かわいいのかキモいのか......なんともいえないその絶妙なキャラクターが中高生ら若い世代に受け、450万ダウンロード(2015年12月時点)という爆発的なヒットを飛ばしたスマホゲーム、『みつけて! おじぽっくる』。3DCGのカジュアルゲームはヒットしづらいとも言われるなか、切り口と企画次第で十分に受け入れられるということを証明した作品と言える。そのシリーズ続編となる『おじぽっくる育成BOX』がリリースされたいま、改めてそのヒットメーカーは一体何者なのか?紹介していきたい。

"デザイン思考とは問題解決"
元・プロダクトデザイナー

「なんかそう言われるとカッコいい感じですけど、実際にはプログラムも全然書けないまま会社を辞めたわけですが(笑)」。

『おじぽっくる』、それ以前には脱出ゲーム『CUBIC ROOM』をヒットさせてきたApplissの貝森 援氏もまた、前記事の『俺の校長 3D』の中西氏と同じく、ゲームやエンタメとは全く異なる分野からスマートフォンゲーム開発の世界へと転身してきている。

貝森氏の以前の職種は、プロダクトデザイナー。リアルなモノづくりの世界の出身だ。ゲームの企画/CGデザイン/プログラムまですべて一人でこなし、現在は夫婦二人体制でオリジナルゲームの開発・運営をしている。



▲2014年8月にリリースされ、に大ヒットとなった『みつけて! おじぽっくる』(上)と最新作の『おじぽっくる育成BOX』(下)。

「過去学んできたことは、全部いまのアプリ開発にも活きている気がします。デザイン的な思考は特にそうですね。"デザイン"というとスタイリングの話や見た目を綺麗にするための技巧のように取られがちですが、本質は"問題解決"にある。特にプロダクトという実際に"人が使うもの"を考えていく上では、その使われるべきユーザーの生活習慣や環境などのバックグラウンドまでを想定して、そこにある問題を解決できるカタチというものを考えていくのが当たり前。そうしたユーザーに対するアプローチやもてなしのあり方は、たとえばゲームならチュートリアルやUI、そして楽しさを提供するときでも変わらない」。

とはいえ、あくまでそれは考え方やアプローチの話。技術的なことは、専門であるプロダクトデザイン以外は手探りという中での独立だったという。前述のコメント通り、独立時にはプログラムは書けず、グラフィックデザインもほぼ初心者のレベルだった、と貝森氏は振り返る。

「スマートフォンの普及が始まって、アプリ配信で世界に切り込める......ということを知ってから、仕事をしながらもいろいろと学んだりしてみたのですが、全く身に付かなかった。これは一度退路を断ってやらないと無理だなと思い、まず勤めていた会社を辞めることから始めました(笑)。それで最初は、クラウドソーシングのサイト等でグラフィックデザインの案件などをこなして腕を磨きながら、CSSやJavaScript、PHPを学んでなんとなくプログラミングをかじって、そこからiPhoneアプリのObjective Cに入った。だいたいここまでの勉強の過程が半年くらいあって、そこから3カ月、独立してからだと9カ月くらい、最初のゲームアプリを作るまでにかかりました」。

しかし、そもそも貝森氏はなぜ独立に至ったのだろうか?大学でプロダクトデザインを学び、職種としてもプロダクトデザイナーとして企業に勤め、傍目には順調な職務経歴と見受けられるにも関わらず、だ。

「なんだろう、やっぱり企業に勤めているとしっくりこないことも多くて。たとえばプロダクトデザイナーといっても、自分の場合はずっと図面やモックを職人的に作り込んでいればいい、というわけではなくて。企画から自分で出して設計を考えて、工場を手配して回して......といったディレクション業務、果てには売れる製品企画を出せ、みたいなプロデュースに近いことも増えてきたりとか。自分の思いとしては、もっとモノ自体を職人的に作り込みたいというのが強かったんですが、会社での役割は違うものになってきた。でも、プロダクトデザインの世界で若くしていきなり独立、なんてのはあり得ないんですよ。実績を積まないと仕事なんて請けられませんし。じゃあこの先どうしよう......と思い悩んでいたときに出会っちゃったんですね、iPhoneに(笑)」。

プロダクトデザインを学んできたとはいえ、元々エンターテインメントの世界に大きな興味を持っていたという貝森氏。プロダクトデザインとエンタメの世界を掛け合わせたようなことで何かできないか、とは常々考えていたという。そして、それができる場をスマートフォンアプリの世界に見出したことで、貝森氏の決意は固まった。

そうして独立し、最初にリリースされた脱出ゲーム『CUBIC ROOM』で、貝森氏はいきなりランキング上位に入るヒットを飛ばす。まず"脱出ゲーム"を作った、ということにも貝森氏なりの戦略があった。当時の自分のスキルを冷静に判断し、当時の自分にできることで最も高い品質を出せる選択肢として、それを選んでいるのだ。



▲部屋やインテリア等の異様なまでの作り込みが際立つ脱出ゲーム『CUBIC ROOM』の画面例。こちらもシリーズの1、2、3のすべてがミリオンダウンロードを超えている。3Dオブジェクトはプロダクトデザイン的な作法で、すべてmmレベルまで実寸サイズで作られているという





▲『CUBIC ROOM』の3Dビジュアルは、NURBSモデリングソフト「Rhinoceros」でモデリングされ、「Maxwell Render」でレンダリングされた、極めて正確なCADデータのような3Dオブジェクトとなっている。ゲーム的な既成概念とはかけ離れた作られ方だが、それ故にそのモデルの正確さと専用レンダラーによるレンダリングの美しさが、他のゲームとの差別化ポイントになっている。当初はテクスチャもほとんど使わず、マテリアルのみで表現していたという(プロダクトデザインの工程には基本的にテクスチャの概念がないため)

「プログラムをかじったばかりでいきなり複雑なことができるわけがないですよね(笑)。だから脱出ゲームを選んだんです。画像とギミック、あとはフラグ管理さえできればなんとかなるだろうと。脱出ゲームというジャンル自体がランキング入りしやすいということもあるし、ビジュアルに関してならこれまでの経験を活かせば、部屋の造形のようなグラフィックなら、他には真似できないクオリティを出せるだろうという自信もありました」。

この『CUBIC ROOM』は、シリーズとしてわずか1年間のあいだに3作品がリリースされる。特に『CUBIC ROOM 2』は、ストアの無料ランキングで第1位まで駆け上がるほどの人気を博し、『名探偵コナン』とのコラボレーション話も持ち上がる。そして"コナン×CUBIC ROOM"の脱出ゲームを自ら開発してリリースするなど、貝森氏は当初から順風満帆のように思われるディベロッパーとしてのスタートを切っていた、と思われたのだが......。

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スタイリッシュなアプリからガラリ、コミカルなキャラクターものへ

「正直なところ、無料アプリだとApp Storeで一位になってもこんなものなの? っていうくらいお金については厳しくって......。もちろん、いま思えばいろいろとマネタイズの手法なんかができてなかったこともあるんですが。一位でこれならこの先どうしたらいいんだ?って当時は思いましたね(笑)」。

シンプルなしくみで、スタイリッシュなデザインで、キッチリつくられた脱出ゲーム。固定ファンがいるためランキング入りしやすくダウンロードも伸びやすいが、収益性が厳しい。それを4作品続けてきた貝森氏は、そこからはもう学ぶべきことは学んだ、と判断する。そして反動としてもっと"ユルいもの"、"キャラもの"が作りたい、そしてそれを横展開したい、という思いで開発されたのが、前述の大ヒットアプリ、『みつけて! おじぽっくる』になる。

「スタイリッシュっぽいものを立て続けに作ってきた人が、なんでいきなりおっさんだったの? とは良く聞かれます(笑)。一応考え方としては、誰でも知っていそうなキャラだけど、既に商業的な固有のキャラが確立されていないっていう、なんかそういうものは無いだろうか、というアプローチなんです。キャラクターものとして横展開したい、というのも最初からあったんですよね。それで一人で悶々と考えていて息が詰まるし、何気なく妻に聞いたら、ポンと"ちっこいおっさんは?"って出てきて。確かに! 引きがあるし、それらしい有名キャラもいない! と」。

▲『みつけて! おじぽっくる』のキャラクターたち。このデザインと、コレクション性のあるバリエーションの数々が、ゆるくて、よくわからなくて、カワイイ、と主に若い女性層に人気を集めた。ちなみに効率性も考えて、モデルは1パターンのみで、バリエーションはテクスチャだけで増やしていったとのこと

しかしキャラクターもののゲームを作るとなると、これまでに貝森氏が作ってきた作品とは異なり、プロダクトデザインの作法はもうそのままには通用しなくなる。ゲームの企画や作り方もそうだし、ツールからまるで変わってくる。そこまでのメインツールのRhinocerosでは、アニメーションまで想定したキャラクターオブジェクトを制作するにはあきらかに不向きと言わざるを得ない。貝森氏は、そのタイミングでCGソフトをNURBSベースのものからSculptris、Blenderといった無償系のポリゴン系CGツールに移行しつつ、アプリの開発環境もまたMacのXcodeからUnityへと移していく。

「一つの光明が、Unityでした。今までは、プログラムコード見ながら想像しつつ動かしていたものが、ビジュアルで見ながらできる。実際、Unityを導入してみてその日じゅうにキャラクターが動かせたんですよね。これなら作れる! と思いました」

もちろんUnity以前に、NURBSモデリングしか行ったことがない貝森氏がBlenderのポリゴンモデリングに慣れるまでには、それなりの苦労もあったという。たとえばポリゴン分割をしたいだけでもその機能の名前がわからない、ゆえに検索の仕方もわからない、面を滑らかにする機能はどう調べるのか......等々。最初は1ポイント1ポイント打って繋げていくしかないのかと、やり続けていたりもしたそうだ。

「結局、やりたいことが書かれている本を見つけて買って、それに習ってやっていく方向で習得していきました。そしてこれが大事で、"それ以外"のことはやらないことにしたんです(笑)」

曰く、CGツールそのものを覚えようとしないことがポイントだった、と貝森氏。特に統合型CGツールであるBlenderはその汎用性の高さゆえ、ゲーム用モデルやアニメーションの制作だけに使うなら、触らなくて良い機能も数多くある。それらすべてを解明していく必要はなく、要は"やりたいものがつくれればOK"。やりたいことベースの考え方で接していったほうが、結局のところ使えるようになるということだ。

▲Sculptlisでつくられた素体
<画像はSculptrisで作られたおじぽっくるをBlenderにて表示させたスクリーンショット>


▲メインのCGソフトとしては無償で使えるBlenderが選ばれた
<画像はBlender上で展開されたおじぽっくるのモデルとUV展開されたテクスチャのパターンのスクリーンショット>



▲「すぐに動きを視認できるUnityは、元デザイナーにとってはまさに"魔法の杖"」と貝森氏
<画像はBlender上で設定されたリグ構造と、Unityでアニメーション設定を行っているところのスクリーンショット>

『おじぽっくる』の開発の流れとしては、キャラものなので当然キャラクターありき。まず作って動かしてみて、面白いと思えたところでこれを活かしてどういう仕組みにすれば楽しく、継続して遊んでもらえるものになるかを考えたという。結果、時間経過ごとに出てくるさまざまなおじぽっくるたちを見つけて収集する、というゲームシステムに落ち着いた。そうして完成した『おじぽっくる』だが、リリースのタイミングが学生の夏休み中だったということもあり、しばらくは伸び悩みが続いたという。しかし、休み明けになると学校等での口コミで広まるのか、突然爆発的にダウンロードされるに至り、SNS等でも目に見えて普通のユーザーたちの話題にのぼるコンテンツになっていった。

「この流れもおもしろかったですね。以前作っていた脱出ゲームなら、ジャンル自体が人気なのでリリースしたらすぐにほぼ間違いなくランキングに入っていた。クリアしたらすぐ辞められちゃうんですけどね(笑)。その点、このおじぽっくるはキャラクターもののいわゆる放置ゲームというジャンルで、これは逆で見つけてもらえたらそのまま長く遊んでもらえるけど、見つけてもらって広まるまでが大変。そうなるような、ユーザーさんに対してのネタ的なつかみが提供できるかっていうことがいかに大事かよくわかりました」

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常に挑戦し続ける姿勢は
"心配性"だから

こうして狙い通り、若年層の女性を中心に幅広くダウンロードされると、キャラクターをコレクションするゲームシステムも活き、継続的に遊んでもらえるゲームとして、続編を作って横展開をするにも十分な下地が出来上がっていった。人気の広まりを受けて、アップデートやTwitterの公式アカウント開設など、コンテンツとしてのサポート、マネージメントを行うなかで、次回作となる『おじぽっくる育成BOX』のコンセプトも固められていった。

「やっぱりキャラクターだから育成は合うよね、という漠然とした思いはありましたし、サポートをしていて"かわいい! 飼えたらいいのに!"なんて声もあったので、そこでキャラクターものとして愛着が持てるものを出したいなと。その結果、かなりボリュームのある内容になってしまったんですが(苦笑)」。

そうしてとことんこだわりぬいて作り上げられた『育成BOX』は、開発に9カ月を要した、カジュアルゲームと呼ぶにはかなりボリューミーな内容としてリリースされることになる。

▲最新作の『おじぽっくる育成BOX』。育ててキャラクターが変わっていく、増えていく、というだけでなく、おじぽっくるの部屋を小物でレイアウトしてあげたり、自室でかくれんぼや鬼ごっこをしてあそんであげる、といった要素まで盛り込まれた、とても小規模開発とは思えないボリュームのタイトルになっている

しかも貝森氏は、"新しいゲームの開発にあたっては常に技術的にも何かしら新しいチャレンジをする"という命題を掲げていて、Unityの"アセットバンドル"(サーバーを通じてアプリの部分アップデートを可能にする技術)の導入までも行われている。これは実装さえできれば、ストア上でアプリそのものをアップデートしなくても随時ゲーム内のアイテムを追加/更新ができるようになるため運用的な自由度が大きく広がるメリットがある。が、まだまだ技術そのものの情報が少なく、小規模開発の、しかも本職がプログラマーではない人が取り入れているような例は珍しいと言えるだろう。

「これはおじぽっくるの反省でもあって。広まりはしたけれども、更新性の乏しいアプリになってしまったんですね。もっといろいろ運用のかたちで随時コンテンツが更新できれば、いろいろな可能性も広がったはずなんです。カジュアルゲーム開発だと、運用をあまり考えない人が多いですが、自分はどうしてもこれだけは実現させたかった。わからないなりに英語のサイトを巡って調べて、どうにかこうにかとりあえず動くようにはできました」。

▲Unityでのアセットバンドル設定画面とそれが追加されるゲーム中のショップ画面。この機能はいわゆる大手のソーシャルゲームなどで、アプリの初回起動時や、何かイベントが行われるときなどに行われる"追加ダウンロード"のしくみと同じだ。『育成BOX』では、家具などのアイテムを随時追加更新できるようにしているが、たとえばステージの追加などといった大掛かりなことも、やろうと思えば行える

実装されているアセットの数そのものも膨大だ。おじぽっくるのキャラクターバリエーションは50種類以上にも及び、部屋や装飾品、インテリア、食事、などなどオブジェクトの総物量は、一体いくつつくったのかと思うほどのボリュームとなったという。それでも貝森氏は、「そのときそのときやりたいことが明確に決まっているので、それを実現するために黙々とやるだけ」だと、淡々と語る。

「オブジェクトのデータ量とかも、やりたいことベースでまず作っちゃってから考えますからね。クオリティは細部に宿る......って信じているので、そのために必要なこと、やりたいことをまず実現してから、どうやって落とし込むか考える。全部やりたいことベースなんですよ。アセットバンドルもそう。どうしてもやりたい機能だから実装する方向で決めて進めてしまって、それで後でなんとかするんです(笑)。仕事を辞めた時と同じですね、退路を断って前に進むだけ(笑)」。

▲膨大に作られたインテリアオブジェクトの一例

▲アンビエントオクルージョンによるテクスチャの焼き込みについては、どうしてもBlenderでは思うようなビジュアルにならなかったため、専用の「Faogen」というツールが用いられた

貝森氏曰く、アプリの開発はいろんなスキルを要求されるがゆえに、その延長線上で必要な技術を身につけていけば、どんどんできることが広がっていくことが実感できるのだという。

「最初は、デザインとプログラムを少し覚えて脱出ゲームが形になった。次はシナリオが組み合わさって、コナンのゲームができた。その次はキャラクター制作を覚えておじぽっくるが、次はサーバー技術へのチャレンジで育成BOXができた。こうして、今できることの強みを生かして作りながら、少しずつの挑戦を掛け合わせて、自分ができることの幅をどんどん広げていきたい。要は心配性なんですよ、常に何かに挑戦して、自分が活き残るための方法を少しでも増やしたいんです。心配性で、このままの場にいるのが怖いから会社を辞めた、って言うといつも逆だろって突っ込まれるんですけど、自分としては本気でそう思ってるんですよ(笑)」。

習得した技術は裏切らない------ドラゴンクエストで転職を繰り返して複数のスキルを身につけていくことに似ていますね、と笑う貝森氏は、今は『育成BOX』のマネージをしつつ、次の一歩をどこに踏み出すかをまた考えている。キャラクターものをシリーズとして作ってきた流れでアニメーションの面白さに惹かれ、映像作品づくりにも興味が沸いている、とも語る貝森氏。ひょっとするとその一歩はまた、ジャンルや業界を飛び越えたものになるのかもしれない。

TEXT_SADAMU TAKAGI(@zetto_san

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