SIGGRAPH2020期間中に開催されるProduction Sessionsでは、ハリウッド映画のメイキングが連日披露された。今年も興味深いテーマが目白押しであったが、レポート第1回の本稿では『Venturing Into the Unknown-The Making of "Frozen 2"(未知への冒険〜『アナと雪の女王2』メイキング)』の模様を要約してお届けする。講演の中で紹介されたクリップや映像がないと理解しにくい部分もあるかと思うが、補足も加えつつ紹介していくので、少しでも当日の模様を楽しんでいただければと思う。

TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE

『Venturing Into the Unknown-The Making of "Frozen 2"(未知への冒険〜『アナと雪の女王2』メイキング)』

▲写真左上から時計回りに、グレゴリー・スミス(Gregory Smith)/ Head of Character and Technical Animation、デール・マイエダ(Dale Mayeda)/Head of Effects Animation、スティーブ・ゴールドバーグ(Steve Goldberg)/Visual Effects Supervisor、モヒート・カリアンプル(Mohit Kallianpur)/Director of Cinematography for Lightingショーン・ジェンキンス(Sean Jenkins)/ Head of Environments、ケイシー・クウォック(Casey Kwock/Moderator)
© 2020 ACM SIGGRAPH / Disney

スティーブ・ゴールドバーグ:VFXスーパーバイザーのスティーブ・ゴールドバーグです。『アナと雪の女王2』ではユニークな挑戦が沢山ありました。沢山の新しいエンバイロンメント空気、火、水、地球を司る新しい4つのキャラクター前作から登場しているメインキャラクターの表現前作から採用しているインハウスのレンダラHyperionを更にインテグレートなどです。今日は下記のトピックスについてご紹介します。

●アレンデールの構築
●コスチュームデザイン
●魔法の森(The Enchanted Forest)
●魔法の川(The River Valley)
●暗い海(The Dark Sea )
●『みせて、あなたを(Show Yourself)』の歌のシークエンス


■アレンデールの構築

ショーン・ジェンキンス:Head of Environmentsのショーン・ジェンキンスです。本作でもお馴染みのアレンデールを再構築していく訳ですが、本作は前作の3年後で季節は秋という設定でした。そこで、アレンデールの街並みのアセットを、新たにペイントすることからスタート。前作のカラーパレットは雪に馴染みやすい色とデザインを考慮してつくられましたが、今回は秋を感じさせるカラーリングや装飾にしてみました。街の人々の衣装も同様です。

▲秋をイメージしたカラーパレット
© 2020 ACM SIGGRAPH/Disney

プロダクションの初期から街全体を紹介する曲が登場することがわかっていたので、バラバラに構築されていた街並みの「繋がり」を整理。お城、時計台、市場、それらを取り巻く街など実在する街のように再構築してみました。また、VRを活用してヘッドセットを被ると、アレンデールの街全体を視点移動できるシステムを開発しました。これは、曲の中で街のどこを紹介するかを決定するロケハンとしても役立ちました。本作を制作したのは2019年なので、前作よりもテクノロジーが進んでいます。それに伴い、街のディテールも前作では表現できなかったことが実現でき、さらにディテールのある街に仕上げていきました。


■コスチュームデザイン

グレッグ・スミス:Head of Character and Technical Animationのグレッグ・スミスです。本作は続編ということで、キャラクターもより良く見せる必要がありました。エルサとアナというお馴染みのキャラクターについても、コスチュームも含めいかにアップデートするかに挑戦しました。前作から3年後という設定でもあり、3年が経った感じを上手く伝えたいとの監督の意向があったので、彼女たちの衣装も3年が経過して少し洗練された感じを出してみました。エルサの衣装は、キャラクターデザイナーのチームと密に連絡を取りながらデザインを進めていきましたが、布地の素材や付いているビーズなどの細部に至るまでデザインが設定されました。

▲左側が前作『アナと雪の女王』、右側が『アナと雪の女王2』での衣装デザイン
© 2020 ACM SIGGRAPH/Disney

衣装の随所に雪の結晶が埋め込まれています。また、実際にテーラーメイドするかのように型紙のパターンを起こしデジタル上で縫い合わせているのですが、これによって一層自然な動きになるのです。そして何百回にもおよぶテストをくり返した末、雪の女王の衣装をまとったエルサのウォーキング・サイクルの初期テスト映像が完成しました。素材の重量感や弾力、シルエット、そしてボディにフィットしているかなどをテストするのです。

実際のプロダクションの中では、水の馬に乗ったり竜巻が起こったり、海を走ったりと様々な状況に対応していく必要があります。衣装のディテールも細部まで表現されていて、エルサの肩パッドの上にある雪の結晶のデザインは、ビーズやメタルなど5つの異なる素材のレイヤーから成っています。


■魔法の森(The Enchanted Forest)

グレッグ・スミス:森の中のシークエンスはストーリーでも大きな割合を占めています。前作では、デザインランゲージとして大きな印象を残していますが、本作でいかに引き継ぐかがチャレンジでした。また、使用するカラーペレットも検討を重ねました。秋の森なので様々な色が入っており、どのように色が作用するか色がうるさくなっていないか、そして、ストーリー展開を台無しにしないよう設定していきます。

秋のカラーパレットは過去のディズニー作品『眠りの森の美女』のプロダクションデザイナーだったアイヴァンド・アールのデザインを参考にしました。彼の作品は、シルエットが印象的で、自然をグラフィカルに描き出した優れたものが多く、自然をどのようにデザインランゲージに採り入れていくかを検討しました。また、監督とデザインチームはスカンジナビア等へリサーチ旅行に行ったのですが、「秋の色の鍵は地面にあった。特に地面からは目を離すことができなかった」と話していましたね。

さて、次の課題はこれをいかに3Dで表現するかです。自然をスタイライズしてデザインするのは難しいことですが、2Dのデザインをいかに上手く3Dに変換していくか。まずは森のデザインの一片を3Dでつくり、ターンテーブル(デジタル・アセットを360度回転させてレンダリングし、くり返し再生できる状態にした動画の総称)にして見た目を確認し、上手くいくことを確認してから他のパターンもテストしていきました。これをくり返して森にしていくのですが、このプロセスはまるでフラワーアレンジメントのような作業でした。また、べジテーションライブラリと呼ばれる、木々のライブラリも作成しました。テクノロジーの恩恵によりデザインツールの開発も行われ、木の枝に球を配置して色を指定すると、球の位置にひと房の枝と葉が自動生成され、後からカラーのバリエーションを調整できます。その他、ペイントした箇所に3Dの木が自動発生するペイント・ツールも開発されました。


次ページ:
■恋の迷い子(Lost in the Woods)

[[SplitPage]]

■恋の迷い子(Lost in the Woods)

モヒート・カリアンプル:Director of Cinematography for Lightingのモヒート・カリアンプルです。クリストフが歌う劇中歌『恋の迷い子(Lost in the Woods)』では、まずプロダクション・デザイナーがキーと呼ばれるカラーパレットを示すペインティングのコンセプト・アートを用意しました。そしてこれが監督に承認されたらライティングです。監督は観客が違和感なくファンタジーの世界に入れることを求めていたので、リアリティの世界からファンタジーの世界へのトランジッション(移行)は、このシークエンスの重要なポイントでもあります。そこで、ファンタジーの部分は彩度の高い黄金色を使った、ドラマティクなライティングにすることにしました。

あるショットでクリストフの顔面は暖色系の黄金色、後ろで歌うトナカイたちは寒色系のライトにしてコントラストを付けてみたのですが、監督はこのコンセプトを気に入ったようでした。そこで、他のショットでも同じようにカラーのコントラストを足してみることに。背景は寒色系のパープルで、上からの光は暖色系の黄金色に、ショットによっては画面をパープルが占める割合を大きくしたショットもありました。

このシークエンスは、クリストフがトナカイの相棒スヴェンに語りかけるところから始まりますが、ここでもパープルの背景に上からゴールドの光が射すことで、ファンタジーへのトランジションが始まります。途中からはまるでバンドのステージパフォーマンスを意識したような演出となり、トナカイたちはコーラス隊になります。クリストフがアナを抱きしめようとしてアナが消えてしまうシーンでは、アナの後ろから暖色系の黄金色のライトが射しているのですが、この画の中で彼女は暖かさを象徴しているのです。彼女が消えると、画面は一転して寒色系の色だけになります。このように、クリストフの気持ちを色で表現しているのです。そして曲の最後では、寒色系の色からリアルワールドのカラーへと移行させています。

このシークエンスでは、ボリュメトリックの背景や、差し込む光がたくさん登場します。一般的にボリュームレンダーは時間がかかるものなので、作業効率を少しでも向上させる工夫が必要とされます。そこで、Nukeの中でボリュームのポジションニング(位置調整)、デンシティ(濃度)やフォールオフ(減衰度)等をインタラクティブにコントロールできるようにしたのです。また、上から差し込むライトビームも、影に使用するテクスチャの調整をインタラクティブに行うことができました。


■魔法の川(The River Valley)

ショーン・ジェンキンス:Head of Environmentsのショーン・ジェンキンスです。私は、アース・ジャイアントという岩の巨人が登場する『魔法の川(The River Valley)』のシークエンスについてお話しします。長い川と渓谷が続くこのシークエンスでは、ハイレベルなディテールをもつ岩のビジュアルデベロップメントが必要とされました。これは、ジオメトリとベクターディスプレイスメントの組み合わせによって表現しており、並行してエフェクトチームが広範囲に渡る川のシミュレーションを行いました。このように、複数の部署が並行して作業を進めています。岩の巨人アース・ジャイアントについて、再びグレッグ・スミスが解説します。

グレッグ・スミス:アース・ジャイアントのコンセプトを最初に見たとき、どうやって表現してしようかと考え込みました。コンセプトアートを見ながら、プロポーションやシェイプランゲージを検討し、試行錯誤を経てオーガニックな形状と剛体を組み合わせつつデザインが固まっていったのです。次に、これをどうやって動かすかについてアニメーション・スーパーバイザーとチームがウォーク・サイクルのテスト動画で検証しました。アース・ジャイアントをトナカイのスヴェンと一緒に歩かせることで大きさが対比ができたり、岩と岩が繋がって構成されているボディがどのように動くか、重量感などを理解するには十分でした。

■暗い海(The Dark Sea)

デール・マイエダ:Head of Effects Animationのデール・マイエダです。エルサが駆け抜けようとする暗い海の表現のために、監督とチームはアイスランドへリサーチ旅行へ行き、黒い砂が広がるビーチを観察しました。この暗い海のシークエンスは、本作でも最もチャレンジが要求されたシークエンスの1つです。初期のコンセプトアートで描かれていた波は波高が低いものでしたが、デベロップが進むにつれ波の高さの設定がどんどん高くなり、最終的には約9m、エルサの身長の約5倍の高さという設定になりました。これらの波をコントロールするにあたり、波の変形や波長、大きさ等を調整するため、水面の断面図のサイドビューをつくりHoudiniのFlip Simでコントロールする際の指標にしました。

続いての課題は波をどのくらいの大きさにするか、打ち寄せる際にどのように見えるかです。これはストーリーとの関連性や、必要なアセット上で正しくコントロールできるという点でも必要です。海は、深海では波が砕ける現象は起こりません。波が砕ける際、浅瀬に到達すると摩擦が起こりそれで波が砕けるのです。シミュレーションをくり返したところ、パーティクルの数を倍にすると、水のデンシティと空気との摩擦で非常に良い結果が得られることがわかりました。シミュレーションに要する時間は倍増してしまいますが、それだけに期待どおりの画が得られました。

この作品での海の表現としてのチャレンジの1つに、エルサと波のインタラクション(干渉)がありました。我々のパイプラインでは、通常まずレイアウトから始め、カメラ位置などを決めるための仮のエフェクトガイドが入り、次にアニメーション、それからエフェクト作業へと進みます。本作は海が画の構図を決めるのに重要な役割を果たしますし、タイミングも重要です。今回は特例として、まず海面のシミュレーションをつくってレイアウトチームに渡し、一緒にタイミング等を詰めていきました。タイミングが決まれば、そのシミュレーションをベースに飛沫や泡等の素材を作成してリアリティを高めていきます。

エルサが大波に挑むショットは、波のシミュレーション結果をアニメーターに渡し、アニメーターは画面上で何が起こっているかを理解しながらアニメーションを付けることができました。これにより臨場感のあるショットになったというわけです。また、エルサが波の一部を凍らせて氷の橋をつくるショットがありますが、これはHoudiniでモデルが構築され、RBDシミュレーションとFlipシミュレーションによって仕上げました。

■『みせて、あなたを(Show Yourself)』のシークエンスにおけるエルサのコスチューム&エフェクト

▲エルサのウォークサイクルのテストから。衣装の各パーツの動き、弾性、素材感などが感じられる完成度になっている
© 2020 ACM SIGGRAPH/Disney

デール・マイエダ:このシークエンスでは歌いながらの衣装チェンジが含まれます。これを実現するにはエフェクトチーム、アニメーションチーム、テックアニメーションチーム、ライティングチームのコラボレーションが不可欠でした。まず、画面で何か起こっていくのかを決めます。そして、エフェクトのコンセプトを2Dでデザインするエフェクトデザイナーがベースになるデザインやコンセプトアートを用意し、クリスタルのパターンがどのように動いてコスチュームと融合するか等を詰めていきます。

グレッグ・スミス:この曲ではエルサの母親への想いと繋がりを表現しています。エルサのコリオグラフィ(振付け)、カメラの動き等のシネマトグラフィなど様々な要素が絡んでくるのですが、音楽とのタイミング調整も含めそれらの素材がどのように結合していくかを検討してきます。衣装1つにしても、例えばエルサの3.6mのケープがどのようにたなびくか、これを観察するためにアニメーターがケープを実際に撮影して、参考にしたりもしました。

キャラクターアニメーションの次は、エフェクト・アニメーターがエルサの衣装から出たミストと、それに伴って動くスパークルの動きなどを調整していきます。周囲からクリスタルが集まりエルサの衣装に合わさるショットがありますが、このショットではエフェクトアニメーターはコントロールおよびタイミング調整を重視するため、シミュレーションではなくキーフレームによって表現する方法を選びました

モヒート・カリアンプル:このシークエンスのライティングではドームライトをベースに、右後方から強めのバックライトを当てて印象的な雰囲気を与えました。そして、フィルライト、左奥からのリムライト、正面にもう1つ形状を見せるためのモデル&シェイプライトを足して完成です。チャレンジだったのはエフェクトとの絡みでした。全てのエレメントがコリオグラフィをベースに上手く繋がっていなればなりません。あるショットでは、3種類のドレスの変化が2段階のトランジッションで必要となったのですが、エフェクトエレメントがドレスからドレスのトランジションの助けとなりました。合成エレメントの1つはスパークルから放たれているグローレイヤーで、これにはダイヤモンドの形状やスパークルそのものが含まれていました。トランジションの途中には、ドレスそのものが発光し、ここにエフェクトとしてミスト素材などが追加されていきます。これらの数々のプロセスを経て、『アナと雪の女王2』は完成したのです。

▲『アナと雪の女王2』ディズニープラスで配信中
disneyplus.jp © 2020 Disney