日本初のVR映画に特化した映画祭「Beyond The Frame Festival」では、期間中に複数のオンラインイベントが開催された。2月19日(金)は「VR映画の新たな作り手が感じた可能性 〜実写、アニメ、VRにおける表現力の差分」がテーマのトークセッション。本映画祭の上映作品が初めてのVR監督作となった国内外4人の映画監督たちが、映画制作中のエピソードとVRの可能性を熱く語り合った。

TEXT_大野晴香 / Haruka Ono(Playce)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)

●Information


  • 「Beyond the Frame Festival」
    開催日程:2月12日(金)~2月21日(日)
    開催場所:オンライン
    言語対応:日本語・英語
    審査員:園 子温氏、大宮エリー氏、福田 淳氏
    ナビゲーター:届木ウカ氏
    主催:株式会社CinemaLeap
    協力:文化庁委託事業「文化芸術収益力強化事業」/HTCVIVE/VIVEPORT/VeeR
    btffjp.com
    twitter:@btffjp
    YouTube:https://youtu.be/90UUyMahbkg

初のVR映画制作で感じたフィルム制作とのちがい

本イベントの登壇者は、VRを用いて実写映画を制作したHSU Chih-Yen 氏、アニメーション映画を制作したゆはらかずき氏、Mikkel Battefeld氏、Randall Okita氏の4人。株式会社FOVE CEO & Co-founderの小島由香氏がモデレーターを務め、1時間半のパネルディスカッションが行われた。


HSU Chih-Yen氏
映画、ミュージックビデオ、コマーシャルディレクター/『Home』監督

台湾出身。これまでミュージックビデオのほかフィルムでの映画制作を行なってきた。代表作は『Shei xian ai shang ta de』(2018)、「Yellow Claw Feat. Rochelle: Waiting」(2018)、『I Missed You』(2021)


ゆはらかずき氏
イラストレーター・アニメーション作家/『MOWB』監督

1996年、日本生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コースを卒業し、現在は東京藝術大学大学院映像科アニメーション専攻に在籍している。制作する作品の大きなテーマを「母と子の関係」と設定し、大学時代から作品づくりを続けてきた

Mikkel Battefeld氏
ディレクター&コンピューターグラフィックアーティスト/『amends』監督

デンマーク出身。これまでは2Dで子供向けのアニメーションや、コマーシャルなど幅広い映像作品を手がけてきた。第77回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀VR審査員賞を受賞した作品『THE HANGMAN AT HOME』のCG合成を担当。インタラクティブデザインへの興味からゲーム開発のプロジェクトも進めている


Randall Okita氏
監督/『ザ・ブック オブ ディスタンス』監督

カナダ出身。カナダと日本に拠点を置き制作活動を進める。トラウマを背負った兄弟を描いた短編作品『The Weatherman and the Shadowboxer』は、トロント国際映画祭で短編映画賞を受賞した。そのほか、モントリオールニューボーシネマ映画祭などで多数受賞

固定されたフレームで映像視聴するフィルム作品と異なり、VR作品の場合は、鑑賞者が映像の中に入り込み、空間内を自由に移動して見たいものを見ることができるところが特徴だ。Mikkel氏は、「鑑賞者が空間の中でどう感じるか、その体感をデザインするというのがフィルム作品とは大きくちがうところだろう」と、VR作品制作の大前提を語った。

▲Mikkel氏の作品『amends』は、崩壊して行く家庭を描いた作品。子供の成長に伴い変化していく母子の距離を、子供の視点から鑑賞できる

話はVR作品を制作する際の大前提から、VRの特徴を最大限活かすための試行錯誤へと移っていった。VRは、鑑賞者が目の前に出てくるものとインタラクションし、空間の中で動き回ってもらうことこそが肝になる。

Randall氏は、「登場人物が生きた時代や体験に対して、疑問を抱いたり想像したりしてもらえるよう "問い"を投げかけ続けることで、鑑賞者の作品への関与を促しました」という。その"問い"を引き立たせるために、アニメーション内に物語に関連する写真を登場させ、インタラクティブ性のあるしかけとして鑑賞者の興味を引き付けた。作品の登場人物は、Randall氏の祖父など実在した人物。実際に所有していたパスポートや、取り交わされた公文書が写真で登場する。

▲Randall氏の作品『ザ・ブック オブ ディスタンス』は、日本から太平洋を越えてカナダに渡ったRandal氏の祖父を追った物語

一方で、「鑑賞者が自由に動き回ることによって見せたい場面が見逃され、作者の意図しない鑑賞体験になるのではないか、という懸念を抱いていました」と話すゆはら氏。彼は、作品の登場人物である母と娘(鑑賞者の視点)をへその緒で結ぶことで、鑑賞者が映像内のどこに行っても、へその緒でつながる母へと視点が戻るというしかけで、制作時の不安を解消していったという。

▲ゆはら氏の作品『MOWB』は、"命"をテーマにした作品。1本のへその緒でつながれた母と娘が、命をやりとりしなら姿を変えていく様が描かれている

表現方法により異なるVR制作プロセスのポイントとは

続いて、VR映画制作時の具体的な工夫点やプロセスが披露された。

4人のなかで唯一実写の映画を制作したHSU氏は、事前のリサーチで、カメラが動く速度には注意が必要であることを知ったという。「カメラの動くスピードは、速すぎると鑑賞者がクラクラしてしまうのですが、遅ければ違和感なく見ていられます。私の作品では、登場人物となる家族のうち、車いすに乗る祖母を鑑賞者の視点にすることとし、カメラを車いすに設置しました」(HSU氏)。

カメラは合計8台設置し、8台の撮影映像をつなぎ合わせて編集を行なった。「ただし、映像の境界で顔が切れないような演者の配置をしていました」と、HSU氏は制作時の調整について説明した。

▲『Home』は、HSU氏の祖父母の家を舞台に、祖父母、子供、孫たち家族の関わり合いを描いた作品だ。映画には、HSU氏本人も出演している

アニメーションの監督たちからは「360度空間のVR制作の際に、フィルムと同じように絵コンテを用いるのは難しい」という共通の感想が聞かれ、続いて、絵コンテをテーマに話が進んでいった。

アニメーション作品を手がけたゆはら氏は、「360度の絵コンテを描くのは難しく、途中で描くのを止めました(笑)。制作にかかわる人数が2人以上になる場合は共通認識をもつために詳細なものが必要かもしれませんが、私の場合は1人での制作だったため、だいたいのイメージをつかんでおくための絵コンテを描くにとどめました」とコメント。

Mikkel氏とRandall氏は、VRペインティングを試したという。「VRペインティングにより空間の感覚、距離感をつかみ、人の視点をどう導くかなどを試した」とRandall氏。Mikkel氏は、「ペイントをしてすぐに3Dにするという方法がうまくいったと思います」と話した。

一方で実写映画を制作したHSU氏は、「そもそも絵コンテを描かなかった」という。「キャストには撮影前の3日間、生活を共にしてもらいました。これによって彼らの間に本当の家族に近いような関係性が生まれ、ごく自然に、家族として動き、話してくれるようになりました。絵コンテを描いて演技指導をするのではなく、本番は彼らの自然な動きに委ねて1ショットで撮り切りました」。

どの監督も、作品制作にあたり相性の良い方法を手探りで見つけていった様子が窺えた。

作品完成後の今感じているVRの可能性と未来

最後にVRの可能性と未来についてコメントを求められると、彼らは今後も最新技術を表現手法とすることへの意欲を見せた。

HSU氏は「鑑賞者の視点を登場人物の一人に固定するのではなく、登場人物のそれぞれの視点にジャンプさせられないかと考えています。ジャンプさせることによって、ひとつのテーマに対してそれぞれが何を感じ、どう考えているのかというちがいが体感できる。そんな作品を作ってみたいです」と、次回作への意気込みを話した。ゆはら氏は、「まばたきセンサを使って、眠ったら次のシーンに進むといった作品を作ってみたい」と、最新技術を組み合わせることで新たな鑑賞体験を目論んでいる。

今後、VRはどう変化していくのだろうか。Mikkel氏は、「VRにおいて重要なのは、体験すること。将来はどのメディアもその方向性になるのではないだろうか。体全体で感じ、作品の一部となる完全な世界ができると思う」とメディア全体の方向性を予想した。Randall氏は、「私はこれからもスマートフォンでポッドキャストを聞くと思うし、PCで映像を見たり、ヘッドセットで鑑賞したりすることもあるだろう。これらの比重はわからないけれど、そんなふうにVRは数ある視聴方法のひとつとして日常になるのではないだろうか」と、VRの未来の立ち位置を想像した。

アニメーション、実写、ゲームなど、様々な分野で試行錯誤を繰り返すVRクリエイターたち。彼らは今後も、互いに影響を与え合いながら前例のない作品を生み出し続けていくことろう。近い将来、きっと、想像をはるかに超えた知覚体験ができるような時代がやってくるにちがいない――。そんなことを思わされる、夢の広がるトークセッションだった。