2021年4月より配信されている短編アニメーション『青い羽みつけた!』。原作は2020年1月設立のアニメーション制作会社Noovo(ノーヴォ)による絵本『青い羽みつけた! -さがしてみよう 身近な鳥たち-』(パイ インターナショナル)で、アニメ制作も同じくNoovoが手がけている。絵本の柔らかな絵柄そのままに再現された本作はいかにしてつくられたのか? UE4とDaVinci Resolveをアニメづくりに採用したという、その手法を取材した。
TEXT_峯沢☆琢也
EDIT_海老原朱里(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© Noovo Inc. / 青い羽みつけた!製作委員会
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短編アニメーション『青い羽みつけた!』
dアニメストア、ほかにて配信中
原作:青い羽みつけた!(Noovo Inc. / PIE International)、企画:Noovo Inc.
監督/プロデューサー:宇田英男(Noovo Inc.代表取締役)
チーフディレクター:川越崇弘、脚本:箕崎 准、アニメーション演出:中村近世(pH studio Inc.)、アニメーションディレクター:川井江里夏/陳希(pH studio Inc.)、CGディレクター:鈴木茉歩(pH studio Inc.)、UE4アーティスト:千野勝平、撮影・編集:清水理央、アニメーションプロデューサー:近藤左千子、アニメーション制作:Noovo Inc./pH studio Inc.
製作:青い羽みつけた!製作委員会
公式HP:aoihane.jp 公式 twitter:@aoihanejp 原作絵本:pie.co.jp/book/i/5424
多様なツール&フルデジタルで原作絵本のルックを再現
「はやと」と「ひな」の2人の兄妹が綺麗な青い羽を拾ったところから物語が始まる全6話の短編アニメーション『青い羽みつけた!』。現在、dアニメストアほか、各配信サイトで視聴することができる(※)。今回は制作に当たったNoovo(ノーヴォ)を取材。監督であり、Noovoの代表でもある宇田英男氏を中心に、チーフディレクターの川越崇弘氏、UE4アーティストの千野勝平氏、撮影・編集の清水理央氏、撮影協力の小町 直氏に詳しい話を聞いた。
※......dアニメストアでは全6話を1本にまとめたディレクターズカット版を配信
右より、監督:宇田英男氏(Noov)、撮影(コンポジット)協力:小町 直氏(リトルビット)、UE4アーティスト:千野勝平氏(フリーランス)、撮影・編集:清水理央氏(EOTA)/囲み(似顔絵)、チーフディレクター:川越崇弘氏(フリーランス)
本作はデジタル作画による手描きのキャラクター、背景は手描きと3DCGとのハイブリッドな手法を採っており、中でも3話と4話ではUnreal Engine4(以下、UE4)を使用して3DCGが活用されている。また、本作はEpic Gamesによる開発資金提供プログラム「Epic MegaGrants」に採択されており、アニメ制作におけるゲームエンジンの活用という意味でも、絵本のような表現の開発という意味でも挑戦的な作品といえる。アニメーションの現場でフルデジタル制作環境を推し進めるにあたって新しい技術を使い、新しいワークフローをテストしつつ「手描きのアニメーションの良さを活かす」ことが目指された。
前述のように、背景制作では3話と4話にてUE4を利用しているほか、キャラクターの作画部分に関してはCLIP STUDIO PAINT、鳥の表現にはMaya、撮影と編集工程には主にDaVinci ResolveとFusionが使用されているのが特徴だ。また、原作である絵本もNoovoが手がけており、「絵本を作成した時点で自社IP作品として、絵本のタッチを活かしたルックを最新の技術でいかに再現できるか、見ごたえのあるものにできるかを追求してきました」と、宇田氏。2020年初頭から企画が本格始動し、原作の絵本制作とPV映像が並行して制作された。
本作の特筆すべき点はこうした絵本タッチの表現の手法と、フルデジタルで完結しているワークフローを採用していることだろう。特にUE4によるNPR(Non-photorealistic rendering)表現を採用した背景制作や、Fusionでの撮影工程に関しては、従来とはちがう新しいアニメーションのワークフローを提示していると言ってもいい。以下、詳しい内容を見てみよう。
UE4&Megascansで効率的にねらい通りの背景を構築
Epic GamesからUE5が発表されて業界が湧いたもの記憶に新しいが、本作では3話と4話の背景制作にUE4が使用されている。3話に関してはメインの「林のセット」部分をUE4で表現。手前の木々と草木をアセットモデルで配置し、一番奥の遠景は板ポリゴンに"遠景のボケ表現"としてイメージを貼り付けて表現している。アセットに関してはMegascansのライブラリーアセットを場面に応じて変形させたうえでシーンに配置。いったんMayaにアセットをインポートしてモデリング修正とPhotoshopによるテクスチャの加工を経てUE4にもち込んでいる。そのうえで質感表現に関しては「水彩画のイラストタッチ」に落とし込むためにイメージボードを参考にしながら木々のフレネル部分に「アナログの筆による彩色の色ムラ」のような白っぽいシェーディングで薄い色をのせ、その後にポストプロセスでエッジの黒い主線に見えるラインを表示させている。このような表現プロセスの調整に関してもゲームエンジンを使用しているので、リアルタイムで最終出力の質感調整ができ大幅な作業時間の削減ができる部分がメリットになっている。
▲3話で使用された背景の元となる手描きのイメージボード。このボードの質感を元にUE4上で木々のモデルの配置、シェーダの調整、カメラワークの設定まで行われている
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▲Megascansのアセット。ここではまだマテリアル変更を施していないのでリアルな質感になっている。作例は3話でフクロウがとまっている木
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▲割り当てられているテクスチャをリアルなものから水彩画タッチへ馴染むように加工を加える
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▲フクロウの木を中心に近景のレイアウト。リアルタイムでカメラワークを変更してセッティングを施していく
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▲同じく、UE4での背景アセットの配置画面。近景は木々をモデルで埋めているが、遠景に関しては書き割りの板にイメージを貼り付けている
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▲UE4のマテリアルのノード画面。絵本のようなマットな質感を目指し、エッジに水彩画風の色ムラがでるようにフレネルノードで角度が浅い部分からグラデーションがかかるように設定してある。これらのノードは個別に調整できるようになっており、カットに合わせて微調整を行なっているとのこと
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▲リアルタイムレンダリングで出力された背景イメージの完成画。フレネルによるマテリアルの白フチに加えて、フィルタでさらにエッジに暗めの色の主線が表現されている
4話に関しては、3話と同じように一番奥のオブジェクトを書き割り状態で貼り付け、手前の木々はアセットモデルを配置。ただし「葉っぱ」のような細かくてボリューム感のある自然物をボードの質感に近づけるために、ここでは葉っぱが密集した板ポリゴンで処理をしている。加えてこの話数では移りゆく季節の表現が必要だったため、カラコレを施すことによって同じアセットで2つの季節を表現できたこともメリットになったという。
▲最終的な4話の背景の完成画。3話同様にアセットモデルのエッジには白いグラデーション。さらに濃い主線でラインが引かれているのがわかる
3、4話合わせて約100カットにもおよぶこれらの背景制作はUE4アーティストの千野氏が1人で担当。アセットの配置からシェーダのセッティング、レンダリングまで、ゲームエンジンのリアルタイム特性がフルに活かされている。これを従来形式の3DCGソフトによるレンダリングで行なうとなると、作業リソースの面はもちろん、修正フィードバックの対応などにも時間がとられた可能性が高い。「背景のセットを組んで最終形が見えてきた後は、非常に作業スピートが早くなりました。こうしたワークフローは今後に向けてひとつの効率化の在り方になると思います」と川越氏が語るように、リアルタイムによる生産性の高さにはスタッフ間でも驚きだったという。「プリレンダリングで2日間かかりそうなカット数の背景レンダリングが、UE4を使うことで10分程度で済みました。アセットを上手く活用してそれをリアルタイムで再現できるので、UE4での表現には、まだまだ未開拓の領域があると思います」(千野氏)。
After Effectsでの情報量の調整とCLIP STUDIO PAINTよる作画
背景制作ではUE4のほかにAfter Effects(以下、AE)も使用されている。特に3話での林のシーンではUE4からはイメージデータのほかに、被写界深度やオブジェクトのマスクをOpenEXR形式で出力。カットごとに望遠から広角のレンズの見え方の調整を施している。具体的には被写界深度の情報で絞り値を変化させることで、手前と奥の木々のディテールをぼかして、AE上でリアルタイムに結果を反映させながら背景の情報量が調整できるワークフローが組まれた。これにより、作業を後戻りさせずともイメージ通りの表現まで最短でたどり着くことができたとのこと。ただし、UE4上でのアンチエイリアスフィルタに関しては上手くディテール処理ができなかったため、2倍のサイズで出力してAE上で半分のサイズに縮小という昔ながらの手法も併用し、ジャギー処理に対応している。UE4からの出力サイズは大きくなってしまったが、リアルタイムレンダリングなので大きな問題は出なかった。カットによっては手前と奥で素材を分け、BOOK(背景とは別に手前に配置されるレイヤーをアニメーション用語でBOOKという)も必要になったが、少ない素材で処理できたのも利点になった。一方、作画工程では一貫してCLIP STUDIO PAINTが使用されており、後述のタイムシートデータと連携することで、データ量を圧縮し、Fusionでのアニメ撮影までスムースに行なっている。
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▲OpenEXRで出力された被写界深度情報を元にAfter Effectsのレベル調整で遠景の奥の木々の量を調整している。画像は実際の完成画より木を少なくした状態の作業画面。絵画手法でいうところの「遠くのモノは情報量を間引いて表現する」という部分をモデル作成工程ではなく後加工のフィルタ工程で行なっているので、修正結果が瞬時に反映され、完成イメージを見ながら調整をすることができた
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▲深度情報から木々の量を調整した完成画
Fusionによる撮影とDaVinci Resolveによる編集
UE4を使ったゲームエンジンによる背景表現もさることながら、撮影工程にFusion(DaVinci Resolve内のコンポジット機能)を採り入れているという点も珍しい本作。通常であればアニメーション作品の撮影はレイヤーベースのAEを使って行われることが多いが、本作ではノードベースのFusionが採用された。CLIP STUDIO PAINTからの作画データと共にタイムシートの読み込みには「東映アニメーション デジタルタイムシート」のデータ形式を経由して、Fusionでシート情報を組み直している。この部分に関してはシステム管理を担ったリトルビットが独自のスクリプトを作成しており、手作業を廃して自動処理がなされるワークフローが組まれている。CLIP STUDIO PAINTから出力されたタイムシートデータ(XDTS)には作画のセル素材の名前が紐付けられており、Fusion側のローダーで紐付けされた作画データとタイミングデータを元に[TimeStrecher]の設定で作画のコマ打ちを再現するというしくみだ。レクチャーさえ済んでしまえばタイムートと撮影ツールとのやりとりでの縛りがなくなり、様々なスタッフが様々な工程に触れるという意味でも、今後の発展性に期待できるかたちになったのは良い実例だったという。なお、タイムシートを使うことで、連番で出力していた作画素材も必要最低限の枚数だけでやりとりできるので、サーバーへの負担やデータの移動にも圧倒的なデータ圧縮に貢献できたとのことだ。
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▲今回、リトルビットによって独自に作成されたタイムシートスクリプトは「InportTimeSheet」と呼ばれている。以下、その活用のながれ。まず、CLIP STUDIO PAINTから出力した作画のセル素材をFusionのノード[Loader]で取り込み、タイムシートのセル名と一致するようノード名を変更しておく
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▲[メニューバー>ワークスペース>スクリプト>ImportTimeSheet]でスクリプトを起動する
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▲[TargetMedia]で任意のノードを選択(初期状態ではスクリプトを走らせた際に選択していたノードが表示されている)。[Browse]ボタンをクリックするとファイルエクスプローラが起動するので任意のタイムシートを開き、[OK]を押す
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▲[Loader]の後続に[TimeStrecher][Rectangle][MattControl]ノードが追加される。[TimeStrecher]にはどのフレームでどのコマを使うか、[Rectangle]には空セルのキーフレームが打たれる。[MattControl]はそれら2つのノードをひとつにする役割がある
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▲スクリプトで打たれるキーフレームはリニア補完となっているので、スプラインエディタでキーフレームを選択して「StepIn(AEでいうところの停止フレーム)」に変換する。[MattControl]のOutがタイムシートを反映した状態のセルとなる。なお、このスクリプトやFusionとの連携ツールに関心がある業界関係者はぜひリトルビットまで問い合わせてほしいとのこと
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▲東映デジタルタイムシートの例
▲Fusionによる人間キャラクターの作画データ処理のノード一覧。絵本の水彩画のタッチに合わせて淡く色がグラデーションするエフェクト処理を加えている。ノード化しているのでそのままノードを別の作画素材にコネクトすれば同じエフェクト処理が瞬時にかけられる。左がキャラ処理前で右が処理後のプレビュー画面。線・塗りを別セルで提供してもらい、それぞれに絵本のタッチに近づくような処理をかけ、最後にマージして背景に合成している。線にはラフエッジを模したテクスチャ処理をしてアナログのような主線に、塗りには紙風のテクスチャ、エッジボカシなどを加えて絵本のイメージに合わせている
Fusionでの撮影後は同じソフト内のDaVinci Resolveにシームレスに作業を移し、カットの合成から全体の編集へとそのまま作業が進められるのもコンパクトで有用なワークフローといえる。UE4やCLIP STUDIO PAINTからFusion、そしてそのまま編集をDaVinci Resolveで仕上げ、と一連の作業がフルデジタルで完結している。また、コラボレーション機能を使うことでNoovoのサーバーにVPNを使って外部からプロジェクト参加してもらうなど、データの移動も必要なかったとのこと。特に昨今のコロナウイルス禍でのリモート作業ではフルデジタル&クラウドベースで作業が進められたのは非常に有用だった。「コラボレーション機能を使えたのもDaVinci Resolveの良い部分でした。川越さんにも撮影工程をみてもらって、従来では紙を介していた部分もデータで監督と一緒に把握できたことで小回りが効きました。『アニメ撮影でFusion』というのはまだまだ珍しいですが、Fusionのノードベースは工夫次第で入り口のハードルは下げられると思います。今回、AE以外の撮影業務の選択肢として、実績が発信できたのなら嬉しいです」(清水氏)。
Fusionによる撮影とDaVinci Resolveによる編集
現状のアニメーション工程では、「最終ルックの決定」に関しては分業や作画データの二値化の必要性から新しいワークフローの提示がなかなか難しかった。しかし、本作の取り組みからは、これまでは取り入れられてこなかった様々なツールやワークフローにチャレンジできる余地がまだあるということを知ることができた。また、現状のアニメーションの撮影ではAEが標準となっており、それ以外のコンポジットソフトというとOpenEXR形式の外部プラグインもまだまだ少なく珍しいが、表現者としては「選択肢は複数あったほうがお互い切磋琢磨してより良いツールへの進化、より良い表現、より様々なスタッフが関われる」というメリットもある。
取材の最後に宇田氏は「本作では新しい作り方に挑戦していますが、視聴者の方にはぜひシンプルに作品を楽しんでいただけたらと思います。アニメを観終わった後は外に出て鳥を探していただけたら嬉しいです(笑)。同時にインディーズアニメであっても、商用アニメでも、こうした新しい取り組みを知っていただくことで多くの方に『新しくアニメをつくってみたい』と思ってもらえるとありがたいです」と語ってくれた。気になる人はぜひ本作の配信をチェックしてみてほしい。