カプコンの誇るハンティングアクションゲームの金字塔『モンスターハンター』シリーズの最新作にして、Nintendo Switchのグラフィックスの限界に挑んだ『モンスターハンターライズ(以下、MHRise)』。「和」を意識した本作のイメージコンセプトや、内製エンジンによる開発手法について話を聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 275(2021年7月号)からの一部転載となります。

TEXT_神山大輝(NINE GATES STUDIO)
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda

『モンスターハンターライズ』
開発・発売:カプコン
リリース:発売中
価格:8,789円(パッケージ版)、7,990円(ダウンロード版)
プラットフォーム:Nintendo Switch
ジャンル:ハンティングアクション
www.capcom.co.jp/monsterhunter/rise
©CAPCOM CO., LTD. 2021 ALL RIGHTS RESERVED.

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Nintendo Switchで目指した「これまでにない画づくり」

本作は「いつでも、どこでも、誰とでも、気軽に遊べるモンスターハンター」というコンセプトの下、Nintendo Switch専用タイトルとして開発がスタート。携帯ゲーム機として正統進化した"モンハン"として、モンスターたちが息づく世界をリアルに描くという従来のビジュアルコンセプトは保ちながらも、「従来とはまたちがった『モンスターハンター』の世界を見せたかった」というディレクター・一瀬泰範氏の発言通り、開発当初からこれまでにない画づくりを意識した。そして生まれたアイデアが「和」を採り入れること。

例えば、クエストの拠点となる「カムラの里」は古来から日本に伝わる「たたら製鉄」が盛んであり、建造物やキャラクターの服飾に至るまで和の雰囲気がふんだんに盛り込まれている。また、「マガイマガド」などのモンスターにも妖怪のようなおどろおどろしさを採り入れている。



  • プロデューサー/辻本良三氏


  • ディレクター/一瀬泰範氏



  • シェーダー アーティストリーダー/高木康行氏


  • テクニカルディレクター/宮部浩太朗氏

本作の開発は2017年初頭、10人程度のメンバーでスタート。まずはNintendo Switchという新たなハードでのワークフロー構築、画づくりに必要なシェーダの策定、処理負荷の検証など、開発の下地を整えることから始まった。こうした技術検証は『モンスターハンター:ワールド(以下、MH:W)』(2018)でも同様の立ち位置だったシェーダアーティストリーダー高木康行氏や、テクニカルディレクター宮部浩太朗氏、グラフィックエンジニアの羅 原氏がリード。

本作の開発上の大きな特徴は、前作で使用したカプコン内製ゲームエンジンではなく、2017年リリースの『バイオハザード7 レジデント イービル』から本格運用が始まった「RE ENGINE」を全面的に採用している点。「Nintendo Switchで表現できる最高のクオリティのものを仕上げることを目標としていたので、カプコンのゲームづくりに最適なエンジンを目指して日夜進化を続けるRE ENGINEを選択しました」とプロデューサー辻本良三氏は語る。では、本作の新たな挑戦を紹介していこう。



  • グラフィックエンジニア/羅 原氏


  • キャラクターモデル テクニカルアーティスト/戸田勝己氏



  • アニメーション セクションリーダー/山本 満氏


  • 背景リーダー/寺井正文氏



  • 背景・ライトリーダー/井上孝俊氏


  • エフェクトリーダー/栗山圭吾氏

【前作からの進化】効率化と高い表現力を両立したRE ENGINEによるパイプライン

前作と異なり、『MHRise』はNintendo Switchで発売となるため、開発初期の設計段階から綿密な負荷軽減や描画方法の仕様策定が行われた。従来のRE ENGINEはDeferred Renderingを基本とし、Forward Renderingは一部の特殊な質感表現のみに留まっていた。しかし本作は携帯機向け、Deferred Renderingではパフォーマンスに懸念が残ることが予想された。

そこで宮部氏らは、開発初期の段階から全てをForward Renderingで行うレンダリングパイプラインの構築に着手。「RE ENGINEにはPythonでツール作成やバッチ処理が行えるので、大量のアセット設定を一括変更するなど、ワークフロー上のメリットが大きいです。日々進化しているRE ENGINEの最新レンダリング機能を転用できるのも利点です」(宮部氏)。

実装面ではパフォーマンスを優先しながらも、画づくりでは表現の幅を広げている。『MH:W』で用いられていたFurブラーや油膜、濡れ、環境マップを利用した屈折表現など、使用頻度が高く処理負荷の低い疑似SSSは本作でも使用され、さらに水面の反射や歪みを表現する独自のプロセスや大気散乱表現を新たに実装。ステージの時間経過に応じた自然な光や、シーンに応じて表情を変える水面を表現できている。



ハードの限界に挑んだ屈折・透過表現

▲【左】キャラクターの肌に透け感を出すためにSSSの採用を検討したが、高負荷なため使用を断念。代わりにハーフランバートで回り込んだ光のみに赤みを付加し、赤以外の光は元のランバートの陰影を保持することで、陰影のキワの部分に赤みが差すような実装を行なった/【右】同手法でSSSによる透け感を簡易的に再現した肌の質感

▲【左】オサイズチのデザイン画の一部。首から背中にかけてグラデーションが入っており、毛の先端が白く描かれている/【右】セカンダリUVを使用したテクスチャ。通常ではUV情報が同じ大量の短冊ポリゴンに対して同一のテクスチャを参照することが多いため、デザイン画のようなグラデーションや模様を再現するのは困難となる。今回は2種類のテクスチャの色をブレンドすることにより、色味の幅をもたせた

▲【左】セカンダリUVを使用したテクスチャの適用前/【右】適用後。色の変わり目が綺麗なグラデーションになっている



  • ▲本作では疑似屈折に環境マップが用いられている。一般的に環境マップは反射表現で用いられており、反射の方向を計算した上で該当のテクスチャを読み込んで表示するが、反射ではなく視線の向きのテクスチャを読み込むと透明のような見た目になる


  • ▲視線方向のテクスチャを参照した環境マップ。向こう側が透けているような見た目になる



  • ▲さらに法線で少し歪ませ、色づけした環境マップ


  • ▲本作で多く用いられている屈折表現。クリスタルのような乱屈折を表現

▲同手法で制作したゲーム内の氷


『MH:W』から活用されたシェーダ

『MH:W』時代にテクニカルアーティストが開発した特殊なシェーダは、『MHRise』でもひき続き活用。中でも短毛表現で用いられるFurシェーダは特にニーズが高く、モンスターやオトモ、防具のファーなどに用いられている。



  • ▲オトモのアイルー、Fur適用前。モデルとテクスチャがそのまま描画されている


  • ▲短毛がある位置に、毛の表現の土台となるノイズを乗せる



  • ▲Fur用Velocityでぼかす方向を指定


  • ▲これらをモーションブラーでぼかすことで、毛の流れが再現された生き物らしい毛並みを表現。アイルーやガルクだけでなく、前項で説明したオサイズチのファー表現にも同様の手法を用いている

▲泥で汚れた表現などを実現するためにフローマップも用意。必ず流体が下方向に流れるよう、UVの縦横それぞれの向きと内積を取って自動的に処理している



  • ▲波長のズレによる虹色を表現するThin Film Iridescenceシェーダを油膜表現に活用。画像は未適用の状態


  • ▲適用後。玉虫色のような、見る角度によって色彩が変わる質感表現で、アーティストからも評判が良いという。光を波長として捉えることで、薄い油膜や構造色などの独特な虹色を表現する。パラメータは油膜の厚み(色の数)、油膜の強さ(ブレンド率)のほか、『MH:W』時代からの改善点として新たに油膜の屈折率(色指定)も設定可能

【モデリング】制限の中でも妥協せず破綻のない自然なキャラクターを描く

新規キャラクターのモデリング工程は、Mayaでモデリングおよびスキニング、Substance Painterでテクスチャ作成、RE ENGINE上で調整というながれで進行。過去作に登場したデザインは仕様変更・各種リダクション(必要に応じてUV、テクスチャ、スキニング修正)、その後は同様にRE ENGINEへ出力し調整する。基本仕様はプレイヤーが17,000ポリゴン、オトモが5,000ポリゴン、モンスターはサイズに応じて3,000~12,000ポリゴン。

「新モンスターと同じフィールドで違和感なく見えるよう、移植モデルはポリゴン数やテクスチャサイズに留意し、関節数はモーション班とも検証を重ねながら慎重に進めました。また、初動の工数軽減のため、リネームや不要関節の削除、テクスチャマップのチャンネル分解を行う内製ツールも開発しました」(キャラクターモデルテクニカルアーティスト・戸田勝己氏)。

携帯機タイトルは、負荷軽減だけでなく全体容量も見据えた設計が最重要だが、その中でも可能な限り見映えを良くすることが求められた。そのため、例えば主要なNPCについてはインゲームとカットシーンでは4倍サイズの異なるテクスチャで描画する、プレイヤーの装備はカメラ機能を用いた際のポーズが装備によって破綻しないよう工夫するなど、ユーザーが注視するであろうポイントに注意してつくり込んでいる。それだけでなく、新たなオトモのガルクの肉球など、普段は見えにくい部分にもこだわりが散りばめられている。


キャラクターモデル

キャラクターモデルは、Mayaでモデリング~スキニングを行い、Substance Painterでテクスチャを作成、RE ENGINE上にインポートして調整を行うながれで制作。過去作からのキャラクターは既存モデルを流用してUVやテクスチャ、スキニング修正などのリダクションを施す。ただし、基が本作よりもロースペックなモデル(ロアルドロスなど)の場合は、『MH:W』クラスのハイスペックモデルを作成してから本作用のリダクションを行なっている。

▲ロアルドロスのインゲームモデル

▲ロアルドロスのハイメッシュモデル。背びれの形状や前足の突起部分など、細かなディテールにちがいがある

▲3DS時代のロアルドロスのインゲームモデル。過去作からは多数のキャラクターが登場しており、それぞれリダクションの工程が異なるため作業工数が読みにくかったという

▲本作から新たに登場したマガイマガドのモデルとワイヤーフレーム

▲ハンターのインゲームモデルとワイヤーフレーム


武器・防具

武器はモデルスぺック制限が最も厳しく、実質1,800ポリゴン程度。同じ武器種の変形は基本的に同一のモーションで動いているため、ドリブンキーやパーツの表示切替を行なって変形のバリエーションを増やした。ただし、表示タイミングのフレーム指定などが必要となり、簡単ではなかったという。

▲ガンランスに関連付けされたドリブンキー



  • ▲本作のメインモンスター、マガイマガドの装備。防具は比較的リッチなつくりだ


  • ▲影の処理は高負荷となるため、全装備共通の影モデルを使用している



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.275(2021年7月号)
    特集:2021上半期 珠玉のゲームグラフィックス
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2021年6月10日