1998年6月29日(月)に創刊したCGWORLDこと、「CGWORLD + digital video」。おかげさまで、3月10日(火)にて通巻200号を達成することができた次第。改めて、これまでご支援いただいてきた取材先やライターさんをはじめとする外部パートナーの皆さんに感謝、何よりも読者の皆様に......と綴るのが本稿の主旨ではない。
近年は、毎号できるだけ描き下ろしや完全オリジナルの作品を表紙グラフィックに採用することを実践しているCGWORLDだが、記念すべき200号では、本誌編集部と深い関わりのあった伝説的ヴァーチャルアイドルを復活させることにした。前後編の2回にわけて、200号表紙グラフィックのメイキングをお届けしよう。

▶「後篇」はこちら:【創刊200号記念】『TERAI YUKI』〜テライユキとの再会〜(後篇)

01.プロローグ

さて、そんな200号の表紙グラフィックが上図である。美しい女性キャラクターが穏やかな春の日差しのもとでカメラに向かって自然体で微笑む様を描いた本作。作品タイトルは、『TERAI YUKI』。
『TERAI YUKI(テライユキ)』(英語表記本来の名・姓の順ではなく、あえて日本語通りの姓・名の順にしている、と念のため)とは、ある程度キャリアを重ねているデジタル・コンテンツ制作者であらば、一度は見聞きしたことがあるであろう、2000年前後に大きな注目を集めたヴァーチャルアイドル(美少女CG)の代表的なキャラクターである。漫画家であり、現在はデジタルアーティストとしても活躍中のくつぎけんいち氏が、自身の漫画のキャラクターだったものを、自ら手で3DCGキャラクターへと発展させたものである。

テライユキが初めて公に発表されたときのイメージ(1998年)、Shade Pro R2(Mac版)にて制作。「Webページ上に週刊ヤングジャンプのグラビアを真似た構成で発表し、そのままヤングジャンプ編集部へプレゼンテーションしました」(くつぎ氏)。その後、実際にヤングジャンプのセンターグラビアとして採用され、CGキャラクターが週刊漫画誌のグラビアを飾ったことが話題を集めた

テライユキとCGWORLDが深い関わりがあるのは、初代編集長・永田豊志氏(現株式会社ショーケース・ティービー 取締役COO)が、ヴァーチャルアイドルとしてのプロデュースを手がけていたからだ。さらに補足すると、CGWORLD誌面での露出は意図的に少なめにして、本誌を刊行していたワークスコーポレーション(現ボーンデジタル)とは別に「フロッグエンターテイメント」というコンテンツ特化会社を起ち上げ、そこから写真集やイメージビデオ、楽曲などを世に送り出していた。

くつぎ氏自身が制作した、テライユキの例。(左)CG誌「AGOST」の表紙用に制作されたイメージ(1998年)。同誌は、テライユキをいち早く採用した雑誌媒体だったという。くつぎ氏によると、"バーチャルビューティー" という言葉が使われはじめたのも、おそらくこの雑誌からであり、その後の「美少女CGブーム」火付け役の一端を担っていたのはまちがいない/(右)デジキューブのパッケージ用イメージ(1999年)。その他にもPoserのカバーアートなどが有名だ

テライユキに象徴される90年代後半から2000年初頭にかけての美少女CGブームと、2007年の初音ミク登場を機に現在まで続いているCGキャラクターブームは直接つながるものではない。また、当時の過剰な盛り上がりに対して批判的な思いを抱く人たちもいることだろう。しかし、日本のデジタル・コンテンツ業界の礎となっていることは確かである。そうした先人たちの一連の取り組みに敬意を表し、今回は200号という節目の表紙グラフィックとして、彼女を復活させることにしたのであった。

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02.『TERAI YUKI』のコンセプト

そんな「テライユキ」を蘇らせてくれたのが、本誌連載でもお馴染みのTransistor Studioだ。
「今回は、200号という記念すべき表紙グラフィックなので、通常のCGWORLDでは見られないビジュアルを目指しました。そこから思いついたのが、あえてモノクロで描くこと。ファッション誌や広告グラフィックにあるような、スタイリッシュなスナップ写真というコンセプトの下、制作を進めることにしました」と、森江康太ディレクターはふりかえる。「そして、モノクロのグラフィックの上に落ち着いた感じのゴールドで文字が載れば洗練さと同時にゴージャスな感じも出せて、200号メモリアルにふさわしいビジュアルに仕上がるのではないかというねらいもありました」(秋元純一ディレクター)。


  • 実写チームとの打ち合わせ資料として描かれたイメージボード(2015年2月4日時点)。当初から、「モノクロ写真+ゴールド文字」というコンセプトがあったことが窺える。実は、この文字を金色に、というのはTransistor Studioにグラフィック制作をお願いする以前から筆者と本誌アートディレクターの間で決めていたことだった。それが、こちらから切り出す前に森江氏から同様のコンセプトを提案され、驚くと同時に不思議な縁を感じたものだ

03.スチール撮影

今だから白状するが、200号の表紙グラフィック制作はいつにも増してスケジュールがタイトであった。森江氏と秋元氏に最初に相談したのは1月上旬だったが、そこから、原作者くつぎけんいち氏へ許諾を求め(ありがたいことに即決でご快諾いただけた)、リファレンスとなる画像を取り集めている間に199号の校了作業が佳境にはいってしまったため、プロジェクトが本格的にスタートしたのは2月にはいってからのこと。その一方では、表1のCGWORLDロゴは箔押し(金箔)をあしらえるといったひと手間加えることも決めていたため(=表紙の校了が通常よりも数日早まる)、Transistor Studioにとっての実質的な制作期間は2週間弱であった。
「スケジュールがタイトになることは当初から予想していました(苦笑)。また、テライユキを復活させる上では、その間の10数年でテクノロジー面でもCG表現が進化してきたこともイメージに込めたいと思ったので、現在流行りのセルルックなどではなくフォトリアル路線で表現しようと考えていました」(森江氏)。そこから導きだされた戦術が、実写スチールを利用すること。背景を実写にすることで、CG・VFX作業はテライユキ本体に注力することができる。

実写撮影時の様子。フォトグラファーと並んで仕上がりを想像する森江ディレクター。実写スタッフも本作のようなCGキャラクターへのリプレイスは初めての試みということで、面白がりながら作品のクオリティアップにつながる様々なアイデアを出してくれたそうだ

実写撮影にあたっては、森江氏が以前から交流のあるフォトグラファー山本 大氏に協力を打診。5年後に東京オリンピックを控えていることなどもふまえ、東京駅など東京を想起させるロケーションで撮影することが決まった。「撮影は4箇所で行い、50テイクちかく撮りました。テライユキは、素体モデルの制作を先にはじめていましたが、使用するスチールを決めてからでないと作り込めないため、校了ギリギリまで制作していました。その点は企画当初から了承してもらっていましたけどね(笑)」(秋元氏)。

(左)現場での打ち合わせの様子。ダイナミックなしぐさで構図を提案するフォトグラファーの山本 大氏/(右)ヘアメイク、スタイリストの素早い身のこなしに感銘を受けたそうだ

森江氏自ら衣装のシワの具合を直すことも。実際の女性モデルをガイド撮影することで、ポーズや衣装のディテール表現などを効率的にフォトリアル路線で仕上げることが目指された

現在のCG技術の発展を本作に反映させる試みのひとつとして、シーンリニアワークフローが導入された。「制作期間も限られていたので、技法自体は特別なことはしていませんが、HDRIを撮影し、V-Rayのマテリアル設定で調整し、NUKEでコンポジットワークを行いました。また、最終的なモノクロ加工は作業効率の面からAfter Effectsで行なっています」(森江氏)。

HDRI撮影の様子

本プロジェクトではシーンリニアワークフローを導入。そのリファレンスとして、カラーチャートならびにサンプル球体(銀玉&白球)の撮影も行われた。一連の写真はしっかりと補正が施されているのは、被写体となった伊藤浩之氏(シーンリニアワークフローの取りまとめおよびライティングを担当)のアー写として活用されることを想定してのものだろうか

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04.全社挙げての投票

実写撮影終了後、速やかにテイクの選定が進められた。しかし、どのテイクにするのかで迷走することに。「僕と秋元、それに柴野(剛宏氏)と伊藤の4人で話し合いながら決めようとしたら見事に四者四様に意見が分かれました(苦笑)。そこで、社内の全スタッフに協力してもらい、投票してもらったのですが、候補が多すぎたため(43テイク)、ここでも票が割れてしまい、本当に悩みましたね」(森江氏)。

Transistor Studio社内で実施された投票時の様子。最終的に、5構図、43ショットが投票対象となり、プリントアウトしたものを壁面等に貼り出したほか、モニタでも閲覧できるようにされた。「ちなみに左側でモニタを操作している丹原デザイナーは、最初期に会場となったラウンジにやって来て、一番最後まで悩んで帰って行かれました(笑)」(伊藤氏)

投票結果をふまえ、最終的に1構図につき1案残すかたちで5案まで絞り込まれた。ちなみにこの段階でCGWORLD編集部に提示されたのは、上図(画面右)の右上の最終的に選ばれたものと、右下の表紙としてはスタンダードな構図のものであった

さらに、その5案について淡く色を残すなどグレーディングを施し仕上がりの方向性が検討された。「もともとモノクロということでしたので、あくまでも最終確認のためという意味合いが濃かったですね」(森江氏)。余談だが、そうした経緯を何も知らない筆者は、途中チェックの際に何の説明もなく、モノクロに加えてこうしたカラーバリエーションが送られてきたため虚を突かれてしまった(今思うと試されていたのかもしれない)

(左)最終的に選ばれたテイク/(右)表紙サイズに合わせてレイアウトを調整し、モノクロ処理を施したもの。これをリファレンスとしてCG・VFXワークが進められていくことに

"TERAI YUKI" Staff Credit

original character design by くつぎけんいち

<Transistor Studio>
Director:森江康太/秋元純一
Modeling:金山隼人/岡田寛成/佐川智司/佐藤 賢
Setup:田島誠人
Composite:柴野剛宏
Lighting:伊藤浩之
System:平井豊和
Assistant Director:大野陽祐

<スチール撮影>
Photographer:山本 大
Stylist:石田有佑
Hair & Makeup:森江可奈子
Model:えぐちあやか(テライユキ)
衣装協力:エドウィナ・ホールセイン

Transistor Studio中核スタッフ。<前列>左から順に、森江康太氏、金山隼人氏、大野陽祐氏、伊藤浩之氏/<後列>左から順に、柴野剛宏氏、佐川智司氏、佐藤賢氏、岡田寛成氏、秋元純一氏
撮影:大沼洋平

TEXT_沼倉有人(CGWORLD) / TEXT_Arihito Numakura(CGWORLD)