11月7日(土)・8日(日)に「CGWORLD 2020 クリエイティブカンファレンス」がオンラインにて開催された。本稿では、(元)Method Studios Montrealでエフェクトアーティストとして活躍された傘木博文氏のセッションを紹介。『しくじりハリウッド先生』と題して、同氏が海外でくり広げてきたしくじり体験を紹介しながら、そのしくじりをどのように切り抜けたのか、またそこで得た教訓が詳しく語られた。また講演vの冒頭で、傘木氏より「4」というしくじり数字が提示された。この数字は一体何を意味するのかについても考えてみていただきたい。


TEXT&PHOTO_オムライス 駆 / Kakeru Omu-rice
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE


しくじりその1:手の中で消えたDigital Domain

傘木氏のキャリアは、Academy of Art Universityに在学中、学内コンペで1位を獲得した作品に注目が集まったことから始まる。Vimeoに掲載していた当該作品に注目したNext Limitから、SIGGRAPHのデモリールに作品を使用したいというメールが来たのだ。そのオファーをきっかけとして就職先を見つけてやろうと意気揚々とSIGGRAPH会場へと乗り込み、同氏が「海外就活三種の神器」と称する、「デモリール」、「ショットブレイクダウン」、「履歴書」の3つが入ったDVDをJob Fairで手当たり次第にバラ撒いたそうだ。そんな熱心な就職活動が実を結んで、Digital Domainから就職のオファーが届いたという。


▲傘木氏(右)と、同氏が学内コンペで1位を獲得した作品

「ジュニアアーティスト、特に学生にとっては、ハリウッドで最初の仕事を取るのが最も難しいんです。しかし、一度取ってしまえばあとは芋づる式に仕事が舞い込んでくるので、最初の仕事をどうやって取るかが大切なんです」と傘木氏は語る。その最初の就職先としてDigital Domainは願ってもない会社であり、即答で学校を辞めて就職をすることに決めたが、夏休み中で担当者がおらず、返答は後日ということになった。

学校を辞めたとしても、Digital Domainに就職が決まったのなら今後は安泰だと考えていた傘木氏だったが、いくら待っても先方からの返答はなく、そうして大学への履修届の締め切りが迫る9月、同社が倒産したというニュースが入ったという。当然ハリウッドでの就職はご破算となり、傘木氏は大学に残ることになってしまった。「早まるな。何かを始めるなら、周到に準備をして根回ししてからにすべきだ」というのが、同氏がそのしくじりを通して得た教訓だった。


しくじりその2:夢のDreamWorks

その後傘木氏は、Atomic Fictionへの就職に成功する。「フレンドリーでとても居心地の良い会社でした。ここでの経験が、僕の中で重要な位置を占めています」と同社での日々を語る。 そんなAtomic Fictionで働いていたある日、傘木氏のもとにDreamWorksILMからのオファーが立て続けに舞い込んだ。どちらも世界的な超大作を数多く手がける著名なスタジオであり、オファーとしては申し分のないものだったが、ふたつのオファーを同時に受けることはできない。傘木氏は何を決め手に転職先を選んだのだろうか。

「当時の僕は、アメリカで働き続けるためにビザのステータスを安定させたいと考えていました。そこで両社に打診してみたところ、就労ビザが出せるというDreamWorksに決めました。同社には専門の弁護士がいて、全ての手続きを代行してくれるという話だったのです」(傘木氏)。さっそくAtomic Fictionに退職届けを出し、DreamWorksへの就職を待ちかねていた傘木氏に、とあるニュースが飛び込んで来た。ビザの応募が始まる4月1日から5月5日の間に、すでにビザが発給上限に達したというニュースだ。

このとき、応募者の総数は12万4千人、ビザの発給対象人数は8万5千人、つまり68.5%の確率でビザの発給を受けることができる計算となる。傘木氏は68.5%の確率を引き当てることができたのだろうか......。「抽選に外れたのでビザは取れず、採用される資格がなくなりました。簡単に言うと、内定取り消しです。さっき『早まるな』と言ったんですけど、また早まっちゃったんですね(笑)」。


▲傘木氏を襲った悲劇

あと3週間でビザが切れるという状況下で、合法的にアメリカに滞在できる方法を見つけ出すべく傘木氏は追い詰められたという。しかし、ギリギリまで追い詰められたまさにそのとき、救いの手が差し伸べられた。

「友人って大事ですよね......。学生時代の友人の若杉君が、こんなアドバイスをしてくれたんです。就職ができないなら、自分で会社をつくれば良いと」(傘木氏)。当時のアメリカでは、STEM(理系の大学)を出ていた場合、OPT(※)を1年間延長できたそうだ。ただし、延長するためにはE-Verifyというプログラムに登録している企業に就職することが条件だった。傘木氏は全速力で書類を揃え起業に成功。こうして自身で設立した会社に「再就職」することで、アメリカへの滞在権を獲得した。

※:OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)
アメリカの大学を卒業すると、専攻分野と同業種の企業において実務研修を積むため、1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができる

そしてそうこうしているうちに、古巣であるAtomic Fictionからオファーを受け、DreamWorksに未練を抱きながらも出戻りというかたちで再就職することになったという。すると間もなくして、なんとDreamWorksが500人もの人員削減をするというニュースが飛び込んで来たという。「もしあのままDreamWorksに就職できていたら、真っ先にレイオフの対象になっていたはずです。そういう意味では、結果的には就職できなくて良かったということになりますね」。


▲幸運にも古巣であるAtomic Fictionに再就職

講義の最後に、傘木氏は改めて自らの経歴をふり返りながら、自身が得た教訓について語った。「決して諦めちゃダメです。ギリギリまで最後まで粘った人がようやく舞台に残れるんです。もちろん運もありますが、運は実力でたぐり寄せるものなんです。努力した人、最後まで諦めなかった人に運が巡ってきます」。

「講義の冒頭で提示した『4』というしくじり数字、僕がこの8年間で関わった会社のうち4つが消滅しているんです。吸収合併という良い意味で消えてしまった会社もありますけどね。しかも、3日前までその数字は3だったんです、3日前に Method Studiosが買収されて4になってしまったんですよね。最後にもう一度言いますが、皆さん、早まっちゃダメですよ(笑)」。


▲傘木先生のしくじりメモ

日本出身の3DCGアーティストが海外で活躍する機会はますます増える一方ではあるが、日本にいながらにして海外で働くためのノウハウを身につける機会は非常に少ない。本セッションは、海外で働くことを考えている3DCGアーティストにとって必見の講演となった。数々のしくじりに直面しながらも、自らの努力とその努力によってたぐり寄せた運によってハリウッドで活躍してきた傘木氏の経験から学べることは大きいのではないだろうか。また講演の最後に、傘木氏のオススメ書籍として、「テクニカルアーティストスターターキット」「線形代数入門」の2冊が紹介された。こちらも参考にしていただきたい。