大ヒット上映中の映画『ライオン・キング:ムファサ』。前作『ライオン・キング』(2019)と同様、フォトリアルなフル3DCGで描かれた本作であるが、そのCG・VFXについても引き続きMPCがヘッドスタジオを務めた。本稿では、MPCが公表した各種データを交えて、その功績を紹介しよう。
MPCが1,500ものフルCGショットを手がける
『ライオン・キング:ムファサ』プロジェクトでは、プロダクションVFXスーパーバイザー アダム・バルデス/Adam Valdez、アニメーションスーパーバイザー ダニエル・フォザリンガム/Daniel Fotheringham、VFXプロデューサー バリー・セントジョン/Barry St. John,、MPCのVFXスーパーバイザー オードリー・フェレーラ/Audrey Ferrara、VFXプロデューサー ジョージー・ダンカン/Georgie Duncanらの指揮の下、MPCに在籍する1,700人以上のアーティストが制作に参加した。
プリプロダクションは、コロナ禍の最も規制が厳しかった2020年に行われた。ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスに分散した制作チームは、VR環境でプライド・ランドの世界観を確認・共有しながらビジュアルデベロップメントを進めたという。
MPCは1,500ものフルCGショットを担当したそうだが、フルCGという特性を活かし、VR空間でロケーションハンティングを実施。2021年に入り、コロナ禍の規制が緩和されると、制作チームはロサンゼルスに集結。約1年にわたってバーチャルプロダクション撮影が行われた。VPステージでパフォーマンスキャプチャーを行い、撮影監督を務めたジェームズ・ラクストン/James Laxtonがバーチャルカメラにて、デジタル環境内で一連の撮影を行なったという。
『ライオン・キング:ムファサ』の世界全体が3DCGで構築された。その広さは107平方マイルに達したそうだが、これはユタ州ソルトレイクシティとほぼ同じ大きさであり、アメリカンフットボール場54,000面分に相当するとのこと。日本人になじみ深いかたちに言い換えると、約277.13平方キロメートル。東京ドーム約5,927個分、東京23区の面積の半分弱(約0.44倍)というから驚きだ。
エンバイロンメント制作には、ロンドン、モントリオール、バンガロールにまたがるピーク時で88人ものアーティストチームが、象徴的なシーンであるプライドロックや、本作で新たに登場する月の山々、生命の木といった77セットを作り上げた。背景アーティストたちは、劇中に登場する木々や植物をはじめとする5,790点から成るアセットライブラリを構築したという。
前作でも高い評価を得たMPCのキャラクターラボチームは、ムファサ、スカー、プンバァ、ティモン、ラフィキをはじめとする118種類以上のユニークな動物モデルを細密に作り込んだ。
各キャラクターは骨格と筋肉構造から作り上げられ、細密な毛皮とリアルなテクスチャによってリアリティが高められた。
生命感の象徴とも言える毛皮の作成は特に困難を極めたそうだが、MPCが自社開発したグルーミングシステム「Loma」が動物モデルに生命の息吹を吹き込む上で貢献したという。ちなみにライオンの場合、1頭あたり3,000万本以上の毛を持っており、ムファサの場合は、たてがみだけでも16,995,454本のシミュレーション用カーブがあるという。
MPCのキャラクタースーパーバイザー、クラウス・スコブボ/Klaus Skovboは次のようにふり返る。
「Lomaにより、前例のない数の毛髪を持つキャラクターを作ることができました。ムファサのたてがみには、耳に60万本、脚部に620万本、体全体を覆う900万本の毛髪があります。Lomaの機能を使って、風や水などの自然要素の効果をシミュレートし、毛皮の動きを環境にインタラクションさせました。そのほかにも乾いた状態から濡れた状態へのテクスチャの切り替えを非常に自然な見た目でシームレスに実現することができたので、そのプロセスを効率化することもできました。」
ムファサなどの四つ足キャラクターのパフォーマンスキャプチャ収録では、「QuadCap(クワッドキャップ)」という手法が用いられた。これは、四つ足キャラクターを演じるモーションアクターの頭部と背骨の動きをライオンの頭部と首に、そしてアクターの脚をライオンの前脚の位置にターゲットし、四つ足キャラクターの後ろ脚と腰の動きをそれに追従するようにシミュレートさせるというもの。
一連の収録では、監督のバリー・ジェンキンス/Barry Jenkinsは、Unreal Engineを介して最終的な劇場スクリーン上での見え方に近い状態で動物たちの演技を確認できるシステムを構築することによって、俳優たちとDPにリアルタイムで演出面の指示を出すことができたという。
アニメーションスーパーバイザーを務めたダン・フォザリンガムは次のようにふり返る。
「キャラクターのパフォーマンスを強化するため、表情と口の動きの同期を追加しました。その後、バリー監督は録画されたシーケンスをVR空間上で'歩き回り、バーチャル撮影に向けて最終確認のノートを取ることができました。格闘やジャンプなど、複雑な動物の力学を必要とする演技については、QuadCapのパフォーマンスとバーチャルセットに統合され、バリー監督とDPのジェームズがあらゆる角度から撮影できる完全な『マスターシーン』を作り出しました。」
このライブアクションの撮影技法にVFXを融合させることが、本プロジェクト全体の特徴になったという。
パフォーマンスキャプチャをベースに、MPCのアニメーターたちは何ヶ月も費やしてアニメーションを完成させた。本物らしく繊細な演技を捉えるため、チームは実際の動物の動きの映像を何時間も研究し、体の仕組み、筋肉の動き、そして姿勢のわずかな変化が気分や意図をどのように伝えるかに細心の注意を払ったという。
その苦労を裏づけるデータとしては、参加したアニメーター数は216人、デイリーの回数は62,741、総フレーム数は10,300,798、ショット数は1,476に達したそうだ。
MPCのFXチームは、風、雨、雪、火などの効果をシミュレート。密生した草原のシーンでは、150万以上のアニメーション化された草のアセットが配置され、一部のショットでは最大25,000もの植物に対して風やキャラクターとのインタラクションが施された。
また鉄砲水のシーケンスでは、1ショットあたり平均1億個の水粒子をシミュレーション。ラフィキが雪の天使を作るシーンでは、1ショットあたり6億2,000万個以上の雪粒子のシミュレーションが求められたそうだ。
そして、ライティングアーティストとコンポジターが協力して、フォトリアルであると同時にドラマティックなルックに仕上げられた。
2024年に入ると、制作は大詰めを迎え、S3D上映向けにフル解像度での処理が施された。本作では通常の2D/3D変換ではなく、人間の視覚を再現するために2台の(左右の両目に該当する)CGカメラでデジタル空間をイチから全てレンダリングし直したという。これにより、鮮明なディテールと息を呑むような奥行きを持つ没入感のあるS3D映像が創り出せたそうだ。
さすがはディズニーの大作と言ったところだが、MPCの公表値では作業データの総量は25ペタバイトに達したという。2025年の喩えとして適当であるかは疑問が残るが、DVDにデータを保存すると560万枚が必要になり、積み重ねると、世界一高い建造物としてギネス世界記録にも認定されたブルジュ・ハリファの4倍の高さになるそうだ。
そして最終クオリティでのレンダリングには、1億5,000万時間を要したという。未見の方は、ぜひ劇場スクリーンで確認してほしい。
TEXT_NUMAKURA Arihito