既成概念の打破と劇場映画としてのエンターテインメント性が追求された映画『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』。その公開を記念して、さとうけいいち監督と、陰日向に監督を支えてきた中核スタッフたちに、本プロジェクトをふり返ってもらった。

※この記事は、月刊CGWORLD 191号の第2特集『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』からの一部転載になります

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映画『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』全国で公開中! ©2014 車田正美/「聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY」製作委員会

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自然体でセオリーを打ち崩すのが、さとうけいいち流

ーー本プロジェクトはどのようにスタートしたのですか?

今村幸也CGプロデューサー(以下、今村):まずは脚本の鈴木智尋さんですね。さとうけいいち監督が入られた当初からご参加いただいています。

鈴木智尋氏(以下、鈴木):2011年10月頃でしたね。さとう監督にお誘いいただいて。

さとうけいいち監督(以下、さとう):非常に有名な原作、その中でも屈指の人気を誇る『聖域十二宮篇』を描くということで、不安だから誘ったんだよね(笑)。以前にご一緒したときから、スリルやサスペンスをしっかりと描けて、こちらのオーダーもちゃんと反映してくれるライターさんであると感じていたのでお願いしました。

鈴木:「今の時代の星矢」、「海外にも仕掛ける」という命題に加えて、沙織を物語の軸に置いたプロットを提示されたのですが、これなら映画として成り立つと納得した上で書き進めることができました。監督からは「フルCGだと意識せずに、実写のシナリオと同じように書いてくれ」と言われたことを覚えています。

さとう:そういえば、もうすぐ完成稿ができるなっていうところで「実は聖闘士星矢の大ファンなんです」って言われてビックリした! もっと早く言ってくれればよかったのに(笑)。

鈴木:スタッフの中には星矢ファンの人が多そうだったので、あえて客観的な立場を保とうと(笑)。

さとう:思い返せば、上がってきた脚本には僕の指示にはなかった決め台詞がしっかり入ってたんですよね。技名を叫んだりとか。あれは鈴木さんが原作に親しんでるからこそだったと思うんだよね。

ーー助監督を務められた上村さんは、どのような経緯で?

今村:コンテが終わりかけた頃(2012年中頃)から参加していただきました。

上村 泰氏(以下、上村):実はさとう監督とは、タツノコプロ時代に席が近かったんです。でも、一緒に仕事はしたことはなかった。『鴉 -KARAS-(以下、鴉)』(2005)も大好きだったので、いつか一緒にやりたいとは思っていたのですが、やっと実現しました。

さとう:上村さんは最近監督もやっているから、助監として入っているのにわりと監督の立場から意見してくれたよね。でも、お互いの好みはかなりちがっていた(笑)。

上村:そう、意見の対立で打ち合わせも楽しかったですよね。

一同:(笑)。

上村:「こういうのはどうですか?」と提案しても、「それ普通じゃん」と突き返されるんですよ。だけど、この普通こそが「さとうけいいち流」の叩き台になるのだと思って、あえてこのスタイルを貫き通しました。

さとう:ツールの発達や手法の確立もあって、カッコいい画は比較的すぐ得られるようになってきています。「こうやれば合格でしょ?」という感じの画を出してくることも多いんだけど、その先を見たいという意味での「普通じゃん」なんだよね。

ーーその意味では、制作現場はご苦労されたのでは?

さとうえいCGディレクター(以下、えい):通常なら合格になりそうな場合も、さとう監督の場合はさらにそれ以上のクオリティを要求されるので、現場には「楽しい!」という声と「めちゃくちゃキツい!」という悲鳴のどちらも聞こえましたね。

上村:噂はかねがね聞いていたので「絶対、変なことをする!」という確信があったんですが......さとう監督はやっぱりヘンタイでした。

一同:(笑)。

上村:先ほどの決め台詞については、僕は入れるべきだと何度も勧めていました。でも、ずっと悩んでいた。

さとう:だって、実際の格闘だったら技名なんか叫ばないですよ、言ってしまったら防がれるじゃん! 日本のアニメで技名を叫ぶのは歌舞伎的な様式美であり、自分が本作で目指す表現ではないと思っていたんです。

上村:終いにはこっちも「やりたくないなら、そういうスタイルってことでいいじゃないですか」と折れたのですが、その後もまだどうしようか悩んでる。つくづく変わった方だなあと思いました(笑)。

さとう:そうこうしているうちに、自分でも必殺技叫ぶのはアリかなって変わっていった。そんな自分がかわいいなあって(笑)。

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左・上村 泰(Assistant Director)/ガイナックスなどで制作としてキャリアを重ねた後、演出家へ転向。TVアニメ『ダンタリアンの書架』(2011)にて監督デビューを果たした。主な演出参加作品は、『ヤッターマン』(2008~2009)、『劇場版 天元突破グレンラガン 螺巌篇』(2009)、『SKETDANCE』(2011~2012)
中・さとうえい(CG Director)/フロム・ソフトウェアやスクウェア・エニックスなどでプリレンダームービーに携わった後、現在は東映アニメーション デジタル映像部のシニアデザイナーとして数多くの実写VFXやCGアニメーションを手がけている。主な代表作は、『CRISIS CORE -FINALFANTASY VII-』(2007)、『はやぶさ 遥かなる帰還』(2012)、『スマイルプリキュア!』(2012)、『パックワールド』(2014)
右・今村幸也(CG Producer)/東映アニメーション デジタル映像部所属。CGプロデューサーとして多くの作品に携わっており、さとうけいいち監督の『アシュラ』(2012)にも参加した。主な代表作は、『鴉 -KARAS-』(2005~2007)、『DEATHNOTE』(2006~2007)、『空中ブランコ』(2009)、『劇場プリキュアDX2・DX3』(2009、2010)など


鈴木:一緒に仕事をさせていただいてわかったのは、さとう監督はそうしたご自身について無意識なんですよね。だから、聞いた瞬間は仰ってる意味が「?」となってしまうことも度々あるんですが、僕の場合、まずわからないなりに原稿に落とし込んでみて、それが上手くいったときは正解。そう思って取り組みました。

えい:「え、それやるんですか?」と思うようなことでも、出来上がってきたものを通しで観ると違和感がない、的なことは多々ありましたね。

さとう:素でやっちゃってることが多いと思うんだけどね......。

えい:ゲームムービーをやってきたスタッフだと、そのときの感覚のまま停まってる部分があったりします。3DCGの都合ありきみたいな。だからこそ今回は、そうした固定観念の打破にも挑戦したいです、と早い段階から監督にお願いしていました。


ここで、CGWORLD向けに特別に用意してもらったメイキング動画を紹介しよう。さとう監督&中核スタッフたちがこだわった、聖衣のマジョーラ表現や瞳のアイキャッチへのこだわりが垣間見られる

さとう:CG映像は、手早く効率的にカッコいい画を得る方向に進化してきた面があって、その枠の中で作っていくと、写実的にライティングして、ちょっと彩度落として......みたいなかたちで無難にまとめてしまいがちだと思うのですよ。でも、画づくりってその時代ごとのスタイルもあるから。例えば現在のハリウッドでは、グレーディング工程でキャラを中心に色を出すみたいなトレンドがある。色については、今回一番こだわったのは「肌と肌カゲ」ですね。影にも色があった方が元気に見えて良いですよ、キャラものだし!

えい:アイキャッチも同じで、表情の芝居をしっかりやるために欠かせないということで、全CUTに入れました(※1)。物理的なものではなく、アニメのような丸いハイライトです。

※1= 短期連載『聖闘士星矢 LEGEND ofSANCTUARY』第5回(本誌190号)を参照

さとう:実際の反射じゃなくてもいい、漫画っぽくなってもいい。目だけキラッと見えちゃっても、それでいいんだと。

えい:現場スタッフの最初の反応は「マジすか?」でした(笑)。

さとう:そうやっていくことが、1カット1カットに魂を入れていくことなんだと信じています。

今村:魂を入れていくことで、荒野が広がった感はありましたが。

一同:(笑)。

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©2014 車田正美/「聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY」製作委員会

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Session2
自己満足で終わらないエンタメへの強いこだわり

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映画『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』全国で公開中! ©2014 車田正美/「聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY」製作委員会

今村:監督とは長年ご一緒させてもらっていますが(※2)、本作で随分変わられたなって思いました。以前ならカメラ動かさなくてもいいよと言っていたような箇所でも積極的に動かすといった具合に、とにかく何事も極限までこだわっていました。
※2= 今村氏はさとう監督の初監督作『鴉-KARAS-』(2005)の頃から、複数のプロジェクトを共にしている

さとう:とは言ってもゲームムービー的にむやみに動かすのはイヤなんだよね。目指したいのは映画的なカメラなんで、悪い意味でのゲーム的な、CG映像的なものは壊したい。いかに暴れるか、いかに新しいアニメーションにするかを追求して、もっとだ! もっとだ! と現場に求めました。なのでいろんなものを折った気もしますが、折って繋ぐ気にもならない。僕は壊し屋なんで、接骨医にはなれないですね(笑)。

鈴木:脚本への指示でも、よくディズニーを例え話にされてて、そのときは正直理解しきれないところがありました(笑)。でも実際に初号試写を観て「なるほど、そういうことか」と。

上村:ディズニーを例に出されるのですが、ディズニーそのものでは当然ダメ。そこに日本特有のケレン味を上乗せすることで、本作独自の表現に仕上がっています。

さとう:カッコいいアニメーションがやりたくてこの業界にきてる人が多いと思うんだけど、「カッコいいのは何年かやっていれば誰でもつくれちゃうよ?」と、なるんですよ。

ーーなるほど。

さとう:ずっと求めていたのは"カッコ悪いものの中にあるカッコよさ"。オッサンの仕草とか、もしくは、照れてるんだけど、でも高校生だから照れ隠ししちゃってる星矢、みたいなアニメーション。

えい:フェイシャルに対する演出では特に顕著だった気がします。

さとう:とにかく退屈させないように気をつけましたね。聖域(サンクチュアリ)の黄金十二宮についても、それぞれパビリオン的に仕上げようとか。

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©2014 車田正美/「聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY」製作委員会

ーー確かにそれぞれに凝った背景や演出が用意されていて、見応えがありますね。なかでも巨蟹宮はかなりインパクトがあります。

さとう:巨蟹宮のシーンは映画が始まって30分~40分のところ、星矢たちも聖域に到着してお客さんの集中力が落ちてしまうタイミングなんです。そこでちがう空気を入れようと、映像的にも演出的にもガラッと変えたらあのようになりました。こうした多彩な表現を織り込めたのも、応えてくれるスタッフたちと出会えたからですね。

上村:監督がなんだかよくわからないことを言ってるけどやってみるか、みたいな(笑)。

さとう:本制作に入る前に今村さんが「星矢説明会」と題したミーティングの場を設けてくれました。デジタル映像部の総勢100名ちょっとを一同に集めて、みんな言いたいこと言っていいぞーって。でも、あまり言ってくれなくて2時間くらいの予定が30分くらいで終わっちゃった(笑)。

一同:(笑)。

さとう:だから最後に、「異論がないってことは、みんな監督の言うことちゃんと聞いてね。ついてきてくれたら、絶対面白くなるから」と、大風呂敷を広げました。これくらい言わないと誰もついてこないと思ったんです。根性論ですけど(笑)。

上村:スタッフの限界を引き出すのが上手い監督だなって、つくづく思います。

さとう:限界を引き出すというか、「何、言われた通りにやってんの?」みたいなダメ出しはしますね。面白いことができそうな人には。どんな現場でも、自己満足ではなく、お金を払って観に来てくれているお客さんの方を向いてるか? といった話はよくします。ハリウッド大作が日本で上映されるときには、お客さんはすでに"魔法"がかかっているものだけど、その魔法は日本の作品に対してはかからない。

ーーそれは言えますね。

さとう:星矢というビッグタイトルだから大丈夫、っていうわけにはいかないんですよ。徹底的にエンタメをつくろう、観た人にトラウマにも近い強烈な印象を与えるものをつくろうって、『鴉』のときに思ったのですが、その思いは今も変わりません。

今村:ちなみに、『鴉』のときのキャッチコピーは「タブーへの挑戦」でしたね!

一同:(笑)。

さとう:要するに、チャレンジャーとしてやらなきゃダメだなって。東映アニメーションという老舗スタジオの全力をもってね。その中で、ナナメ上の発想、「こうくるのか?」っていう仕込みをする必要があった。そうした思いを現場と共有するのは、やっぱり大変でしたけど。

今村:僕らとしては本プロジェクトを通して新しいワークフロー、ノウハウが蓄積できましたし、その試算もできました。次はより効率的に取り組めると思うので、ぜひ劇場へ足を運んでいただいて、次回作ができるよう応援していただければと思います。

えい:CGというのはただのツールなので、これからも新しい表現を突き詰めていきたいですね。同じメンバーでやってこそ蓄積というのはあると思うので、本当に、これからだと思います。

上村:演出する立場として、日本のCGアニメで『世界で戦う』ことができると思いました。監督が実写、セルアニメ、CGと渡り歩いてこられたからこそ完成した作品のはずなので、ぜひ多くの方に観ていただきたいですね。

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©2014 車田正美/「聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY」製作委員会

構成_ ks、沼倉有人(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充