レベルファイブによるファンタジーゲーム「二ノ国」シリーズの最新作として、今年6月に配信が開始された『二ノ国: Cross Worlds』。開発に当たったのは『リネージュ2 レボリューション』(2017)などで知られるネットマーブルだ。今回はキャラクターと背景の制作を中心に、そのメイキングについて取材した。
TEXT_大河原浩一
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
© LEVEL-5 Inc. © Netmarble Corp. & Netmarble Neo Inc. All Rights Reserved.
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『二ノ国:Cross Worlds』
ジャンル:ファンタジーアートRPG
提供元:Netmarble Corp.
開発元:Netmarble Neo Inc.
原作・監修:株式会社レベルファイブ
対応OS:Android 5以降/iOS 11.0以降/iPad, Androidタブレット対応
価格:基本無料(アプリ内課金あり)
リリース:配信中
2worlds.netmarble.com/ja
「二ノ国」シリーズの世界観を継承しジブリアニメのようなトゥーングラフィックスをスマートフォンゲームで実現
本作はレベルファイブの企画制作、アニメーション作画にスタジオジブリ、音楽を久石 譲氏が手掛けた「二ノ国」シリーズの最新作で、モバイルMMORPGとして今年6月にリリースされたゲーム作品だ。3DCGのトゥーンレンダリングによって、二ノ国の背景やキャラクターたちがシリーズから継承された美麗なグラフィックスで表現されている。開発を担当したのはオンラインRPG『リネージュ2 レボリューション』(2017)やモバイルゲーム『七つの大罪 ~光と闇の交戦~』(2019) をサービスしているネットマーブルの開発スタジオのひとつ、ネットマーブルネオだ。今回はネットマーブルネオのグラフィックスチームのメインスタッフに話を聞くことができた。
本作はレベルファイブの協力のもと「二ノ国」シリーズのIPを用いて、ネットマーブルにより2018年から開発がスタートした。レベルファイブからはシリーズ作品としての基本的なガイドラインは提示されたが、制作上の裁量権はかなりネットマーブルに委ねられていたこともあり、制作過程ではあまり大きな問題もなく順調に開発が進められたという。
グラフィックスチームの構成はキャラクター原画6名、キャラクターモデリング6名、背景原画4名、背景モデリング7名で構成されている。スタッフ構成を見るとわかる通り、ネットマーブルではキャラクターや背景のデザインから手掛けているため、統一感のある世界観が表現されている。キャラクター原画パートリーダーのクォン・ファン氏は本作のグラフィックへのこだわりを「本作では一般的なゲームグラフィックスをデザインするのではなく、これまでリリースされている「二ノ国」シリーズのグラフィックスを踏襲したクオリティや、「二ノ国」シリーズにふさわしいアニメーションの雰囲気を本作でも活かせるように注力しました。ひとつのキャラクターデザインだけにデザインを集中させるのではなく、キャラクター、背景含め全てのグラフィックスが自然に調和するように過度なデザイン、カラーを極力使用せず、シンプルかつ魅力的なキャラクターになるように気をつけました」と話す。また、アートディレクターのチェ・ナムホ氏は「「二ノ国」シリーズを踏襲して、ジブリらしい感じをゲームで表現するために、柔らかい陰影のあるシェーディングではなく、トゥーンシェーディングによる表現を選択したため、これまで『リネージュ2 レボリューション』のような立体感のあるシェーディングの表現に慣れていた我々としては、とても多くの試行錯誤がありました。しかし、結果的には満足のいく表現に仕上げることができました。開発者としてではなく、ゲームを楽しむユーザーとして、この作品が面白いかどうか。どうしたらもっと新鮮な面白さや感動を与えることができるのか、チームメンバー全員が一緒に悩み、愛情と真心を込めてつくった作品なので楽しんでいただけたら幸いです」と語る。それでは本作のメイキングを紹介する。
カスタマイズ可能な5種類のプレイヤーキャラクターたち
それでは、まずは本作に登場するメインキャラクターについてメイキングを紹介する。本作に登場するプレイヤーキャラクターは5種類。モデリングには3ds MaxやZBrushが使用されている。キャラクターアセットは、まずデザイン作業の後、基本となるシルエットを捉えながらモデリングを行い、キャラクターモデルの単色部分と模様や汚しなどテクスチャマップが必要な部位をUV展開してテクスチャ制作が行われる。なるべく最短の時間でゲームエンジン、Unreal Engine4(以下、UE4)に読み込んで、実際にゲーム内で使用されるシェーダを適用した状態で確認できるように心がけているという。デザイナーはキャラクターをUE4に読み込んだ状態で、テクスチャ表現などのディテールを確認し、修正を繰り返しながら最終的な成果物をアップさせるという。「3DCGのキャラクターを制作する上で一番心がけたのは、今回のキャラクターはアニメ調のルックで統一されていますが、ディテールがチープにならないように、服のシワやパーツのディテールをなるべくリアルなリッチな見え方になるように、メッシュの段差の付け方などにはとても気をつけています。また、空気感や環境光の影響による影の処理などにも工夫を施しながら作業を行なっています」とキャラクターモデリングパートリーダーのハン・ギョンファン氏は話す。
ゲーム内で使用されているキャラクターモデルは、フル装備の状態で20,000ポリゴン前後、敵のボスキャラクラスのモデルでは、最大で25,000ポリゴンを基準にモデリングされている。使用されているテクスチャのサイズは、縦横1,024ピクセルを基準にパーツごとに最適な解像度が使用されており、大きなボスキャラや演出的に必要な場合は1,024ピクセルのテクスチャを2枚程度使用して、リッチなルックが表現されている。 プレイヤーキャラクターについてはカスタマイズすることができるのも特徴のひとつだ。その分、作業量も膨大かと思われたが、キャラクターの肌や色の変更はUV情報を活用してカスタマイズの機能に対応したり、カラーの変更はRGBチャンネル別にUVマスキングを活用し、顔のデカールの変化はUVチャンネルを切り替えることでカスタマイズできるように工夫されているため、それほど難しい作業ではなかったという。ただ、カスタマイズのための追加作業がかなり発生したので、その部分での苦労はあったという。
プレイヤーキャラクター5体の制作工程はどのようなものだったか聞いたところ、「キャラクターのアセット制作を始めたころは、まだキャラクターのデザインが決まり切っていなかったので、手探りで様々に試しながら制作が進んでいました。キャラクターの柱となるキーワードのみが決まっている状態から作業を開始して、制作途中にキャラクターに付け加えたら面白そうな様々な要素を付け加えながらキャラクターを完成させました」とクォン・ファン氏は話す。キャラクターを3Dアセット化する際にも「キャラクターを様々な角度から見ても見やすい陰影が生成されるように、ライトの角度と影の領域を補正して物体の色が影の領域から色相と彩度がきれいに変化するようにシェーダも工夫しています。また、カメラに対してキャラクターの角度が変わった際にキャラクターの立体感がわかりやすくなるように法線の修正なども行なっています」とテクニカルアーティストパートリーダーのウィ・ソンミン氏は、キャラクターのルック開発へのこだわりを話す。 キャラクターに表示される輪郭線は、ポストプロセスで表示させる方法と輪郭専用のオブジェクトを使用する方法とが検討されたが、二つの表現方法を試しながら、ゲームのプラットフォームとなるスマートフォンのデバイスで表示したときに、よりきれいな輪郭線を表示することができるオブジェクトを使用した輪郭線表示の手法が採用されたという。
キャラクターの性格を感じさせるデザイン
▲メインキャラクターのキャラクターデザイン。それぞれのキャラクターには明確な性格付けが施されている。画像はエンジニア。可愛く天真爛漫な10代の天才少女
シンプルながらもディテールにこだわったキャラクターモデル
▲ソードマンの全身のワイヤーフレームとレンダリング画像。ゲーム内に登場するキャラクターは、全て3Dモデルが使用されている。スマートフォンをプラットフォームとするゲームなので、キャラクターは約20,000ポリゴン程度で構成されている
▲同じくソードマンのバストショットのワイヤーフレームとレンダリング画像
▲キャラクターの集合画像。少ないポリゴン構成でも衣服のシワや髪の毛などがわかりやすく、きれいにモデリングされている
キャラクターカスタマイズに対応するためのテクスチャ
▲キャラクターの顔のデカールカスタマイズに使用されているテクスチャ例。UVチャンネルを切り替えることでデカールを切り替えることができるようになっている。デカールは十種類前後作成されている
キャラクターの陰影と輪郭線
▲雲などの背景を表示した完成画像
▲キャラクターの陰影の例。カメラとキャラクターの角度や演出的なライティングにおいて最もきれいに見える、もしくは演出意図が伝わるような陰影になるようにキャラクターのメッシュの法線が細かく調整されている
特殊な表現を試みたボスキャラクター
▲メインキャラクターのルックは、いわゆるトゥーン調のヒト型キャラクターであるため特殊な表現は少ないが、モンスター系のキャラクターではエフェクト的な動きやシェーディングが採用されている。画像はボスモンスターの例。このモンスターの体型はお腹がふっくらとしているため、動くとお腹が液体のように揺れる。このお腹の揺れを表現するために、Liquid Masked MatCapマテリアルを使用し、動きに応じて揺れる表現を実現している。このZBrushなどで良く使用されるMatCapシェーディングの技法は、動きをプラスしてキャラクターの部分的な部位の特殊な質感表現を行う場合によく活用されているという
▲柔らかい動きを強調するために使用されたLiquid Masked MatCapマテリアル。一般的なMatCapのマテリアルに流体的な動きが追加されている
▲マテリアルを構成するためのBlue Printのノード構成
軽量化のために施されたキャラクターのLOD
▲キャラクターに施されたLODの例。画像はメッシュのLODの例で、左から100%、50%、35%にポリゴン削減されたモデルだ。100%に比べてもほぼ見た目の劣化が感じられない
▲キャラクターのボーンのLOD例。左のフルセットアップに比べて右はゆれものなどのボーンが削減されている
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『二ノ国』シリーズらしく美しくつくり込まれた背景
「二ノ国」シリーズらしく美しくつくり込まれた背景
次に本作の美麗な背景美術について紹介する。本作で使用されている背景は、デザインの段階からネットマーブルによって手掛けられている。背景デザインの制作を円滑に進めるには、企画チームとコンセプトアートチームとの十分なコミュニケーションと、膨大で適切な参考資料が必要になってくると、背景モデリングパートリーダーのイ・ソンヒ氏は言う。背景が制作される手順には、導線レベル、モックアップレベル、ディテールレベル、ポリッシュ&エフェクト配置レベル、最適化レベルといった段階を踏まえて制作されている。まず、導線レベルでは作成された企画書を基にシナリオと狩り場のステージのサイズ、ボスキャラクターとの戦闘場所などをUE4のランドスケープツールを使ってラフに作成していく。UE4上で導線を描き、導線に沿って山脈や平地といった地形を実際にUE4内で確認できるような3Dマップを作成し、ゲーム内でのながれを確認しながら全体的に背景デザインのプランニングが進められていくという。
次のモックアップレベルでは、コンセプトアートを基にしてDCCツールを使って制作されたランドマークのアセットが配置されていく。モックアップレベルではスカイラインの位置や背景の全体的な色味、ライティングの方向などを十分に考慮しながらアセットが配置され検討される。アセットの配置が決まったところでディテールレベルに作業は移る。ディテールレベルでは、最終ルックに近い状態までアセットのディテールをアップし、キャラクターの大きさに合わせたアセットの調整などを行いながら、さらにリッチな表現を探っていく。ほぼゲーム内で使用できるクオリティに背景アセットが構築できたところで、エフェクトの要素を加えていく。背景アセットに対して光りものやグローが必要であれば適用し、動的なエフェクトを追加しながら、より魅力的な背景となるようにつくり込まれる。ほぼ背景が完成したら、最後にテクスチャのサイズ調整やメッシュのLODなどを最適化して完成となる。
「背景のコンセプトアートは、スタジオジブリがもつアニメ作品の背景美術のテイストやコンセプトを踏襲しつつ、これまでにリリースされている「二ノ国」シリーズのテイストを活かした方向性で制作しました。コンセプトアートを制作する上ではスタジオジブリの背景美術を多く手掛けている男鹿和雄氏の作品をとても参考にしました。彼の作品に描かれている筆のタッチなども背景のテクスチャに反映したいという意見も多かったです。背景制作を進める上で、一番気を遣った部分は、色味と空気感で、明るく朗らかな背景画面になるように彩度を低めにして、長時間ゲームをプレイしても目が疲れない画面になるように気をつけています。背景のルックが決まるまで実写と絵画の中間的な画風を活かすために、様々な試行錯誤を経てプロトタイプを作成しています。背景の細かい要素を構成する色のひとつひとつから、スタジオジブリ作品のようなテイストを感じ取ってもらえたらうれしいですね」と背景原画パートリーダーのグ・ミョンシン氏は語る。
本作は非常に広大なフィールドが表現されたMMORPGだが、スマートフォンでプレイできるように様々な開発上の工夫が施されているという。まず上げられるのがLODの活用だ。本作ではポリゴン、ボーン、アニメーション、フィジックス、パーティクルなど多くの要素にLODを適用して軽量化を図っている。また、キャラクターのフェイシャルを構造化して、ゲーム内の多くのカットシーンで再活用できるように工夫されているという。また、ライティングの要素は非常に処理負荷のかかる点だが、ライティングをテクスチャに記録する静的なライティングの代わりにダイナミックライトを使用している。これはスマートフォンの性能では、ファイルのローディングが非常に遅いのとテクスチャメモリの使用を極力減らして、スマートフォンでも快適な操作環境を実現するための選択だという。ちなみに本作のライティングでは太陽光による影を生成するためのディレクションライト、最大3つの方向に照射可能なポイントライト、ワールドの特定の位置から空間を照らすカスタムライトなどが使用されている。
そのほか背景制作においては、ここまで紹介した他にも様々な手法が採り入れられている。例えば、空の表現では色温度を変化させることで自然な色と動きのある多様な雲をプリセットによって素早く環境構築できるようにしたり、エリアフォグを実装することで特定の位置の空気感や色彩を調整して雰囲気を演出することができるようになっている。また、スマートフォン用に作成したベースメッシュの反射オブジェクトを利用して水面や地面の反射などを表現することも可能になっている。そのほかに作業環境ではカスタムグリッドの開発によって、アニメーションやVFXの範囲を正確にマッチングさせて素早く作業できるような工夫も施されているという。
背景のデザイン
▲コンセプトアートの一例
▲実際のゲーム画面。スタジオジブリの美術背景の表現を上手く採り入れて、シリーズのテイストを継承しつつも新しい「二ノ国」の世界が表現されている
背景制作のながれ
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▲背景アセットが出来上がるまでの工程を切り出したもの。企画書やシナリオを基にUE4のランドスケープを使って大まかな起動や地形を作成した導線レベルの背景
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▲導線レベルで作成したステージを基に、実際にゲームで使用するアセットに近い状態のアセットを配置したモックアップレベルの背景画像。この段階で背景の色味やライティング、スカイラインの位置などが検討される
キングダムのカスタマイズへの対応
▲本作の特徴でもあるキングダムの背景カスタマイズの例
▲カスタマイズの自由度を上げるために、背景に配置されている全ての要素を動的に追加変更できるように設定が構成されている
空の制作
▲空の背景の作業画面。用意されているプリセットやパラメータを調整することで、空の色温度の変化や雲の形状、厚みなどを効率良く自然な背景として作成することができるようになっている
ライトの設定
▲背景アセットのライティングの例。本作ではテクスチャにライティングの状態をベイクするのではなく、ダイナミックライトを使って表現されている。画像はライトがない状態
▲ディレクションライトを使って外からの光を描画したもの
▲ポイントライトを使って背景の奥などを部分的に明るくした状態
▲カスタムライトを使って部屋の中間地点などを限定的に明るくしたもの
高い開発力で「二ノ国」のテイストを崩すことなくスマートフォンゲーム化
ここまで『二ノ国 Cross Worlds』のメイキングを紹介してきたが、これまでコンシューマゲーム機やPCをプラットフォームとして展開されていた「二ノ国」シリーズを、これまでのシリーズのテイストを壊さず、デバイスの能力が限定されるスマートフォンゲームで遜色なく新しいゲームとして実現させることができたのはネットマーブルネオの高い開発力があってこそだろう。「これまで多くのゲームを開発してきましたが、今回は今までにないほどに愛情を込めて開発してきました。ゲームが公開されてから、プレイしてくれたユーザーの反応も我々の考えていたレベルよりも良い結果が出ているのは非常にうれしいです。みなさんがこのようにゲームを楽しんでくれていることに感謝しています。今後もより良いグラフィックスのゲームを開発していきたいと思います」とチェ・ナムホ氏は結ぶ。
現在、本作はスマートフォンだけではなく、ベータサービスではあるがPCエミュレータによるゲームプレイも可能になっているので、興味ある人はぜひプレイしてはいかがだろうか。