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今から1年ほど前、精力的に活動していたハリウッドの中堅VFXプロダクション CafeFX が突如スタジオの閉鎖を発表した。ロバート・ロドリゲスの『シン・シティ』(2005)やギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』(2006)、フランク・ダラボンの『ミスト』(2007)など大物監督のVFXを次々と手掛け、幾多の映像祭で視覚効果賞を獲得するという輝かしいキャリアを築いていた矢先の終焉だったため、当時のハリウッドは大きな衝撃を受けたものだ。今回は CafeFX を襲った悲劇を通してハリウッドVFX業界を取り巻く状況を改めて考える。

数々の映像作品のVFX制作に携わるも17年の歴史に幕を閉じる

2010年12月23日、CafeFX の創業者でオーナーの、ジェフ・バーンズ/Jeff Barnes とデビッド・エブナー/David Ebner 両氏が連名で「近く、サンタマリア本社を閉鎖する」とインターネットを通じて発表した。そして、年が明けた 2011 年1月中旬には実際に門を閉じ、スタジオ内に所蔵されていたこれまでに手掛けてきた映画作品のポスターやプロップ700点以上がオークションで処分されたのであった。
筆者が2010年2月に 「鍋潤太郎☆ハリウッド映像トピックス」 にてレポートしたように、CafeFXは2009年1月29日付でサンタモニカにあった支社を閉鎖していた。サンタマリアにある本社はそれ以降、しばらく開店休業状態が続いていたが、2010年のクリスマスを目前にとうとう正式に閉鎖が表明されたわけだ。

CafeFXは1993年に、ジェフ・バーンズとデビッド・エブナーの2人がサンタマリアに設立、地元放送局の仕事を手掛ける小さなVFXスタジオからキャリアをスタートさせた。2000年を過ぎたあたりから映画VFXにも展開し始め、その後またたまく間にハリウッド大作を手掛けるまで昇り詰めたという17年の歴史を誇るスタジオであった。

CafeFX ロビー

往年のCafeFX サンタマリア本社のロビー

CafeFX は会社が成長するのに応じて、THE COMPUTERCAFE GROUP という親会社を設け、その傘下に同社を収めると同時に、テレシネ&ポスプロの THE SYNDICATE、ライブアクション並びにアニメーション制作を請け負う Sententia Entertainment を次々と設立。その VFX 制作の範疇に収まらない多角的なビジネススキルは各界から大きな注目を集めていた。

The Syndicate

サンタモニカ支社のあったビル入口。兄弟会社で 2009年に閉鎖された THE SYNDICATE の社名も残ったままであった

CafeFXがVFXを手掛けた作品は膨大な数に上るが、中でも2007年のアカデミー賞で撮影賞、美術賞、メイクアップ賞を受賞した 『パンズ・ラビリンス』(2006) は特に有名。近年も 『ナイト ミュージアム2』(2009)『スピード・レーサー』(2008) や、まだ記憶に新しい 『アリス・イン・ワンダーランド』(2010) など話題作の VFXを手掛けていた。



『ヘルボーイ』シリーズで知られる ギレルモ・デル・トロ 監督作、映画『パンズ・ラビリンス』はアカデミー賞をはじめ、世界各国で67の賞を獲得した(>月刊 CGWORLD 112号 に本作のメイキングを掲載

本社の閉鎖を発表した2010年12月当時、CafeFX のホームページ(現在は閉鎖)には、創業者2人のコメントが掲載された。そこには、2008年の リーマン・ショック に端を発した世界規模の不況と VFX 制作のグローバル化がもたらした苦難が述べられていた。

「CafeFX(The COMPUTERCAFE グループ)は、1993年から17年間に渡りビジネスを続けて来ました。ですが、この度、正式にドアを閉じることになりました。世界的な不況、そして VFX 業界のグローバル化によるアウトソーシングが進み、低価格化というバトルに参戦しつつ、一定規模のプロダクション組織を維持していかねばならないというタフな状況下では、我々が掲げてきた "ハイクオリティな VFX 制作" を継続していくことは、もはや非現実的なものとなってしまいました。
これまで、映画 VFX における80以上のアワード受賞や、CM、MV、ゲーム映像、そして TV プログラムなどの膨大な VFX を手掛けてこれたことを、大変誇りに思います」。(ジェフ・バーンズ&デビッド・エブナー/CafeFX CEO)。

さらに、これまで良い関係を築いてきたクライアントへの謝辞や、競合 VFX スタジオ各社への敬意の念、そして長年同社を支えてきた元クルー達へのねぎらいの言葉が綴られていた。

2Dアーティスト作業風景 3Dアーティスト作業風景

『パンズ・ラビリンス』プロジェクト制作当時(2004年頃)のサンタマリア本社の 2D VFX (コンポジット等)作業ルーム(左)と3DCG 作業ルーム(右)

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VFX のグローバル化はハリウッドの名立たる中堅スタジオをも呑み込む

現在、ILM/インダストリアル・ライト&マジック で活躍中の折笠 彰氏は、デジタル・アーティストのキャリアを CafeFXでスタートさせた人物。言わば育ての親とも言える CafeFX の悲報を知った当時を、折笠氏は次のようにふり返る。「2009年に THE SYNDICATE が、2010年頭にはサンタモニカ支社が閉鎖され、実質的な活動もしなくなるという心配な状況が続いていました。そうした経緯もあり、本社の閉鎖を知った時は植物人間になってしまったカフェ(CafeFXの愛称)の生命維持装置に繋がっていた最後のプラグが抜かれるのを、目の当たりにしたような気持ちで辛かったですね」。

折笠氏

CafeFX在籍時代の折笠氏(2005年6月撮影)。「CafeeFXはキャリアの原点」と語る折笠氏だが、そこで知り合った仲間とは今でも家族同然の付き合いが続いているそうだ

「新たな投資家を募ったり、外資による買収などの救済案もあったとか。ですが、ジェフたちは『そのような形では自分達が理想とするプロダクションにはならないだろう』と悟り、最終的に閉鎖を決意したようです。最後の最後まで必死に CafeFX を存続させようと頑張ってはいたのですが......無念です。自分や古参の中核メンバーにとってはカフェの仲間は家族であり、カフェでの仕事は生活そのものでした。今では世界中に散らばってしまいましたが、閉鎖を表明した直後の2010年、クリスマスの後に皆で集まって食事をしたんですよ。当時の仲間たちとの再会は、日本に帰って家族と会うのと同じくらいに価値のあるイベントでしたね。この先もプロとして VFX 制作を続けていく自分にとって、キャリアの原点であるカフェの存在と仲間達、彼らから学んだことを決して忘れずに精進していこうと思います」(折笠氏)。

CafeFXスタッフ集合写真

『パンズ・ラビリンス』制作時(2005年)に撮影した CafeFX クルーの集合写真

現在は離ればなれになってしまったカフェの面々だが、創業者ジェフ・バーンズは2011年6月にデジタル・ドメインの立体視 VFX 制作部門バイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーに迎え入れられた(デビッド・エブナーも立体視コンサルタントとして活躍している模様)。CafeFX の遺伝子はこれからも VFX制作の現場で生き続けることだろう。

過去数年の主立った北米 VFX スタジオの閉鎖としては、CafeFX の他に、The Orphanage(2009年2月)、トロント(カナダ)の C.O.R.E. Digital Pictures(2010年3月)、Asylum Visual Effects(2010年11月)、ロバート・ゼメキスImageMovers Digital(2010年12月)などが挙げられるが、いずれも名の知れたスタジオばかり。カナダ Frantic Films のように外資に買収(2007年にインド資本の Prime Focus Group が買収)されたスタジオも複数存在する。

こうした相次ぐ北米の中堅 VFX スタジオ閉鎖は、ハリウッドで波紋を呼んでおり、現在も各社は生き残りを掛けて様々な対応策を講じている最中だ。

TEXT_鍋 潤太郎