およそ3年前に大ヒットした異色スマホゲーム『俺の校長』が、なぜかいま、リメイクとしてリリースされている。そして、3DCGを活用したテンポの良い演出が絶妙なこの『俺の校長 3D』もまた、アプリランキングを上位まで駆け上がるほどのヒット中だ。この謎に満ちた企画のゲームを誰が、どのように作っているのだろうか。その人となりや前作からの開発アプローチ、そしてCGメイキングまでを含めて、ちょっと変わったこのスモールディベロッパーを紹介していきたい。

CGどころか、ゲームづくりから未経験!

「1年前までは、3DCGなんて触ったこともなかった」。そう語る中西修二氏は、既存のコンシュマー的なゲームクリエイターの概念からすると極めて異色の存在と言っていいだろう。何せ業務経験としては、ゲーム開発はおろかWeb/IT系業界も経てきておらず、まったく異種産業で働いてきた人物。それがたまたまアプリ開発を始めて、ほぼいきなりに近いかたちでApp Store(iPhoneのアプリストア)の無料ランキングで総合一位を獲得してしまったのだから。

「特に考えなしでしたね(笑)。ちょっと何かの記事で、無料カジュアルゲームが盛り上がってきてて売れたらすごいお金になる、みたいな話を読んで、じゃあちょうど仕事も辞めたし少しの蓄えもあるし、やってみるかー、くらいのもので。だって、自分が作ったものをみんなに見てもらえて、それでお金にもなるって、夢があるじゃないですか。で、仕事辞めた次の日にiPhone 4SとMacbook Air 11だけ買って。それで、本読みながらちょっとずつ覚えて。まぁそれまでにも少しDTPの仕事をやってたり、趣味でWebやJavaScriptのコードで遊んだりしてたので、割と"PCで何かを作っていく"ことの勘は持てていたので、楽しんでやれてましたね。ただ、いきなり売れてしまってお金にするとかそういうトコがまったく最適化されてなくて、ランキングが示すほどにはぜんっぜんお金にならなかったですけど(笑)」。

そのアプリが、今回メイキングで取り上げるゲームの前作、『俺の校長』である。そのゲームプレイのシステムは、なんと"任意の文字を入力するだけ"というもの。正直、ゲームなのかもよくわからない。だがやってみると8bit調のドット絵ビジュアルによるテンポのいい演出や、自分が入力した結果に呼応して帰ってくる反応が面白く、何度も繰り返してしまうという中毒性の高いコンテンツに仕上がっており、口コミやレビューサイトでの盛り上がりを経て人気が爆発、一気にランキングを駆け上がったのである。

▲『俺の校長』。校長先生の話って長かったよね! という誰しもがなんとなく過去体験として持っている"あるあるネタ"をテーマに、思わず突っ込みたくなるような、笑えるコンテンツに昇華。文字入力するだけというUIも斬新だ

▲『俺の校長』貴重なボツカット。実は校長先生と生徒の間にその他の教職員たちを並べたり、体育館で話をするといったシチュエーション案も。結果的により遊びをシンプル化するためにそぎ落とされたが、この並びも思わず「あったあった」とうなずきたくなる再現度(笑)

「思うに、これ作ってるときってただシンプルに、自分が思う面白いものをみんなに"これどや!面白いやろ!"って言いたかっただけなんですよね(笑)。ただ遊んだ人を笑かしたろ、と。いま思うと、そういう作り手が楽しんでつくってる......っていうのがちゃんと出てて、それが伝わったのかな、と。アート、というか美術の世界でもそう。うまく描こうとするとそれが透けて見えるというか。うまく描こうとした線と、ピュアに素朴に描いた線って、見たらわかるんですよね」。

中西氏は、絵を描くことが好きな子どもだったという。ただ、それでメシを食うという道は、特には選ばなかった。しかし、何も創作活動を行っていなかったというわけではない。普通の仕事をこなしながら、教室に通ったりアトリエを借りてみたり、展覧会に出したり、グループ展を開く、などの"絵画を描く"という活動を行っていたのだという。

「ちょうど仕事がヒマでね(笑)。その絵画の活動もそうだし、DTPでIllustratorやPhotoshopの使い方覚えたり、JavaScriptでゲームみたいなの作ったりとか、業務外で勝手にいろんなモノづくりをしてたのが結果的に活きるかたちになりましたね。アプリ作ってストアに出してみんなに見てもらうのも、本質的には展覧会で絵を見てもらうのと、なんら変わらないですし。それが大規模になって、すぐ結果が出てくるからなお面白いってのはありますけどね」。

こうした創作の基礎があり、作り手として"作品を世に出して見てもらいたい"という明確な意思があったからこそ、未経験でもきっちりとコンテンツを作り上げることができたのだろう。そして、それが成功につながる唯一の道でもあったわけだ。

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3DCGを本格採用するきっかけとなった
"ボクセルアート"との出会い

その後、いくつかの作品をリリースして開発者としてのステップを踏み、チームを組んでのゲーム開発なども経て、その『俺の校長』から3年あまり。つい先日、中西氏は3DCGを採用し、ビジュアル的にも演出的にも大幅にパワーアップさせた『俺の校長 3D』をリリースした。

▲『俺の校長 3D』。相変わらずのテンポの良い演出が、3D空間を効果的に用いてさらに小気味良く展開される。UIも相変わらず文字入力するだけで楽しめる

▲Unityで構築された『俺の校長 3D』の風景

そのわずか1年前までは、前述の通り3Dには触れたこともなかった(それまでリリースしたゲームはすべて2Dビジュアル)という中西氏だが、開発者仲間にヒントをもらったことで3DCGの習得を、そして時間をかけて開発しても"ヒットする可能性"が感じられる企画(Youtuberとのコラボレーション)が持ちあがったことで、より話題の作りやすい『俺の校長』の3Dリメイクすることを決めたという。

「Unityを触り始めていた、ということも大きいですけどね。でもあれはエンジンなので、素材となる3Dアセットが作れなきゃ3Dのオリジナルゲームは作れない。もちろんアセットストアにいけばモデルやらモーションやらいろいろありますけど、自分は素材にこそこだわりたいタチ。それで自分には知識もないしなかなか難しいかなぁと思っていたところ、開発者仲間からいろいろアドバイスを聞く機会がありました」。

そうした仲間たちの声の中でも、大きく心に引っかかったのが「3D覚えたら2Dもできるんだから、Unity使っていくのならやらないと損」という言葉と、「ボクセルアートという3Dドット表現がある」という情報だ。この2つが、3Dを本格的にやる大きなきっかけになった。

そこから、まずはSculptris(いきなりスカルプティング!)からモデリングを、Blenderでテクスチャのセットアップやリギングを、そしてUnityで既存モーションによるコントロールをと、キャラクターを作って動かすことからひととおり覚えていったという。1〜2カ月は要したとのことだが、チュートリアルとネットのドキュメントだけを頼りに、「1.〜する」「2.〜する」といったかたちで必要となる作業を完全にマニュアル化して残した。「寄り道せずに迷わずに繰り返せるオリジナルの作業工程を作り上げていった」とのことだ。

「だいたい、素人がいきなりツール全部覚えるとか無理ですからね(笑)。必要な機能だけ使えればいい。Blenderは特にわかりづらいですし、決めた作業ルートを繰り返せばなんとかなるように、基本セットを1本作る。これを鉄板にして、それ以外が必要になった時にだけ、調べて作業追加する、というかたちで決め込んで、どうにか作業フローを構築できました」。

▲Sculptrisによる習作制作画面。いきなりスカルプティングからCG学習が始まるとは、ポリゴン1枚1枚をポイントつないで貼っていた時代を知っている筆者としては隔世の念を感じてしまう......

▲Blenderによる習作へのセットアップ。やること、必要なことのみに限定して繰り返す、というのは、目的が決まっている制作においては極めて有効な学習手法だろう。モチベーションも維持しやすい

しかし、こうして習作を作っているときはまだ具体的な表現イメージが持てないままだった、と中西氏は振り返っている。具体的に「これなら!」と思えるようになったのは、やはり"ボクセル"表現と、その作り方を知ってからだったという。ここで言うボクセルとは、ボリュームレンダリングのそれではなく、"3DCGによるドット絵表現"のことを指す。3D空間で立方体を並べ、ドットを打つようにモデルを作っていく。有名どころでいえば『マインクラフト』、そして昨今のスマホゲームのヒット作で言えば『クロッシーロード』などに用いられている表現だ。これらのボクセル表現には、専用のモデリングソフトも存在しているのである。

▲全世界で9000万人がプレイする『クロッシーロード』

「それでいろいろ自分で調べてみて、『Magica Boxel』と『Qubicle』というツールに行きついた。使ってみて、『Magica Boxel』はいろいろと機能が多いけどレンダリングして絵として出力することに向いたツールで、ゲーム制作にはスペックオーバーだった。『Qubicle』はその点、モデリングツールとして使い勝手がよく、ゲームに向いていました」。

中西氏曰く、ボクセルモデリングの利点は気負いを持たずに、極めて気さくにできることにあるという。基本はボックスの集合体であるためサクサク並べては消してという繰り返しで、かたちを作り始めて多少崩れても修正が気楽なのだ。「俺の校長のキャラクターで言うところの"16×16のドット"を並べて描いてるのが基本で、ほとんど気持ち的には2Dドットを打っているのと変わらなかった」という。UVも自動展開してくれるため、このQubicleでモデルを作れば、あとは作業フローとして決めきっておいた手順に沿って、Photoshopでテクスチャ描き、Blenderでの調整を経て、Unityへと持ち込めばいいだけとなった。

▲『クロッシーロード』の開発にも用いられているというモデリングツール、Qubicle。中西氏はクロッシーロードのクレジットの中から発見し、自分の作業フロー組み込んだ。当然、背景表現もこれでモデリングされている





▲俺の校長 3Dにおける、モデル制作の基本フロー。Qubicleにて16×16ドット(ディテール感を出すために32×32に割り直し、一部は倍の細かさ)をベースにモデルを制作し、Blenderで読み込む。ここでポイントとしては、ボクセル表現のこだわりとしてモデルに"ベイクした影を落としてアナログ的なミニチュア感を出す"ために、一度大きなテクスチャとしてUVをベイクして出力している。このベイクテクスチャと元テクスチャをPhotoshop上で乗算加工などをしてなじませ、テクスチャが大きくなりすぎないようにサイズ調整と全モデル用の1枚に集約させた本番用テクスチャ画像への追加を行い、またBlender→Unityへと持っていくわけだ

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ロジックに縛られない
"見た目の美しさ"へのこだわり

こうしてまったくのイチから開発を進める中、最も苦労をしたのが質感表現の部分だったという。ボクセル表現はいいとして、そのままのいかにもデジタルな3D質感になることがどうしても違和感になっていたという中西氏は、撮影したようなミニチュア感が出せる、アンビエントオクルージョン(AO)による柔らかい影を、モデルにどうしても落とし込みたかった。

「素人で、知識もない中ですからね......。最初はスクリーンスペース・アンビエントオクルージョン(SSAO)というのがUnityで出来るというのを知って、喜んでやってみたら、そりゃもうものすごい重くって(笑)。とてもじゃないけど動くような代物にならなかった。それでいろいろ調べて、結果的には動かないオブジェクトにはUnityで普通のAOによるベイクを、動くキャラクターにはBlenderでテクスチャとして事前に焼き込んだものを貼ればなんとかなる、っていうことがわかったんですが、それまでが大変でした」。

とはいうものの、結果的にはそうした表現が違和感なく、そして実用レベルで実現できてしまっている、ということが驚きでもある。何度も言うが、3DCGの概念に初めて触れて1年経つか経たないかである。とてもそれとは思えない習得度合いで、ボクセルベースではあるもののこだわりぬかれた、品質の高いビジュアルが構築されていった。

▲Unityでベイクされた背景のAO効果比較。左がAOによるベイクなし、右がベイクありの完成系。AOの採用で、箱庭感の表現としてのクオリティが格段に上がっている

その他にも、表現に関わるこだわりは細部にまで渡っている。そこには"理論的な正しさ"ではなく、普通の人がパッと見て"自然に感じさせる美しさ"を優先して調整された、中西氏なりの美学も見受けられる。

「これね、実はドット絵的世界観で考えたら、わかる人にはめっちゃ怒られるようなルール無視をいっぱいしてるんですよ。たとえば、1つのボクセル(1ドット=1つの立方体)の大きさ、これって2Dのドット絵だったら、当たり前ですが変わらないはずなんですよね。だから、通常ボクセル表現ってのはその2Dのルールを踏襲するかのように、忠実に3D空間でもドットの大きさを保持して作られているものなんです。でも『俺の校長 3D』では、校庭の木の1ドットの大きさ、校舎の1ドットの大きさ、そしてもちろんキャラクターの1ドットの大きさに至るまで......実はほぼ全部サイズが違うんですよ(笑)。ドット絵世界としては、破たんしてるんです。もっと言えばですね......"斜めに切られたオブジェクト"だってあるくらいなんですよ(笑)」。

これらは、ルールがわからなかったからそうしたのではなく、中西氏が"あえてそうしている"という表現だ。ボクセルというのは、あくまで表現手法であって、見た目の違和感を犠牲にしてまでも正確さを適用する必要はない、というジャッジなのだ。

「実際、大きいオブジェクトもあれば小さいオブジェクトもあるわけで、一番小さなキャラクターサイズで1ドットずつ作ったら、大きなものはそれこそドットが細かくなりすぎて違和感があります。しかも大きなものはカメラ的には引いて見るようなオブジェクトですからね。スケール感的に、細かく割っていたらブロック感が全然出ないですよ。同じような理由で、現実的には斜めになっていたり球形であるべきオブジェクトなどは、無理やり細かく立方体を組み上げて作っても見た目綺麗にはならないんで、普通に見て綺麗なほうでバランスとればええやないか、となりました。あえてボクセルのルールのこだわりは外してみることで、ゲームのカメラを通して見た場合の"いい感じの雰囲気"としてのボクセルの世界観を重視してバランスを取っていったんです」。

▲Qubicleで表示させた、校庭にある2種類の木のモデルと、校長のモデル。キャラクターとのドットのスケール感が違うのはもちろん、それぞれの木ですらドットの割られている大きさが違うことがわかる。さらに言えば、Unity上でもそれぞれの木がスケーリングして使われるため、実は描画されている多くの木で、ドットは揃っていないのだ。しかし、ゲームプレイをしていてそんなことが気になる人がどれくらいいるだろうか? そここそが中西氏が目指した見た目の綺麗さと違和感の無さということになる

▲モデル左がQubicleで作られた元の学校の"階段"。右側が、わざわざBlenderで斜めにモデリングしなおした階段だ。ゲーム中での画面も見てみよう。言われるまで気づかないほど、自然に馴染んでいるのがわかる

1年前には、完全な3D初心者だったはずの中西氏。しかしインタビューでは、出てくる単語やこちらの質問に対する受け答え、そして演出の考え方やビジュアルの構築手法の説明に至るまで、完全にCGに長けたプロそのものだった。話を聞くだけでは簡単そうに話してくれていたが、ボリュームの限られたカジュアルゲームとはいえ、この短期間でこれだけのクオリティの世界を構築するのは、並大抵のことではなかっただろう。

最後に、今後中西氏が作っていくゲームビジュアル開発の方向性を聞くと、明確な答えが返ってきた。

「あくまでアイデア次第です! 表現の幅が大きいので、極力3Dを使いたいな、というのはあるけど、その時々にやりたいゲームのテーマに向いた表現があるはず。なので2Dのほうが"笑かせられる!"と思ったら迷わず2Dです。でも、今回で3D表現にめどが立ったのは大きい。3Dでしかできない独特の動かし方、そして笑わせ方が絶対にありますからね」。

TEXT_SADAMU TAKAGI

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