】プロジェクションマッピングの映像を表現し、それらのデータをSyphonでシミュレータに送り、リアルタイムに様々なアングルで確認しながら制作できるようにしました
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『福岡市政PR CM』>>簡潔にまとめつつ、常にどこかを動かす
『福岡市政PR CM』
▲福岡市政PR『子育てしやすいまちづくり篇』
▲福岡市政PR『福岡100 ずっと働けるまちへ篇』
簡潔にまとめつつ、常にどこかを動かす
本作は、小難しく捉えられがちな福岡市の取り組みを市民に知ってもらう目的でつくられたシリーズで、2014年から現在までに約20本が公開されています。勢いと活気のある福岡市の雰囲気やイメージが、本作の方向性を決める上で重要なポイントになりました。「洗練」や「スタイリッシュ」よりも「親しみ」「温かみ」を重視したため、実写ではなくイラストを使い、「ただ動かす」だけではなく、観ていて楽しくなるような映像を目指しています。
人物はアイコン的なデザイン、物体は擬人化したデザインで表現している点が本作の特徴です。主婦、サラリーマンなどの具体的なビジュアルで人物を表現すると、市政に対する余計な誤解を生む可能性があったため、年齢や性別がわからないデザインにしました。その結果、「誰にでも当てはまること」、言わば「自分のこと」として市民が情報を受け取れる映像になったと思います。本作は30秒の尺で多くの情報を伝える必要があり、難しい言葉も出てくるので、構成段階から、いかに簡潔にまとめるかがポイントとなりました。また、常にどこかを動かし、観る人を飽きさせない演出を心がけました。
mtblanc.jp/ourworks/1076/
ディレクター・山代竜也/プロデューサー・江藤浩輝
少ない手数で、最大限の情報を伝える
#目的を常に意識する
▲『子育てしやすいまちづくり篇』では、従来の幼稚園や保育園とはちがう、企業主導型保育施設という新しい施設の設置が進んでいることを伝えています。【上左】【上右】【下左】企業を象徴するビル君が水をあげて育てた企業主導型保育施設が、【下右】新入生の帽子をかぶり、桜が舞う中で独り立ちしていく様子を表現することで、「今までにない新しい施設ができた」という情報が、短い尺で伝わる映像になったと思います
▲【上左】『福岡100 ずっと働けるまちへ篇』ではTV君を使ってグラフと数字を見せた後、【上右】チャンネルを切り替えて福岡市の地図を見せます。さらにTV画面の中へ飛び込むように地図をズームアップし、勢いよく福岡市を7区に分けた後、【下左】高齢者施設を出現させます。これにより、まち全体の元気のよさと、7区それぞれに施設があるという情報を伝えています。【下右】ラストカットで再びTV君を登場させることで、まとまりのある構成に落とし込みました。また、ナレーションに合わせたテンポのいい動きを付けることで、福岡市のアクティブで元気なイメージを強調しています
ふりきったデザインと構成
#シンプル&ボールド
▲『福岡100 ずっと働けるまちへ篇』の作中カット。人物は、年齢や性別がわからない、アイコン的なデザインにしています。ただし、視聴者の目を引きつけるため、単調ではない、活き活きとした動きになるよう心がけました
▲『子育てしやすいまちづくり篇』の作中カット。子育てしやすいまちをつくるため、福岡市は様々な政策を行なっています。しかし本作では、「保育施設が年々増えている」という一点に集中して情報を伝える構成にしました。冒頭の福岡市役所君の踊りに合わせて保育施設が増えていく演出や、前述の企業主導型保育施設の演出を通して、「新しい保育施設が続々と建設されている」という情報をわかりやすく伝えています
キャラクター的なかわいさを強調する
#シンプル&ボールド
▲【上左】『福岡オープントップバス篇』、【上右】『MICEの積極誘致篇』、【下左】『ウォーターフロントネクストで魅力ある海の玄関づくり篇』、【下右】『子育てしやすいまちづくり篇』の作中カット。物体を擬人化して動かすときには、動きの気持ち良さに加え、キャラクター的なかわいさを強調するよう心がけています。その結果、文字だけでは伝わりづらい情報を補完する役割も担うことができます
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月刊CGWORLD + digital video vol.264(2020年8月号)
第1特集:Unity最新ビジュアル表現
第2特集:視線を釘付けにするモーショングラフィックス
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:128
発売日:2020年7月10日
cgworld.jp/magazine/cgw264.html