「これは、世界で初めてノルウェーの森に住む妖精の撮影に成功した記録映像である」というショッキングな字幕から始まる予告編。なるほど、国内外の作家やアーティストが "ノルウェーの森" という同名の小説、楽曲をこぞって作るぐらいに、確かにノルウェーの森には何かがあるというわけだ......そう、何かが。
というわけで、今回は 「2011 年サンダンス映画祭」 でオフィシャルセレクションにも選出された衝撃の話題作、日本でも全国上映中の映画『トロール・ハンター』の VFX メイキングをご紹介したい。
伝説の妖精をリアルに描くノルウェー産 VFX
本作品は、キズだらけのランドローバーでトロールの生態を調査する謎の男・ハンスに対して、密着取材を行う学生男女 3 人組の撮影したドキュメント映像という形式を採っている。そのため、追いかけてくるトロールを手持ちカメラの POV(主観ショット)で捉えるという演出であったり、身の丈20メートル近くもあろう巨大なトロールをクルマで追い回し股の間をくぐり抜けたりと、日頃 CG・VFX 制作に携わっている読者諸兄であれば思わず腕まくりしてしまいそうな高難度の実写合成をドキュメント映像という形式を壊すことなく自然にやってのけている秀作だ。
© 2010 Filmkameratene AS Alle rettigheter forbeholdes. All rights reserved.
(左)情報提供者として登場する謎の男、ハンス、(右)クライマックスに登場する巨大トロール「ヨットナール」(VFX制作:Gimpville)。一連の VFX はトラッキングやマスクの精度をはじめ非常に素晴らしい仕上がりだ
全ての制作はノルウェー内で行われており、VFX もその例外ではなく、首都オスローにある 3 つの VFX スタジオのみで進められたようだ。本編で最初に目撃することになる 3 つの頭を持つ、トッサーランドと、中盤辺りで洞窟に集団で住み着いているトロール、ドブレガバー のVFX を担当したのはStorm Studios 。物語の中盤で、ストーリーテリング上とても重要な存在となる、リングルフィンチ 登場シーンと マウンテンキング のモデリングを手がけた Superrune 。そして、最後に現れる世界最大のトロール、ヨットナール の VFX を担当したのは Gimpville である。今回は、Storm Studios と Superrune の両社にメールインタビューを行なった。
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(左)成長に従って頭の数が増える「トッサーランド」(VFX制作:Storm Studios)、(右)中盤に登場する「リングルフィンチ」(VFX制作:Superrune)
映画『トロール・ハンター』予告篇
TOHO シネマズ日劇<レイトショー>他、全国絶賛公開中
http://troll-hunter.jp/
Case 1:Storm Studios
トロールのデザインからコンポジットまで一貫した制作体制で、ドキュメンタリーならではの映像を巧みに演出
マネージング・ディレクターの Kristin Hellebust 氏が率いる Storm Studios は 1996 年に設立された VFXスタジオ、扱うプロジェクトは CM から映画まで幅広い。VFX スーパーバイザー オットー・ソービョルンセ/Otto Thorbjornsen 氏によれば、本プロジェクトにて Storm Studios はごく短期間で 20 の VFX ショットを本作で手がけたとのこと。その中にはトロールのデザイン、モデリング、キャラクター・アニメーション、コンポジットと VFX を完成させるまでの全作業が含まれていたという。さらに当時は別プロジェクトも同時並行で進んでいたためチームのメンバーは適宜入れ替わりながら、最終的に総勢 21名のアーティストが携わったそうだ。
そうしたタイトな条件下で難易度の高い VFX を仕上げるべく、今までの古いパイプラインを見直し、モデリング、アニメーション、コンポジット等の各セクションが、Autodesk Maya 、Houdini 、そして、3Dコンポジットのアドバンテージを持つ NUKE といった作業内容ごとに最適なツールを使い分ける形で、各作業を同時平行で行えるように再構築したという。これにより、従来はモデリング待ち、ライティング待ち、といった具合に前工程が仕上がるまで次の作業に入れない結果、終盤にコンポジターが忙しく働くという典型的な前時代的なワークフローの弊害を解消でき、モデルやアニメーションのデータがアップデートされても、コンポジターは常に作業を継続することができたそうだ。
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Storm Studios が手がけた山トロール 「マウンテンキング」 のシークエンス(劇中後半に登場)より
Storm Studios が担当したショットは、「ナイトショット」(暗視撮影) のものが多く、撮影されたプレート(実写素材)もナイトショットであった。ドキュメンタリーの体裁で描かれた本作では、ズーム可変レンズによるヨリヒキや、手持ちよる画面ブレ、さらにナイトショット等の特殊レンズによって生じるディストーション(画面の歪み)などを考慮する必要があったため、トラッキング作業は非常に困難を極めた。トラッキングツールだけでは追い切れないため、最終的には手付けでトラッキングも行なっているとのこと。
ただし、このようなシーンでは CG 上で十分な光源を当てることができないため、「今思うと、通常通りに撮影して、コンポジットでナイトショットに加工させた方が効率的だったかもしれないね(苦笑)」と、ソービョルンセ氏はふり返っていた。
本作で新たに導入されたパイプラインでは、Maya などを使いデジタル・アーティストが作成した各種アセットは、最終的に Houdini へと集約。そこでパーティクル等のエフェクトを追加した後に、MantraとRenderMan でレンダリングされた。また、トッサーランドが森の木をかき分けて登場する序盤のシーンでは、揺れる木々のアニメーションを Houdini のL-system を用いて作成するといった具合に、Storm Studios では Houdini の非常にフレキシブルなノードネットワークを用いてプロシージャルなアニメーション制作を行なっているそうだ。
Troll Hunter - Trees sim from Magnus Pettersson on Vimeo.
序盤に登場する木を掻き分けて登場するトッサーランドのアニメーションでは、湯揺れる木々の表現に、Houdini の[Lsystem]が用いられた
今回の VFX 制作で最も難しかった表現を質問をしてみたところ、「トッサーランドが石化するエフェクトだね。すごく大変だったよ」という答えが返ってきた。
The Troll Hunter - VFX Breakdowns from Storm Studios on Vimeo
Storm Studios によるメイキング動画。中程に、「最も苦労した」ソービョルンセ VFX スープが語る石化エフェクトが登場する
本プロジェクトにて新たに NUKE を導入した Storm Studios 。それまでは Shake を用いていたそうだが、使い始めた当初から NUKE の 3D 機能にとても自由を感じたという。「何年も Maya のプロジェクション機能を用いてきたけど、NUKE ではそれがとてもフレキシブルに利用できるため、今となってはもう手放せない」(ソービョルンセ氏)。
Case 2:Superrune
シンプルなワークフローを構築して、たった 2 人で作りきる
本プロジェクトに参加した VFX スタジオ Superrune 、実は ルネ・スパーンズ/Rune Spaans 氏の個人屋号である。ただし、今回は難易度が高いこともあり、アトレ・ブラクセス/Atle Blakseth 氏がキャラクター・アニメーションを手伝っているとのこと。いわば、制作可能な "最小構成" で『トロール・ハンター』VFX 制作に臨んだわけだが、劇中でも重要な位置を占める「リングルフィンチ」など 10 ショットを担当しているというから驚きだ(メイキング動画をご覧頂ければお判りの通り VFX 精度も素晴らしい)。
スパーンズ氏は、Autodesk 3ds Max をメインに使っているとのこと。あくまでも私見だが、昨今のエンターテインメント分野の 3DCG 制作において Maya などにリードを許してしまっている感のある 3ds Max を武器に挑んだというのは、ワンマンスタジオらしい特徴だと言えると思うう。なぜなら、3ds Maxの場合、インターネット上でシェアされている豊富なプラグインとスクリプトを利用できるからだ。
3ds Maxのモディファイヤを使用して制作された、リングルフィンチがヤギを捕食するショット
中盤に登場する リングルフィンチ は森の川辺を中心に生息しており、ヤギや羊を捕まえて食べるという設定。スパーンズ氏が担当したのは、主人公たちと同行しているトロール・ハンターのハンスが危うくこのリングルフィンチの餌食になりかけるというシーンである。捕食という行為を描く都合上、リングルフィンチと羊、そしてハンスというそれぞれキャラクター演技のインタラクションを考慮しなければならない。しかし、いずれも非常に密接なアクションのため、このシークエンスではデジタルダブルが用いられた。
Troll Hunter VFX - CG Models Showcase from Rune Spaans on Vimeo
リングルフィンチと羊、そしてハンス(デジタルダブル)のモデル解説動画
Troll Hunter VFX - Ringlefinch from Rig to Render from Rune Spaans on Vimeo
リングルフィンチのリグとアニメーション解説動画
Troll Hunter VFX - Shot Breakdowns from Rune Spaans on Vimeo
リングルフィンチ登場シーケンスのショットブレイク
ワークフロー(下図)は実にシンプル。まず、簡単なリグとローポリモデルを元にアニメーションを付けてからマッスルシミュレーションを施す。続けて、それをポイントキャッシュして最終的なモデルに反映させ、体毛の Fur シミュレーションとライティングを施し、レンダリングという流れだ。
アニメーションデータに関してはファイルシェアサービス Dropbox を用いて、前述したアニメーターのブラクセス氏とオンライン上でファイルのやり取りを行なったそうだが、こうした点にも少数精鋭で制作する際の工夫を感じる。映画の重要な VFX シーン制作を任される SOHO 型スタジオがハリウッド以外の地域から出てきたことはとても興味深い。
Superrune のワークフロー図。アニメーションデータのやり取りはDropboxを使用してオンライン上で行われた
レンダリングには Brazil r/s が用いられた。「Brazil r/s は納期が差し迫っていても決して裏切らないんだよ」(スパーンズ氏)。近年、3ds Max で用いられるレンダラとしては V-Ray の人気が高いが、彼の場合は長年 Brazil r/s を信頼して使い続けているそうだ。
コンポジットには Storm Studiosと同様、NUKE を使用。本作では夜間撮影やデジタルカメラ CCD の特性、レンズディストーションなど、実写カメラの様々な "クセ" をコンポジットワークで再現する必要があった。レンズディストーションを再現したり、グレイン(粒子)の付け足し、色収差や被写界震度、モーションブラー等々、様々なシミュレーションを NUKE 上で施し、ドキュメンタリーのテイストを失わせないよう細密に作業したという。
最後に、両スタジオに対してノルウェーで VFX 制作を行うアドバンテージについて聞いてみたところ、どちらも 小さい単位で動ける ということを挙げてくれた。もちろんハリウッドのような大規模制作はできないことはネガティブ要素でもあることを自覚しているのだが、近年の映画エンドクレジットが示す通り、VFX ヘビーな作品でも、アジアを中心に今までは見かけなかった国籍のスタジオ名をちらほらと見かけるようになってきた。ハリウッド大手スタジオがバンクーバーやシンガポール等にサテライトスタジオを構えることが定着したように、IT の進化がより多種多様な制作スタイルを実践しているわけだ。
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VFX 業界において決して大国ではない、むしろ小国に分類されるであろうノルウェーにおいて(筆者の思い上がった主観である)、国内のスタジオだけでここまでハイクオリティの VFX を作り出し、エンターテインメント作品としても成功している本作の存在は、日本の同業者としては正直、差を付けられてしまった気分だ(苦笑)。何はともあれ、映画『トロール・ハンター』は、エンターテインメント作品としても自信を持ってお薦めするし、少数精鋭でハイクオリティな VFX を作り出した成功例としても、実に学ぶべきものが多い要注目作である。
TEXT_テラオカマサヒロ(Galaxy of Terror)
『トロール・ハンター』
TOHO シネマズ日劇<レイトショー>他、全国絶賛公開中
監督・脚本:アンドレ・ウーヴレダル
配給:ツイン
宣伝:KICCORIT
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